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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「戒院と『成院』」8

2019年11月19日 | T.B.2000年

「この薬草を3袋、こっちは1袋。
 ああ、印をつけてくれ」

リストを見ながら
『成院』は店主に指示をだす。

「そっちのは量り売りはしてないのか。
 1袋はちょっと多いんだよなぁ」
「こっちも商売だからな。
 おまけをつけておくよ」
「ならおまけはこれにしてくれ。
 もしくは値引き、どちらかだ」
「お兄さん上手だねえ」

賑わう、北一族の市場。

水辺を囲う八つの一族が
一斉に集う場所。
東一族の村に居ては手に入らない物が
あれこれと揃う。

ふた月に一度程、
医師は『成院』に薬草の買付けを頼む。

これも仕事の1つだ。

「さて。使いはこれで終わりか」

うーんと
『成院』は伸びをする。
今日は泊まり。
これから明日帰るまでには時間がある。

「少し、飲みにでも出、る………か」

視線を感じてそちらを見ると、
1人の西一族がこちらを見ている。

「………」
「………」

西と東。
対立する一族同士。

停戦状態の今は極力接触を避けるのが
お互い、暗黙の了解となっている。

でも、なぜかその時は足が向いて
気がつけば話しかけていた。

「君、西一族?」

東一族にはあまり居ないタイプの
少し気が強そうで
大人びた雰囲気の彼女。

そうよ、と頷いたあと
次の言葉で
なぜ彼女が自分を見ていたのかを知る。

「あなた、以前もこの村に居たわよね」
「それって俺かな?」

誘いの常套句、西一族は積極的だな、と
思う『成院』に彼女は告げる。

「えぇ。
 あなたその口元のホクロ目立つから」

覚えているわ、と。

「その時は何か探し物をしていたようだけど、
 きちんと見つかったかしら」

「あ」

ああ。

ふうん、と『成院』は呟く。
それはきっと。

「そうか、そうか。
 見ていたのか」

これも何かの縁だろう、と名乗るが、
うん?と彼女は首を傾げる。

「そちらには無い響きなのかな」
「無いと思うわ…イ……イン?」

東一族独特の名前だが
他一族には耳慣れないだろう、と
思わず、こう名乗る。

「『カイ』でいいよ。そう呼ばれる事が多いし」

ここは東一族の村では無く、
自分を知るものは誰もいない。

だから、

今日はそう名乗っても
いいんじゃないだろうか、と
そういう気分だった。
 

今だけ、戒院でも。


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