琴葉の母親は、息を吐く。
仕事場の、自身の机に向かい、頭を抱える。
日は高い。
その視線の先には、村長直属の男。
「命令ですから」
琴葉の母親は頭を抱えたまま、目を閉じる。
不安になる。
娘が、ひとりで西一族の村を出たのだ。
いつのことだったのだろうか。
気付かなかった。
まさか、いなくなるなんて、考えたこともなかった。
何も云わなくても、あの家にいるものだと思っていた。
本来ならば、何てことのないこと。
西一族が、村外へ出かけることは、自由なのだから。
けれども、琴葉は足が悪い。
それだけではない。
娘には、西一族の村を出てはいけない理由が、ある。
琴葉の父親は諜報員。
父親が西一族を裏切らないよう、娘は人質なのだ。
――本人は、知らないが。
そして、
娘と云う人質がいなくなった今、自分にも見張りが付いた。
娘を探しに行くことが、出来ない。
「ねえ」
琴葉の母親は、部屋にいる男に声をかける。
「誰か、探しに行ってくれているの」
「そのはずです」
「まだ、見つからないの?」
「だから、待機命令が続行されています」
「いったい、いつから娘はいないのよ」
「知りません」
「……知らないって」
男が云う。
「娘の母親が知らないのに、なぜ我々が知っていると?」
琴葉の母親は、口を閉じる。
そうだ。
……そうなのだ。
いつも仕事ばかりで、家に帰ることは滅多にない。
娘がいなくなったこと、
今も見つからないこと、
この男や村長を、責めることは出来ない。
母親失格だ。
琴葉の母親は息を吐く。
窓の外を見る。
「まあ、知っているとしたら」
男が云う。
「あの、黒髪じゃないですか」
「黒髪の……」
母親は、男を見る。
「ねえ、黒髪の子をここに呼んできてくれない?」
男は笑う。
「説教でもするのですか」
「違うわよ」
「無理です」
男が云う。
「あの黒髪にも、待機命令が出ています」
「あの子にも?」
「家から出られないはず」
「……そう」
男が首を傾げる。
「やっぱり、嫌になったのでしょうね」
「嫌?」
「黒髪と結婚させられたこと」
「…………」
「そりゃあ、西一族ならそう思って当然です」
「…………」
「母親のあなただって、黒髪の孫が生まれたら嫌でしょう」
母親は答えない。
「あ、でも。西の黒髪から、黒髪の子が生まれることはほとんどないとか」
男が云う。
「まあ、そもそも前例はないですが」
西一族で突発的に生まれる、黒髪の者。
その存在は消され、
表に姿を現すことなく、一生を終えることが普通なのだ。
「とにかく」
母親が云う。
「娘が見つかったら、連絡は入るのよね」
「もちろんです」
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