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「『成院』と『戒院』」12

2020年03月31日 | T.B.2010年
「『成院』」

宗主の屋敷に向かう途中、
それまで無言だった大樹が
杖を握りしめ、言う。

「報告は俺が一人で行く」

「………?だが?」

『成院』に視線を向ける事なく
前だけ見つめ、続ける。

「夜勤明けの転送術は疲れる、
 二人飛ばすのはきつい、と
 お前は言っていたな」

「ああ」

昔の事、良く覚えているなと
『成院』は頷く。
それは大樹と戒院の記憶だ。

「晴子は………妹は」
「うん?」
「知っているのか?」

お前の事を、と。

『成院』は首を横に振る。

「………いいや」

大樹はそうか、と、ため息を付く。

「正直言うとな、
 いつか力を使うときは
 晴子か未央子の為だと思っていた」
「それが、俺か」
「いや、良いんだ」

「人死は勘弁だ。
 怪我だって無い方が良い」

「………お前達に何があったのか
 俺には分からん」

成院と戒院に。
この双子に。

「俺は」

大樹は酷く悩んでいる。

「何が正しいのか分からん」

そう言い残して、
宗主の屋敷に向かう大樹を、成院は見送る。

「案外長くやれたな。
 いや、そうでもないか」

『成院』は一人ぐちる。

自分を救ってくれた大医師と、
成院の努力が無駄になってしまった。

この事はきっと宗主の耳に入る。

それは大樹のせいでは無い。
大樹には報告の義務がある。

「………」

自分は罰せられるのだろうか、
それは分からない。
罰も怖くはない。

足は自然と自宅へと向かう。

怖いのは。
関わった者に迷惑をかける事。
そして、
晴子に、未央事に全てが知れる事。

だが、そうであれば
せめて、自分の口から。

「成院、どうしたの?」

思いがけない時間に帰宅した『成院』に
晴子は驚いている。

「今日は早上がりの日なのだっけ」

「………」

晴子に思わず縋りそうになり、
『成院』はその手を止める。

「成院?」
「晴子、話がある」

「………成院」

晴子は頷く。

「分かった。
 未央子が昼寝をしているから
 あちらの部屋で話しましょう」

「晴子、俺は」
「待って」

晴子は『成院』の言葉を制して
台所に立つ。

「お茶を煎れるわ。
 それぐらいの時間はあるのでしょう」

ねぇ、と晴子は言う。

「酷い顔よ。
 体が冷えているんだわ」

晴子が煎れたお茶は暖かい。
正直お茶の味も分からないだろうと思ったが
本当に 体が冷えて居たのだろう、と
我ながら呆れる。

医者のくせに、
自分の事はあまり見えていなかった。

少し、落ち着いた。

晴子を見る。

「すぐに話が伝わると思うが、
 今日砂一族の襲撃があった」
「砂の!?」
「砂漠以外で『地点』を使ってきた」
「なんてこと」
「俺はその場に居合わせたんだ」
「!!大丈夫なの!?」

怪我とかしていない、と
晴子は慌てる。

「ああ無事だったよ、ケガは無い」
「そう、良かっ」

「転送術で逃げたからな」

「………転送、術?」
「ああ」

それは晴子も知っていること。
その術を使える人は限られていること。

昔使えなかった者が、
今使えるようにはならない事。

その術は成院は使えない事。

宗主本家が使える力。

外戚である戒院が
僅かながらその術を使う事が出来ること。

「晴子」

混乱させてしまうのは分かっていた。

「俺は」

一生貫き通さなくてはいけない嘘だった。

そのつもりだった。

「俺は」

戒院は死んだと言って悲しませて。
今度は『成院』として恋人になって、結婚して、
やっと戒院の事を忘れただろうに。

また辛い思いをさせる。

「戒院、だ」

「………成院」

冗談は止めて、と
そう言うだろう。
きっと自分が晴子の立場ならそう言う。

騙しておいて、今さら。

「そうだな、
 俺と、戒院と晴子しか知らない事」

「知っていたわ」

「え?」

じっと、自分を見つめ
晴子は言う。

「知っていたわ」


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