「シカゴの警察は全米でもっとも腐敗した組織だ」とライフ誌が書きたてたのは1957年だった。1976年まで6期にわたって市長を務めたチャールズ・デイリーの1期目が1955年から59年だった。デイリーにとっては何もかもが思いどおりに運び、わが世の春を謳歌していたときだった。警察の腐敗、汚職の一端を書いておく。
酒場の営業時間は午前2時までと決められていた。それを午前4時までに延長するには許可をとる必要がある。許可をとるには多額のお金と労力がかかるし、多くは売春の斡旋やドラッグ販売などの違法行為をしているから店はそれを隠しておきたい。午前2時になると店に偵察員が来る。その偵察員にそっとお金を握らせれば、労せずして午前4時まで営業できる。偵察員はその賄賂の一部を自分の懐へ収め、残りは巡査部長にわたす。これを拒否した店主は、翌日の昼間に踏み込まれ、摘発されることになる。それを避けたウィンウィンの関係を店主たちは選んでいる。
大通りでスピード違反のバイクを見つける。パトカーは赤色灯をともしながら追いかけ、捕まえる。バイクに乗った若者は路肩に寄せて停車し、自分の免許証を10ドル札にくるんで警察官に手渡す。警察官はスピード違反を注意しながら免許証のみを若者に返す。もし若者がシャイだったり鈍感だったりすると、警察官はしばらくああやこうやいいながら時間を稼ぎ、それとなく賄賂を促すが、効果がなければ仕方なく切符を切る。若者にとって切符を切られるほうが損失を大きくするので、たいていの若者は悪弊に従う。
富裕層が多く住む平和な住宅地の警察に、強盗の容疑者が連れ込まれた。静かで平和であるべき地域に強盗事件が起きるとあっては警察のメンツに関わる。警察の奥の部屋へ容疑者を連れ込み、38口径のピストルを眉間に突きつける。留め金を外し、「この地区で強盗するな。やるなら他の地区でやれ。こんど捕まえたら、ぶっ放すぞ」と脅す。強盗は二度と現れなくなる。警察にとって富裕層はだいせつな存在だった。彼らは政治的影響力をもち、彼らを怒らせると自分たちのクビが危ない。だから警察はいつも富裕層にこびへつらいながら仕事をしていた。
バー、賭博場、売春宿がひしめく地域は、平和な住宅地に比べ、警察にとっては実入りが多い。賄賂をたらふくせしめることができる。だから警察官はみなそのような飲み屋街を抱える地域への人事異動を望む。定年を2年後に控えた巡査部長が上司から、そのような地域への異動を告げられた。巡査部長は涙を流して喜び、「これで老後の生活が保障された」と漏らしたという。
さてシカゴ市長デイリーは、このような警察の汚職を津々浦々まで知りながら黙認していた。ところが再選に成功した1959年、とつぜん警察の汚職が激しい市民運動の対象になる。180度身を翻した市長デイリーは、自ら改革派を名乗り、警察改革に乗り出す。デイリーのこのしたたかさについては、別の機会に譲る。