大きく息を吐き、高子は椅子に坐る。
先ほどまで、涼の担当医がいたところ。
「大丈夫?」
高子が云う。
西一族一の医者であり、
涼の結婚相手の、母親。
「まったく、何を考えているんだか」
「…………」
「稔(みのり)には診察以外で関わらないことね」
それでも、稔が涼の担当医であることは、変えることが出来ない。
村長が決めたことだから。
再度息を吐き、医者は涼を見る。
「大丈夫だったの?」
同じ言葉に、涼は首を傾げる。
「何が?」
「うちの娘」
「娘?」
「あなたが、うちの娘を助けてくれたんでしょう?」
そう云って、医者は首を振る。
「いえ……。この云い方は、おかしいわね」
云う。
「他人行儀だったわ」
「何が?」
「あなたとうちの娘は、結婚しているのだから」
医者が云う。
「村の外で、ふたりとも危険な目に遭ったんじゃないかと」
「…………」
「お礼を云わなくちゃならない。助けてもらったことに」
「……皆、そう云うけれど」
涼が云う。
「俺は何もしてない」
「確かに、娘を発見したのは別の人だけれども」
医者が云う。
「本当は、あなたが……」
涼は首を振る。
「俺はずっと、あの家にいたから」
「…………」
「…………」
「でも、」
涼は再度首を振る。
「そう」
医者が云う。
「話せないことは、絶対に話さないのね」
「うん」
「なら、娘から聞くことにするわ」
「あー……うん。そうか」
涼が云う。
「話さないと思うよ」
「…………」
「怒られるから」
「……そうね」
医者は涼を見る。
「ねえ。あなたは、……娘と馴れ合わないようにしている?」
「馴れ合わない?」
涼は少し考える。
「そうなのかも」
涼が云う。
「俺は、得体の知れない黒髪だから」
「……そう」
「医師様も父親も、心配するだろう」
医者は笑う。
「まあ、父親はそうかもしれないわ」
「嫌な顔をすると思う」
涼が云う。
「それが普通だ」
「ええ」
「でも、」
涼は首を傾げる。
「医師様は、最初からそうではなかった」
「私?」
「そう」
「……ええ、」
医者が云う。
「昔、西にいた黒髪の女性を、よく知っているから、かな」
「…………」
「気を悪くしないで」
医者は話を戻す。
「……ありがとう」
その言葉に、涼は何も云わない。
「娘を助けてくれて、ありがとう……」
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