「落ちたって」
琴葉も息をのむ。
「……誰が?」
母親は首を振る。
「いや、まさか!」
琴葉は云う。
「あいつなわけないわ!」
「もしや、」
琴葉の表情は、笑っている、ようで、強ばっている。
「あいつの運動能力知ってる? まさか崖から落ちるなんて、」
琴葉の声は、小さくなっていく。
「そんなわけ……」
「状況は、はっきりとは判らないの」
母親が云う。
「狩りで何があったのか。崖から落ちたのはいったい誰なのか」
「…………」
「聞いた話だから……。でも、あの子は家に戻ってきてないのよね」
突然、琴葉は立ち上がる。
部屋を出る。
「どこへ行くの!」
琴葉は答えない。
外へ向かう。
雨が降っている。
足を引きずる。
そうだ。
この雨は、昨日から降り出した、雨。
雨の中、狩りが行われていたと云うのか。
琴葉は、広場へと来る。
広場はざわついている。
判る。
何かが起きたと。
琴葉は、紅葉を見つける。
近付く。
紅葉も、琴葉に気付く。
その、琴葉の表情に、思わず紅葉は一歩退く。
「あいつ、あんたと同じ班よね」
「え。……ええ」
「なぜ、ひとり足りないのよ!」
琴葉は紅葉を掴む。
「狩りの班は、四人一組でしょ!」
「落ち着けって!」
班のもうひとりが、琴葉を止める。が、
「さわらないで!」
琴葉はそれを振り払う。
「何で、あんたたち三人がいるのに、あいつはいないのよ!」
琴葉は止まらない。
「見棄ててきたのね!」
「おい。待てって!」
「早く、迎えに行きなさいよ!」
「落ち着いて!」
紅葉が云う。
「三人戻ったと云っても、ひとりは意識がないの」
紅葉は前村長の孫のことを云う。
「意識がないって」
「いったい山で何が起きたのか、私にも……」
判らない、と、紅葉は首を振る。
山の中の状況は悲惨だった。
雨が降りはじめ
狩りを中止しようと云う助言にも関わらず
狩りを続ける、と、前村長の孫がひとり動き、
黒髪の彼が、そのあとを追った。
やがて、雨が強くなり、雷が鳴り出す。
残るふたりは、やむなく下山。
ところが
なぜだか、
村の入り口に、前村長の孫が倒れていたと云う。
傷だらけで
陰から落ちた。
それだけを呟き、意識は失う。
けれども、黒髪の彼の姿はない。
こうして待っているのも、ずいぶんと時間が経つ、と。
琴葉の表情が、凍る。
「あいつは、今、どこに……」
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