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「規子と希と燕」10

2014年12月02日 | T.B.1961年

合流地点では希が獲物をさばいていた。
いつもそういった作業は村の広場で行う。
今回そうでないのは、規子達を待つ時間があった事。

そして、もう一つ。

「今日は助かった」

肉の半分を山一族に渡すためだ。

「これはお前達が持って帰るんじゃなかったのか?」
山一族は皮肉を交えて返す。
「少なくともお前の馬が居なければ無理な話だったからな」
「じゃあ、頂いていく」

良かった。と、規子は思う。
ここまで来て、また希と山一族が争い始めたら
どうしようかと思っていた。

山一族はその肉を包み、身支度を整える。

「それじゃあな。
 いつまでもここに居ると面倒だからな」
「ありがとう。
 あなたのおかげで助かったわ」

あぁ、と山一族はしばらく規子を見つめる。

「どうだ、一緒に山一族に来ないか。
 お前なら歓迎するぞ」
「……え?」
「おい、ちょっ!!お前!!」

規子が何か答える前に
慌てた燕が割り込んでくる。

「ふざけるのもいい加減にしろよ山一族」

呆れた希も規子の前に出る。

「冗談だ。
 でもまぁ、楽しかったよ。
 お前達ならまた付き合ってやってもいいぞ」

そう言い捨てて、山一族は馬を走らせる。


「なんだったんだ、あいつ」
そう言いながらも燕はどこか楽しそうだ。
「……さて。無事獲物は持ち帰れそうだ。
 俺たちも早く帰ろう」

希の言葉に、規子と燕は頷き、
手早く荷物をまとめ始める。

確かに彼は理由があったとは言え
規子達にとても良く接してくれた。
山一族が皆そうであれば、協定の話も何か違っただろうか。
「……希」
規子はぼつりと希を呼ぶ。燕は少し遠く、2人の声は聞こえない。

「知っていたんだ。燕の事」

希は驚いて顔を上げる。
「燕の事って」
何のことだ、と誤魔化そうとするが遮って規子は言う。
「山一族との協定の事」
あぁ、と希は顔を曇らせる。
「聞いたのか」

それならば納得が行く。
希が狩りに必死だったのは燕の為だ。
少しでも功績をあげて、
燕をこの役割から下ろそうとしていたに違いない。

でも、燕も言っていた。
もう決まったことだ、と。

「私だけ、知らなかった」
「すまん。
 まだ、村長からの正式発表前だ。
 箝口令が敷かれていてな」
「そうじゃなくて」

「私に出来ることは無かったのかな」

うん、と希は静かに言う。

「俺も、……色々考えてみたけれどさ」

希の視線は先に居る燕に向けられている。

「山一族から嫁が来たら、
 それとも東一族との争いが激しくなったら
 もう、こんな風には過ごせないだろう」
「止めてよそんな話」
「あぁ、でもな
 あと何回なのだろうって思うんだ」

「規子と俺と―――燕と、
 こうやって3人で出かけるの」

だから、と希は笑う。

「規子はいつも通りでいいんだよ。
 いつも通り変わらないままで」

その会話はもしかしたら燕にも聞こえていたかもしれない。
規子は彼の後ろ姿を見る。

いつものままで、と希は言うけれど
2人がそれぞれに決めた覚悟を知ると
まるで遠くの人の様にも見えた。

「……置いていかないでよ」

規子は静かにそう呟く。



T.B.1961年 西一族のある狩りの日の話。
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