新・日曜炭焼き人の日記

炭遊舎のホームページで書いていた「日曜炭焼き人の日記」を引きついで書いていきます。

美しき愚かものたちのタブロー

2022年07月17日 | 日記

 凶弾に倒れた安倍元総理についての評価が二分しているようだ。モリカケ桜問題を執拗に追求し、集団安保法制に異を唱える人たちと、日本の行く末を考えながら内政外交を展開し、歴代最長の政権を築き上げた実績を重視する人たちだ。異種の意見が対立すること自体が民主主義の根幹なのだから、これはこれでよい。ところが岸田総理が憲法改正をできるだけ早く発議したいと発言したときに、前者に属する人たちが比較的おとなしくしているのはなぜか。左派系の人たちにダブルスタンダードはないか。今後を注視したい。

 原田マハ「美しき愚かものたちのタブロー」を読了した。戦後まもないころ、フランス政府に接収されていた「松方コレクション」を取りもどした人たちの話であり、実話を元にした小説だ。歴史小説といえる。司馬遼太郎、吉村昭に劣らない。原田マハさんには、作品を読むたびに美術の名品について一品ずつ開眼されていく。前回はクロード・モネの「睡蓮」だった。今回はゴッホの「アルルの寝室」だった。
 川崎造船所社長だった松方幸次郎は、絵を鑑賞する十分な目をもたないのだが、日本の若者たちに本物の絵を観せたい、それには絵を集めて美術館を作らなければならないと考えた。何人かの協力を得て、財力にもの言わせ、パリで絵を買いまくる。だがそれらを持ち帰れないまま、第二次世界大戦が始まってしまう。敗戦国になった日本人の財産は、戦勝国フランスに接収される。松方の病死後、吉田茂らが松方コレクションを取りもどしてこそ戦後日本の復興だと、取りもどしに尽力する。高名な美術史家が登場するいっぽうで、無名な日置訌三郎(「こう」は金偏の字だが、うまく出せない)というみすぼらしい老人が登場する。解説者によれば実在した人物らしい。
 日置は若いころパリで松方の秘書のような立場で仕事し、松方が会社経営の危機に瀕し、社長を退いたあとも忠実にその松方コレクションを命がけで守り抜いた人物だった。パリの女性に恋し、二人で極貧の生活に耐えながら、ナチスドイツの侵略からコレクションを守り抜く。病没する直前の女性を励ましたのが、コレクションのなかにあった一枚の絵「アルルの寝室」だった。
 無名の人を掘り起こし、魅力ある人物に仕立て上げる。これこそ歴史小説家の腕の見せどころだろう。他の作品をますます読みたくさせる。


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