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「琴葉と紅葉」31

2019年03月01日 | T.B.2019年


「落ちたって」

 琴葉も息をのむ。

「……誰が?」

 母親は首を振る。

「いや、まさか!」

 琴葉は云う。

「あいつなわけないわ!」
「もしや、」

 琴葉の表情は、笑っている、ようで、強ばっている。

「あいつの運動能力知ってる? まさか崖から落ちるなんて、」

 琴葉の声は、小さくなっていく。

「そんなわけ……」

「状況は、はっきりとは判らないの」
 母親が云う。
「狩りで何があったのか。崖から落ちたのはいったい誰なのか」
「…………」
「聞いた話だから……。でも、あの子は家に戻ってきてないのよね」

 突然、琴葉は立ち上がる。
 部屋を出る。

「どこへ行くの!」

 琴葉は答えない。

 外へ向かう。

 雨が降っている。

 足を引きずる。

 そうだ。

 この雨は、昨日から降り出した、雨。
 雨の中、狩りが行われていたと云うのか。

 琴葉は、広場へと来る。

 広場はざわついている。

 判る。

 何かが起きたと。

 琴葉は、紅葉を見つける。
 近付く。

 紅葉も、琴葉に気付く。

 その、琴葉の表情に、思わず紅葉は一歩退く。

「あいつ、あんたと同じ班よね」
「え。……ええ」
「なぜ、ひとり足りないのよ!」

 琴葉は紅葉を掴む。

「狩りの班は、四人一組でしょ!」

「落ち着けって!」

 班のもうひとりが、琴葉を止める。が、

「さわらないで!」

 琴葉はそれを振り払う。

「何で、あんたたち三人がいるのに、あいつはいないのよ!」
 琴葉は止まらない。
「見棄ててきたのね!」

「おい。待てって!」

「早く、迎えに行きなさいよ!」

「落ち着いて!」

 紅葉が云う。

「三人戻ったと云っても、ひとりは意識がないの」

 紅葉は前村長の孫のことを云う。

「意識がないって」
「いったい山で何が起きたのか、私にも……」

 判らない、と、紅葉は首を振る。

 山の中の状況は悲惨だった。

 雨が降りはじめ
 狩りを中止しようと云う助言にも関わらず
 狩りを続ける、と、前村長の孫がひとり動き、
 黒髪の彼が、そのあとを追った。

 やがて、雨が強くなり、雷が鳴り出す。
 残るふたりは、やむなく下山。

 ところが

 なぜだか、

 村の入り口に、前村長の孫が倒れていたと云う。

 傷だらけで

 陰から落ちた。
 それだけを呟き、意識は失う。

 けれども、黒髪の彼の姿はない。

 こうして待っているのも、ずいぶんと時間が経つ、と。

 琴葉の表情が、凍る。

「あいつは、今、どこに……」



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