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「琴葉と紅葉」12

2016年07月29日 | T.B.2019年

「もしやと思って、村長に云ってみたんだが」

 父親は息を吐く。

「無理だったみたいだな」

 母親は、坐ったまま、父親を見上げる。
 云う。
「あの子を、南へ連れて行こうとしたの?」
「そうだよ」
 父親が頷く。
「もちろん、君も」

 母親は首を振る。

「私も娘も、西一族の村から外へ出られないのよ」
 母親が云う。
「だって、……」

「判ってる」

 父親が云う。

「君も娘も、俺に対する人質だ」

 父親は、母親の横に坐る。

「西一族の村に家族を縛ることで、俺を裏切らせないようにしている」

 ――西一族の諜報員。

 父親の仕事は、それだった。

「そう、判っているのに、なぜ?」
 母親が訊く。
「なぜ、そんなことを、村長に云ったの?」
「もしやと思ったからだよ」

 父親は首を振る。

「狩りの出来ないあの子が、可哀相だったから」

 父親が云う。
「……俺の弟も、そうだった」
「ええ」
「病弱で、狩りに参加出来ず、役立たず扱い」
「…………」
「それを見てきたから、かな」

 母親はうつむく。

「村長は、賢い」
 母親が云う。
「結婚なんて」
「あの子が、外へ逃げないようにするためだ」
「しかも」

「よりによって、黒髪の子か」

「黒髪の子も、一族から煙たがられてる」
「知ってる」

 母親が云う。

「でも、村長は、黒髪の子を手放したくない」

「え?」

 父親は、母親を見る。

「なぜ?」
「なぜって、……何か理由があるのよ」
 父親が云う。
「あの子と同じ。外へ逃げないようにするためか」

「……本当に、村長は賢い」

「でも」

 父親が云う。

「あの子を、常に見ることが出来ない俺たちだと思えば」
 父親は母親の手を握る。
「結婚はよかったんじゃないのか?」
「…………」
「ひょっとしてあの子は、仕合、」
「黒髪の子は、嫌いじゃないの」

 父親の言葉をさえぎるように、母親が云う。

「でも、結婚となると、話は別」

「心配か?」

「そうね。ひとり娘だもの」

 母親は息を吐く。

「……判ってる。娘は、あの黒髪の子に頼むしかない、てこと」
「なら」
「でも、黒髪の子は、」
「……西一族なのに、黒髪だからか?」
「と、云うか」
「形は、ああでも、西一族の血じゃないか」

 母親は、頭を抱える。

 それ以上、何も云わない。

「もしや」

 父親は母親を見る。

「血が、混じっているのか」

 母親は首を振る。
 それ以上、母親は答えない。

 外では、雨が降り続いている。



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