「どこへ行くの?」
ひとりで村の外へ向かう涼に、村長の妻が声をかける。
涼は立ち止まり、振り返る。
村長の妻は涼を見る。
涼の手には、弓が握られている。
「ひょっとして、山へ狩りに?」
涼は頷く。
「ひとりで?」
「そう」
「誠治はどうしたの?」
「誠治はいいんだ」
「いいんだって、……大丈夫なの?」
「何が?」
「あなた、目が悪いでしょう」
涼は首を振る。
「そんなことはない」
「いいえ。視力はほとんどないと、医者が云っているわ」
「…………」
「目も見えないのに、どうやってひとりで狩りをするの」
「いつも通り」
「いつもは誠治なり、誰か班の人がいる」
村長の妻は息を吐く。
「ねえ。あなたの目、いったいどうしたの?」
涼は首を振る。
「生まれつき?」
「違う」
「じゃあ、……あなたの父親が?」
「父親?」
「そんな話を、あの人がしていたわ」
村長の妻は、村長のことを云う。
「あなたの父親は非道い人だったと」
「そんなことを?」
「だってあなたの母親のことも、……」
村長の妻はそれ以上云わない。
ただ一言。
「非道いのね」
涼は首を振る。
村長の妻は、涼の肩にふれる。
「とにかく気を付けて」
「大丈夫」
「足下をよく見て!」
「大丈夫。慣れているから」
「何かあったら、すぐにうちにいらっしゃい」
「何かって?」
「困ったら、ってこと」
涼は頷く。云う。
「ひとつ怖いことがある」
「何? 目が見えないことよりも?」
「耳」
「耳?」
村長の妻は、唖然とする。
「何、訳の判らないことを云っているの」
涼は弓を握りなおす。
空を見る。
そろそろ、山へ入っておきたい。
「天気は大丈夫そうね」
村長の妻が云う。
「大きな獲物が獲れることを祈るわ」
涼は頷く。
歩き出す。
「行ってらっしゃい」
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