講談社学術文庫「パンの文化史」は読み甲斐のある本だ。ヨーロッパのパンの焼き方を細かく調べ、記録してくれている。
家庭にあるパン窯は土と石でつくられ、天井はドーム状にしあがっている。ちょうど私たちの炭窯とおなじつくりだし、作り方もそっくりだ。パン窯の場合、最初に石と土で周りの壁をつくったあと、薪をいっぱいにつめ、薪の上部をきれいなドーム状にしておいて土を載せて固める。そしてその薪をすべて燃やしてしまう。炭窯の場合は、炭材をいっぱいにつめ、ドーム状の天井に土を載せて固めてから、第1回の炭焼きをする。炭材を燃やすのでなく、炭にする点が異なるだけだ。
ヨーロッパのパン窯は1960年ごろを境に、徐々にそのつくりを変えていく。まずは窯内を二層にして、一度により多くのパンが焼けるようになる。さら熾きやその余熱でパンを焼いていたのが、しだいに電気オーブン式の窯が主流になる。
いっぽう炭窯はドラム缶窯などの工夫もされてはいるが、やはり昔ながらの石と土の窯がもっとも効率がよく、上質の炭が焼きがある。パン窯とはいつのまにか完全に袂を分かっている。
「パンの文化史」は舟田詠子氏がヨーロッパのパン焼き技術を調べ上げた記録であり、とくにオーストリア内、アルプス山中に位置するマリア・ルカウ村を12年の間に4回も訪れて、パン焼き術を教わり、観察し、みずから体験し、時代の変遷とともにパンの焼き方も変化していることをまとめあげている点が圧巻だ。
私はヨーロッパを歩き回っていたとき、食事にはパンとワインさえあれば十分だった。それはパンもワインも製法に磨きがかけられ、飽きないおいしさがあるからだろう。小麦パンだけでなく燕麦パン、ライ麦パンなどのいわゆる黒パンも捨てがたい味があるはずだ。