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「琴葉と紅葉」32

2019年03月08日 | T.B.2019年


 雨が降り続いている。

 が

 状況を知ろうと、広場には、たくさんの西一族がいる。
 誰もが、雨に濡れている。

「まあ。でも、さ」

 近くにいた誰かが云う。

「よかったんじゃないか、あいつで」

 琴葉は顔を上げる。

「崖から落ちたのが、あいつで」
「まあ、そうね」
 さらに、誰かが云う。
「黒髪のあいつだったからねぇ」
「いてもいなくても、……いや、むしろいない方が」
「一族のため?」

 小さな笑い声。

「いくら狩りの能力があってもな」
「西一族で黒髪じゃあ」
「とても……一緒にはいたくないよな」

「何を!」

 琴葉は、その笑い声に、掴みかかろうとする。

 が、

 すぐに振り払われる。

 琴葉は倒れる。

「お前も役立たずなんだから、」
「いない方がいいに決まってる」

「何で、……何で」

 琴葉は首を振る。

「お前ら、いらない者同士だもんな!」

 琴葉は歯を食いしばる。

 手を見る。
 服を見る。

 雨と泥で、汚れている。

 琴葉は、身体を起こす。

 そのまま地面に、手をつく。
 うつむき、声を出す。

「……お願い」

 云う。

「助けに、行って」

 広場がざわつく。

 多くの西一族が、彼女を見ている。
 琴葉は坐り頭を下げたまま、云う。

「ねえ、……誰か」

 誰か

 誰でも、よい。

「お願い。彼を助けに、」

 助けに、行って。

 雨が、琴葉を濡らす。

 多くの西一族がいる。のに、誰も動かない。
 何も、云わない。

「お願い……」

 誰か。

「……お願い、……します。彼を助けて」

 雨が降り続ける。

「涼(りょう)を助けて……」

 琴葉は首を振る。

「……どうして」

 琴葉は、顔を上げる。
 その顔は、服は、泥で汚れている。
 涙を流している。

 多くの西一族は、琴葉から目をそらす。

 ……どうして

「どうして誰も、助けてくれないの……?」




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