核武装ができるのは実験台になった日本だけ 中川昭一
山本五十六はアメリカのスパイ?
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質問者:Waterbay質問日時:2011/08/16 13:26回答数:9件
真珠湾とミッドウェイの作戦はアメリカに筒抜けだった様ですし、山本五十六が「連合艦隊長官を辞任」と脅かし両作戦を強行したとか。アメリカが望む様に日本が開戦し、その後は負ける様に仕掛けた感じがしますが、山本五十六はハーバード大学にいる間にアメリカに洗脳され、スパイにでもなってしまったのでしょうか?その後も陸軍の脚を引っ張るように海軍は負け続けるし、何だか臭い感じがするんですが単なる気のせいでしょうか?そもそも陸軍の思惑通り、ロシアの南下を防ぐ為に満州に駐留し、東南アジアの資源を確保すれば国防上は十分だった筈なのに、どうしてアメリカに戦争を仕掛けたんでしょう。アメリカ通の山本五十六にしては、とても不可解な仕業だと思います。それに最期も暗殺された様な形だし、アメリカのスパイだったんでしょうか?
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No.9
回答者: sp9k9td9 回答日時:2013/11/25 20:44
山本五十六をはじめとする、一部の高級軍人がアメリカの手先だったと考えれば、
日本海軍の不可解な作戦行動が全て納得いきます。
質問者様のおっしゃる通り、山本五十六長官は、間違いなく売国奴(スパイ)です。
日米1対1の激突であれば、戦力が優勢な内にグアム、フィリッピン、モレスビー、ミッドウエイ、アリューシャン、ハワイと攻略するのが妥当だと思います。
ですが、先の大戦の場合、アメリカの主目標は欧州のドイツであり、日本の主目標は北を脅かすソ連と中国共産党、東南アジアを蹂躙する大英帝国です。
日本が取る最良の戦略は、グアム、フィリッピン、シンガポール、スマトラのパレンバンを確保し、要所全てに要塞を配置し、特にマリアナ諸島のグアム、サイパンはラバウル並みの堅固な要塞(地下20m、総延長450kmの地下要塞)とし、近海を3航戦、4航戦、戦艦部隊等で東側の守りを固めます。
戦艦大和、大型空母6隻、数十隻の補助艦艇からなる主力艦隊は、シンガポールと同盟国のマダガスカルを拠点に、思う存分インド洋を暴れまくればよいのです。そうすれば、大英帝国はインド、オーストラリア、エジプトとのシーレーンを失い、アジアから大英帝国は消滅したでしょう。ドイツはエルアラメインを落とし、中東まで攻め上がるでしょうが、最終的に勝利したかどうかは疑問です。ですが、少なくとも、日本国はひとまず安泰となり、連合国との早期和平も十分可能だったでしょう。上手くすれば勝利も十分ありえたと思います。
そうなっては困ると思ったのでしょう、遊び人の山本さんは。
山本は三国同盟に誰よりも反対し、アメリカとの開戦に最後の最後まで反対した人でした。それは、三国同盟を組み米英と戦争になれば、同盟国軍が勝利してしまい、自分が大好きな物と娯楽に溢れた楽しいアメリカが無くなるかもしれない?とでも思ったのでしょう。
いざ開戦となった時、山本は決心します。日本が負けるように尽力しようと。まず、日本がアメリカに憎まれるようにしよう、怒らせよう、主力空母部隊はなるべくこき使い、早期に消耗するようにしよう、なるべく国防圏から外れた、自軍に不利な場所で戦おう、戦力はなるべく小出しにしよう、防御力の強い大和や長門は、なるべく奥にしまっておこう、戦果、損害は隠ぺいし、陸軍をだまし続けよう、と。それが真珠湾の騙し討ち、ミッドウエイでの空母部隊の無意味な突出、ガ島、ソロモンの戦力小出し投入、マリアナ丸腰対策のラバウルの要塞化、空母搭乗員の陸上基地転用なのです。
言いたい事をあげればキリがないのですが、少なくとも、ミッドウエイの部隊配置をみれば、山本が狂っている事くらい、凡人でもわかりそうなものです。護衛不十分の空母部隊だけミッドウエイに近づけさせ、強力な主力部隊は数百キロ後方にいるんですよ?意味がわかりません。しかも、空母4隻をくっつけて行動させていました。空母は横に並べてはいけないのです。連絡は取りやすいかもしれませんが、敵機の攻撃を受けた場合、攻撃を回避しにくいので弾が当たりやすくなるのです。飛龍が助かったのは、遠く離れていたからであり、各艦バラバラで、護衛艦に前後左右固めてもらっていれば、本当は全滅などありえなかったのです。
アメリカと日本の国力差は10対1で負けるのが当然であり、山本は悲劇の将とされています。
しかし、日本の敗戦が濃厚になったのは、連戦連敗、消耗を強いられた状態で、開戦から2年経過した時点でした。
国防圏から出ないで戦力を温存、戦力の強化、シーレーンの確保だけに専念していれば、ワシントンに日章旗を立てる事は出来なくても、少なくても国土が焦土と化し、何百万もの命が失われる事は絶対に無かったでしょう。
軍令部も東条も、開戦当初は南方資源地帯確保、海上輸送の安全確保、国防圏死守であり、
国防圏から離れる事は考えていなかったとされています。
しかし、山本をはじめとする売国奴たちが、真珠湾攻撃と米豪遮断作戦で、この国防計画をご破算にしたのです。
山本はなぜこんな事をしたか?アメリカが好きだから。本当にそれだけだと思います。人が罪を犯す理由など、古今東西、老若男女、非常に下らない事ばかりです。本当に下らない理由で罪を犯すんですよね。それが国家を消滅される事だとしても。
まともなお考えを持った方がいらっしゃって私は非常にうれしいです。ありがとうございました。
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この回答へのお礼
長文のご回答を頂き恐縮です。当時の問題点を簡潔に解説して頂いたのでスッキリしました。
私も2年前の質問に続きアレコレ調べており、面白いと思う事を下記通り書き足しますので、これにも何かコメントを頂ければ幸いです。
* 墜落した時の山本五十六はいつもの白い礼服ではなく、珍しくカーキ色の略装を着用していた。
* 米国の加護の下、ブーゲンビル島から無事脱出し、新天地で天寿を全うしたのではないか。
* 墜落後発見された山本五十六(本人?)の死体や検死報告書には疑義を抱く部分が多々ある。
* ソ連と米国の思惑が合致し、米国が「真珠湾奇襲に始まる日米開戦」を計画した様である。
* その結果、ソ連は独に勝利し、米国は「ウォー」ディール政策のおかげで経済が復興した。
* 米国の「リメンバー何々」はこれまで計4回も使われた戦意高揚の常套手段である。
* 米国は戦争屋。独立当時より国土面積が倍増した訳は「戦争太り」だと揶揄されている。
* 佐藤優「日米開戦の真実」で 大川周明「米英の亜細亜侵略史」が簡潔に解説されている。
最近の日本では「国家機密法案」の議論が報道されていますが、米国では何十年後かに殆どの機密が公開される筈です。真珠湾奇襲や日米開戦に関連する文書が公開されるのは何時なんでしょう。
以上、宜しくお願い致します。
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お礼日時:2013/11/27 15:30
No.8
回答者: makocyan 回答日時:2011/09/06 13:03
何か話が明後日の方向に行っちゃいましたが、では最後に、わかるところだけ。
>勘違いしていました。日本の空母が4隻も沈められたので、英国不沈戦艦と同じく防空軽視が原因だと思い込んでいました。実は日本の空母が燃え易かった事が原因の様ですね?でも、ミッドウェイ後の対策会議で山本五十六が空母難燃化より建造を急がせたそうですね?
⇒スプリンクラーをはじめとする消火設備の不備は確かなようですので、火災対策が充分でなかったのは事実のようですね。ただし防空軽視も事実であって、例えば高角砲は信管精度の関係で高度5000m以上でなくては効果がなく、高射機関砲(銃)は初速の関係でせいぜい高度1000mまでしか効果がない、すなわち1000mから5000mの間の高度の敵機(まさしく急降下爆撃機の投弾高度)を防げなかったという話があります。また零戦はそもそも爆撃機の長距離援護用であり、高度5000以上の戦闘に難があったこと、また搭載弾薬が少ないために頻繁に着艦する必要があったことなど、艦隊直援戦闘機としては適任ではなかったという話があります。
>日本海海戦時の海軍人事は年功序列ではなかった様な気がします。東郷平八郎も抜擢だし秋山真之の参謀も然りですが、この時は明治維新の後で特別だったのかも知れませんね?
⇒確かにこのころは年功序列でないケースも見られますね。この時代は近代海軍ができてまだ30年弱と日が浅い時期ですし、藩閥も大きく影響していたわけですので、一種特殊な時代といえるのかもしれませんね。
>スパイ対策として「軍港内が見える場所は立入り禁止」「軍港を見に来た日本人は尋問」「日本領事館の通信管制」等々がなかった事は「泳がす為」だと言えませんか?
⇒当時の日系人は島民人口の約4割におよびます。あの狭い島で15万人を「見える場所は立入り禁止・尋問」は物理的に可能とは思えません。
>真珠湾攻撃で戦力差拡大策を一挙に始動させて「マリアナ海域迎撃案を反故」にし、更に「戦線拡大による自滅」を指向した人達が帝国中枢部にいたと書いたら、証拠が無い疑惑だと再び叱られてしまいますね?
⇒叱るような立場ではございませんが、私は最初から「真珠湾攻撃はこれ以上戦力差を拡大させないための一策、マリアナ沖迎撃案は時間経過による戦力差拡大の恐れ」と再三申しております。ただし、短期決戦を目指しながら長期持久戦の構えをとるなど、当時の作戦計画が支離滅裂だったとは私も思います。
>「在米大使館の担当責任者栄転」や、陸軍関係者が極東裁判で処罰されたり公職から追放されたのに「海軍関係者は非対象」さえも、偶然ではないと証明する事なんて無理ですね?
⇒必然であることを示す証拠があれば可能です。
>「歴史は勝者が作る」の通り、GHQ「戦争贖罪洗脳計画」が全疑惑の発端で、私にとっては「目からうろこ」であり、歴史が信じられなくなったのです。それで詳しい事を知りたくなりお時間を拝借しましたが、疑惑が解決できぬままなので今後も思案し続ける事にしました。
⇒WGIPは終戦後に策定されたものですし、また陰謀論をうかがわせる内容はなかったと思います。WGIPが開戦前に存在していたとすれば別ですが、後になって出てきたものから陰謀論にいきつくのはちょっと無理があるのではないでしょうか。
何にしてもお役に立てなくて申し訳ありませんでした。お付き合いくださり、ありがとうございました。
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この回答へのお礼
ご指摘、有難うございます。確かに明後日の方向なので修正を加えておきます。
先ずWGIPの目的は「連合軍に不都合な事を隠す事」なので、当然「陰謀論」に関する内容・記述は一切ありません。ですがその臭いを嗅いだ私は、日米開戦から戦争中にまで疑惑が延長し、その結果として「山本五十六」だけでなく多くの内通者が臭って来た訳なんです。言い換えますと、WGIPが隠そうとしたが為に却って「日本叩きの表裏」がうっすら見えて来た、と言う事なんです。その中で「山本五十六」が重要な役割を果たした様なので、それらの事を調べている方がいる筈と期待し質問を出した訳なんです。まぁその期待は外れましたが、当時の事を色々と教えて頂いたので感謝しています。今回はどうも有難うございました。
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お礼日時:2011/09/06 16:39
No.7
回答者: makocyan 回答日時:2011/09/02 13:04
>開戦決定者でなくても真珠湾攻撃を立案・強行した事に疑惑を持つのは飛躍でしょうが、日本海海戦では旗艦も戦闘に加わっているのに、ミッドウェイでは旗艦大和が他の戦艦・巡洋艦と共に後方に控え、そのため4空母の護衛が駆逐艦だけで防空体制が裸同然だった事、この事情・理由は何かご存知です?
⇒日本海海戦は艦隊決戦ですので、戦艦である旗艦が参加するのは当たり前です。真珠湾攻撃は空母艦載機による泊地攻撃が目的ですので戦艦は必要ありませんが、ただし大和をはじめとする主力部隊がなぜ第一機動部隊とあんなに距離を置いていたかは存じません。なお、第一機動部隊の編成は戦艦が榛名・霧島、重巡が利根、筑摩、あとは軽巡と駆逐艦十数隻となっており、決して護衛が駆逐艦だけではないようです。
>内通者は山本五十六だけではないと思い始めました。海軍だけでなく外務省も臭いと考え始めています。ところで、海軍人事の責任者・提案者が誰だかご存知です?また、年功序列の人事に誰も異論を唱えなかったのか、その当時の事はご存知です?
⇒人事は海軍大臣の専決事項だと思います。また年功序列人事は当時どこの軍隊でも当たり前で、唯一それにとらわれなかったと言われるのがアメリカ海軍とされています。どちらかというと珍しいのはこっち。なお、年功序列はつい最近まで日本では当たり前のことでしたよ。
>米国太平洋艦隊の母港なのに、在ハワイの日本人が軍港内を視認できた事は「泳がされていた」と言う事になりません?また、(米空母の寄港予定が無い)12月8日が開戦日と決定したのは、何時頃の事で誰が提案者だかご存知です?
⇒ならないと思います。そもそも戦前のハワイの日系人の人口は15万人を超えています。どうやって全員を拘束するんでしょうか。また開戦日決定の御前会議は12月1日ですが、日時の提案者は(責任上)東条首相になるかと思います。ただし「米空母の寄港予定が無い」なんて情報は掴んでいません。海軍は空母がハワイに在泊中と想定して作戦を練っており、艦内での識別訓練もまず空母ありきで行なわれていた記録があります。
>米空母がどこにいるか判らなかったので2時間も逡巡したんでしたね。でも「陸上爆弾で敵艦は沈められぬが、敵空母甲板に穴が空けば艦載機は帰還できず海上に不時着。何よりも敵機来襲は遅かれ早かれあり、大変な事になる筈。」と2時間も逡巡した事こそ、無知無能を装った「確信犯」だと言ったら酷ですね?
⇒「陸上爆弾で敵艦は沈められぬが、敵空母甲板に穴が空けば艦載機は帰還できず海上に不時着」と考えたのは第二航空戦隊司令の山口多門で、逡巡したのは第一機動部隊の栗田司令長官では?また理由なくして逡巡したのであれば無知無能を装った「確信犯」かもしれませんが、逡巡するに足る理由があったことは先回述べさせていただきました。
>仕掛け人が「日本中枢部に棲息していた内通者」と言うのは推論が飛躍し過ぎです?
⇒飛躍しすぎとはいいませんが、裏付ける事実が希薄です。少なくとも結果だけをもって陰謀と特定するのは無茶かと思います。
>マリアナ海域を防衛線とし米海軍を迎撃するのが開戦前の戦略だった筈なのに、日本海軍はミッドウェイやニューギニアと広範囲に戦線を拡大しており、この方向に仕向けた人達が非常に臭いと思うのですが誰だかご存知です?
⇒先に述べたとおり、迎撃(=待ち)では戦力差が拡大する一方であることが明白であったための真珠湾・ミッドウェイ作戦であったと理解しています。
>日米開戦の一大時に対し「そんなものだ」で許された事も不思議ですし、責任者の栄転はさらに不思議だと感じてます。また、東京裁判で処刑された海軍関係者が1人もいないそうですが、これらが全て内通者のお陰だと言うのはやはり推論が飛躍し過ぎですね?
⇒海軍軍人じゃありませんが、東条の判決理由のひとつは「ハワイの軍港・真珠湾の不法攻撃」です。また日本の役人が責任をとらないことは別段戦争関係のみではなく、現在に至るまで連綿と続いている伝統です。つい最近も一連の原発関連の不祥事の責任をとる形で「更迭」されたお役人がいましたが、退職金を割増でもらうようですね。
「陰謀」を証明するためには合理的な理由が必要です。もちろん「結果」だけでは合理的な理由とはなりえません。たいへん申し訳ございませんが、当方は陰謀を裏付ける事実を把握しておりません。
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この回答へのお礼
陰謀説を証明する事実や証拠なんて全く世に出ていないので、これまでのご助言に感謝し一件落着にすべきと考え始めています。ただ、疑惑がまだ解消できぬので可能ならもう少し教えて下さい。
>開戦決定者でなくても真珠湾攻撃を立案・強行した事に疑惑を持つのは飛躍でしょうが、日本海海戦では旗艦も戦闘に加わっているのに、ミッドウェイでは旗艦大和が他の戦艦・巡洋艦と共に後方に控え、そのため4空母の護衛が駆逐艦だけで防空体制が裸同然だった事、この事情・理由は何かご存知です?
⇒日本海海戦は艦隊決戦ですので、戦艦である旗艦が参加するのは当たり前です。真珠湾攻撃は空母艦載機による泊地攻撃が目的ですので戦艦は必要ありませんが、ただし大和をはじめとする主力部隊がなぜ第一機動部隊とあんなに距離を置いていたかは存じません。なお、第一機動部隊の編成は戦艦が榛名・霧島、重巡が利根、筑摩、あとは軽巡と駆逐艦十数隻となっており、決して護衛が駆逐艦だけではないようです。
→ 勘違いしていました。日本の空母が4隻も沈められたので、英国不沈戦艦と同じく防空軽視が原因だと思い込んでいました。実は日本の空母が燃え易かった事が原因の様ですね?でも、ミッドウェイ後の対策会議で山本五十六が空母難燃化より建造を急がせたそうですね?
>内通者は山本五十六だけではないと思い始めました。海軍だけでなく外務省も臭いと考え始めています。ところで、海軍人事の責任者・提案者が誰だかご存知です?また、年功序列の人事に誰も異論を唱えなかったのか、その当時の事はご存知です?
⇒人事は海軍大臣の専決事項だと思います。また年功序列人事は当時どこの軍隊でも当たり前で、唯一それにとらわれなかったと言われるのがアメリカ海軍とされています。どちらかというと珍しいのはこっち。なお、年功序列はつい最近まで日本では当たり前のことでしたよ。
→ 日本海海戦時の海軍人事は年功序列ではなかった様な気がします。東郷平八郎も抜擢だし秋山真之の参謀も然りですが、この時は明治維新の後で特別だったのかも知れませんね?
>米国太平洋艦隊の母港なのに、在ハワイの日本人が軍港内を視認できた事は「泳がされていた」と言う事になりません?また、(米空母の寄港予定が無い)12月8日が開戦日と決定したのは、何時頃の事で誰が提案者だかご存知です?
⇒ならないと思います。そもそも戦前のハワイの日系人の人口は15万人を超えています。どうやって全員を拘束するんでしょうか。また開戦日決定の御前会議は12月1日ですが、日時の提案者は(責任上)東条首相になるかと思います。ただし「米空母の寄港予定が無い」なんて情報は掴んでいません。海軍は空母がハワイに在泊中と想定して作戦を練っており、艦内での識別訓練もまず空母ありきで行なわれていた記録があります。
→ スパイ対策として「軍港内が見える場所は立入り禁止」「軍港を見に来た日本人は尋問」「日本領事館の通信管制」等々がなかった事は「泳がす為」だと言えませんか?12月1日の御前会議「東条英機首相が開戦日12月8日奏上」より、その背景・発案段階を知りたかったし、その後の真珠湾とミッドウェイも米空母は餌の様に思えますが、まぁ単なる疑惑です。
>米空母がどこにいるか判らなかったので2時間も逡巡したんでしたね。でも「陸上爆弾で敵艦は沈められぬが、敵空母甲板に穴が空けば艦載機は帰還できず海上に不時着。何よりも敵機来襲は遅かれ早かれあり、大変な事になる筈。」と2時間も逡巡した事こそ、無知無能を装った「確信犯」だと言ったら酷ですね?
⇒「陸上爆弾で敵艦は沈められぬが、敵空母甲板に穴が空けば艦載機は帰還できず海上に不時着」と考えたのは第二航空戦隊司令の山口多門で、逡巡したのは第一機動部隊の栗田司令長官では?また理由なくして逡巡したのであれば無知無能を装った「確信犯」かもしれませんが、逡巡するに足る理由があったことは先回述べさせていただきました。
→ 逡巡理由をお聞きした後も感じ続けている疑惑なんですが、でも確たる証拠なんてありませんし、説得力が不足した疑惑なので無視して下さい!
>仕掛け人が「日本中枢部に棲息していた内通者」と言うのは推論が飛躍し過ぎです?
⇒飛躍しすぎとはいいませんが、裏付ける事実が希薄です。少なくとも結果だけをもって陰謀と特定するのは無茶かと思います。
→ 陰謀説を裏付ける証拠や事実がそのうち出て来るかも知れませんが、真珠湾攻撃関連情報は米国でさえ部分的に未開示だそうですし、今後も期待できんでしょう。とは言え、これでは陰謀者の思う壺ですね?
>マリアナ海域を防衛線とし米海軍を迎撃するのが開戦前の戦略だった筈なのに、日本海軍はミッドウェイやニューギニアと広範囲に戦線を拡大しており、この方向に仕向けた人達が非常に臭いと思うのですが誰だかご存知です?
⇒先に述べたとおり、迎撃(=待ち)では戦力差が拡大する一方であることが明白であったための真珠湾・ミッドウェイ作戦であったと理解しています。
→ 真珠湾攻撃で戦力差拡大策を一挙に始動させて「マリアナ海域迎撃案を反故」にし、更に「戦線拡大による自滅」を指向した人達が帝国中枢部にいたと書いたら、証拠が無い疑惑だと再び叱られてしまいますね?
>日米開戦の一大時に対し「そんなものだ」で許された事も不思議ですし、責任者の栄転はさらに不思議だと感じてます。また、東京裁判で処刑された海軍関係者が1人もいないそうですが、これらが全て内通者のお陰だと言うのはやはり推論が飛躍し過ぎですね?
⇒海軍軍人じゃありませんが、東条の判決理由のひとつは「ハワイの軍港・真珠湾の不法攻撃」です。また日本の役人が責任をとらないことは別段戦争関係のみではなく、現在に至るまで連綿と続いている伝統です。つい最近も一連の原発関連の不祥事の責任をとる形で「更迭」されたお役人がいましたが、退職金を割増でもらうようですね。
→ 「在米大使館の担当責任者栄転」や、陸軍関係者が極東裁判で処罰されたり公職から追放されたのに「海軍関係者は非対象」さえも、偶然ではないと証明する事なんて無理ですね?
「陰謀」を証明するためには合理的な理由が必要です。もちろん「結果」だけでは合理的な理由とはなりえません。たいへん申し訳ございませんが、当方は陰謀を裏付ける事実を把握しておりません。
→「歴史は勝者が作る」の通り、GHQ「戦争贖罪洗脳計画」が全疑惑の発端で、私にとっては「目からうろこ」であり、歴史が信じられなくなったのです。それで詳しい事を知りたくなりお時間を拝借しましたが、疑惑が解決できぬままなので今後も思案し続ける事にしました。これまでお付合い頂き本当に有難うございました。 渡部中庸(わたべちゅうよう)より
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お礼日時:2011/09/05 18:33
No.6
回答者: makocyan 回答日時:2011/08/19 17:35
No.3.4です。こちらこそ私のような変人にお付き合いくださり、ありがとうございます。
>「真珠湾」にて開戦を強行し英米を喜ばした事に続き「ミッドウェイ」を強行し大敗した事、これらは「山本五十六スパイ疑惑」に対しかなり意味があると思いませんか?
⇒くどいようですが、開戦が決定されたから真珠湾作戦が行なわれたのです。開戦を決めたのは山本ではありません。したがって少なくとも前者については山本長官のスパイ疑惑はありえないと思います。そのような疑惑がもしあるとすれば「開戦通告文の遅れ」ですが、これは外務省の不手際であったことが公式に認められており、これにも山本は関わっておりません。
>12月8日に真珠湾、12月10日にマレー沖開戦(英国不沈戦艦を轟沈)を実施した日本海軍航空隊、更に真珠湾攻撃対象の一番目は空母でしょ。「航空の重要性を十分認識」してた証拠では?また国家存亡の時に年功序列の人事で対応するって、暗愚・無能を装った確信犯ではありません?
⇒空母機動部隊を含む海軍航空隊の整備を進めたのは山本ですが、年功序列の人事を進めたのは山本ではありませんので・・・。前線で航空の重要性を認めることと、海軍人事にそれが反映されることとはイコールではありません。そもそもハワイ・マレー沖海戦が初めての航空戦力による実績なのですから。
また「国家存亡の時に年功序列の人事で対応」って、今でも日本の専売特許じゃないですか。
>地上石油槽が空っぽだと思い込ませ陸上施設を攻撃対象から外させ、(浅い)真珠湾に停泊した(老)艦を在ハワイ日本人に視認させ日本へ報告させ、日本の暗号を解読し米空母の寄港を避け、準備万端整えて日本航空隊を迎えたって感じですね?
⇒「空っぽだと思い込ませ」たわけじゃなくて、もしや戦争か?ってときに、のほほんと地上タンクに重油を入れておくとは・・・。って勝手に日本側がそう思っちゃったらしいですよ。戦艦群もハワイが母港なんでずっとそこにいたわけで、あえて並べて見せたわけではない。また空母が在港でなかったのは、レキシントンは海兵隊の航空機をミッドウェイ基地へ輸送中、エンタープライズはウェーク島へ海兵隊の航空機輸送を完了し真珠湾へ帰投中だったため。これは開戦通告文の暗号送信のはるか前かとりかかっている仕事ですので、「暗号を解読し米空母の寄港を避け」ということにはならないでしょう。
>山口多聞が米国策敵機を見た時に「敵機襲来は2時間前後と予想、その前に艦載機発艦」と進言したそうなので、南雲長官が(2時間も逡巡した挙句に)爆弾・魚雷の換装で手間取ったと言うのは、かなり妙な状況だと思いませんか?
⇒山口多門は単なる二航戦の司令で、もちろん南雲より序列は下。だから意見具申という形しかとれなかったわけで、その意見を採用するかどうかは上の判断となります。またこのときの山口多門の意見具申というのは、概ね以下の内容。
(1)すでに装備の終わっている陸用爆弾で攻撃。
(2)護衛戦闘機なし、艦攻・艦爆のみで出撃。
ご存知のように陸用爆弾で艦は沈められませんし、護衛戦闘機の無い艦攻・艦爆だけの攻撃は大損害覚悟です。効果は僅少、損害は必至、そんな無茶な策を南雲がとらなかったのはごく常識的な判断じゃないですか?結果的には大ハズレだったわけですが。そもそもこの判断にも山本長官はノータッチですよ。
>真珠湾が攻撃されたと聞き、米大統領だけでなく高官連中も大喜びしたとか。確か英国のチャーチルも喜んだ筈。とっても良い事をしてあげた感じですね。
⇒それはその通りですね。まんまと挑発にのっちゃった。でもそれを決めたのは日本政府。
>海軍が実施した作戦はその情報に影響されてなく、全く対応していない様に思えるので、やっぱり海軍は暗愚・無能を装った確信犯ではないでしょうか?
⇒ですから、そうした情報を熟知していたからこそ乾坤一擲の大博打しかうつ手がなかったということですよ。長期戦になったら万が一にも勝ち目がないわけですから。暗愚・無知なのはまずは日本政府であり、海軍は阿呆な命令とは知りつつも最良の手を模索した、だが失敗した、というところなんじゃないかと思います。
>在米日本大使館も緊迫した時期だった筈なのに、異動通知があってお別れ会に興じていたり、緊急連絡がつかぬ大使館員がいたので対米通知が遅れ、さらに責任者が後日栄転したとか。海軍だけが内通者の棲息場所ではない様ですね。
⇒日本の外務省はずっとそうみたいですが、様々な事実を見る限りでは海軍の内通というのはかなり根拠が希薄だと思います。
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この回答へのお礼
当時の事を色々と教えて下さり、本当にありがとうございます。もう少しご意見を聞かせて下さい。
>「真珠湾」にて開戦を強行し英米を喜ばした事に続き「ミッドウェイ」を強行し大敗した事、これらは「山本五十六スパイ疑惑」に対しかなり意味があると思いませんか?
⇒くどいようですが、開戦が決定されたから真珠湾作戦が行なわれたのです。開戦を決めたのは山本ではありません。したがって少なくとも前者については山本長官のスパイ疑惑はありえないと思います。そのような疑惑がもしあるとすれば「開戦通告文の遅れ」ですが、これは外務省の不手際であったことが公式に認められており、これにも山本は関わっておりません。
→ 開戦決定者でなくても真珠湾攻撃を立案・強行した事に疑惑を持つのは飛躍でしょうが、日本海海戦では旗艦も戦闘に加わっているのに、ミッドウェイでは旗艦大和が他の戦艦・巡洋艦と共に後方に控え、そのため4空母の護衛が駆逐艦だけで防空体制が裸同然だった事、この事情・理由は何かご存知です?
>12月8日に真珠湾、12月10日にマレー沖開戦(英国不沈戦艦を轟沈)を実施した日本海軍航空隊、更に真珠湾攻撃対象の一番目は空母でしょ。「航空の重要性を十分認識」してた証拠では?また国家存亡の時に年功序列の人事で対応するって、暗愚・無能を装った確信犯ではありません?
⇒空母機動部隊を含む海軍航空隊の整備を進めたのは山本ですが、年功序列の人事を進めたのは山本ではありませんので・・・。前線で航空の重要性を認めることと、海軍人事にそれが反映されることとはイコールではありません。そもそもハワイ・マレー沖海戦が初めての航空戦力による実績なのですから。
また「国家存亡の時に年功序列の人事で対応」って、今でも日本の専売特許じゃないですか。
→ 内通者は山本五十六だけではないと思い始めました。海軍だけでなく外務省も臭いと考え始めています。ところで、海軍人事の責任者・提案者が誰だかご存知です?また、年功序列の人事に誰も異論を唱えなかったのか、その当時の事はご存知です?
>地上石油槽が空っぽだと思い込ませ陸上施設を攻撃対象から外させ、(浅い)真珠湾に停泊した(老)艦を在ハワイ日本人に視認させ日本へ報告させ、日本の暗号を解読し米空母の寄港を避け、準備万端整えて日本航空隊を迎えたって感じですね?
⇒「空っぽだと思い込ませ」たわけじゃなくて、もしや戦争か?ってときに、のほほんと地上タンクに重油を入れておくとは・・・。って勝手に日本側がそう思っちゃったらしいですよ。戦艦群もハワイが母港なんでずっとそこにいたわけで、あえて並べて見せたわけではない。また空母が在港でなかったのは、レキシントンは海兵隊の航空機をミッドウェイ基地へ輸送中、エンタープライズはウェーク島へ海兵隊の航空機輸送を完了し真珠湾へ帰投中だったため。これは開戦通告文の暗号送信のはるか前かとりかかっている仕事ですので、「暗号を解読し米空母の寄港を避け」ということにはならないでしょう。
→ 米国太平洋艦隊の母港なのに、在ハワイの日本人が軍港内を視認できた事は「泳がされていた」と言う事になりません?また、(米空母の寄港予定が無い)12月8日が開戦日と決定したのは、何時頃の事で誰が提案者だかご存知です?
>山口多聞が米国策敵機を見た時に「敵機襲来は2時間前後と予想、その前に艦載機発艦」と進言したそうなので、南雲長官が(2時間も逡巡した挙句に)爆弾・魚雷の換装で手間取ったと言うのは、かなり妙な状況だと思いませんか?
⇒山口多門は単なる二航戦の司令で、もちろん南雲より序列は下。だから意見具申という形しかとれなかったわけで、その意見を採用するかどうかは上の判断となります。またこのときの山口多門の意見具申というのは、概ね以下の内容。
(1)すでに装備の終わっている陸用爆弾で攻撃。
(2)護衛戦闘機なし、艦攻・艦爆のみで出撃。
ご存知のように陸用爆弾で艦は沈められませんし、護衛戦闘機の無い艦攻・艦爆だけの攻撃は大損害覚悟です。効果は僅少、損害は必至、そんな無茶な策を南雲がとらなかったのはごく常識的な判断じゃないですか?結果的には大ハズレだったわけですが。そもそもこの判断にも山本長官はノータッチですよ。
→ 米空母がどこにいるか判らなかったので2時間も逡巡したんでしたね。でも「陸上爆弾で敵艦は沈められぬが、敵空母甲板に穴が空けば艦載機は帰還できず海上に不時着。何よりも敵機来襲は遅かれ早かれあり、大変な事になる筈。」と2時間も逡巡した事こそ、無知無能を装った「確信犯」だと言ったら酷ですね?
>真珠湾が攻撃されたと聞き、米大統領だけでなく高官連中も大喜びしたとか。確か英国のチャーチルも喜んだ筈。とっても良い事をしてあげた感じですね。
⇒それはその通りですね。まんまと挑発にのっちゃった。でもそれを決めたのは日本政府。
→ 仕掛け人が「日本中枢部に棲息していた内通者」と言うのは推論が飛躍し過ぎです?
>海軍が実施した作戦はその情報に影響されてなく、全く対応していない様に思えるので、やっぱり海軍は暗愚・無能を装った確信犯ではないでしょうか?
⇒ですから、そうした情報を熟知していたからこそ乾坤一擲の大博打しかうつ手がなかったということですよ。長期戦になったら万が一にも勝ち目がないわけですから。暗愚・無知なのはまずは日本政府であり、海軍は阿呆な命令とは知りつつも最良の手を模索した、だが失敗した、というところなんじゃないかと思います。
→ マリアナ海域を防衛線とし米海軍を迎撃するのが開戦前の戦略だった筈なのに、日本海軍はミッドウェイやニューギニアと広範囲に戦線を拡大しており、この方向に仕向けた人達が非常に臭いと思うのですが誰だかご存知です?
>在米日本大使館も緊迫した時期だった筈なのに、異動通知があってお別れ会に興じていたり、緊急連絡がつかぬ大使館員がいたので対米通知が遅れ、さらに責任者が後日栄転したとか。海軍だけが内通者の棲息場所ではない様ですね。
⇒日本の外務省はずっとそうみたいですが、様々な事実を見る限りでは海軍の内通というのはかなり根拠が希薄だと思います。
→ 日米開戦の一大時に対し「そんなものだ」で許された事も不思議ですし、責任者の栄転はさらに不思議だと感じてます。また、東京裁判で処刑された海軍関係者が1人もいないそうですが、これらが全て内通者のお陰だと言うのはやはり推論が飛躍し過ぎですね?