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「稔と十和子」1

2018年06月26日 | T.B.2003年

稔は西一族の医師。
正確には医師見習い。
高子という医師の助手をしている。

「大変だわ」

「そうですね」

この病院には
一人、高齢の医師がいる。

その医師が腰を痛めて
数日休むことになった。

「数日でどうにかなるかしら」
「そのまま寝たきりってのも
 考えられますね」
「止めて、ゾッとしちゃうわ」

歳も歳だから
担当していた患者は少ないが
それでも
ただでさえ医師が少ないこの病院では
一人当たりの負担が増える。

「いくら狩りの一族だからって
 外科医ばっかり増やすのは
 どうかと思うわ」

全くだ、と稔は思う。

外科医の現場には向かない、と思ったので
こちらの病院にしたが
本当に人手が足りない。

高子だっていつ結婚や出産で休むとも知れない。

高子は稔を後継として期待しているが
稔はあくまで【助手】として
ここに居たいのだ。
これ以上負担が増えるのは勘弁したい。

本職がおろそかになってしまう。

「いつもと違う患者も診て回るから
 カルテは取り違えないように
 名前の確認をきちんとね」
「はいはい」

診察室で高子が問診をしている間に
稔は待合室で
症状を聞いてカルテに書き込む。

それを元に最終的は判断を下すのは高子だ。

「最近はどうですか」
「膝がねぇ、寒くなるとダメよ」
「ここまでは
 息子さんが送ってくれたのですか」
「そうよ、良い子でね、
 今度南一族の村に観光で行こうって」

患者の割合は高齢の者が多い。
待合室は談話場になるが
稔はよくその話を聞きながら問診をする。

通い慣れた患者などは
こちらから聞く前に
家族の話をしてくるが

稔はそれを笑顔で聞く。

「それなら少しでも
 膝の調子を良くしないと。
 あぁ、どうぞ、診察室へ」

症状を書き込み、
前の患者が終わったのを確認して
カルテと共に高子の元へ通す。

「さて、と」

次に待つ患者のカルテを手にする。

「と…わ、かな?」

読みを確認して名を呼ぶ。

「………」

診察室を見回すが返事がない。
待ち時間が長く、
どこかへ席を外しているのだろうか。

「誰だっけ」

名前にあまり馴染みがない。

「    」

声量を上げて呼ぶが
やはり返事がない。

「先生」

稔が首を捻っていると
馴染みの患者が透を呼ぶ。

「はい、どうしました?」

「あの子だよ」

指さす方、少し離れた席に
若い女性が1人座っている。

時々姿は見た事がある。
老先生の患者か、と
稔はカルテを開き、
なるほど、と彼女の元へ歩く。

驚かせない様に
肩にそっと触れた後
彼女の目の前に屈む。

「こんにちは、十和子さん。
 もうすぐ診察ですよ」

彼女の視界に入り
一言ずつゆっくりと話す。

十和子は首を傾げた後
指を動かす。

稔はそれには疎いが
彼女が何を聞きたいのかは
何となく分かるので答える。

「今日は老先生がお休みなので
 高子先生が代わりに診られます」

稔の口元を凝視していた十和子は頷く。

「今日は筆談が多くなると思いますが
 良いですか?」

カルテにはこう書かれている。

彼女は耳が聞こえない。


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