5月の連休は3・4・5・6(日)の4日間か。中3の女子から質問があった。「連休中は竹の会はやらないのですか」と。ここ数年は連休中は指導を休んでいる。かつては連休中に集中して指導をしたこともあった。熱心な親たちに懇願されて。中学の今は「ゆとり」教育や成績の絶対評価など親にも子どもたちにも勉強にがんばらなくてもいい環境ができあがってしまった。怠けても学校の成績はそれほど悪くない。だから錯覚する。しか . . . 本文を読む
テーマと同名の書物が出版されている。たぶんこれから買って読むと思う。最近の私のテーマに関連するから。私の関心事の一つに「受験は知識の多寡に規定されるか」というのがある。東大受験となると覚えなければならない知識も膨大だ。悪評高い早稲田文系の日本史や世界史も難題で受験生を苦しめる。そのような難題を解くためには知識を無限に広げる必要があるのであろうか。ニュートンが出している早稲田文系合格ソフトでは, . . . 本文を読む
塾の指導は通常日程になると月・水・金が原則となる。1日置きというのは私には次の指導を充実させるために必須のリズムである。何拍かおかないとどうもアイデアが浮かばない。指導というのは後の反省が次の指導の糧となる。ゆっくりとその日の指導の実際を反芻する。するといろいろと不備な点が見えてくる。それでこの次には「こうしよう」「ああしよう」といろいろな思いが湧いてくるわけである。これが夏期などになると連日の . . . 本文を読む
新しい子たちが入会してそろそろ2か月経つ。そろそろ子どもたちの性格・能力もわかりかけてきた。のんびりとゆっくりやるのが好きな子たちである。算数の新しいことに挑戦させていると, 国語の時間がきたとさっとと算数を切り上げる。これは「そのまま続けなさい」と注意する。新しく学び始めたことが「やっかいだ」と思うとどうも回避する傾向が強い。このへんのところはほとんどの小学生 . . . 本文を読む
世の中が「できる」子ども・「わかる」子供だけであるならば苦労はしない。といっても森羅万象の中に無垢な子どもを放り出すのだから, 「わかる」ということのほうが異常だ。だからここではそういう条件の中で「わかる」ということが比較的すんなりとできる子どもたちを「できる」子どもというだけのことである。子どもの能力は生まれながらにしてこの能力に差がある。これはいたしかたないことである。実は大半の子どもたちは . . . 本文を読む
実は「過剰社会」というテーマで考えた.「過剰」を「メタボ」に変えた。過剰なのは多岐にわたる。年寄りだけかと思っていたら若い人も「クスリ」過剰だ。医者はやたらにクスリを出す。クスリを出せばもうかるからクスリを出す。その心理は無駄遣いが批判される官僚と変わらない。道路建設も過剰なら, 税金も過剰だ。厚生労働省はハコ物を過剰に作ってきたし, 公務員は自分たちの福利厚生だ . . . 本文を読む
指導とは, 日々の反省と工夫である。いつも思うことは, 「知識は与えすぎてはいけない」ということか。「知識は広げすぎてもいけない」と思う。子どもに1冊を与えたらもはやなにも与えてもならない。昨今の親は, 子どもにいいと思えば, なんでも次から次に買い与えてしまう。近頃は出版社も普通に作っていては売れないので, 手取り足取りの参考書を作る。便利な「知識のまとめ」か . . . 本文を読む
この4月から竹の会の子どもたちは, 様々な新しい知識に取り組んでいる。「正負の数」に苦闘する中1, 「平方根」に苦闘する中3, 分数の計算にとまどう小5, 「割合」を理解するのに苦しむ小6など。この中で早くから竹の会に在籍していた子どもたちはかなり先を進んではいる。例えば, 小6でも小4の4月から竹の会で学んできた子がいるが, . . . 本文を読む
標題は説明がいると思います。このところ小学生(パスポートのみ)に新小学問題集の理科・社会を単元指定して読んでもらっています。まず自分の頭で説明文を読解することを指示しています。読んでわかるというのが普通のスタイルだと思うからです。なんでもかんでも「まず説明ありき」ではだめなことは自明です。中学入試という目的を設定すると理科・社会も膨大な知識をただ丸暗記するということになりがちです。ところが人間の . . . 本文を読む
このところ低気圧におおわれ天気がぐずつく。子供のころの雨は嫌だった。いい記憶がない。故郷の古い木造の家は全体に湿気で押しつぶされるようだった。どんよりとした暗いイメージがつきまとう。東京に出て雨の日でも明々と電気に照らされた空間で本を読みパソコンを打つ。風も感じなくなった生活を嘆く天声人語氏の意見もあった。風にはいろいろ名前があったのに今ではそんなことも忘れられてしまうほどコンクリートで守られた生 . . . 本文を読む
ここのところ「1あたりの思考」の新指導方法について思索を重ねている。去年開発した方法がダメというのではない。いや私が開発した指導方法がそれまでに理解に苦しんできた子どもたちのほとんどを救ってきたことは間違いない。しかし, この方法でも救えなかった子どもが少数ながらいた。正直このレベルの子どもを救うのはかなりに難しい。だから私が新たに考えているのは, そういう子ど . . . 本文を読む
今日から新学期。竹の会でも今日が4月指導の初日だ。日々の実践指導は私には逆に「学ぶ」ことが多い。子どもたちの「わからない」につきあっているとその指導の過程で何かを得ることのなんと多いことか。ここのところ「常識力」ということに光明を見いだしている。思考力をつけるということに力を入れてきたが, それだけでは子どもたちを「偏った」見方の呪縛から解き放つことができないと . . . 本文を読む
ここのところ指導日が続いてゆっくり思索を練る暇もなかった。朝はいつも7時前には目覚める。朝日の天声人語などをチェックして使える記事を確認する。後でパソコンに打ち込むためだ。近頃は新聞の記事を題材にしたレジュメをつくることが多い。最近私が腐心しているのは子どもたちに「いかにして常識力」をつけるかという点だ。その一環として定評ある新小学問題集の理科と社会の基本問題を網羅的に解かせることとした。社会は地 . . . 本文を読む
公立中高一貫校のための指導に秘かに燃えています。一昨年は3人でした。その3人が全員合格してしまいました。初心に帰る。そんな気持ちです。手をかけすぎてはよくない。これはいつも思ってきたことです。過去問は分析し尽くしました。だから鳥瞰できる。全体を見渡して必要なことは何かを考える。
いつもどう指導するか考える。イメージが固まるとパソコンを開く。レジュメつくりは時 . . . 本文を読む
あることをマスターさせたいと思うとき, 必ず必要となる下準備がある。正負の数を教えたいと思うとき, いきなり正負の数の扱いを教えてもその効果はほとんど期待できないだろう。少なくとも小学生のときに, 分数の四則混合演算をこなしていることは必要である。その上で, 負の数の扱いを練習させる。小学生の間「5-3」は, 「5引く3」と概念してきたものを「5とマイナス3」と . . . 本文を読む