「誰かと話しただろう」
部屋の奥に、東一族の現宗主が坐っている。
彼は、部屋の外。
廊下に坐る。
彼は答えない。
「誰と話した?」
宗主が云う。
「答えろ」
「……誰とも」
「嘘をつくな!」
宗主は、床を叩く。
彼は、坐ったまま、床を見る。
そこに、乾いた血のあとがある。
いつだったか、……自分の血だ。
「聞いているのか」
宗主は、再度、床を叩く。
彼は顔を上げる。
云う。
「昨夜、義弟と話しました」
「義弟が、お前が使用人と話している、と」
宗主が云う。
「おかしな話だ」
彼は、宗主を見る。
「お前は存在を望まれていない。この世には存在しない」
彼は何も云わない。
「だから、存在を知られるはずがない」
そうだろう? と、宗主の目は、彼に頷けと云っている。
彼は、小さく頷く。
たいしたことはない。
いつも、宗主から、云われている言葉。
「義弟が、お前に殴られそうになったとも云っている」
彼は目をつむる。
「なぜだ?」
彼は、首を振る。
「何があったかと、聞いている」
彼は目を開き、云う。
「義弟が、人に毒蛇を向けたからです」
「人? 使用人か?」
宗主が云う。
「なら、お前はやはり、使用人の前に姿を出したんだな」
彼は答えない。
「使用人の、名まえは何だ?」
彼は答えない。
「かばうのか」
彼は答えない。
「お前、どれだけ罰を受けるつもりだ」
それでも、彼は答えない。
「おい」
宗主が立ち上がる。
「近いうちに、諜報員として出ろ」
彼は、目を見開く。
――諜報員?
「東の敵の、西一族か砂一族。どちらでもいい」
宗主が云う。
「鍛練を積んでいるお前には、簡単なことだ」
宗主は彼を見る。
「お前が得意な弓も、短刀も、新調してやる」
続けて、
「期待する情報を持ち帰ってこい」
彼は、宗主を見る。
「どうだ?」
諜報員として、出る。
それは、つまり
「返事は?」
「……判りました」
命を棄てろと、云うことなのだ。
彼は、頭を下げる。
「お願いがあります」
彼が云う。
「自分がいない間、家族の保証をしていただけますか」
その言葉に、宗主は目を細める。
彼は頭を下げたまま、再度、云う。
「家族の保証を、していただけませんか」
「家族?」
宗主が云う。
「西の子どもを生んだ、お前の母親か」
彼は、何も云わない。
宗主は、彼に近付く。
彼の目の前に、立つ。
「お前、何を望んでる?」
「何も」
彼が云う。
「自分が東に戻って来られないのは、判っています」
だから
「家族の保証を、……お願いします」
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FOR「小夜子と天院」12