新・日曜炭焼き人の日記

炭遊舎のホームページで書いていた「日曜炭焼き人の日記」を引きついで書いていきます。

The Covenant

2017年12月10日 | 日記

 アームチェア・トラベラーとして、南ア共和国を旅している。1450年からはじまり、1900年のボーア戦争時までたどってきた。現地のさまざまな部族に融和しながらも、かたくなに聖書の教えを守ろうとするオランダ系と、本国べったりのイギリス人たちが勢力争いを繰り広げてきた。
 気候は温暖だ。なにしろ地中海性気候に分類されるほどだ。南緯34度にあるケープタウンはオーストラリアのパースに並ぶし、北緯34度に置き換えればロサンジェルスや地中海沿岸諸都市に匹敵する。南アメリカ南端のパタゴニアとはまったく異なり、寒くない。
 ケープタウンにはテーブルマウンテンがある。そこにのぼって東に広がる雄大な平原を眺めてみたい。テーブルマウンテンはどのようにして誕生したのだろう。ベネズエラにあるものは、観光スポットとして賑わっている。ヘリコプターで降り立てるのか。南アのそれは、歩いてのぼることができるようだ。
 南アの現在の首都はプレトリアか。ヨハネスブルグも発展した町のようだ。しかし両者とも海からは離れすぎている。鉱山の開発を意図してつくられた町だからだと思われるが、もっと海岸線の町を開発するべきではないか。飛行機より船で立ち寄れる町が、ケープタウン以外にもいくつかほしい。

 ジェームズ・ミッチェナー「The Covenant」のおもな舞台は南ア共和国だ。ノートをとりながら9月中旬に読みはじめ、900ページまで進んだ。登場人物はすでに230を数える。人物名が出てくるたびに、この人はだれの子孫で、どのような考えの持ち主か、などと記録ノートを繰ることになる。地図をかたわらに広げて、地名の位置を確認する作業もある。遅々として進まないが、知らない土地のようすを知り、歴史をたどるのは楽しい。
 ミッチェナーは登場人物が現地人かオランダ系か、はたまたイギリス人かを名前で知らせてくれる。どの人種かがはっきりわかるような名前をつけている。van Doorn, de Grootはオランダ系だし、Saltwood, Turnerはイギリス人だ。しかし200人を超える数の登場人物をそれぞれ名づけていくのは容易ではないだろう。フランスの小説家バルザックは登場人物一人の名前をつけるのに凝りにこり、散歩しながらやっと適当な名前を思いつくほどだった、と何かで読んだ。ミッチェナーの、世界の名前についての博識ぶりには目を見張るものがある。
 さてあと230ページほど、いつになれば読み終えられるだろう。今日の午後は忘年会に出かける。





バッタ博士のモーリタニア奮戦記

2017年12月03日 | 日記

「バッタを倒しにアフリカへ」(光文社新書)。
 こんな本を読みたかった。ことし読んだ本のなかでは白眉といえる。著者は前野ウルド浩太郎、ポスドクだ。ポスドクとは博士号を取得したものの大学や研究書での仕事をさがしている段階の、収入が不安定な身分の人のことをいう。ミドルネームのウルドは、フィールドワークのために3年間滞在したモーリタニア、バッタ研究所のババ所長が、前野の仕事ぶりを見、そのアフリカ諸国への貢献をめざす姿勢に共感して与えてくれた称号のようなものだ。ウルドには「――の子孫」という意味があり、モーリタニアで最高に敬意を払われるミドルネームだという。
 アフリカではバッタが大量に発生し、その被害はおびただしい額にのぼる。一度バッタが発生し、移動をはじめるとその様相は黒雲が流れるようだという。そのためバッタを防虫剤で駆除する試みが進んでいる。前野の研究の目的もバッタの生態を研究することにより効率よくバッタの被害を防ぐことにあるようだ。毎年バッタの大量発生とその被害が報告されるモーリタニアをフィールドに選んだ前野は、研究資金だけを得て、現地の研究所に赴任する。生活費は支給されないので、自分の貯金を崩すしかなかった。そして研究成果をあげ、論文を数多く書き、発表することで安定した収入が得られる就職口を探そうと試みる。
 この本は、モーリタニアでの研究活動の記録であるのみならずモーリタニアの人々の暮らしや著者自身の就職活動の記録にもなっているので、1冊でさまざまな読み方ができる。
 ふつうの人が行かない場所へ行き、ふつうの人がしないことをし、ふつうの人が見ないことを見てきたのだから、その語るところは人を飽きさせることがない。380ページ近くをいっきに書きあげた、というところだろう。「プレジデント」誌にフィ-ルドワークで得たことを連載した経験から、同社の社長に文章指南を受けただけあって、ユーモアを含んだ流れるような文体になっている。
 読みながら記憶に留めたことをいくつかあげてみる。
 モーリタニアには歯磨きの木があるそうだ。背の低い、無数に枝分かれする木で、その木を伐って歯にこすりつけることで歯が磨かれ、歯垢がおち、歯がぴかぴかになる。現地の人たちが総じて歯がきれいなのはこの歯磨きの木のせいだろう。町では5センチくらいに切って、1本2円ほどで売られている。
 モーリタニアは重度の地雷汚染地帯とされる。しかし実際に地雷が埋められているのは国境沿いだけだ。砂漠のなかに鉄道が走り、線路の向こう側は隣国だという地域がある。バッタを夢中で追いかけるあまり、つい国境をまたいでしまうと地雷を踏んで命を落とす危険がある。前野はたよりになるティジャニという助手を雇っていたおかげで、地雷埋設地帯を避けることができた。
 あらためて地雷汚染マップを見ると、北朝鮮も韓国も重度の汚染地帯に指定され、朝鮮半島全体がオレンジ色(赤につぐ2番目のランク)に塗られている。しかし地雷が埋められているのはおそらく38度線ぞいだけだろう。国境にだけ埋設されている地雷を示すのなら、もうすこし工夫できないものだろうか。地雷汚染マップの見方には注意が必要だ。
 バッタ研究所がモーリタニア国内全域に助手を派遣し、バッタ発生の報告を受けている。バッタが大量に発生するや防虫剤を撒いてバッタを対峙してしまう。前野は生きたバッタの生態を研究したくて現地に赴いている。助手たちに事情を話してバッタ駆除を少しだけ待ってくれるように頼みこむ。そして助手たちを手なずけるための有効手段がヤギであることを知った。1頭1万円するヤギを町の市場で買い、助手たちの元へ届けた。助手たちは最高のご馳走にありつき、「メルシー、メルシー」の嵐にあった。裏金ならぬ裏ヤギと著者は小見出しをつけている。
 
 そういえばジンバブエではツェツェバエが人びとを悩ましていた。こっちのほうは駆除する研究がなされているのだろうか。昆虫学者の仕事はつきない。





忘年会とは?

2017年12月02日 | 日記


 忘年会のシーズンになった。職場の忘年会は、一年間の憂さをみんなで語り合って忘れ去り、新たな歳を迎えようという趣旨で意義あるものなのだろう。
 それ以外に、会社勤めをやめた中高年たちが年末になると忘年会だといって集まろうとするのは、どういう意味なのか、と考えてしまう。これは年末には飲み会をして憂さ晴らしをしようという行動が習慣化してしまった結果にほかならない。じっさいにはみな暇なのだから、いつでも集まろうと思えば集まれる。飲み屋か混雑する年末を避けるほうが賢明だと思うのだが、なぜかこの時期になると集まろうと言いだす。不思議だ。
 年に一度か二度しか会わないし、もはや相当な年齢に達しており、元気で生きている、またはなんとか生きていることの証にしかならない集まりになっている人たちもいるのではないか。私の年齢の場合は、徐々にその方向に向かいつつある初期段階にあるといえる。
 さて今年もまた忘年会の案内がメールで入っている。出欠席の返事が飛び交っている。人づきあいを極限まで絞っていても、やはりなんとなく会いたくなる仲間がいるものだ。片道1時間半ほどかかる都心までことしも何度か出かけることになる。

 写真は品川のホテルの中庭で見かけた錦鯉の群れ。