TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「琴葉と紅葉」30

2019年02月22日 | T.B.2019年


「ああ、もう!」

 琴葉は濡れた服を払う。

「雨になっちゃったわ!」

 次の日、琴葉は再度病院を訪れる。
 母親の部屋へと入る。

 母親はいない。

 適当な布で、身体を拭く。
 部屋の隅を見る。

 昨日、置いていった芋がある。

 仕方ない。
 雨が上がったときに持ち帰ろう。

 琴葉はひとりで部屋の中をうろうろする。
 窓の外で降る雨を見る。

 次に、母親の机も見る。

 そこには診療簿が並んでいる。

 あまり見てはいけないな、と思いながらも
 ひとつの診療簿に目がとまる。

 黒髪の彼のものだ。

 担当医は母親ではない。

 琴葉は触らないよう、表書きだけを見る。

 彼の名まえが記されている。

 けれども、
 生年も親の記録も、書かれていない。
 書かれているのは義父の、村長の名だけ。
 並ぶ病名を見ても、琴葉には判らない。

 琴葉は首を振る。

 長椅子に坐る。

 母親を待つ。

 やがて

 琴葉は耳を傾ける。
 病院内が騒がしいことに気付く。

「何だろ」

 琴葉はそのまま待つ。

「あ、琴葉!」

 母親が入ってくる。
 息を切らしている。

「来てたの」
「うん。忙しい?」
「ええ、今ね」

 母親は、机の書類を持つ。

「先生早く!」
「今行く!」

 母親を呼ぶ声。
 廊下で何人もの人が走っている。

「じゃあね」
「判った」

 と、母親が立ち止まり、琴葉を見る。

「あの子、戻ってきた?」

「え?」

「あの子、昨日は家に?」
「あの子って、……黒髪の?」
「そう」

 琴葉の母親は、琴葉の様子に青ざめる。

「まさか、戻って、……来てない?」

「昨日から出てるけど」

 坐ったまま、琴葉は首を傾げる。

「まだ狩りなんじゃない?」
「…………」
「何?」
「今、運ばれてきたの……」
「誰よ?」
「前村長のお孫さん」

「……は?」

 琴葉は目を細める。

「運ばれてきたって、……怪我ってこと?」
「そうよ」
「まさか、」
「黒髪の子と同じ班よね?」
「…………」
「……狩りに出た人が、云ってたわ」

 琴葉の母親は息をのむ。

「崖から、落ちたって」

「え?」

 琴葉は目を見開く。



NEXT
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする