一九二七(昭和二)年、三高(京大)山岳部のメンバーは群馬県の鹿沢で猛吹雪に遭い、山小屋にとどまっていた▼暇を持てあまして、部歌を作ろうという話になった。英語教師に教わった米国民謡の「いとしのクレメンタイン」の曲を借りた。<雪よ岩よわれらが宿り>。「雪山讃歌」である▼この歌を国民の愛唱歌にまで育て上げた方が亡くなった。男声コーラスグループ、ダークダックスの喜早哲(きそうてつ)さんである。八十五歳▼学生時代にスキー旅行で訪れた長野県の志賀高原で、バスガイドさんが口ずさんでいるのを聞いた。歌詞を山岳関係者に尋ね、グループ結成後の五九年に発表。日本中に広まった。『愛唱歌ものがたり』(岩波書店)に教わった。雪山に埋もれかけた歌を掘り起こした▼ロシア民謡から大人の歌まで。大衆音楽史に残るグループもこれでお二人亡くなった。「高度成長期少年」には、ダークが歌った広告ソング「光る東芝」「明るいナショナル」も懐かしい。その東芝は経営不振に苦しみ、「ナショナル」のブランドは消えた▼<夜討ち朝駆け すわり込み つかんだネタはガセネタか->。これもダークの「ブン屋小唄」。「マスゴミ」なる耳に痛い言葉はあっても「ブン屋さん」と親しみを込め呼んでくれる世間でもない。移りゆく時代に、折り目正しく、前向きなゲタさんのバリトンが腹にしみる。
荒野の決闘 いとしのクレメンタイン My Darling Clementine