ダニエル・エルスナーというドイツのテニス選手を覚えている人はどれぐらいいるだろう。一九九七年のプロ転向後の成績は八勝二十七敗。二〇〇八年に引退した。その数字に輝きはない▼ジュニア時代は光輝いていた。九六年の全米、九七年の全豪、全仏のジュニア選手権で優勝。誰もがその才能と未来を疑わなかった▼望月慎太郎選手がウィンブルドン・ジュニア選手権の男子シングルスで優勝を果たした。およそウィンブルドンの名がつくシングル戦で日本男子が優勝したのは初。十六歳による快挙である▼快挙にエルスナーを持ち出した理由は無論、優勝に水を差したいからではない。ジュニアで輝いた選手がその後も輝き続けることの難しさを示すためである。たとえば、ウィンブルドンのジュニアとシニアの両方で優勝したのはエドバーグ、ボルグ、フェデラーら四人にすぎぬ。ジュニア優勝は今後の成功を約束する乗車券ではない▼伸び悩みの背景は周囲の高すぎる期待や慢心に限るまい。フェデラーにしてもプロ入り後に悩んだ若い日がある。あまりにも才能に恵まれたため、コート上でプレーできる選択肢が増えすぎ、状況に適した判断がうまくできなくなってしまったそうだ。そんな苦悩もある▼十六歳は頂点に立った。顔を上げれば雲の彼方(かなた)にさらなる頂がかすかに見える。そこを目指すなら、険しい道が待つ。