新・日曜炭焼き人の日記

炭遊舎のホームページで書いていた「日曜炭焼き人の日記」を引きついで書いていきます。

バッタ博士のモーリタニア奮戦記

2017年12月03日 | 日記

「バッタを倒しにアフリカへ」(光文社新書)。
 こんな本を読みたかった。ことし読んだ本のなかでは白眉といえる。著者は前野ウルド浩太郎、ポスドクだ。ポスドクとは博士号を取得したものの大学や研究書での仕事をさがしている段階の、収入が不安定な身分の人のことをいう。ミドルネームのウルドは、フィールドワークのために3年間滞在したモーリタニア、バッタ研究所のババ所長が、前野の仕事ぶりを見、そのアフリカ諸国への貢献をめざす姿勢に共感して与えてくれた称号のようなものだ。ウルドには「――の子孫」という意味があり、モーリタニアで最高に敬意を払われるミドルネームだという。
 アフリカではバッタが大量に発生し、その被害はおびただしい額にのぼる。一度バッタが発生し、移動をはじめるとその様相は黒雲が流れるようだという。そのためバッタを防虫剤で駆除する試みが進んでいる。前野の研究の目的もバッタの生態を研究することにより効率よくバッタの被害を防ぐことにあるようだ。毎年バッタの大量発生とその被害が報告されるモーリタニアをフィールドに選んだ前野は、研究資金だけを得て、現地の研究所に赴任する。生活費は支給されないので、自分の貯金を崩すしかなかった。そして研究成果をあげ、論文を数多く書き、発表することで安定した収入が得られる就職口を探そうと試みる。
 この本は、モーリタニアでの研究活動の記録であるのみならずモーリタニアの人々の暮らしや著者自身の就職活動の記録にもなっているので、1冊でさまざまな読み方ができる。
 ふつうの人が行かない場所へ行き、ふつうの人がしないことをし、ふつうの人が見ないことを見てきたのだから、その語るところは人を飽きさせることがない。380ページ近くをいっきに書きあげた、というところだろう。「プレジデント」誌にフィ-ルドワークで得たことを連載した経験から、同社の社長に文章指南を受けただけあって、ユーモアを含んだ流れるような文体になっている。
 読みながら記憶に留めたことをいくつかあげてみる。
 モーリタニアには歯磨きの木があるそうだ。背の低い、無数に枝分かれする木で、その木を伐って歯にこすりつけることで歯が磨かれ、歯垢がおち、歯がぴかぴかになる。現地の人たちが総じて歯がきれいなのはこの歯磨きの木のせいだろう。町では5センチくらいに切って、1本2円ほどで売られている。
 モーリタニアは重度の地雷汚染地帯とされる。しかし実際に地雷が埋められているのは国境沿いだけだ。砂漠のなかに鉄道が走り、線路の向こう側は隣国だという地域がある。バッタを夢中で追いかけるあまり、つい国境をまたいでしまうと地雷を踏んで命を落とす危険がある。前野はたよりになるティジャニという助手を雇っていたおかげで、地雷埋設地帯を避けることができた。
 あらためて地雷汚染マップを見ると、北朝鮮も韓国も重度の汚染地帯に指定され、朝鮮半島全体がオレンジ色(赤につぐ2番目のランク)に塗られている。しかし地雷が埋められているのはおそらく38度線ぞいだけだろう。国境にだけ埋設されている地雷を示すのなら、もうすこし工夫できないものだろうか。地雷汚染マップの見方には注意が必要だ。
 バッタ研究所がモーリタニア国内全域に助手を派遣し、バッタ発生の報告を受けている。バッタが大量に発生するや防虫剤を撒いてバッタを対峙してしまう。前野は生きたバッタの生態を研究したくて現地に赴いている。助手たちに事情を話してバッタ駆除を少しだけ待ってくれるように頼みこむ。そして助手たちを手なずけるための有効手段がヤギであることを知った。1頭1万円するヤギを町の市場で買い、助手たちの元へ届けた。助手たちは最高のご馳走にありつき、「メルシー、メルシー」の嵐にあった。裏金ならぬ裏ヤギと著者は小見出しをつけている。
 
 そういえばジンバブエではツェツェバエが人びとを悩ましていた。こっちのほうは駆除する研究がなされているのだろうか。昆虫学者の仕事はつきない。