治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

講座のお知らせ

2014-04-30 09:10:24 | 日記
*4月11日にご登録者にお送りしたご案内です。
しばらくこれを当ブログ一番トップに貼っておきます。
日々の更新は二番目以降をごらんください。

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お世話になっております。花風社の浅見です。
すでにブログで予告してありますとおり、講座のご案内です。
その1とその2があります。


【その1】
発達凸凹な人とその家族のためのコンディショニング講座

3月にご好評いただいたコンディショニング講座ですが、さらにパワーアップして、5月15日と6月14日に行います。
場所は横浜市神奈川区の神奈川公会堂和室。
テーマは二本立てです。
1 発達凸凹の人の身体はどう不便なのか。その仕組みの説明と改善策のご提案
2 季節ごとの不調の乗り切り方。今回は、ジメジメ梅雨対策

実技を交えた楽しい講座になると思います。

時間はそれぞれ13:30から。一応予定は2時間ですが延長の可能性あり。途中退出も可です。
料金はお一人様一回3000円。両日の受講も可です。

*両日とも満員札止めとなりました。ありがとうございました。


お申し込みの方は花風社(mail@kafusha.com)あてに、
お名前とご連絡先のメールアドレス、希望日をお知らせください。
こちらから手続きのご案内をお送りしますので、携帯のアドレスの方はkafusha.com からのメールが受け取れるよう設定をお願いいたします。

【その2】
「10年目の自閉っ子、こういう風にできてます」を作り終えて
浅見が読者の方とおしゃべり会を行います。
テーマは「凸凹を活かして健康で幸せに生きるためのアセスメント」
というところでしょうか。ざっくばらんな会になると思います。
日時は6月7日 13:30から夕方まで。途中退出も可。
場所は横浜市港北区の港北公会堂第一会議室です。
料金は無料です。
こちらは大きな会場ですが、一応人数把握のためご参加ご希望の方はお名前とご連絡先をメールでお知らせください。

皆様のご参加をお待ちしております。



浅見淳子

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あとは表紙だけ

2014-04-30 09:10:00 | 日記
さて、「10年目の自閉っ子、こういう風にできてます!」の目次を発表して以来
コメントやメールやついーとで「早く読みたい!」というお声が続々寄せられています。
10年前の元祖の本がロングセラーになっているので、書店からの引き合いも多く
本当に私としても「早く出したい!」のです。

そしてあとは表紙だけです。

表紙のモチーフは決まっています。
おめでたい表紙です。
なぜそうしたかというと
これは花風社から皆さんへのお祝いだからです。
なんのお祝いかというと
あるものが見つかったからです。
そしてあるものとは何かというと

「幸せになる力」です。

ニキさんも、藤家さんも
10年前に夢見た通りの生活をしています。
でもこの10年、ずっと順調だったわけではありません。
自閉は自閉のまんま。
身体感覚も変なところがまだある。でも治った部分もあった。
世界観も変なところがまだある。でも時にはそれすらいい方に生かして自分が幸せになるのに使った。

その10年の経過で、自閉っ子の中には立派に「幸せになる力」があるとわかりましたので
お祝いの気持ちを込めて、おめでたい表紙を発注したのです。

画伯、早く描け~。

そして目次を見ていただければおわかりのとおり
最後にニキさん、藤家さんから当事者と保護者の皆様へのメッセージがあります。

保護者へのメッセージは、偶然だけどお二人似たようなことを言っています。

おそらくこれを読んで全国で、同時多発すすり泣き(または号泣)が起きると思います。

どうぞお楽しみに。
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10年目の自閉っ子、こういう風にできてます! 目次発表

2014-04-28 11:24:46 | 日記
「10年目の自閉っ子、こういう風にできてます!」
目次貼ります。

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巻頭自閉っ子大河マンガ

第一部 自閉のまんまで幸せになった
「10年前に夢見てた日々、かも」


すてきな黒歴史
10年の間に、二人に何があったか
自閉のまんまで幸せになった
長所は「伸ばす」。欠点は「活かす」
脳みその無駄遣いかどうか激論
巨人問題はどう解決していったか
巨人がいなくなって自発性が芽生えた
運命って、自分で作っていっていいの?
自分の身体の仕組みがわかってきた
それぞれの努力のかたち
使われていない能力の逆襲
疲労感とのつきあい方を覚えた
「社会」によって癒やされる
「怖いもの」とのつきあい方
福祉的支援の限界を知ったこと
「遊ぶ金ほしさに働く」ことの大切さ
ミーハーなことも力にする
悩みが一人前になっていく
人間関係対処法もアセスメントしてみる
失敗していい場と仕事の場を分ける


第二部 気まぐれな身体感覚は、その後どうなったか?

ボディイメージの不便さは治ったか?
季節ごとの体調の変化はその後どうなったか
発熱のアセスメント→予防
オートマな身体の動きはできるようになったか
立ち直りには自分アセスメントが必要
体調報告を嗤うな

第三部 へんてこな世界観と「不幸をねじ伏せる」という長い道のり


ありがちな質問
家族は備品だったから
怒りが消えた浅いワケ
診断告知受けたばかりの子にどう声をかけるか
「空気読めない」と言われることについて
社会とは饗宴である
自閉のまんまで幸せになれるためのコツ
「普通」「他の誰か」を目指さなくなったのはなぜ?
親亀子亀孫亀
10年前の理想
かなえていない夢との折り合い
「どうしても治らない部分」にどう対応するか
フラッシュバックへの対応
小さな「普通」発見の日々
欠点の中にも「幸せになる力」は潜んでいる
努力の方向を間違えない
社会に寄り添うことを選ぶ
不幸との戦い

第四部 へこんだときはどうやって立ち直る?

試行錯誤って強いよね
てへぺろ力鋭意養成中?
想像力のモンダイを活かす
体感と感情をどう頭脳で使い分けるか
打たれ強さはどこからくるか

第五部 自閉っ子関係の皆様へのメッセージ

なまはげに注意
エアお姑さんに仕えるための修行って必要ですかね?
直近のクラスタに適応すればいいだけ
ブラック企業と相場観
一人焼肉をあわれむな
ニキ・リンコが保護者の皆様に望むこと
ちゅん平から、当事者の皆様へのメッセージ
ちゅん平から、保護者の皆様へのメッセージ


付録 マンガ アナログなアセスメントのヒント
読者の皆様もご一緒に自分アセスメントしましょう!

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付録の「アナログなアセスメント 読者の皆様もご一緒に自分アセスメントしましょう!」を
6月7日のお勉強会でライブで掘り下げます。
ご希望の方は花風社までメールでお申し込みください。参加費無料です。
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よくわかってるじゃん

2014-04-26 08:45:18 | 日記
と、冒頭を読んだとたん思いました。
誰に対してそう思ったかというと、神田橋先生です(私って生意気)。
昨日「こころの科学」175号(4月25日発売)の献本をいただき
見てみると神田橋先生による「伸ばそう! コミュニケーション力」の書評が載っていました。

神田橋先生には去年から「またすごい人に会ってしまいました」とご報告していたし
本ができあがったときには鼻をひくひくさせながら「自信作です」とお送りしたし
そして先生からはすぐに「これはいい本だ!」と評価していただいたのですが

書評を見ても、高く評価していただいているのがわかります。

先生はさすがに、この本のキーワードをきちんと読み取っていらっしゃる。

という意味での「よくわかってるじゃん」でもあり

もう一つ「さすが」とうなったのは
ギョーカイに流布する間違った伝説の一つ
「褒めると自己肯定感が高まる」。これに対する反駁を
実にさらりと、それでいてずばりと、やってのけていることです。
本当に神田橋先生の言語力ってすごいと思いました。

つい先日も偶然目にした親ブログで
「発達障害の子は叱ると自己肯定感が低くなるし、かといって教えるべきことは教えなきゃいけないし」と悶々としている記述を見て「ギョーカイの言うこと真に受けている人は災難だなあ」と思ったり

当事者の人のブログ読んでいて、社会に適応する意欲があるだけに、過剰適応みたいになってしまい、苦しそうだなと思ったり、

「正解がある」という幻想を持つ人はきつそうだなーとか思っていましたが

神田橋先生のこの書評を読むと
自己肯定感のでき方があっさりわかってあっけないほどです。

そしていきなり冒頭の「よくわかってるじゃん」を引用させていただきましょう。

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 ブームと言っていいのだろう、大型書店の発達障害のコーナーには関連図書が溢れている。ほとんどは発達障害を「知り・分別分類し・管理する・啓蒙する」を目的としており、当事者や家族に未来と夢を与えることを意図したものはごくごく稀である。
 森嶋勉さんは大阪市でNPO法人「児童デイサービス・チットチャットスポーツ塾」二店舗を運営し、発達障害児童の育成と指導者の育成とに邁進している。そこへ、これもまた発達障害者への援助に腐心している浅見淳子さんが押しかけて対談をもちかけることでこの本ができた。浅見さんの自問自答体験に発するツッコミで森嶋さんの本音が引き出され、実践に有用な内容となっている。

=====

基本的に私が善意の人であることを、さすがにわかっていらっしゃる。

10年前に「自閉っ子、こういう風にできてます!」を出したときから一貫して私は
どうにかしてこの人たちラクにする方法がないもんか、とそれを考えてきたわけでね。
それが私の「自問自答体験」であり
そこでもりしーさんが使命感を持ってやっていることが言語化されたんだと思いますよ。

というわけで、読んでね。

「こころの科学」も
「伸ばそう! コミュニケーション力」も。

今日から連休ですね。
連休の途中に「10年目の自閉っ子、こういう風にできてます!」の目次を発表すると思います。
今は画伯が自閉っ子大河マンガに鋭意ペン入れちゅうです(のはず)。
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コミュニケーション力って?

2014-04-25 10:48:10 | 日記
四年ぶりに注意をひいた自称サイエンスライターが、四年たって15万ツイートとたまの寄稿と分担章しか実績を上げていないのを見ると
ニキさんが私に会えたのは結構ラッキーだったかな、と思う。
キャリアの初期に、売り込みっていうことはどういうことかわかったと思うから。
ニキさんはキャリアの初期四年で何冊本出したかね。
それは営業力と実力の賜です。

仕事がないっていうことは
単純に実力と営業力がないっていうことです。
と言い切っちゃうとまた被害的に取る人いるかもしれませんが
私は自分ではそう考えることにしています。


そして実力って、自閉っ子でもつけられます。
そして営業って、自閉っ子にだってできるのよね。

コミュニケーション力って様々ですからね。
ノンバーバルでも、空気読めなくても
とんちんかんでもコミュニケーションの人はできるんです。
ありもの使えばいいんです。

コミュニケーションが成り立つって
一義的には場の共有でしょ。
今日お~たきさんのブログに書いてありますが
重度の言葉のない人とでもコミュニケーションが成り立つのは皆さん感じているでしょ。

そして場の共有をするのは、身体アプローチが一番近道なので
それで私は森嶋さんの本に「伸ばそう! コミュニケーション力」というタイトルをつけたのですよ。

犬の曲芸やSSTでは効果がなくても
集まって卓球やってたらそのうち不登校の子が登校し始めるとか
昔は不思議に思っていたけど今は不思議に思いませんね。

だって卓球ってかっこうのコミュニケーション養いトレーニングだもんね。
「伸ばそう! コミュニケーション力」をお読みの方はおわかりでしょうが。

コミュ障だと思っている方

場面限定の会話術的なものを学ぶより、
たぶん「伸ばそう! コミュニケーション力」に書いてあることを実践した方が話が早いです。

「自分なりのコミュニケーション力」があることがわかります。
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ラクにしたいという気持ちが

2014-04-24 08:31:11 | 日記
さて、昨日はまたまた縁あって岩永先生の講演録音を聞いていました。

まあもちろん、私にとってはいつものお話、が多かったのですが
改めて思ったのは、岩永先生の現実的なところが
私とギョーカイの最後のつながりになっているゆえんだろうなあ、と。

感覚過敏やなんかが、どこまで治療できるかはわからない、とおっしゃっていました。

そう、わからないんですよね。
「絶対に治らない」じゃなく。
でも少なくとも、うるさくていやがっている子を無理にその場にいさせる、とか
そういう方法はNGだとわかっただけで。

「10年目の自閉っ子、こういう風にできてます!」の中でニキさん藤家さんが
10年目の本で話題になった
・へんてこな世界観
・気まぐれな身体感覚

のどこが治ってどこが治らないか、教えてくれます。

そして考えてみたら
ふたりがよくなった部分は
岩永先生との出会いが大きかったなあ。

今度コンディショニング講座にお出かけになる方が
「浅見さんの嗅覚すごい」とおっしゃってくださって
そうでしょ、とかドヤ顔してみたりしましたが

考えてみたら岩永先生も、私が探したわけではなく
あちらから講演に呼んでくださってからのご縁です。

私は10年前の本を出して、いや出す前から
せめてこの人たち(自閉っ子たち)の身体的なつらさくらいどうにかしたかったのね。

そういう思いで、まずはそういうつらさの実在を世の中に伝えようとしてあの本を出したら岩永先生からアプローチがあり
そして岩永先生の本を出したら神田橋先生につながり

そういう本をだしていたら森嶋さんから手紙がきて


みたいな感じで
自分の実感としては「嗅覚」っていうより
著者は「湧いてくる」っていう感じです。

著者の皆様、「虫かよ」とか思ったらごめんなさい。
もっともこういう表現に怒るような心の狭い人は、そもそも私とつきあっていないと思いますけど。

でも基本的には、私の「自閉っ子たちをラクにしたい」という気持ち
それが著者の湧く泉に導いてくれるんだと思うんです。

ああそれと、やっぱり私は
仕事に忠実な人への嗅覚はあるかもです。

先日も書いたけど
ブログで「原稿が大変」とか愚痴っている人を見たら
私は絶対にその人に発注しません。
仕事した経験のある人でも、しなくなると思う。
お客に読ませるものなんだから
書くことを愚痴ることは、失礼なことですからね。

うちの著者の皆さんを思い浮かべてみてください。

仕事大変だ、って愚痴りそうな人、誰一人いないでしょ。

・自閉っ子をラクにする
・仕事に忠実な人と仕事する

に加え

・浅見淳子とつきあえるほど心が広い人

というフィルターがかかると

自然といい著者だけが残るのかもしれませんね。
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扶養家族を目指せ

2014-04-23 07:48:26 | 日記
昨日は縁あって瀧澤久美子さんの講演録音を聞いていました。
主として発達障害の話題でしたが
40年福祉に関わってきて、今は横浜市の先進的な後見的支援事業の構築を手がけている方の言葉には重みがあります。

ここんとこ扶養控除の撤廃が話題になっています。
先日の自称サイエンスライターの件で不意に思い出したのですが
自由業の女性で、扶養控除を抜けようとがんばる人は伸びますね。
逆にその範囲内でおさめようとする人は伸びません。
そういう意味で103万円とか130万円って絶妙な金額で、今後の税制がどうなっても、目安としては優秀っていう気がします。
今それだけ稼げてなくてもいいのです。
自分で健康保険に入る気があるかどうか、その気概があるかどうかでのび方が違います。
私は男女共同参画社会の実現にさほど熱心な方ではなく
その理由の一つが、女性の仕事に対する考え方の甘さをうんざりするほど見てきたからですが
あくまで夫の扶養内で働こうという女性が多ければ多いほど共同参画なんてほど遠い、ってシビアに見ています。

逆に既婚女性がライターとかなんとか一見かっこいい肩書きを名乗っていて
それでも15万ツイート以外に実績が目に見えない場合
そして他人をこきおろすことを本業にしている場合は
「ライター業で扶養枠抜けるほど稼いでますか?」ってきいてみるといいですね。

けれどもおめでたい扶養枠があると思います。

「言葉のない子と、明日を探したころ」。
これは瀧澤久美子さんに言われてうちで再版した本ですが
重度と言われる自閉症の人の中にどれだけ豊かな内面があるかよくわかる本です。

そして、制度のない時代
それでも奮闘してきたお母様の様子がわかります。

大人になってお母様の英子さんは
「こんなにラクになるとは思いませんでした。無駄なことは一つもなかった」とおっしゃいました。
息子の英司さんは、私と同年代ですが、高等部卒業後同じ仕事を続けられ
お父様が遺された横浜の土地におうちを自力で建て替えられました。
そしてお母様はお父様亡きあと
英司さんの扶養家族だったそうです。

こういう扶養家族って、幸せですよね。
今子育てのさなかにある方々にしてみれば
「この障害がある子の扶養家族になるなんて考えられない」のが実情かもしれません。

でも昨日聞いた録音によると
必死に育てた障害のあるお子さんの扶養家族になったお母さんは他にもいるそうです。

40年福祉の現場にいる方って、いろいろなものを見ているんだな、と思いました。
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三流国家

2014-04-22 09:01:00 | 日記
韓国の人たちの嘆き。

自分で親韓派だと認識していない私だが
この嘆きを「それみたことか」と見下す気にはもちろんなれない。
むしろ「他山の石」と受け止めなければいけないと思っている。
このまま労働倫理の崩壊が進めば
日本もいつ、こうなるかもしれない。
教育現場に労働倫理の薄い人が多いとすると、次世代が直接触れる大人がそれなのだから、余計だ。
もっとも私は、別に教師の影響を受けない子どもではあったのだが。
ただ学校にいる子どもたちにはなんらかの方法で知ってほしい。
世の中には教師一般より多忙で、エネルギッシュで、
労働に被害者意識をもたず、自分の仕事の有意義なことに感謝し
仕事を楽しんでいる大人も多いということを。
それは公務員だけではない。
未開の奥地までレアメタル獲得に行っている商社マンだって私たちの生活を支えているのだ。
そのうち、どのような大人になるのも自分で選んでいいのだ。

私は「担任を持っている間は妊娠するな」みたいな前時代的な主張には与しない。
教師が聖職だとも思っていない。私生活を犠牲にしろとも思わない。
ただ「私生活が大事」なあまり
そして不況の中で「ブラック企業」が取りざたされ
その反動で「滅私奉公バッシング」みたいなのが広く受け入れられているのを見ると
もうこの国はそういう国になってしまったんだろうなあ、と思うし
もうこういう小説ははやらないんだろうなあ、と思うし
そこで隣国でああいう事件が起きると、「公より私」を大事と滅私奉公バッシングする人たちは、あの船長を責められるのだろうかと不思議に思う。
ところが責めるんだよね。そこが不思議。

滅私奉公を誰にでも強制しようとは思わない。
私も別に滅私奉公ではない。
ただ発言や行動を選ぶとき「世の中には必要な発言や行動だけど他の誰もやらないから」という理由で選ぶことはある。
そのおかげで非難されることもあるが
社会人である以上、自分が非難されようと言うべきことは言う。やるべきことはやる。
こういう手順を省略する人を、私は「死んだふり」と呼んでいる。
我が身かわいさに自分の職務を果たさない人たちだ。

そして死んだふりと私がけなすギョーカイにも、もちろん有為の人材はいて
その人たちがフルタイムの仕事があるにもかかわらず、土日もどっかで講演したり支援活動しているのを、皆さんご存じだと思う。
そしてそれを享受していると思う。
日曜日に岩永先生の講演に行って知見をリフレッシュして満足して帰ってくるというツイートを見かけたりする。
その日曜日、岩永先生はご家族と離れて過ごしたのです。

だからね
誰かが部分的にでも「滅私奉公」しないと世の中は進んでいかない。
それを一括して、私生活より公的な仕事を優先させることをブラック扱いし
個人の権利の美名のもとに滅私奉公バッシングに走る風潮を見ていた私は
それが今の日本なのだろうなあ、と切ない気持ちで思っていた私は
みんなが屈託なく韓国の船長を責めるのにびっくりした。

いや、このまんまの風潮だと
日本こそ三流国家になるんだろうなあ、と思っていたから。
次世代を育成する場所に、滅私奉公を嫌う風潮がある以上。

=====

写真は仕事を受けときながら土日に働きたくないと文句言っている人のスクショ。

私はかつて、自分が原稿依頼して、喜んで受けてもらったのにその人がブログで
「原稿原稿原稿」と愚痴っていたのを見て
「ああ、つまんない人に発注しちゃったな」と反省して縁を切ったことがあります。

仕事受けときながら、なんでネットで仕事多いとか文句言うのかわからなかったから。
書きたくないなら、依頼受けなきゃいいし
依頼受けたなら、文句言わず書けばいいと思います。

そもそも完璧な休みがほしければ、時給いくらで時間を売る単純作業につけばいいですよ。
知識を基盤にする仕事は、仕事時間以外のリソースも使うのは自分のためだと思うのだけれど。犠牲でもなんでもなく。

というわけで、皆さんの生活が回っているのは
たぶんどっかで滅私奉公スペクトラムの働きをしている人たちのおかげなので

自分が滅私奉公しなくても
そういうのがライフスタイルとして選べないなと思っても

せめて滅私奉公バッシングだけはやめてください。
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「暴力アスペ」がみんなを救う

2014-04-21 08:46:31 | 日記
昨日FBで古い記事が回ってきた。
杉山先生が2003年に出た本で「暴力アスペ」っていう言葉を使っていて、それについて2009年に書かれた記事。

アスペルガーの人の中で、どうにも手に負えない一群を杉山先生は三タイプに分け
それぞれ治療法を提唱している。

まあ2003年の話であり、現在の先生のやり方は違うのかもしれないけど。
何しろ神田橋先生のところに行くと勧められるまったく同じものを勧められたりするようですし。

ともかく

暴力アスペ、っていう言葉の是非はともかくとして
こういうことはっきり言われると、みんなが救われるんじゃないかと思うのですよ。

みんなって誰かっていうと
暴力じゃないアスペの皆さんですね。

アスペルガーが問題になるときは、だいたい迷惑性が発揮されたとき。
きちんと適応しているときは、問題にならない。

ところがギョーカイが「全員心がきれい」みたいな嘘をつくと
もちろん世間はギョーカイを信じなくなり
結果としてごそっとアスペルガーの人をかたまりで拒否するのが簡単になる。

でも問題起こしそうなアスペルガーとそうじゃない人がいる、って
ギョーカイの権威がきちんと認めてくれると
そっちの方が現実感に近いので
「そうかそうか」と納得すると思います。

結果的に「暴力じゃないアスペ」の人たちの居場所が広がると思います。

だからギョーカイに嘘つかないでほしいんですよね。

ニキさんと藤家さんの10年を見ていても思うのは
一般社会にいかに癒やす力があるか、ということ。

そして一般社会に出るためには
別に心身安定してなくてもいいと思うのです。
藤家さんなんか、治りかけて世の中に出て
そして一般社会が彼女をうんと癒やした。

ただ暴力アスペの場合には
一般社会の方が疲弊してしまい

そのときに「自閉症の人は全員心がきれいなのです」なんてきれいごと言われると
ああ、支援者と名乗る人たちがなんにも打つ手がないんだな、と思うのです。
それが私の身の上に起きたこと。

でも杉山先生のように「ひそかに」暴力アスペと名付けた、っていうことを「堂々と書籍で公開」してしまう脇の甘い(ほめてる)専門家がいると

「おお、ギョーカイわかってるんじゃん」とほっとします。
神田橋先生と同じものをおすすめになるようになったのも
本当に患者さんをラクにしたいからでしょうしね。
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嫉妬していると思われないようにするには

2014-04-20 23:04:38 | 日記
さて、前エントリでいただいた米にレスしましたが
嫉妬から出たのではない言動を嫉妬だと誤解されないようなコツ
それはひとえに「実績を上げる」に尽きますね。

うめさんちのmaruくんはめでたく支援学校を卒業され
夢だった「元気に働く大人」になり
今度はコンディショニング講座に来てくれるらしい。
無理かも、って思われることをひとつひとつ実現したうめさんmaruくん親子ですが
今度は堂々と、親子そろっての箱根越えです。
浅見さんに会いに行く? ってきいたら
「いきゅ!」と答えてくれたそうです。
再会を楽しみにしているよ、maruくん。
何しろ飲み会もともにした仲だからね。(maruくんはソフトドリンクだけど。未成年だからね。自閉っ子にももちろん、法を遵守する権利と義務と能力があります)。
栗本さんはきっと
今やすっかり仕事場で愛されキャラになっているmaruくんの脳みそをさらにラクにする方法を教えてくれるよ。

ところで「自称サイエンスライター」のハウスワイフ2.0とつるんでいたベムの息子、性器露出少年もmaruくんと同学年だけど、どうなったんだろうね。

いくら父親がつまんないブログでいっぱしの論客ぶって、他人の営みを「トンデモだ!」と主張したところで
母親が「どんな集まりにも出てくる」と評判を取るほどギョーカイ活動に熱心だったところで
そして父親がどれほど食事や脳みその健康状態に気をつけるよその親をトンデモ扱いしたところで

育ちの様子次第では
そうした「言論活動」(棒)は
嫉妬と取られかねません。
自分ちのできの悪い子に比してできのいい子への嫉妬。
人前で性器出す子より出さない子の方が世の中に受け入れられやすいだろう。
モチベーションがないので有名な子より、働き者と評判を取る子の方が世の中で受け入れられやすいだろう。
今や先に帰宅してママを待ちながらご飯を炊きあげるような子に、宮本少年は育っているでしょうかね。

皆さんも療育を考える際に
「実績」を見ましょうね。
じゃないと損しますよ。

小保方さんがやってきたことにいかに疑義が差し挟まれようと
訳書もなく翻訳家を名乗り、著書もなくライター名乗る実質ハウスワイフ2.0がわめいても
「嫉妬」としか受け取られないのと同じです。
実績がないのは、口がないのも同じ。

だから他人の言動にケチをつける行為を嫉妬と受け取られたくなかったら
やることは一つ。

実績を見せてください。
それだけ。

じゃないといくら嫉妬じゃなくても
他人は嫉妬と解釈しますよ。
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