TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「燕と規子」3

2016年02月16日 | T.B.1962年

「おかえり、ケガはない?」

西一族の自宅に帰宅した燕を嫁が出迎える。

「多少はしたけど。
 生きてはいるよ。安心して」

彼女は燕の体をあちこち探る。

「本当に?
 ケガを隠していたら承知しないから」

待っているのはつらいわ、と
安堵の息を吐く。

「大丈夫、大丈夫。
 不安にさせてごめん」

燕は彼女を抱きしめる。

「一人で大丈夫だった?
 村の奴らに何か言われたりとか?」
「心配するような事は
 何も無いわ」

お茶を入れるから、と
彼女が立ち上がる。

燕も腰を下ろし
久しぶりの自宅を見回す。

お湯を沸かす音が聞こえてきて
初めて家の静かさに気がつく。

西一族は両親と共に
息子夫婦が住むことも多いが
燕は別に家を構えている。

家には兄が居る事と、
そうした方が自分たちには都合が良いと
燕が決めた。

「今はこんなご時世だから
 皆、他一族の私を
 どうこう言っているヒマもないもの」

はい、どうぞ、と
カップを置く彼女は
山一族から西に嫁いで来た。

外見は西一族と大きくは変わらない。
同じ狩りの一族だし、
食生活も似ている。

違う点と言えば金色の瞳。

「そう、なら良かった」

嫁いで来たばかりの
知らない土地で一人。
本当は苦労しているはずだ。

「私も戦いに出られたらいいのに」

彼女が言う。

「西一族は女性も戦いに出るでしょう?
 私だって山一族では
 狩りを手伝っていたのよ」
「ああ。
 気持ちは嬉しいけど」

確かに燕が逆の立場なら
出来れば近くに居たい。
もし、ケガをしたときに
その知らせを遠くの村で聞くなんてごめんだ。

命を落とすかもしれないならなおさら。

「うーん」

ただ、兄の心配っぷりを見ると
燕の戦い方は
見ていた方が心臓に悪いだろう。

「やめておいた方が良いかな」
「……そうかしら」
「そうだよ、
 それに」

燕は言う。

「お前が戦場に出て
 ケガなんてしたら
 協定の意味がない」

西一族と敵対している一族は
東一族の他にもう一つ。
狩り場を争う山一族。

東一族との争いが激しくなった今
山一族までも
相手にはしていられない。

そうやって、
結ばれた不可侵の協定の証。
彼女はそうやって嫁いで来た。

「そこは
 ケガなんてしたら
 俺が心配だ、と言うべきよ」

彼女は頬を膨らませる。

「だって、
 もっともな理由じゃないと
 お前納得しないじゃんか」
「あら、よくご存じで」

ふふふ、と彼女は笑う。

村長の命令で
相手として選ばれたのは燕だが
気が合う所が多く
良い選定だったのではないかと思う。

燕自身は
押しつけられたとも
無理な結婚だったとも思っていない。

何より
黒目の燕は
そんな機会でもなければ
結婚は難しかった。

自分の所に来てくれて
とても感謝している。

「しばらく村を離れていたでしょう」

お茶を飲み終えた頃
カップを片付けながら
彼女が言う。

彼女もきっと
燕の事をよく理解して居るのだろう。

「様子を見に
 村を回ってきたらどう?」


NEXT