TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「辰樹と媛さん」1

2019年09月13日 | T.B.2019年


「あの、」

「はじめまして」

 彼は、目の前に立つ者を見る。

 そこに、小柄な少女。
 どう見ても、まだ成人はしていない。
 つまり、彼より年下。

 彼女は、彼より一段上の場所にいる。
 見下ろすように、彼を見る。

 その彼女がまとう東一族の衣装は、とても上質なもの。
 高位の証。

「あなた、名まえは?」

「えーっと、」

 彼が答えると、彼女はその場から飛び降りてくる。

「おい、危なっ」
「ねえ、兄様」

 彼女は、彼をのぞき込む。

 血がつながっていなくても、年上の者を兄と呼ぶことは、東一族ならでは。

「さっそく、水辺に行きましょ」

「え?」

「きっと、たくさんの花が咲いているわ」

「いやいやいや。待てよお前」
「待たないし」
「待てって」

 彼女は構わず歩き出す。

「俺、一応、宗主様から護衛で頼まれて」
「私は遊び相手と訊いたわ」
「遊び!?」

 はあ!? と、彼は気の抜けた声を出す。

「遊び。遊び……?」
「そう、遊び相手」
「遊んでいいのか?」
「いいに決まっているでしょう!」

 彼女は、びしっと云う。

「こんなお天道様日和に、遊ばないでどうするのよ!」
「おぉお」

 彼は彼女を見る。
 少し考え、た。たぶん。

「……だな!」
「でしょ!」

「よし、行くか!」

 彼女は走り出す。

「いやいや、でも待ってくれ!」
「早く水辺を見たいの!」

「お前名まえは?」

「私のこと、お前って云えるの、すごいわね」

「だから名まえを」

「私、変な名まえだから」

「何それ?」

 彼女が振り返る。

「変な名まえなの」

 彼は首を傾げる。

 つまり、恥ずかしいと云うことなのか。

「じゃあ、何て呼ぶ?」
「何とでも」
「うーん、……」

 彼は云う。

「媛さん、でいっか」
「媛さん?」
「そう」
「ふむ」

 彼女は頷く。

「いいじゃない」





NEXT

「水樹と嗣子」14

2019年09月10日 | T.B.2003年

「嗣子、か?」

裕樹が問いかける。

「…………」
「返事しろよ。
 もしかして、本当に具合悪いんじゃ」

「帰った方がいいよ」

お互い顔は見えないまま、
嗣子の表情は分からない。

ただ、淡々とした声が聞こえる。

「ねぇ、勝手に来ているでしょう。
 怒られるんじゃない」
「まだばれてないから大丈夫」

そんな訳ない、と嗣子が言う。

「怒られた時はその時で、
 謝れば良いし」
「それで済むわけ無いわ」
「平気だって」
「そんなの!!」

嗣子は言う。

「私も、大丈夫だと思ってた。
 大した事無いって」

「……嗣子」

あの夜の事を言っていると2人は気がつく。
それとこれでは話が違う、
でも、嗣子はそうは思っていない。

「だって、スガは私のこと分かってくれて、
 悪い人じゃない、
 単純に東一族の事を知りたいだけだから、
 きっと、なんの問題も無いって」
「「………」」
「本当に、優しかったんだよ」
「嗣子、それは」
「わかってるよ!!」

砂一族が言葉巧みだっただけ。
嗣子に悪気があった訳じゃ無い。

ただ、あまりにも迂闊だった。

「宗主様に言われた。
 それで、隙を突いて砂一族が入り込んでいたかもしれない。
 毒を撒かれて何人も命をおとしていたかもしれない。
 …………挙げ句、お前はその有様だ、って」

「今まで、私。
 ひとりぼっちだなって思っていたけど」

ねえ。

「本当に1人になっちゃった」
「そんな事無いって。
 きっとすぐに出られるようになるよ」
「………でも」

許しが出て、
牢から出ることが出来ても。

「もう誰も。
 私の事、いらないでしょう」

「嗣子、そんな事、い」
「バカな事いうな!!」

水樹の言葉が聞こえなくなるほど大声で
裕樹が叫ぶ。

「自分で決めつけるな。
 バカ!!勝手にしろ!!」

そのまま裕樹は踵を返して元の道に戻る。

「おおい、裕樹お前どこ行くんだ」
「帰る!!
 もう、俺は帰る!!」

それはもう、
怒っているんだと明らかに分かる足音を立てて。
やがてその足音が聞こえなくなると
驚いた、と牢の中から声が聞こえる。

「あんな大きな声出さなくても良いじゃない」

「そうだな、
 裕樹、あんな大声出せるんだ」
「……怒ったんでしょうね」
「だろうなぁ」

でも、と水樹は言う。

「あいつまた来るよ」
「そう」
「来るなって言われても来るだろうな」

「なあ」

水樹は問いかける。

「どうして砂漠に行ってたんだ」
「………どうしてって?」

スガに会うためだけど、と
嗣子は答える。

「でも、最初から砂一族に会いに言った訳じゃないだろ」
「………」

「新月の晩は、
 星が良く見えたから」

家の窓からではなく、
広い砂漠で見る夜空が好きだった。

ただ、それだけ。

「ここからじゃ、空は見えないな」

空気を入れるためだけの窓。
そこからは上手く外を見ることは出来ない。

「見れるよ、また、すぐ」

ほら、と水樹は言う。

「今度は俺と裕樹が連れて行ってやる」

最初からそうしていれば良かった、と。
そして、これからいつでも出来る、と。

「………」

「嗣子?」

「あなたはいいわ。
 来ないで」
「はあ?」
「だって、とっても煩いし」
「うるさかったのか」
「声、大きいし
 なんか、ぐいぐい、来るじゃない」
「いやそれはよく言われるけど、
 ええっともしかして、迷惑だった?」

「とっても、困っていたわ」

「そっかー、えええ。
 そうか」

ええええ。と水樹は肩を落とす。

「ここから出た時に見かけたら、
 挨拶ぐらいはしてあげる」

さ、早く行って、と促され
水樹もその場を後にする。

「またなー」

ふぅ、と嗣子はため息をつく。
または無いと言ってるのに。

「困っていたよ」

それはもう、どうしようかと。

スガのように
自分の事を理解してくれる事は無かったけど、
もしかしたら、と
どこか期待して仕舞う程には。

「バイバイ」

嗣子はもう、誰も居ないその壁の向こうに
そっと、手を振る。


T.B.2003 
東一族の村にて。

「水樹と嗣子」



「涼と誠治」38

2019年09月06日 | T.B.2019年


「不思議な話だ」

 山一族の族長が云う。

「黒髪の西一族」
「…………」
「本当に、西一族なのか?」

 族長は、再度訊く。

「髪色はもちろん。顔立ちと云い、やることと云い」
「どう云うこと?」

 横にいる族長の娘が訊ねる。

「敵地にいても冷静になり、黙りをすることだ」
「へえ!」
「今の若い西一族は、ここまで出来ん」

 族長が云う。

「相当、訓練を積まされているんだな」

 涼は何も云わない。

 族長は、笑う。

「西一族の村長も、すごいのを育てている」
「ふうん」

「そうだ」

 族長は、娘を見る。

「お前の鳥は?」
「私の?」
「怪我は治っているだろう?」
「ああ、この前の」

 族長の娘が云う。

「でも気性が荒いからなぁ」
 云う。
「他人に何をするか判らないよ」

 族長が頷く。

「お前の鳥を、ここへ」
「判ったわ」

 しばらくして、族長の娘は鳥を連れて戻ってくる。

 山一族が狩りの供とする、白く、大きな鳥。

「さあ」

 族長の娘が云う。

「族長様よ」

 鳥は大人しく、族長の腕に乗る。

「ほら」

 族長は、鳥を涼の前に出す。

「覚えているか?」
「…………」
「お前に礼を云っておる、西一族よ」

 涼は横になったまま、その鳥を見る。

「お礼?」
 族長の娘が首を傾げる。
「お前こそ忘れたのか?」
「あ、えっと」

「狩りではぐれたときのことだ」

 鳥が鳴く。

 少し前、

 共に狩りに出たとき

 怪我を負った、この鳥とはぐれた。
 探しても見つからない。
 諦めて村へ帰ると、いつの間にか、手当をされた状態で戻っていた。

 鳥が再度、鳴く。

「この西一族が恩人だ」
「……え?」

 族長の娘は、涼を見る。

「なぜ、それが、」
「この鳥の様子を見れば判るだろう?」

「……そうか」

 涼が呟く。

「……してほしいと」
「何?」

 族長は涼を見る。

「怪我は完治しているから、狩りに連れ出してほしいと云ってる」
「何!」
 族長が声を出す。
「お前、鳥の言葉が判るのか!?」

 族長は笑う。

「鳥を救ってくれて、感謝する」

 族長の娘も、慌てて礼をする。

「そう、あなたが……」
「借りを返すのは、我々たちの方なのだよ」
「……感謝します」

「さあて」

 族長は立ち上がる。

「ゆっくり休め」

 そして、窓の外を見る。
 雨が、上がっている。

「お前の迎えは、誰が来るかな?」





NEXT



「水樹と嗣子」13

2019年09月03日 | T.B.2003年

「はぁ~、お偉いさんと会うの、緊張した~」
「宗主様って言いなよ、兄さん」

水樹と裕樹は宗主の屋敷を離れる。

「ってか、宗主様と佳院兄さんってそっくりだよな。
 佳院兄さんも将来ああなるのかな」
「そりゃ、親子だから」
「近寄りがたい佳院兄さんかぁあ」
「今も俺は結構近寄りがたいけど、
 わいわい話しかけるの水樹兄さんだけだし」
「そっかー」
「そうだよ」
「………」
「………」

整った庭をとぼとぼと歩く。
出口まで、宗主の敷地は広い。

「俺達の説明って、
 どこまで宗主様に伝わったかな」
「どうかな、伝わってあれなのか、
 伝わらずあれなのか」

座敷牢にて謹慎。
期限は決まっていない。

それが水樹達が聞かされた
嗣子の罰。

「期限が決まっていないって
 どういう事だろ」
「………無期限ってわけじゃないだろう」
「そうかな」
「1.2年とか。案外1ヶ月とか」
「兄さん適当な事言わないでよ」

「『命があるだけでも、マシだと思え』」

宗主から2人に向けられた言葉。
それは分かっている。
それでも。

「「………」」

「なあ、嗣子って
 ここのどこかに居るんだよな」

今はこの敷地のどこかに移された、と聞いている。

「俺、こっちだと思うな」

背ほどの庭木が生い茂る脇道を指差し、
水樹が歩き始める。

「兄さん、どこ行くんだよ」
「嗣子に会いに」
「………いや、ダメだって」

両親ですら会うことが出来ないのに。

「だから、
 今しか無いだろ」

いや、だってさ、と
しばらく悩んだ後、腹を決めたように
裕樹も水樹の後を追う。

「あの家かな、兄さん」
「いや、あんな東屋みたいなのじゃ無いと思うな。
 あれは、こう、隠れて住んでる奥様的な」
「それってどういう」

うーん、と水樹は辺りを見回す。

「あそこ」

ぽつん、と佇む建物。

入り口には鍵が掛かっている。
2人は裏手に回るが、
目線の高さよりも上に
小さな窓が2つ。

ここに、嗣子が居るのだろうか、と
そこからをためらう裕樹に遠慮することなく
水樹は声をかける。

「おーい、嗣子!!」
「兄さん声大きいって。
 他に人が居たらどうするんだよ」
「いや、女子の部屋に入る前は
 必ず声かけろって姉ちゃんが」
「今それ必要かな!?」

「「…………」」

暫く待つが、返事はない。

「兄さん、ここは違うんじゃ」

いや、と水樹は続ける。

「っていうか、具合悪くて
 中で倒れていたり」

その言葉に裕樹も顔を青くする。

「裕樹!!肩車!!」
「分かった」

うん、と顔を見合わせた後、
さっと2人はお互いを待つ。

「俺が上かと」
「え?兄さんが下だろ?」

あわあわ、と何だかタイミングの合わない2人が
もたついている間に
今までは無かった気配が建物の中で動く。

小さく、けれども
部屋の中で反響した声が2人に届く。

「何しに来たの?」


NEXT