「旅の坊主」の道中記:常葉大学社会環境学部・小村隆史の防災・危機管理ブログ

日本唯一の防災学部はなくなっても、DIGと防災・危機管理を伝える旅は今日も続いています。

釜石市鵜住居にて:4年余の時間の流れを考える

2015-05-01 21:07:06 | 東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)
東日本大震災の現地踏破も7日目。

釜石駅前のホテルから一旦北上して山田町まで戻り、山田町中心部、山田町織笠、大槌町吉里吉里、
大槌町中心部、釜石市鵜住居、旧釜石2中跡、大船渡市吉浜、大船渡市越喜来、大船渡市綾里と南下。
今宵の宿は陸前高田市に新装なった「キャピタルホテル1000」。

(なかなか故事来歴のあるホテルなのだそうな。その事情を全く知らなかったとは我ながら情けない……。
ついでに言えば、かなりユニークな場所のようだが、すでに周囲は暗くなっている。
明朝が楽しみ。)

鵜住居の様変わりに、ただただ驚く。

かつては、鵜住居防災センターがあり、鵜住居小学校、釜石東中学校が見え、
静岡県ボランティア協会が支援している「絆ハウス」もあった。
JR山田線の鵜住居駅のプラットフォームから撮った写真は、今でもよく使っている。

それが全面的に変わっていた。

防災センター周辺はかさ上げ工事のため立ち入り禁止となり、大型ダンプが行き交っている。
鵜住居小学校・釜石東中学校の跡地には、2019年のラグビーワールドカップに間に合わせるべく、
ラグビー場が建設されるとのことで、それに向けた仕込み(かさ上げ)と思しき活動も始まっている。

年に数回しか顔を出せないながらも、それなりに思い入れのある鵜住居地区。
それだけに、これらの変化が、次の、より良き変化をもたらしてくれればよいのだが……。

旅の間にかたまってきた3連のキーワード、「にぎわい」「なりわい」「子どもの笑い声」。

鵜住居の集落が維持できる「にぎわい」「なりわい」はどのくらいの人数を養いきれるのか。
その規模の「なりわい」なら、安心して子育ては出来るだろうか。

各所に復興のイメージ図があるが、それらのイメージ図へのどうしようもない違和感。
「恥ずかしくないのかよ!」とすら言いたくなるものがある。
だが、そんなことを言っている一方で、4年余の時間の流れは厳然たるもの。
たしかに、鵜住居の姿は一変させられていた。

(もっとも……。
4年余が経過しながら、「新しいまちが出来、新しい生活が始まりました」
でないというのは、復興計画のペースとしては情けないとは思うが……。)

ともあれ、金がある(予算がつく)というのはこういうこと。
しかし、それとて、借金だらけの日本の財政をよくよく考えてみるならば……。

「災害復旧となれば税金も使い放題」「いただくものをいただけばあとは野となれ山となれ」
という考え方ではないと思うが、それでも、ものには限度がある。
オールジャパンで見れば、将来の世代に請求書(つけ)を回しているだけ。

イニシアルコストは国が出しているが、不必要に大きなものを作って(関係者の懐に入る額は大きくなる)、
維持コストが負担できず、何より「なりわい」も「にぎわい」もなく、勢い「子どもの笑い声」も聞こえなくなり、
残されたのは国の借金と「ぴかぴかのゴーストタウン」、いくら何でもこれは情けない。

ただ、復興のイメージ図を見る限り、そのような、社会の情勢と時代感覚を無視して、
形だけ「子どものために」を前面に押し出している。そのようなものに思われてならない。
それはプロのやること、ではないと思う。思うが、鵜住居のように作業は進む。

V字カーブはあり得ないということを、なぜ、口に出して言わないのか?
みんながうすうす(場合によっては明らかに)気づいていても、
騙されるあるいは騙されたふりをするのが住民の役割?

それとも、みんな大人だから、その辺りは百も承知の上で、
新しい場所に新しい建物が出来るのを待っている、というの?
本当にあと1年もあれば人々が戻ってくる、という話なのだろうか……。