TOBA-BLOG 別館

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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「彼と彼女の墓」2

2017年10月27日 | T.B.2020年

 日が昇ると、彼は、一軒の店に向かう。

 北一族の村では
 どの店も早々と支度を済ませ、客を呼んでいる。

 花屋の前で、彼は立ち止まる。

「いらっしゃい」

 彼の姿に気付いた花売りが、声をかける。

「また来たのね、南一族さん」

 花売りは、年は彼とそう変わらない。
 幼いときから店に出るのが、北一族なのか。
 いや

 花売りの髪色は、彼と同じ黒色。

 つまり

 北以外の出身、のはず。
 もしくは、混血。

 花売りは、店に並ぶ花に水を与えている。

「何か、花を買ってもらえる?」

 彼は答えない。
 花売りを見る。

「花はね」

 花売りが云う。

「女性なら、誰でももらって喜ぶものなの」
「そう」
「そのために花が咲くんだわ!」
「…………」
「あなたも、誰かに花を贈ればいい」

 彼は首を傾げる。

「君はいつから花売りを?」
「昔から」

 花売りは答える。

「幼いときに両親が亡くなってしまってね」
「…………」
「何とか生きていかなくちゃならなくなって」

 彼は頷く。

「あなたも、きっと両親がいないのね」
「…………」
「そうでしょ?」
「なぜ、そう思う?」
「うーん。なぜかしら? そう思った」
 花売りが訊く。
「どうして、あなたは両親がいないの?」
 彼が答える。
「判らない」
 花売りは続ける。
「どうやって生きてきたの?」
「自分の一族通りに」
「淋しくない?」
「考えたこともない」

 花売りが云う。

「私の両親は火事で亡くなったの」
「え?」
「火事で」
「火事……」

 その言葉に、彼は手で胸を押さえる。

「今でも、火事の原因は判らない」
 だから火が怖いの、と。
「ねえ。私のこと、不憫だと思う?」

 彼は答えない。

 花売りは彼を見つめる。
 黒い瞳。

 黒い髪。

 東一族の顔立ちが、彼を覗く。

「もし、そう思うなら、花を買ってくれない?」

 彼と花売りの視線は合わない。

 花売りが手を伸ばそうとして、
 彼は首を振る。

「ここの花でよければ、近いうちに」
 云う。
「雨が上がったら」

 花売りは笑う。

「そうね」

 苦笑い。

「よろしく」

 花売りは空を見上げる。
 仕方ない、と、店先の花をしまう。

 雨が降り出す。



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