論語に「怪力乱神を語らず」という知られた一節がある。理性の及ばない怪異や鬼神のような不確かな存在について、君子や為政者は語るべきでないという戒めとして伝わっている。実りはないと知りつつ、怪力乱神を熱く語るのが好きなのが人間である。そんな意味も潜んだ言葉だろうか▼世界でもっとも有名な怪異かもしれない。英国ネス湖のネッシーについて、国際的な研究チームの調査が明らかになったと外電にあった。先端技術を使っても存在は確認できなかった▼恐竜の姿のような有名な写真は二十年以上前、トリックと分かっている。その後も大掛かりな科学的調査が、空振りに終わっていたはずだ。真偽の決着はついたと思っていたが、熱は冷めていなかった▼巨大ウナギが正体という説も語っていて、議論は終わらないようだ。ヒマラヤの未確認生物イエティの謎はクマの一種を指した言葉が雪男と誤訳されて始まったともいう。近年映画にもなった。怪異は生命力が強い▼ネッシーの昔の記事を探していたら、偶然四十年前の雑誌の政府広報が目に入った。原発推進を唱える高官が対談の中で石油は三十年で枯渇するという説をもとに、枯渇という「狼(おおかみ)」が「その辺まで迫ってきている」としきりに危機をあおっていた▼狼はどこに行ったか。世の中を治める人が語らないほうがいい怪力乱神はやはりあるようだ。