「もしやと思って、村長に云ってみたんだが」
父親は息を吐く。
「無理だったみたいだな」
母親は、坐ったまま、父親を見上げる。
云う。
「あの子を、南へ連れて行こうとしたの?」
「そうだよ」
父親が頷く。
「もちろん、君も」
母親は首を振る。
「私も娘も、西一族の村から外へ出られないのよ」
母親が云う。
「だって、……」
「判ってる」
父親が云う。
「君も娘も、俺に対する人質だ」
父親は、母親の横に坐る。
「西一族の村に家族を縛ることで、俺を裏切らせないようにしている」
――西一族の諜報員。
父親の仕事は、それだった。
「そう、判っているのに、なぜ?」
母親が訊く。
「なぜ、そんなことを、村長に云ったの?」
「もしやと思ったからだよ」
父親は首を振る。
「狩りの出来ないあの子が、可哀相だったから」
父親が云う。
「……俺の弟も、そうだった」
「ええ」
「病弱で、狩りに参加出来ず、役立たず扱い」
「…………」
「それを見てきたから、かな」
母親はうつむく。
「村長は、賢い」
母親が云う。
「結婚なんて」
「あの子が、外へ逃げないようにするためだ」
「しかも」
「よりによって、黒髪の子か」
「黒髪の子も、一族から煙たがられてる」
「知ってる」
母親が云う。
「でも、村長は、黒髪の子を手放したくない」
「え?」
父親は、母親を見る。
「なぜ?」
「なぜって、……何か理由があるのよ」
父親が云う。
「あの子と同じ。外へ逃げないようにするためか」
「……本当に、村長は賢い」
「でも」
父親が云う。
「あの子を、常に見ることが出来ない俺たちだと思えば」
父親は母親の手を握る。
「結婚はよかったんじゃないのか?」
「…………」
「ひょっとしてあの子は、仕合、」
「黒髪の子は、嫌いじゃないの」
父親の言葉をさえぎるように、母親が云う。
「でも、結婚となると、話は別」
「心配か?」
「そうね。ひとり娘だもの」
母親は息を吐く。
「……判ってる。娘は、あの黒髪の子に頼むしかない、てこと」
「なら」
「でも、黒髪の子は、」
「……西一族なのに、黒髪だからか?」
「と、云うか」
「形は、ああでも、西一族の血じゃないか」
母親は、頭を抱える。
それ以上、何も云わない。
「もしや」
父親は母親を見る。
「血が、混じっているのか」
母親は首を振る。
それ以上、母親は答えない。
外では、雨が降り続いている。
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