市場の主役は食べものです。いろんな食材がならんでいます。日本ではちょっとみないものもあります。このチョコレート色のものはなんでしょう?
これは血豆腐と呼ばれます。私はこれをつくるところを農村でみたことがあります。ヒツジを殺し、その血を洗面器で受けるんですね。あらかじめ、塩が容器にいれてありました。しばらくたつと、凝固します。それを包丁で四角に切って、豆腐のようにします。
ヒツジのシャブシャブを . . . 本文を読む
この緑化協力事業をはじめた1990年代の前半、3~4月の大同に滞在して困ったのは、青いものを食べることができなかったことです。野菜といえば緑豆のもやしくらいで、ほんとに少なかった。農家では洗面器に土をいれてタマネギを植え、室内でそれを育てて、青い葉を少しずつ食べたりしていました。
それでも3月はまだ、前年の秋に収穫したハクサイを古新聞に包んで貯蔵しておく、といったこともできたんですね。ところが4 . . . 本文を読む
日本では、たいていの野菜は新鮮なものがおいしいと考えるじゃないですか。例外は、私の知っているかぎり、カボチャくらいのものですね。いや、シイタケなんかは天日にあてたり、冷凍庫で凍らせたりしてから食べたほうが、香りがよくなりますね。キノコは野菜かな?
ところが中国では、ハクサイやキャベツは天日にあててから料理したほうが甘みが強くなるといって、よく干しています。それからこれはネギ。夜間は零下20 . . . 本文を読む
大同に通い始めたのは、1992年1月からですから、とうとう20年目です。最初のころは、なにをみてもめずらしく、あちこち回っては写真を撮りました。とくに、人の集まるところ、たとえば市場なんかはおもしろかったんですねえ。
ところが、20年もたつと、たいていのところにはいっていますし、そうめずらしいものもなくなりました。そのうえ、大同にいるあいだもいろんな仕事がふえて、あまり時間がないのです。い . . . 本文を読む
インスタントラーメンのことを中国では方便面(ファンビェンメン)といいます。日本のそれが即席を意味しているのにたいし、便利な、ということをうたっています。ですから、今回の表題はまちがっていますが、あえて、そうつけてみました。
大同と渾源をむすぶ道路のそばに二嶺村があります。その付近に、突然にこのようなマツの林が現れました。こんな大きな木をいきなり植林したわけです。これこそ「植林」ですね。ふつう . . . 本文を読む
渾源県下韓郷中韓村を訪れ、農家で昼食をごちそうになるときのことです。1人の男から話しかけられました。「私の姓はワンというんだけど、心あたりがありませんか?」。私は、「ああ、王さんねえ?」。王だったら、知り合いのなかにも多すぎてわかりません。
私の中国語は、ここで覚えたものです。聞くほうはちょっとはきけるようになりましたが、話すほうはまったくだめ。聞くほうも、相手がなにをいいたいかをとっさに判 . . . 本文を読む
渾源県中韓村の小学校でこどもたちと交流したとき、この子がいました。髪形がおもしろい。前髪をちょっとだけ残して、それ以外を丸刈りにしています。とても活発な子で、たくさんのこどもたちのなかでも、めだちました。
魏生学副所長に、ああいう髪形をなんと呼ぶのかときいたら、「天鬃」だという答え。こういうのって、地方ごとに呼び方はちがう可能性もあります。
通訳のWさんは、漢族ではありませんが、夫は漢族 . . . 本文を読む
カササギの森のなかを写真を撮って回って、管理棟に立ち寄り、ふと室内をのぞいて、びっくりしましたよ。なんと赤ちゃんがいるじゃないですか。でも、そのときはまだ、撮り残したところがあったので、また撮影にでかけました。
いっしょにきている緑の地球ネットワークの会計さんに、「赤ちゃんがいたよ!」と告げると、「えっ、なんの赤ちゃん?」と問い返します。「人間だよ」といっても、すぐには信じられないよう。私た . . . 本文を読む
大同の農村にはじめていったころ、私が話せた中国語はいくつかのあいさつ言葉だけ。その後も進歩がありません。困った祁学峰は、通訳候補をつれてきました。それが王萍(ワンピン)さんで、それより5年ほどまえに1年間、日本で研修した経験がありました。
私といっしょに行くのが、彼女にとって農村の初体験。村の湧き水をみては、「高見さん、こんな水を飲んでもだいじょうぶですか?」。自分の娘と村のこどもをくらべて . . . 本文を読む
さるところに寄稿している文章に添えるため、古い写真をひっぱりだしました。なつかしい! 写っている顔ぶれからいって、1999年ごろだと思います。バックは環境林センターの管理棟。もう10年にもなるんですね。
数回に分けて、私たちの協力相手のことを書いていきましょう。まずはこの写真の後列右から4人目。祁学峰で、緑色地球網絡大同事務所の初代の所長です。そのころは大同市青年連合会の副主席、のちに主席に . . . 本文を読む
写真左は、私たちのカウンターパート・緑色地球網絡大同事務所の武春珍所長です。大同における私たちのプロジェクトを彼女が中心になって取り仕切っています。若そうにみえますが、実際の年齢は秘密です。
そして右は私たちの事務所のニューフェイス・河本公子さんです。上海での留学が終わったタイミングで、6月からやってきました。彼女が面接に私たちの事務所にきたとき、武春珍所長と「似ている、似ている」ということ . . . 本文を読む
7月16日、上海経由で大同にきました。北京→大同の飛行機は早朝発なので、それに乗るには北京で1泊しないといけません。上海→大同の飛行機は夕方発なので、その日のうちに大同に着くことができます。で、今回はじめて、上海経由にしてみたのです。
心配していたことがあります。新型インフルエンザにたいして、中国政府は水際作戦を継続しています。日本もずっとそれをやったんですけど、それは医学的な見地からの . . . 本文を読む
大同のお医者さんが前号にコメントをつけてくれました。それに触発されて……。
大同で私は「バカで呑んべ」と呼ばれています。そのもとになったのは、「大同晩報」の記事。1ページ全部をつかって、カラー写真つきで、私のことを紹介してくれたのはいいんですけど、その大見出しが「バカで呑んべ~高見邦雄との対話」というもの。
インタビューのとき、私は、例によって、酔っぱらっていたんですね。記者が「苦労も多 . . . 本文を読む
イオンリテール労組とサントリー労組の合同ツアーが4月18日の夜行列車で大同を発ち、19日の夜行列車で東北電力総連のツアーが発ちました。
4月18日の夜、大同市総工会主催の歓送会がもたれたんですけど、異様な盛り上がりでした。私もはじめて。
作業が多かったんですね。そしてものすごい勢いで働いた。とくに18日は、環境林センターでニレの苗の植え替え作業。あそこの育苗部の小楊が2日はかかると考えて . . . 本文を読む
かわいいでしょう、小李! 大同事務所の李海静。はじめてやってきたのは、2003年だったと思います。最初のころは、おどおどしていました。でも、この活動に参加するようになって、急にしっかりしてきましたよ。声が低いんですね。農村に行って、幹部たちと応対するときも、外見ににあわず、迫力があります。武春珍のしこみも、よかったのでしょう。
若くして結婚しました。ほどなく長男を出産しました。それがいま3歳。 . . . 本文を読む