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「辰樹と媛さん」15

2020年07月17日 | T.B.2020年


 花が咲く時期に入る。

 雪はすっかり溶け、
 道に、草花が顔を出す。

「兄様!」
「おお、媛さん!」

 彼は手を上げる。

「今日はどこへ行く?」
「俺、今日砂漠だから」

 一族の務めで村外に出るのだ。
 相手は出来ないと、手をひらひらさせる。

「何でよう」
「仕方ないだろ」
「じゃあ、私も行く」
「ばかだなー!」

 東一族と敵対する砂一族と顔を合わせるかもしれない。
 連れて行けるわけがない。

「と、云うことで」
「むー!!」
「今日は、ほかにの人に相手してもらえよ」

 そう云うと、彼はさっさと行ってしまう。

「ふぅん、いいよー」

 彼女はひとりで歩き出す。

「つまんない!」

 大声で、ひとりごと。

「今日はひとりで散歩だかんね!」

 周りには特に、誰もいない。

 口をとがらせたまま、彼女はひとりで歩く。

 お墓参りに行こうか
 それとも、水辺に行ってみようか

 いや、

 そもそも、ひとりで村内をうろうろするのは駄目なのだ。
 父親との約束だったような気がする。

 だから、あの彼が来たのだ。

「だって、務めじゃねぇ」

 仕方ない。
 仕事、大事。
 じゃ、今日は、ひとりにて。

 ふらふらと、彼女は歩く。
 誰にも会わない。

 気付けば、水辺の方。
 道から外れ
 父親と来た、あの場所へ。

 彼女はあたりを見る。
 足下を見る。

 父親が形代を燃やした場所。
 何も残っていない。

「何だったのかなぁ」

 彼女は首を傾げる。

「父様は誰のことを云っていたのかなぁ」

 その場所をぐるぐる回って。

 でも、もちろん、何かが判るわけがない。

「兄様に訊いてみたら判るかな」

 ぱっと、方向転換。

「きゃっ!」
「ひゃ!!」

 突然、人。

 彼女とその人は、お互い転ぶ。

「痛たたた……」

 彼女は、顔を上げる。

「悪いわ、大丈夫?」
「私もよく見てなくて」

 彼女は差し出された手を見る。
 先に立ち上がったその人は、彼女より少し年上と云ったところか。

「ありがとう」

 立ち上がり、彼女は手を合わせる。

「こんなところで何を?」

 その問いに、彼女は答える。

「散歩」
「ひとりで?」
「そう」

 彼女は、衣服の汚れを払う。

「今日、相手がいなくて」
「ああ、そうなの」

 その人はあたりを見る。
 誰もいないのを確かめたのか。

「道もないところで危ないわ」
「そうだけど」
 彼女は訊き返す。
「姉様こそ何を? ひとり?」
「私もひとりよ」
「ふうん?」

 見ると、その手には花が握られている。





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