TOBA-BLOG 別館

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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「天院と小夜子」2

2014年07月25日 | T.B.2016年

 いつも通り。

 誰にも姿を見られないように、屋敷へと戻っていた彼は。
 道の先に誰かがいるのに気付く。

 近付かず、彼は目をこらす。

 ああ。
 いつも、屋敷で豆をむいてる、……彼女だ。

 彼は、気付かれないよう、彼女に近付く。
 彼女を見る。
 彼女は、果物を運んでいる。
 今夜、屋敷の食卓に並ぶものだろう。

 目が見えない彼女の歩きは、ゆっくりだ。

 彼女を追い越そうか。

 そう彼が思ったとき、

 彼女が突然、道の真ん中で転ぶ。
 見ると、彼女の足下に段差がある。

 彼女は慌てて、果物を拾う。

 彼は、その様子を見る。

 手探りの彼女は、なかなか果物を拾いきれない。

 だんだん、日が落ちてくる。
 彼女は、落ちた果物を探し続ける。

 彼は、息を吐く。
 自分の姿を見る。
 出来れば、今は、この姿を見られたくはない。
 が
 目の見えない彼女ならば、大丈夫……だろうか。

 彼は、遠くの果物を拾う。
 これが、最後のひとつ、だ。

「……はい」

 彼は、小さく声を出す。
「落ちてたよ。……どうぞ」
 彼女が顔を上げる。

 彼は彼女の顔を見て、驚く。

 使用人と云うから、自分とは年が離れているかと思っていたが
 自分と、そう年が変わらないであろう、顔つき。

「ありがとう」

 彼女が云う。
 彼を見る。
 けれども、目は合わない。

 大丈夫。
 自分の姿は、よく見えてないはずだ。

 彼は、彼女の手を取る。
 彼女の手に、果物を握らせる。

「探してたの、これでしょ?」
「ありがとう」

 彼女は微笑み、お礼を云う。

「君、目が、……見えないの?」

 ふと口から出た言葉に、彼は後悔する。
 早く、自分は、ここから立ち去るべきなのに。

 彼女を見ると、彼女は顔を赤らめている。
「まったく見えないわけでは」
 彼女は云いながら、受け取った果物をかごに収める。

 そして、彼を見ようとする。

「目が悪いから、果物を探すのに時間がかかってしまって」
 彼女が云う。
「だから、あなたが、ここにいてくださったことに感謝します」

 彼は、その言葉に目を見開く。

 ここにいてくれたことに、……感謝?

 彼女は、言葉を続ける。

「あの……、お名まえは」
「あ、いや」
 彼が、云う。
「いいんだ」
「急ぎですか?」

 云いながら、彼女は首を傾げる。
 彼の姿を、見ようとする。

「……どうかした?」

 云いながら、彼は、少し後ろに下がる。

「もしかして、怪我をしてる?」
「え?」
 彼女が云う。
「血のにおいがする!」
「まさか」
 彼が、笑ってみせる。
 額から、汗が流れる。

 気付かれた。

 彼には、乾いた自身の血が、こびりついている。

 慌てて、彼は云う。

「ところで、君も、急ぐんじゃないの?」

 そう云われて、彼女ははっとする。

「そうだ。私、早く戻らないと」
 彼女が云う。
「また会えたら、お名まえを教えてください」
 彼女は、頭を下げ、歩き出す。

 この道の先の向こう。
 東一族の宗主の屋敷へ。



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