昨日、多摩川の向うから帰宅したら来ていた個人注文。
お知り合いから花風社のことを聞いた、というお話。
お知り合いが本を送ってくださるとのことだけれど、主治医にも見せたいので、とご注文。
ありがたいですね、口コミ。
ニトロレターを二枚おつけいたしましょう。ついでに芋新聞も。
こうやって新しい読者が増えているから
猿烏賊史編纂室を作らないといけないのかもなあ、と思っていました。
昨日はリアルのミーティングでもオンラインでも猿烏賊の話題当たり日だったので。
そらパパに関しては「ひくつきんぐ」という二つ名が定着してきたようですが、これをつけたのも新しい読者の方。どこから経緯をご存じかわかりませんがぴったりです。そもそも「ぼく、アスペルガーかもしれない。」の冒頭の大地君親子の会話
=====
大地「自閉症って恥ずかしいの?」
浅見「自閉症は恥ずかしくないよ」
ママ「大地、自閉症は恥ずかしくないよ。恥ずかしいのは大人になっても自分でご飯を食べられないことだ」
=====
を個人的に受け取って大騒ぎしたのが始まりだからです。
私が出版を決めたのは、この親子の会話をその場で聞いたからなんですけどね。
それを自分と自分の子への非難と受け取るなんて不思議な人だなあ、と思ったけど
昨今では私たちが楽しみにしているレシピや夕食画像の交換(いわゆる「飯テロ」)でさえ卑屈に受け取っている人もいるくらいなので、まあ卑屈の沼は底なしなんだと思いますね。
個人的には到底そこに配慮する気にはなれないな。
でもそういう「一番卑屈な親」に配慮する風習のある支援者もいて
そういう人はいいことやっているつもりで、実は多くの当事者保護者の権利をないがしろにしてきたんですよね。
そこに入り込んだのが花風社です。
成長したい人。
社会の中で役割を持った存在として生きていきたい人。
そしてこの手の支援者に腹が立つ、というまっとうな感覚を持つ人たちです。
こんなこと言ってドヤ顔していられるのはギョーカイだけですからね。
昨日のリアルのミーティングでもこのスクショのことは話題になって
「何あれ? ふざけている」という話になりました。
でもそういう感覚を一切持たない人が、支援側にも相当いると思いますね。
ひとつ猿烏賊の起源をたどると
裁判とちゅん平の劇的な治癒の同時進行を目の当たりにしていた私が路線を切り替えたときに
「あれは支持されるわけはない。俺たちの言うことを聞かない花風社はおしまいだ」
と結束した人たち、っていうことでしょうね。
それは当たらなかったんですよ。
でもね、彼らがそう誤解するのも無理はないんです。
当時の彼らは、き○がいじみていたからね。
とくに急先鋒に立っていたベムこと宮本晋。実にきち○いじみたこの男の襲撃を恐れて「すみません。表立ってはかばえません」ということで
あからさまにかばってくれる人は本当の身内だけだったからね。
だから外から見たら「浅見には味方がいない」ように見えたかもしれない。
それでも私は「君たちが思っているより私には味方が多いよ」と教えてあげました。彼らは嗤った。
でも神田橋先生の本が出たらどわっと売れて
同時に「応援してます!」のメッセージがたくさん来て
本当は治りたい人、成長したい人、の存在が知れるようになり
裁判は有罪判決が出て
チットチャットは二年に三店舗に拡大し
無名のいかがわしいおっさんの本がいきなり売れて
喜ぶ人がいっぱい出てきて(昨日のニコマムさんとか)
今や沈黙した猿烏賊に代わり、治った人たちが威勢よく発言しはじめて
ほーら言ってたでしょ、っていう気分です。
カルト呼ばわり、光栄です。
自分たちに理解できない仲良し集団をこう呼ぶ習慣のある人はいますが
「浅見には味方がいない」から「カルト」に出世したのなら
「実は味方がいた」っていうことを認めざるを得ない状況になってきたっていうことですからね。
というわけで猿烏賊史編纂室に加え
花風社かるた編纂室も作ろうと思います。
すでにFBでいろいろ寄せていただいていますが
それを吟味して決めていこうと思います。
最初のふたつはこれ。
あ
「ありのままでいいんだよ」
それって支援じゃありませんから!
い
医者なら治せんといかんわな
思いついたら送ってね。メールでもツイートでもコメントでもいいですよ。
FBにすでに書き込んでくださったものは、推敲していきます。
お知り合いから花風社のことを聞いた、というお話。
お知り合いが本を送ってくださるとのことだけれど、主治医にも見せたいので、とご注文。
ありがたいですね、口コミ。
ニトロレターを二枚おつけいたしましょう。ついでに芋新聞も。
こうやって新しい読者が増えているから
猿烏賊史編纂室を作らないといけないのかもなあ、と思っていました。
昨日はリアルのミーティングでもオンラインでも猿烏賊の話題当たり日だったので。
そらパパに関しては「ひくつきんぐ」という二つ名が定着してきたようですが、これをつけたのも新しい読者の方。どこから経緯をご存じかわかりませんがぴったりです。そもそも「ぼく、アスペルガーかもしれない。」の冒頭の大地君親子の会話
=====
大地「自閉症って恥ずかしいの?」
浅見「自閉症は恥ずかしくないよ」
ママ「大地、自閉症は恥ずかしくないよ。恥ずかしいのは大人になっても自分でご飯を食べられないことだ」
=====
を個人的に受け取って大騒ぎしたのが始まりだからです。
私が出版を決めたのは、この親子の会話をその場で聞いたからなんですけどね。
それを自分と自分の子への非難と受け取るなんて不思議な人だなあ、と思ったけど
昨今では私たちが楽しみにしているレシピや夕食画像の交換(いわゆる「飯テロ」)でさえ卑屈に受け取っている人もいるくらいなので、まあ卑屈の沼は底なしなんだと思いますね。
個人的には到底そこに配慮する気にはなれないな。
でもそういう「一番卑屈な親」に配慮する風習のある支援者もいて
そういう人はいいことやっているつもりで、実は多くの当事者保護者の権利をないがしろにしてきたんですよね。
そこに入り込んだのが花風社です。
成長したい人。
社会の中で役割を持った存在として生きていきたい人。
そしてこの手の支援者に腹が立つ、というまっとうな感覚を持つ人たちです。
こんなこと言ってドヤ顔していられるのはギョーカイだけですからね。
昨日のリアルのミーティングでもこのスクショのことは話題になって
「何あれ? ふざけている」という話になりました。
でもそういう感覚を一切持たない人が、支援側にも相当いると思いますね。
ひとつ猿烏賊の起源をたどると
裁判とちゅん平の劇的な治癒の同時進行を目の当たりにしていた私が路線を切り替えたときに
「あれは支持されるわけはない。俺たちの言うことを聞かない花風社はおしまいだ」
と結束した人たち、っていうことでしょうね。
それは当たらなかったんですよ。
でもね、彼らがそう誤解するのも無理はないんです。
当時の彼らは、き○がいじみていたからね。
とくに急先鋒に立っていたベムこと宮本晋。実にきち○いじみたこの男の襲撃を恐れて「すみません。表立ってはかばえません」ということで
あからさまにかばってくれる人は本当の身内だけだったからね。
だから外から見たら「浅見には味方がいない」ように見えたかもしれない。
それでも私は「君たちが思っているより私には味方が多いよ」と教えてあげました。彼らは嗤った。
でも神田橋先生の本が出たらどわっと売れて
同時に「応援してます!」のメッセージがたくさん来て
本当は治りたい人、成長したい人、の存在が知れるようになり
裁判は有罪判決が出て
チットチャットは二年に三店舗に拡大し
無名のいかがわしいおっさんの本がいきなり売れて
喜ぶ人がいっぱい出てきて(昨日のニコマムさんとか)
今や沈黙した猿烏賊に代わり、治った人たちが威勢よく発言しはじめて
ほーら言ってたでしょ、っていう気分です。
カルト呼ばわり、光栄です。
自分たちに理解できない仲良し集団をこう呼ぶ習慣のある人はいますが
「浅見には味方がいない」から「カルト」に出世したのなら
「実は味方がいた」っていうことを認めざるを得ない状況になってきたっていうことですからね。
というわけで猿烏賊史編纂室に加え
花風社かるた編纂室も作ろうと思います。
すでにFBでいろいろ寄せていただいていますが
それを吟味して決めていこうと思います。
最初のふたつはこれ。
あ
「ありのままでいいんだよ」
それって支援じゃありませんから!
い
医者なら治せんといかんわな
思いついたら送ってね。メールでもツイートでもコメントでもいいですよ。
FBにすでに書き込んでくださったものは、推敲していきます。