人間にとって最も危険な生物といえば、ライオンやトラなどを思い浮かべやすいが、被害はさほどでもない。毒蛇やサメでもない。ははあ、答えは人間自身で、そこから平和論でも展開するのかとコラムを先読みする人もいるだろうが、本日はそういう話ではない。人間は危険度二位である▼人間より怖い一位は蚊。マラリア、黄熱病、デング熱など危険な感染症を媒介する「吸血鬼」は年間、約七十五万人の人間の命を奪っている▼蚊との闘いで長きにわたり人類に味方した方法が栄えある殿堂入りである。日本化学会は貴重な化学資料を認定する「化学遺産」に蚊取り線香に関連する工場や製造装置を選んだ▼大日本除虫菊(キンチョウ)が棒状の線香を発売したのが一八九〇年というから百三十年近い歴史である。それ以前は蚊帳と植物を燃やした煙で追い払う「蚊やり火」だけとは、最も危険な相手と闘うには心もとない▼その後、燃焼時間を延ばすため、おなじみの渦巻き型に改良された。大日本除虫菊の創始者、上山英一郎の妻、ゆきのアイデアという。なんでも蛇のとぐろを見てひらめいたそうだ▼愛らしき白い花の植物に殺虫効果があることを人類が知ったのは十四、五世紀のことと伝わる。誰かがたまたま除虫菊でたき火をし、その効果に気づいた。神様はときどき人間に味方し、ひらめきを贈ってくれるようだ。
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