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たびたび神社

ライターあかりの神社ブログ

一本の道筋

2015-11-21 11:15:56 | 奈良・京都の神社

<貴船神社 きふねじんじゃ>

 

貴船神社の本宮に祀られている神様は、

高龗神(たかおかのかみ)という水の神様です。

全国各地に点在する貴船系神社の総本宮が、

こちらの京都の貴船神社でして、

「おかみ」(龗神社、高龗神社、闇龗神社など) を

名前に持つ神社とも深い関わりを持ちます。

 

日本神話において高龗神は、イザナギが

火の神・迦具土神(かぐつちのかみ) を

斬り殺した際に生まれとたされ、

奥宮のご祭神である闇龗神

(くらおかみのかみ)とも同神。

主に川や水源のそばに祀られています。

 

他に高龗神をお祀りする場所として知られるのは、

吉野の丹生川上神社(にうかわかみじんじゃ)ですが、

その縁か、仏国童子の後を継いだ僧国童子も、

当初は吉野の丹生大明神に仕えていたそう。

貴船神社~上下賀茂神社へ続く道筋の大元には、

吉野の神様が一枚噛んでいたわけですね。


舌家

2015-11-20 11:13:56 | 奈良・京都の神社

<貴船神社 きふねじんじゃ>

 

貴船神社の筆頭社家である「舌家(ぜつけ)」は、

貴船大神の従者である童子(牛鬼)を始祖に持ち、

今もその末裔とされる方々がいらっしゃるそうです。

 

実は、平安時代の始めから明治時代まで、

貴船神社は上賀茂神社の摂社だった時期があり、

江戸時代に活躍した舌左司馬(ぜつさじま)の「舌力」より、

上賀茂神社からの独立を果たしたのだとか。

 

その名残かどうかはわかりませんが、

同じ賀茂の氏神である、下鴨神社の摂社・河合神社には、

貴船神社のご祭神・高龗神(たかおかのかみ)が祀られています。

舌家と高龗神、そして貴船川~鴨川を通じて、

貴船神社と上下賀茂神社が一つの線に結ばれるのですね。


仏国童子

2015-11-19 11:02:26 | 奈良・京都の神社

<貴船神社 きふねじんじゃ>

 

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丑の年、丑の月、丑の日、丑の刻に、

貴船大神が天下万民救済のために、

仏国童子(牛鬼)を従者として

貴船山中腹の鏡岩に降臨した。

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こちらの文章は、貴船神社の家伝書

「貴布祢雙紙」(きふねぞうし)の中に、

収められている一文です。

これによりますと、貴船神社の大神は、

「丑」が重なる日時に、「牛」とともに

この地に鎮まったとされています。

 

貴船神社には、牛鬼をお祀りする

「牛一社(ぎゅういちしゃ)」という

丑の刻参りで有名な末社があり、

またお隣の鞍馬山には、

有名な牛若丸の伝承が残るなど、

この地域のあちこちに、

「牛」や「丑」との関連が見られます。

 

ちなみに、貴船大神の従者である

仏国童子(牛鬼)は、 神の戒めも顧みず、

神界の秘事を広めてしまったため、

災いの元である舌を八つ裂きにされてしまったそう。

その後改心して人間となり、

貴船神社の社家の始祖になったという話です。


丑の刻参り

2015-11-18 10:59:51 | 奈良・京都の神社

 

<貴船神社 きふねじんじゃ>

 

貴船神社と聞いて、世間の人がまず思い浮かべるのは、

丑の刻参り(うしのこくまいり)ではないかと思います。

 

丑の刻参りと申しますのは、 丑の刻(午前1時から午前3時ごろ)、

恨んでいる相手に見立てた藁人形を、

五寸釘でご神木に打ち込み呪いをかけるという、

日本に古来から伝わる呪術の一種。~ByWikipedia

 

体には白い着物、頭にはロウソクを立てた鉄輪、

そして手には藁人形と五寸釘という出で立ちの女性が、

髪を振り乱しながら一心不乱に釘を打ち込む図で有名です。

 

なぜ清らかな川をご神体とする貴船神社が、

このようなおどろおどろしい伝承で、

知られるようになったのかと申しますと、

貴船神社に残る伝承の中に、

「丑の年の丑の月の丑の日の丑の刻に、

神社に参詣すると心願成就する」

という内容があるからなのだとか。

 

本来は呪いとはまったく無関係の話だったにも関わらず、

陰陽道(おんみょうどう)の呪詛の手法などと混ざり合い、

現在まで続く丑の刻参りのイメージを定着させました。


京都の魔界

2015-11-17 10:53:18 | 奈良・京都の神社

<鞍馬寺西門 くらまでらにしもん>

 

初めて京都の貴船神社を訪れたのは、

かれこれ20年以上前のことでした。

とても暑い夏の日だったのですが、

当時の思い出として残っているのは、

貴船神社から山伝いに鞍馬寺の奥の院へ、

修業中の天狗のように全速力で走り抜けた記憶のみ。

貴船の川床の下を流れる涼やかな清流の音と、

地上に張り出した鞍馬山の木の根の荒々しさとのギャップが、

京都の夏のひとつの情景として脳裏に焼き付いています。

 

「京都の魔界」として有名な鞍馬山周辺は、

暗魔(くらま)などとも称される異界中の異界でして、

一説によると、京都中の魑魅魍魎が、

この地に封じ込められているという話も…。

オカルトマニアの間では、牛若丸の伝承より、

魔王尊やサナト・クマーラ(ヒンズー教の神)が、

祀られる地として知られております。

今回鞍馬に関しては、 諸々の意味で

危険なため立ち寄りませんでしたが、

安易な気持ちで訪れる場所でないことは確かです。


気生根(きふね)

2015-11-16 10:51:25 | 奈良・京都の神社

<貴船神社 きふねじんじゃ>

 

メディアや観光ガイドのほとんどは、

貴船神社の本宮(よくて奥宮)での、

縁結びや水占いのことしか伝えません。

ただ、貴船神社の貴船神社たるゆえんは、

その名の通り「川」と「水」に関係します。

 

貴船の表記を、気の生じる根源の地

という意味の「気生根」と書いたり、

貴船の呼び名を「きぶね」と濁らず、

「きふね」と濁点をとったりするのも、

貴船川の水が持つ神聖な力を、

無意識に示しているからなのでしょう。


貴船川

2015-11-15 10:46:04 | 奈良・京都の神社

<貴船川 きぶねがわ>

 

貴船神社を参拝する際は、叡山電車の貴船口前駅で降り、

貴船神社の手前までバスか徒歩で向かうのが一般的です。

今回は早朝に貴船口前駅に到着したためバスがなく、

まるで初冬ような冷気に身を縮ませながら、

貴船川に沿って神社までの道を歩きました。

 

ただ、実際に自分の足で歩いて目で確かめたことで、

「貴船の何たるか」を確認できたのは大きな収穫。

この地を創建した玉依姫命(たまよりひめのみこと)が、

いくつもの川を遡ってこの地にたどり着いたのも、

貴船川の強い霊力に引き寄せられたからなのでしょう。


霊力を宿す地

2015-11-14 17:48:18 | 奈良・京都の神社

<貴船口駅 きぶねぐちえき>

 

京都駅から電車を乗り継ぎ約1時間、

あたりは次第に里山の風景へと変わり、

ほのかに色づき始めた楓の葉の隙間からは、

京都の北を守護する貴船・鞍馬の

山々が見えてまいりました。

 

貴船口駅を降り立ってまず目に入ったのは、

どことなく吉野や天川の山中を思わせる景色。

両側を山に挟まれた細い谷間にある里は、

奈良の山々の空気を凝縮したような

濃密な気配に包まれていました。

 

神社参拝というのは、

神社の社殿にお参りするのではなく、

神社の背後や周囲に潜む自然を拝むこと。

吉野でも天川でも貴船でも重要なのは、

まさに霊力を宿す自然そのものです。


川が出合う地

2015-11-13 14:35:40 | 奈良・京都の神社

<鴨川 かもがわ>

 

ふたつの川が合流する地点を、「河合」と呼びます。

「河合」は水の流れが混じり合う神聖な場所とされ、

神社や古墳など古くからの聖地が多く見られるもの。

以前ご紹介した水神を祀る奈良の廣瀬大社があるのも、

複数の河川が合流する奈良県北葛城郡河合町です。

 

下鴨神社の摂社である地主神・河合神社は、

京都を代表する河川のひとつである賀茂川が、

高野川と合流する地点にあることから、

河合の名がつけられたのだと聞きます。

よい神社がある場所には、必ずといっていいほど、

美しい川の流れがあるのですね。


糺の森

2015-11-12 14:32:03 | 奈良・京都の神社

<下鴨神社 しもがもじんじゃ>

 

私自身が下鴨神社で一番好きな場所は、

参道を包み込むように広がる

「水の聖地」糺の森(ただすのもり)です。

 

曇りの日や雨の日は、

湿気をまとった杜の木々が放つ

濃厚な水の匂いを感じながら、

また、晴れて天気のよい日は、

木漏れ日を浴びてキラキラと輝く

小川のせせらぎに癒やされながら、

ゆったりと散策を楽しむことができます。

 

先日、糺の森の中を歩いていましたら、

昔の祭祀遺構が復元されている場所に出ました。

今も昔も神事には、清らかな水が欠かせないもの。

この美しい川の流れがあったからこそ、

賀茂氏はここに社を建てたのかもしれません。

賀茂の斎王(斎院)や、天皇を護衛するカラスたちも、

この小川で心身を清め、大事な祭事へと向かったのでしょう。


陰の布石

2015-11-11 14:31:32 | 奈良・京都の神社

<河合神社 かわいじんじゃ>

 

下鴨神社の境内を歩いておりますと、

上賀茂神社を参拝しているときと同様、

とても不自然な圧迫感を感じます。

広々とした参道を通り抜けた後、

お参りをするために導かれるのは、

楼門の先にある本殿前の狭い空間。

両側に小さなお社が並んでいるせいか、

どことなく落ち着かない気分になります。

 

実は下鴨神社の奥宮は、

比叡山山麓にある御蔭神社という、

下鴨神社からは少々離れた場所にあります。

そして本来、この地の土地神は、

摂社である河合神社の本殿左に祀られている、

貴布禰神社(きふねじんじゃ)の神様なのだとか。

ここ最近、河合神社からほど近い敷地内で、

マンションの建設が進んでいるのも、

もしかすると陰の布石なのかもしれませんね。


戸籍を持たない人々

2015-11-10 13:54:35 | 奈良・京都の神社

<上賀茂神社 かみがもじんじゃ>

 

日本の祭祀を陰で取り仕切る八咫烏(やたがらす)は、

皇室の方々と同様、戸籍を持たずに生活しているそうです。

近代に至るまでの様々な経緯の中で、

その組織力はかなり縮小したともいわれておりますが、

今でも「大嘗祭(天皇即位の儀式)」を

陰で取り仕切っているのは、上下の賀茂神社であり、

八咫烏と呼ばれる人たちなのだとか。

 

そのせいかどうかはわかりませんが、

ふたつの賀茂神社には、詳細のわからないお祭りが多く、

事あるごとに天皇の勅使が訪れます。

また、伊勢神宮と同じように、斎王制度の歴史があるなど、

皇室との関わりが非常に深い場所で、

上賀茂神社の門前に残る社家町なども、

古くは天皇にお仕えする八咫烏の拠点だったのでしょう。


秘密結社

2015-11-09 13:37:40 | 奈良・京都の神社

<河合神社 かわいじんじゃ>

 

八咫烏(やたがらす)という言葉を聞きますと、

一般的には日本神話の神武東征(じんむとうせい)の際、

天皇を熊野から大和へと道案内をした、

三本足のカラスが思い浮かぶでしょう。

一方、オカルトマニアの間で八咫烏といえば、

賀茂氏が率いる秘密結社のこと。

神道(神社)、陰陽道、宮中祭祀を、

陰で仕切っているという噂の組織で、

今も日本を裏から動かしているといわれています。

 

ちなみに、ある人の説によりますと、

神道の総元締めである伊勢神宮は実は表の神道で、

裏の神道を取り仕切るのは、上下の賀茂神社なのだとか。

先ほど例に上げた三本足のカラスは、

上賀茂神社のご祭神である賀茂建角身命

(かもたけつぬみのみこと)の化身でもあり、

賀茂氏という存在が、遥か昔の神話の時代より、

天皇の隠密として活躍していた事実が浮かび上がります。


河合神社

2015-11-08 13:37:13 | 奈良・京都の神社

<河合神社 かわいじんじゃ>

 

下鴨神社の境内の一角、糺の森の南側に、

河合神社という摂社があります。

実はこちらの神社、本宮に次ぐ位の高いお社で、

ご祭神は下鴨神社と同じく玉依姫命。

方丈記で有名な「鴨長明」は、

この河合神社の神官の家系に生まれ、

境内には鴨長明が暮らした方丈の復元建築もあります。

 

ちなみにここ最近、旅番組や雑誌などで、

「美の神社」として頻繁に取り上げられているせいか、

河合神社には女性の参拝客が多数押し寄せているよう。

私が訪れたときも、名物?の鏡絵馬をお目当てに、

たくさんの若い女性たちがあふれておりました。

ただ、そんな華やかな雰囲気とは裏腹に、

もともと(今でも)この河合神社は、

賀茂氏の神事を取り仕切る重要な場所なのです。


ふたつの儀式

2015-11-07 13:34:34 | 奈良・京都の神社

<下鴨神社 しもがもじんじゃ>

 

京都三大祭のひとつとして知られる葵祭は、

上賀茂神社と下鴨神社が主催する、

皇室と国家の安泰を祈るお祭りです。

一般的には、平安時代の王朝装束に身を包んだ人々や、

葵に彩られた雅な牛車が列をなす斎王行列が有名ですが、

本当に重要なのは、葵祭の前儀である

御蔭祭(みかげまつり・下鴨神社)、

御阿礼神事(みあれしんじ・上賀茂神社)という儀式。

 

葵祭に先んじて行われるふたつのお祭りは、

きわめて古い神道儀式の形態を保っており、

天皇即位の儀式・大嘗祭(だいじょうさい)

にも通じる死と再生の祭祀なのだとか。

昼に行われる御蔭祭、真夜中に行われる御阿礼神事、

この陰陽ふたつの秘儀を経て、

神(天皇)は復活しその力を取り戻すのでしょう。