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今日の筆洗

2023年06月20日 | Weblog

時代小説の魅力は、今を生きる人間を遠い昔へとやすやすと運んでくれることにあるのだろう▼無表情な今の東京にいながら、ページをめくれば、風鈴の音や物売りの声が聞こえる江戸の路地が浮かぶ。苦しいながらも笑い、助け合う人々の暮らしまでが見えてくる。『御宿(おんやど)かわせみ』などの作家、平岩弓枝さんが亡くなった。九十一歳▼「江戸の一日は石町(こくちょう)の時の鐘が暁七ツ(午前四時)を打つ音から始まる。もっとも早起きなのは豆腐屋で…」(『夜鷹(よたか)そばや五郎八』)。書き出しの数行だけで読み手を江戸の町へとぽーんと連れていく鮮やかな筆をお持ちだった。そこに魅力的な人物と、宿屋での騒動が加われば、物語は面白くないはずがない▼『肝っ玉かあさん』『ありがとう』など昭和の人気ドラマの脚本家としても評判を取った。ドラマは師、長谷川伸の勧めだったそうだ。「小説の中の会話が下手だねえ」▼脚本で会話の書き方を学ぶためだったが、やはり師の教えで五十代にテレビから身を引く。「小説が一番と忘れないこと」。おかげでファンにはたくさんの江戸への扉が残されたか▼小器用な小説も面白いだけの小説もどうでもいい。魂をこめて、人間を描く。その道を求めた舟がいく。「大川を威勢よく漕(こ)ぎ下る櫓(ろ)の音が、如何(いか)にも、初夏であった」(『江戸の子守唄』)。舟の中でほほえんでいらっしゃるか。