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「戒院と『成院』」1

2019年10月01日 | T.B.1999年


「やあ、お目覚めかな」

ふと、声の方を向く。

夢さえも見ない状態を続けていた様な気がする。

見慣れた病室。

自分が患者として横たわる事になろうとは
考えても見なかったが。

「………」

「戒院(かいいん)、分かるか?」

医師の声が聞こえる、が
すぐに意識が遠のく。

今まで患者を看る側であった時に
死を目前にした彼らが
一瞬目を覚ます事が、時折あった。

こういう感覚なのか。

最後に自分を見守る者は居ない。

しかたない。
村に流行った病。
人を遠ざけてくれ、と念願したのは自分だ。

分かっては居たが、
まぁ、少しだけ、寂しくもある。

「……晴子」

最後に顔でも見れたら良かったけれど
自分の死を知ったら
悲しんでくれるだろうか。

これで、自分は終わりなのだろうか。
案外あっけなかったな。と。

「戒院」

急に手を引かれたように、
意識が引き戻される。

「………あれ」
「今度こそ、分かるかい」
「先生………」

「一度目覚めたんだけど
 そこから2日昏睡だったな」

ふむふむ、と
医師が戒院の脈を取る。

「山場は越えたようだ」
「越えた?」

どういうことだろう、と
戒院は首を捻る。

自分が罹患したのは、
決して治ることのない、
死を待つだけの病だったはずだ。

「???」

「とは言え、安心は出来ない。
 まだ安静に過ごすことだ」

おかしい。
何かがおかしい。

更に日が過ぎ、
体を起こすことが出来るようになり
戒院は問いかける。

「何がどうなっているんですか」
「どう、とは」

「倦怠感は残るけれど、
 日に日に体調を持ちなおしている気がする。
 喉の渇きも覚えない」

これではまるで

「病が、治ったかのようだ」
「治っているんだよ。
 倦怠感はおそらく副作用だろうね」
「副作用?薬でも使ったんですか?」
「使ったよ。
 だから君は回復して行っている」

そんな、はずはない、と
戒院はあきれる。

「薬は、存在しないはずだ」

だから今までに何人も犠牲になった。
だから人を遠ざけた。

「冗談もほどほどにしてくれ」
「ならば今の状態を
 どう説明する?」
「………それは」

思わず自分の手を見る。

「本当に?」
「ああ」
「………すごい」

それならば、これから
幾人もの人が助かる。

「きっと、皆よろこぶ」

残念ながら、と医師は渋い顔をする。

「これは今回だけの特例だ。
 奇跡的に薬が手に入った。
 副作用も懸念される。他一族の薬は難しいな」

「他一族だって?」

ああ、と医師は言う。

「君も言っていただろう。
 西一族の村ならば、
 この病の薬があるかもしれない、と」

「………言いましたけれど」

はあ?と戒院は身を乗り出す。

「まさか、西一族の村から!?」
「ああ」
「そんな無謀なこと。
 宗主様は知っているんですか?」
「いいや。
 ばれたらお咎めものだろうね」
「一体誰が、そんな危険な事」

ああ、うん、と
医師は言う。

「成院(せいいん)がね、やり遂げてくれたよ」

「あいつ、」

なんて無理をしたんだ、と
戒院は感嘆とも呆れともとれるため息をつく。

確かに成院ならば、
敵対する西一族の村に忍び込む事も
出来るかもしれない。

「ちぇえ、これからは
 あいつに足を向けて寝られないな」

ですよね、と声をかけると
医師の表情が変わる。

「………」
「せんせい」

戒院は胸騒ぎを覚え、問いかける。
自分の双子の兄の名を。

「成院は、今、どこにいるんです?」

「落ち着いて、聞くように」

医師は前置きをして告げる。

「実は成院も病に冒されていた。
 君と同じ伝染病」

ああ、それでは成院も
この病院のどこかで治療しているのか、と
戒院の淡い期待は破られる。

「そして、彼が取ってきた薬は1人分。
 どういうことだか分かるね」


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