治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

朝から全私が泣いてそして笑った

2018-10-31 10:15:13 | 日記
朝から全私が泣くようなメールをお問い合わせコーナーからいただきました。
でも、くださった方が携帯のアドレスで「受け取りました」の自動返信が戻ってきてしまいました。
「藤家さんと同時代の自閉っ子」という方
確実にメッセージは受け取り、私も勇気づけられております。
ご連絡できないので無断で申し訳ないのですが、メールをくださったこういう方たちのためにも私はこれからもどんどん治る本を出していきます。

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私がもっと早く花風社さんの本と出会っていたら。医療が発達障害を治す世界だったら。そうしたらなんとか分かり合えてさよなら出来たかもしれません。そう考えると悔やんでも悔やみきれません。
発達障害が治らないというのは自由に生き方を決められないというだけの問題ではないんですね。
浅見さん、私のような人が一人でもいなくなる為にぜひこれからも発達障害を直す本を出し続けてください。

追伸
浅見さんはお父様を亡くされた時、もう一度お父さんの子になりたいと色紙に書いたそうですね。私も生まれ変わったら父とまた親子になりたいです。そして治った自閉っ子同士の親子として遊びたいです。
私たち親子が生まれ変わる時には発達障害が治る時代になっているはずですから!

=====

そうだそうだ。
発達障害? あ、あれ治るよね、っていう時代が来るでしょう。
そうしたら支援級にいたとか支援校に通ったとかそういうスティグマも消える。
私が目指している「社会の理解」とはそういう方向です。
そして今朝のメールで親子間の通い合いについても教えていただきました。

そして、重度と診断されている自閉っ子ママからも新刊についての感想が。

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新刊を読んで、ちょっと色々気を付けたり、支援者さん達にもお伝えしたのですが(購入された方もいます)、それから他害がみられません。そして、あのカードのポーズが気に入ったようで、本人が時々やってます(笑)。


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あのポーズっていうのは、画伯が描いた誰得のおっさんBのポーズですね。
あれをご本人がやると他害が治まるっていうのはすごくよくわかります。
引き分けを目指す護道の基本ですからね。
役に立っているじゃないですか誰得ポストカード。

私は昨日、おっさんBと地元沖縄に友だちのいないおっさんEが上京してきて一緒にお酒を飲みついでに季節限定モンブランスフレパンケーキまでいただいてきてしまいました。
フカヒレも食べたので今朝はお肌がつるつるです。
あ、これはN=1ですが、新刊のおっさんBパートの☆☆トレーニングを取り入れて以降、お肌の調子もいいですよ。
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金のために「治る」と言っているのか?

2018-10-30 10:44:56 | 日記



よく花風社の浅見が「治る」というのは金のためだと言う人たちがいますが矛盾してますね。
その人たちが花風社の本に手を出さずに酸っぱい葡萄しているのは私が「治る」という言葉を使うから。ギョーカイの顔色を伺い「カンカイガー」とか「改善するけど治りません」とかやっていれば「どれどれ、我々の掟に背かずういやつじゃ。いっちょ買ってやろうか」と一度くらい買ってみたのではないでしょうか。

もし「金のために治ると言っている」と信じているのなら、そのぼやきこそが「治ると惹かれる人がいる」→「本当は治りたい」という自分の心の叫びですね。気づけよ。

「治る」という言葉を私が選ぶことによって、本を買う気になる読者もいれば買わずに文句言う読者もいる。
だから「治る」という言葉を使うことによって儲かっているかどうかは誰にもわからないというのが現実です。
私が「治る」という言葉を使うのは本当に治っているのを見てるからです。
そしてどうして非難囂々なのにこの言葉を絶対使い続けるか理由は四つあって、それは『発達障害、治るが勝ち!』に書いてあります。読まずに済まそうというケチな人にはだから、一生なぜ私が「治る」という言葉にこだわるかわからず、騒ぎ立て、そして騒げば騒ぐほど私が「治る」という言葉を手放さないモチベーションは強くなっていくのです。そういう仕組みです。

小学生にとって登校することが仕事であり、医者は治すことが仕事であるように、小商人である私は利益を出すのが仕事です。
だから利益を度外視しているなんて言ったら、私は不登校児や治さない医者と同じ「自分のやるべきことをやらない人」になってしまいます。私はそうなりたくありません。だから利益が大事なのは当たり前です。
けれどもそれと「治る」は関係ない。
つまり「治る」と言おうと「カンカイ」にこだわろうと、読者はいるかもしれないしいないかもしれない。
その中で私は、本人達にとっても社会にとっても「治る」と言い続ける方がいいから治ると言い続け、そう言い続けながら会社を続けていく方策を採っているわけです。そしてそこには当然、自分の信条やライフワークバランスの問題もあります。
自分の信条やライフワークを考えに入れながら、今この時代この場面に立ち会ったとき自分が生まれ持った能力をどう活かせるかを考える。
それが社会人ではないでしょうか。
そして私は今それを「治ると言い続ける」ことに使っているのです。
なんとか法ガーとかなんとか法違反だと騒ぐ人もいますが、だったらきちんと構成要件をまとめて然るべき筋に出ればいいのに誰もそこまでせず文句ばかり。実際に訴えることもできず匿名で騒いでいるだけの腰抜けに何ができるんでしょう? 私は実際に訴え出ましたよ。人を訴えるのはね、パワーがいることなんですよ。本を読まずに文句言ってるような腰抜けにできることではないですね。








私がインチキを言っていると証明したければ、本を読まないといけませんよ。読んだ上で案件として持って行かないと役所だろうが司法だろうが相手にしませんよ。

きちんと構成要件をまとめることすらできないのに「なんとか法違反」だと言うのは逆に名誉毀損です。そっちの方が罪に問われる案件ですよ。

名誉毀損の成り立ちについてはこの本を読んでね。
そしてなぜ名誉毀損が罪に問われるか、この本にはそれも書いてあります。


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治る治る詐欺

2018-10-29 09:46:35 | 日記
どうもたくさんの人が治っているらしい。
ツイッターで喜んでいる人があんなにいる。
コメントでも花風社に感謝の声が多数寄せられている。

あの人たちは騙されているのだろうか?

アンチが言うように花風社がやっていることは治る治る詐欺なのだろうか?

と判断に迷っている皆さんに提供したい事実。

それは

お金もかからず、支援者がいなくても治ったと喜んでいる人たち=読んで実践してみた人たち

であり

治る治る詐欺だと言ってる人たち=読みもせず実践もしていない人たち

だというまったき事実です。

この事実を基に、どのような判断をしようとご自由ですよ。
「やってみたい」と思ったら、かかるのは本代もしくは図書館に行く交通費だけです。
ただし図書館の本は自治体の財産ですから書き込みしたりマーカーしたり汚さないでくださいね。
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ギョーカイが社会の要請に応えていない件

2018-10-29 09:18:43 | 日記
さて、6年前の記事なのにつねにアクセスとコメントが絶えない

医師も逃げ出す迷惑アスペルガー



ですが

おかげさまで

「自閉症者の犯罪を防ぐための提言」のお得なKindle版



がじわりじわりと売れています。

そしてコメント欄を読んでみて気づいたのですが、初めは私、わりとマメにレスしていたのですね。
最近は記事にしてお答えすることが多いですね。
というわけでここらでひとつ記事にしようと思います。
昨日いただいたコメントから。

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発達障害やアスペルガーは「免罪符」にならない (成田あいる)
2018-10-28 23:01:22
連投失礼いたします。
皆様のコメント、そしてこのエントリを改めて読ませていただきましたが、そのような人たちに悩まされ振り回されている方が本当に多い、と改めて感じました。
発達障害関連のニュースのヤフコメを見ていても、そのような人に苦労している人達のコメントを多く見かけます。
私の職場でもそうですが、そのような人を抱えている職場は常に「炎上」していますし、何度口を酸っぱく言っても元の木阿弥・同じことの繰り返しです。
そのためどんなに柔和な人でもキレて893になりますし、溜息・舌打ち・捨て台詞の連続です。

発達障害の人たちに対して、「「メガネ」が無くても、盲導犬でも杖でも導入しようとしていますか?少しでも見えようとしていますか?」と言うことは冗談で無く言えると思います。
あるブログでのコメント欄ですが、発達障害でアスペルガーである方が、それを盾に、ブログの内容とは全く関係ない言いたい放題のコメントを長々と、次々と投稿しています。

https://ameblo.jp/mumuchan2027/entry-12409613045.html#cbox
https://ameblo.jp/mumuchan2027/entry-12408617699.html#cbox

こういう人は、何か改善のためのことをしているのでしょうか?
だからこそ、「発達障害だからこそ何をしても許される、どんな我儘でも認めてくれる」は大間違いだと思います。
また、こうした人に振り回される人(職場の人たちや家族・友人・ブログ管理人ら)も不憫でありません。
↓は、これを上手く言い表しています。

https://ameblo.jp/koji-sano/entry-12407471632.html


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これが社会の要請だと思うのです。
「改善してほしい」ということが。
とかいうとまた「条件付きの愛」とかいうのですが、親子間ではなく社会人と社会人の関係だから、アプリオリに愛があると想定しない方がすっきりします。
とにかく迷惑な特性は迷惑。
社会は支援に予算が割かれているのなら、これを改善する試みを何かやっているのだろうと素直に信じています。私もそうでした。
そういう意味で今の支援は「反社会的」なのです。
花風社がやっていることは社会的で、ギョーカイがやっていることは反社会的なのです。
社会の側から見れば治ってもらいたいに決まっているからです。

私は当該事件を抱えたとき、加害者を診断と治療()した内山登紀夫医師に対し「これをありのままにするのが支援だとすれば自閉症支援とは反社会的行為なのか」と問いかけたことがあります。もちろん答えはありませんでしたが。
けれどもラポール横でポンコツさんみたいな人が支援に当たっている限り、現行の支援とは反社会的なのです。社会の要請に応えていないのですから。

一生治らないけど工夫で改善できる

と言う人は多いですが
そういう人はたぶん、改善した人すらそれほどたくさんは見たことがないと思います。
ましてや言葉以前のアプローチの効果を目の当たりにしている我々のように
「これはもう改善とは言えない。治ったとしか言い様がない」
という変わり方をした人は見たことがないのだと思います。
一人でも治った人を見ると「治るんだ」とわかるはずです。

ねてまてさんのつぶやきを引用させていただきます。

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障害者雇用が進まない理由の一端かなと思います。
誰かにサポートしてもらうのが当たり前になってしまうと、会社で、支援者でもない誰かが面倒をみなければいけなかったり。
そして、本人に迷惑をかけていることの本当の意味が伝わっていなくて、怒られたことばかりを恨まれたら?逃げたくなりますよね

=====

ギョーカイにとっては、未だに支援を必要とする状態、すなわち、職場に迷惑をかけるような状態で雇われるのが一番売り上げが長生きするコツなのです。
だって支援者が介入できますからね。
その産業の仕組みをみんな知っておいた方がいいですね。
でもこういうコメントもいただいていました。

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空気を読む能力 (広汎性発達障害)
2018-09-22 01:47:54
子供の頃から「変わってる」「空気読めない」「気が利かない」散々言われて来ました。
転機は28歳のある日、祖母の家に行ったときのことでした。
「おばあちゃん、パソコン借りるね」
そう言ってPCを使い始めた時、ふと考えたんです。
(もし自分がおばあちゃんの立場だったとしたら、折角孫が遊びに来たのに来ていきなりパソコン使い始めたら寂しいかな)と。
頭の中で、祖母のいる位置からPCを操作している自分を眺めるようイメージしてみたんです。
そしたら自分がどう見られているのか一発で理解できました。
初めて自分を「客観的に見る」ことを知ったのです。
会社では、上司の席から自分の席を眺めるようイメージしたりして仕事をするようになりました。
その後です。
「○○君は気が利くようになった」
と先輩が言ってくれるようになったのです。
あの時は嬉しかった。
以来、変わってるとか気が利かないと言われたことはありません。
私は発達障害ですが、空気を読む力を得ました。
だからアスペルガーの人でもその力は習得できると思っています。

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そうなのです。
こういう風に自分で気づくのが強いのです。
自分で自分を治す人になれたらあとは芋づる式に治っていく。そういう姿を私はたくさん見ています。
そしてそれには
「改善するけど治りません」
「治さないで社会が理解すべき」というギョーカイ支援は邪魔以外の何ものでもないのです。
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社会の理解があれば生きやすくなるというエビデンスはありますか?

2018-10-27 09:55:13 | 日記
今朝の『まんぷく』を見て思ったこと。
大本営がどういう発表をしようと、あんな田舎まで敵の飛行機が飛んできて遊び半分で爆弾落とすようになったらもう敗戦は見えていたわけです。
それを少しでもごまかそう、事態に直面するのを先延ばししようといくら国がごまかしても否応なしに敗戦はやってくる。

そして「社会の理解があれば生きやすくなる」も明らかにごまかしです。
ギョーカイはこれで二十年近くムダにしました。
これ以上被害者を増やしたくない。だから
それに早く気づけばいいのにみんな、と思っています。
そもそも雇用率にがみがみ言いながら官がひどいごまかしをしていた。
精神障害の人の雇用を義務化したりして、なんとか高機能の人も換算しようとしたけど意外と使えなかったから雇いきれなかった、っていうのが本当のところじゃないですかね。
そしてそれは当たり前です。
現場では努力したくない当事者とめんどりにしておきたい事業所が結託して修行してないんだもん。医療は治す気ないし。

そしてコメント欄に、私が会ったことのない役に立たない方の大久保さんの目撃証言をいただきました。ぴっぴさんからです。

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使えない大久保さん (ぴっぴ)
2018-10-25 14:06:01
会ったことあります。
去年、小学校から講演会のお知らせが配られて参加しました。お金払って。(居住地がある市の手をつなぐ育成会が主催する講演会の講師でした)
その時はまだ花風社さんの本と出会ってなかったけど、この人の話を聞いても結局は『社会の理解がー』で、一生福祉にお世話になる、という話をされて、もやっとしたまま帰ってきた記憶しかありません。何も有益な話が無かった。逆に、いや、それじゃ困るぞ、と思ったんです。
一緒に行ったお母さんは、資料をコピーして学校の先生にあげようかな?なんて言ってたけど、私はそうは思わなかった。周りに
理解してもらう?無理じゃね?と思ったんです。何で周りが我慢して本人は自由で良いのか。周りより本人が一番困ってるんです、で通用しますか?と。障害を受け入れる、受け入れられない、じゃなくて、私は普通に子育てをしてきたつもりです。『普通』と言ったらまた差別とかの声が聞こえてきそうですけど、全部許容することは正解じゃない、と。アカンもんはアカン。私は息子の障害に気づいた時からずっとそう思ってきたし、そう接してきました。だから、保育所や療育の先生から『かわいそう』とか『今はまだ良いじゃない』とか障害児に寄り添った育児を、と言われたこともあります。まぁ、無視してきましたけど。息子が今、学校が楽しい、お友だちともトラブルなく(ケンカくらいします)過ごせてるのは、私が花風社の本に出会ったから。それからは、ほんと芋づる式。浅見社長に出会えて、実際には会ったことありませんけども(^_^;)ほんと、感謝しかないです。ありがとうございます。

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あきれました。
まあギョーカイにとどまりたいから育成会の顔色を呼んだのかもしれませんが、ABAって行動に注目し行動変容して適切な振る舞いができるようにする手法なんじゃないですか。だったら社会の理解なんていらないですよね。本人も適切な行動がとれてハッピーで周りも苦労しないのが最終目的じゃないの? その第一人者(を目指そうとしている)である若造がこの始末。いっつもこいつはエビデンスエビデンスうるさいんだからこうきいてやればいいんですよ。「先生! 社会の理解が進むと生きやすくなるというエビデンスはありますか?」「福祉に一生囲われて幸せだというエビデンスはありますか?」

年末までに電子書籍書き下ろし一本書こうと思っていたのですが、この方面でもいいかなと思いました。

いずれにせよこれから花風社電子書籍ラッシュです。
私自身、電子書籍の割と早くからのヘビーユーザーで、一方で紙の本の良さも知っていますが、電子書籍は本当になれれば便利です。思い立ったら読めるしスマホに無料でアプリ乗せておけば電車の中でもバス停でバス待っているときでも読める。そして花風社では手頃な価格の書き下ろしもどんどん出していきます。
だからこの際電子書籍デビューをぜひ。

ご紹介しておきますね。
藤家さんの劇的な立ち直りについて。





『藤家寛子の就活記』







浅見のギョーカイメッタ斬り。


『発達障害者支援法は誰を救ったか?』





どうぞよろしくお願いします!


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あ、それとこれは紙の本ですが
おっさんたちが2番と7番になってたよ。



新刊『自傷・他害・パニックは防げますか?』

花風社直販コーナーはこちら。






Amazonはこちらです。

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仲良し過ぎるおっさんたちの野望 その3

2018-10-26 12:03:20 | 日記
毎日毎日色々話題が多すぎてなかなかおっさんたちの記事が続きませんがやめてませんよ~。
一般発売もされ、読んだ人も増えてきたと思います。
おっさんAのお友だちで、廣木さんが書いたから買おう、と花風社のなんたるかを知らずに読んだ人たちはいきなりまえがきでぎょっとしているかもしれない。
けどこういうお声をいただきました。

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花風社の新刊の前書きだけでも読んでみてほしい。
浅見さんの並々ならぬ覚悟を感じます。

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そうなのです。
本当に覚悟を持っている今の私。
あのまえがきにはその覚悟を込めたつもりです。
逆にギョーカイは覚悟がないと思う。
役に立たない方の大久保さんの言動を見ればわかるとおり「自分たちが認めたやり方ではない以上、誰かの役に立っても正統だと認めない」のがギョーカイでしょ。逆に言うと利用者が支援者を殴ろうと唇を噛みちぎろうと(本文を参照のこと)ABAじゃなきゃ防御法を使うやつはトンデモ扱いしてやるぞ! という鬼畜なのがギョーカイ人です。
私はこれが許せない。
自分たちの犬の曲芸じゃ救われない人がいる。防げない被害があり虐待がある。だったらなんでそこで海老踊りするのよ? っていう話。要するに排他的な田舎者マインドなんですよねギョーカイは。

それとうめさんのツイートを持ってきました。
うめさんのご子息maru君は最重度と言われながら介護も抱えるお母さんを手助けする青年に育ちました。海外旅行も行って入国審査も乗り切り、現地の色々を楽しんだそう。何より気遣いの青年。それがmaru君の苦しみが除かれた後に顔を出した資質ですね。私の目にmaru君は「品位のある青年」に映ります。そのノーブルな青年のお母さんが『自傷・他害・パニックは防げますか?』を読んでくださった感想です。


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maruは他害も自傷もない。が支援学校で殴られて怪我した先生達やとりあえず押さえつけて他の児童を守るしかない修羅場は多々見てきた。病気になって休職された先生、挨拶のように顔を殴られた女性の先生…髪を抜かれハゲだらけのお母さん。だから「誰も傷つけない、誰も傷つかない」と言う言葉がしみる

さりげない言葉の使い方にその人が出ると思う。「自傷・他害・パニックは防げますか?」の著者の方達選んでる言葉、いや発してる言葉があたたかい。どの方向から支援しているか伝わる言葉だと思う。大変な現場にこそこの言葉が届いて欲しい

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そう。廣木さんの言葉は優しい。
そして廣木さんの創設された護道は、引き分けを目指す武道である。
殴りかかってきた相手、噛みつこうとしてきた相手、蹴りかかってきた相手、とにかくこちらに暴力を振るってきた相手を、どっちも傷つかないやり方で、この表紙絵のところまで持って行って安心させる護道。
ご自分のうちには問題がなかったうめさんだけど(ていうかなんで問題がなかったかは「自閉っこのための道徳入門」に書いてあります)そういう現場に護道介助法が行き渡ってほしいなと思っているわけですね。

ところが私自身は、引き分けなど目指していないわけです(爆笑)。

もっとも廣木さんも言っていますよね。
護道を使うとき、相手は敵ではない。我が子であり、同じ社会の仲間だ。だから傷つけず、傷つかずが原則だと。

それにはもちろん賛同します。
じゃないとこの本に時間も金も投資したりしない。
保護者とお子さん、利用者と支援者の間は引き分けであるべき。
それは絶対的に正しい。

ところが護道を習ったその日、私が中華料理屋さんが個室だったことをいいことに始めたのは取っ組み合い大会だったわけです(爆笑)。
引き分けなんか目指さなかった。
とにかく相手を寄り切るか押し出すことしか考えていなかった。
小さめの女子が相手のときには最初から勝つつもりでおっさんたちに相手の後ろにいてもらって相手の安全を確保しつつ思い切り押し出したりね。

言っときますけど私が誰か他人と取っ組み合いをしたのは、あの日が生まれて初めてだったと思います。護道の本を作る間、青白くないインテリの夫に実験台になってもらい、「どうやったら攻撃を受けながら後ろに回れるのか」やってみましたが、それは身内。他人の皆様と取っ組み合いをしたのは生まれて初めてです。昭和に生まれた女の子は特別な事情のない限り他人と取っ組み合いなどしないのではないでしょうか。

それでも連戦連勝の私を見て廣木さんは「浅見社長身体能力高い」と言ってくださいましたが私の身体能力には競技ごとにばらつきがあります。
子どもの頃のお稽古事遍歴を見てもわかります。

まずピアノ。そこそこものにはなりました。クラス代表で弾くくらいにはなりました。でもやめました。でもやっておいてよかったと思います。じゃないともっと音楽に興味がなかったし後の語学学習にあまり優れていない耳を対応させるには役立ちました。

お習字。大嫌いでした。服が汚れるし。要するに不器用だったのでしょう。

手芸。意味がわかりませんでした。何が楽しいんだろう。

バレエ。意味がわかりませんでした。これは未だに身体が固いことも関係していると思いますが、ただのふりつけだと思っていました。発表会のとききれいなおべべを着るのだけが楽しみでした。

球技。ものになりました。全国大会も出たし大学時代友だちを作るのに役だってくれました。そして今に至るまで基礎体力に恵まれているのは青春の一時期毎日運動していたおかげです。

英語。最初から余人の追随を許さない感じでした。まあ昭和でしたし。中二で英検2級取りました。球技は全国大会まで行っても食えませんが、語学は世の中で食い扶持を稼ぐきっかけとなってくれました。でも英語は塾行ってすぐやめちゃいました。その当時は運動の方が面白かったのです。でも今になるとあの時期に運動を優先させたのは正しかったと思います。語学学習なんていつでもできますから。

ちなみに、運動は才能がある人がどんどん伸びていくのに対し私は努力の人で、逆に文系の科目は「なんでみんなあんなに苦労するんだろう」という感じでした。だから私はかなり若いというか幼い頃から人間の能力に凸凹があるのを身にしみてわかっていたしそれがわかっていない教師達のことを心の中でバカにしていました。

さておっさんたちの話から浅見通信になってしまいましたが何を言いたかったかというと、これまでの私の生活は武道とは無縁だったということを言いたいわけです。

もちろんお相撲クラスタですから、取っ組み合いをしたのが初めてでも相当脳みそが学習していた可能性もあります。ていうかもともとお相撲が何で好きかというと取っ組み合いが好きだからだろうし、お相撲のいいところはとにかく引き分けがないことです。

じゃあなんで、引き分けの武道である護道が私にぴんと来たのでしょうか?








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花風社スターターへのブックガイド

2018-10-25 11:07:10 | 日記


さて、昨日の記事に書いたようになぜ私が「役に立たない方の大久保さんの師匠が地元ではばりっばりの高機能の子に精神の手帳取らせて一生福祉漬けにする方針」だなんていうことを知っているかというと、本は全国に流通しているからです。

全国に流通しているから、47都道府県に濃い薄いはあっても読者はいる。そこから様々な情報が入ってくるわけです。

今度もなんとあまちゃん県から「どれから読めば教えてください」

というお問い合わせをいただきました。周囲ではみんなで読んでいるんだそうです。あまちゃん県も使えない支援者もいればしっかりわかってくれる支援者もいるとのこと

というわけでお返事はして早速ご注文もいただいたのですが、そのとき書き忘れた本もありますので記事にしますね。

花風社初心者の方にまず読んでいただきたい本

といえばもしかしたら

赤本かもしれません。
これは基本中の基本です。
赤本=「自閉っ子、こういう風にできてます!」です。
ベストセラーにしてロングセラーです。

それと意外と見落としてしまうのですが
「自閉っ子のための道徳入門」
子育ての方針に迷っている方
ギョーカイ系支援者が言うように本当に「ありのままでいいんだよ」でいいのかと迷っている方
これは読んでください。
まず、福祉の世界の大ベテランである横浜市の瀧澤久美子さんが「障害のある子でもきちんとしつけするかありのまま路線を歩むかの議論は昔からあった。そしてすでに勝負はついている」と明言なさっていますよ。
巻頭漫画をチラ見せしますね。







そして身体アプローチ。
黄色本こと『自閉っ子の心身をラクにしよう!』から入る人が多いですが、どっちも読んでみてお友だちには芋本こと『芋づる式に治そう!』の方を先に勧める、という方も多いです。学校の先生にも芋本推しの人は多いですね。どうしてかというと、時間軸があるからでしょうね芋本には。治るのは芋づる式だという時間軸と、四季をどう乗り切るかの時間軸と。とくにこれからの季節、芋本はとても大事です。少なくとも関東では。他の地域でもそれぞれの難しさがあるでしょうけど。私はからっからに乾く関東の苦手な冬を芋本で大分上手に乗り切れるようになりました。

けれども実は回り道なようでいて一番速いのは大原則を知ること。
「発達障害者は発達する」ということを知ること。
それを知るには
『発達障害は治りますか?』
『人間脳の根っこを育てる』
『脳みそラクラクセラピー』

がオススメです。

そして親御さんが、自分の親との問題を解決していなかったら、何をやっても効果は限られます。ので『愛着障害は治りますか?』を読んでください。

「問題行動は無視、とにかく褒めろ褒めろという今の療育でいいのか?」という疑問がある方には『自閉っ子のための道徳入門』をぜひ読んでほしいんですけど、言い忘れがちなので、ここに書いておきます。

現在のギョーカイの成り立ちについて一番手っ取り早くわかるのは

電子書籍を読む人なら
『発達障害者支援法は誰を救ったか?』がオススメ。





そして意外と近年
『発達障害、治るが勝ち!』から入ったという人も多いです。



この本には、私がなぜ「治る」という言葉をぜーったいに撤回しないか四つ理由が書いてあります。
どうしていつまでも引っ込めてくれないんだろう、と不思議でしょうがないアンチは、これを読めば彼らが引っ込めろと騒げば騒ぐほど引っ込めないのがわかるんだろうけど、まあ読まずに騒ぐ人たちだから一生わからないでしょうね。

そして最後の「この本に出てきた本たちと作った動機」も役に立ちますと喜んでいただいていますよ。

どこからでも「ぴん」ときたところから入ってください。
そこから次々読むといいです。

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現場とエビデンスガー

2018-10-24 09:39:23 | 日記
大久保さん@函館てらっこ塾@役に立つ方

が新刊『自傷・他害・パニックは防げますか?』の書評を書いてくださいました。




読んだ方はご存じのとおり、今回本の中で大久保さんのブログを引用させていただいております。
なぜなら、大久保さんも廣木さんと同様、修羅場といえる現場を通ってきた方だからですね。
強度行動障害の選りすぐりのエリート達が全国から集結する山奥の施設。
そこで寝食をともにして生活介助をしてきた方だからこそ自傷・他害・パニック時の「ケガせず、ケガさせず」の対応の必要性を痛感して、本書の出版を待ち望んでくださっていました。
そして読んだとき、「あのときああすればよかったのだ」
「これを当時知っていたらあのように利用者さんたちが薬漬けにならずに済んだのだ」
という後悔も味わったようです。
そしてこの後悔は正しいですね。
今後活かすことができる後悔だからです。

そしてこの本が(ほとんど私の責により)従来型の強度行動障害支援
すなわちABAに喧嘩売ることになったのは、もう一人の大久保さんが関係しているかもしれません。
会ったことはありません。若い人のようです。関西の方の、名もない大学の先生をやっているようです。若造で大物ギョーカイ人だけど地元では治す気など全くなくバリバリ高機能の人にも精神の手帳取らせて一生福祉漬けにする方針だという鳥取の井上先生の弟子らしく、発達障害に進出してきたとき「ABAこそがエビデンスがある療育なのだ」と吹き込まれてきたのでしょう。無邪気にエビデンス棒を振り回していました。まあそれだけだったら若気の至りで片づけることができますが、ビジョントレーニングとか感覚統合とか、誰かが効果があったと喜んでいると「エビデンスは?」と突っ込んでうるさい若者なのです。要するにそれで救われている人がいようとエビデンスがないものは退けるという「現場で奮闘している支援者や苦しんでいる当事者の苦しみを救うよりABAという手法を救う方が大事」というよくいる冷血支援者の一人なのですな。花風社周辺をじっとヲチしていた時期もあったようですが本は一冊も読んだことない。そして「一次障害を治すとはどういうことか想像もつかない」そうです。そりゃそうでしょうね。ABAやっている限り一次障害なんて治りっこないですから。

けれどもこの人も強度行動障害の研修とかやっているようです。本にも書いてありますが、事業所がああいう研修を主催したり安くない参加費を払って自分とこの従業員を(無理矢理)参加させたりするのは、強度行動障害をなくしたいからじゃないですよ。事業所を利用している皆さん、利用を考えている皆さん、その辺見誤らないように。ああいう研修は国からお金が出ます。そして参加したら単位がもらえて事業所の加算になるのです。事業所は加算目当てで従業員を送り出しているだけ。従業員は加算の目的できているだけ。そういう癒着関係でやっているだけですから、あの研修は役に立たなくても講師にも参加者にも影響は与えないのです。それが福祉の集金システムですから皆さんよく知っておくといいですよ。


私は先日、ギョーカイを潰す、の定義は決まっていない。潰しながら考える、と言いました。ABAがどや顔しているのも別にいいし、それに騙される人がいるのもまあ自己責任ですからいいのです。ただし本当に自傷・他害・パニックを防ぎたいときには「問題行動は無視」はダメ、というか無礼で人間扱いしていないし、問題は二人称でしか解決しないと私自身は考えています。ましてや、誰かの役に立っている方法をエビデンスガーの名の下に排除するような冷血な支援者は支援者ではなく自分の方法で独占したいだけの底意地の悪い人。そこに苦しんでいる現場や当事者親御さんは見えないのです。どうもABA方面はベテランから若造までこういう人が揃っていますね。

私は自傷・他害・パニックは二人称でしか防げないと思います。
それを伝えてくれる著者たち
我が子にも利用者にも殴られたことのある廣木さん、殴られて鼻血を出したことのある栗本さん、そして拘置所の看守も経験し特別支援教育の現場に入った榎本さんと出会えました。
だからそれを本にしました。
おかげさまで売れているようです。


新刊『自傷・他害・パニックは防げますか?』

花風社直販コーナーはこちら。





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あまちゃん県のギョーカイが女郎屋みたいな件

2018-10-22 21:35:54 | 日記


別にみるさんが嘘ついていたとは思わなかったけど
あまちゃん県のギョーカイが相当質が悪くて人権意識ひどくて、人権侵害ばっかりしていて、その中でみるさんが「重くて重くて全介助必要な人」と見なされているという話はやはり話半分にしか聞けませんでした。っていうか、花風社クラスタの皆様の多くがみるさんに実際に会っていると思う。この前の会も来てくれた。台風の迫る中。そしてみんなで講座終わって楽しく飲んで次の日台風と追いかけっこするように仙台まで高速バスで戻ったそうですよ。私がいつかあまちゃん県に行くことになっても、高速バスは無理だわ。だって55歳だもん。悪いけど東北新幹線使わしてもらうわ。仙台までは割と近いのよね。それでもバスだと九時間だって。そしてそのあと石割り桜の街までは遠いのよ~。一日かけて台風に追われながら帰ったらしい。若さがまぶしい。

そのみるさんが以前は強度行動障害で自閉症が重くて知的に境界域で感覚過敏がすごくてパニックすごくておまけにアレルギーとかPMSとかという話を聞くと

やはり治ったとしか言い様がない

と思います。実際にみるさんに会ったことのある皆さん、同意してくださるんじゃないかしら。

ここからはちょっと突っ込んだ話。

あまちゃん県の中では全介助が必要だと言われているみるさんは、たった一人で、交通手段も宿も自分で手配して、関東経由で、鹿児島に行きました。その頃はトラウマもあった。それで神田橋処方してもらいたかったのね。

そしたら神田橋先生はみるさんに薬剤に対する過敏性があることを見抜かれ、漢方ものまないほうがいいと言った。そしてみるさんが呈している様々な症状は「支援による三次障害」だと。つまり薬を抜いて支援者に近づかなければ治ると。

そしてその通りだったのね。それが、今花風社クラスタの皆さんがリアルで会っているみるさん。

そりゃそうなのよ。地元ギョーカイはめんどりにしたがる。それはどういうことかというと、主体性をどや顔で制限する。主体性の発揮は立ち直るのに一番大事です。だからこそ治したくないギョーカイは当事者の主体性を制限する。

みるさんにとってエネルギーは財産。そのいいところを制限する人たちの支配下にあってよくなるわけがない。離れたら良くなった。高速バスに乗って花風社の集まりに来るみるさんは治ったあとのみるさん。

ところがあまちゃん県のギョーカイは、治る人なんて見たことないんでしょうね。
だから未だに「全介助が必要なくせに」とか底意地の悪いツイートしてた。
そして私がこう言い返したら消しちゃったみたいよそのツイート。



その前は便所の落書きといわれる匿名掲示板をリンクして必死にみるさんをディスってた。
しかも数年前の。
当然見にくいもんだから、なんとか読んでもらおうと、便所の落書きを構造化して(爆)再構成したり。

支援者当事者保護者の団体よ。
その人たちがある一人の当事者を追い詰めるために、そこまでやるのよ。
それが発達障害の世界なのよ。
私がどうしてここまでギョーカイ嫌うか理解してもらえるんじゃないかしら。
そしておそらくJDD系だというあまちゃん県のギョーカイメジャーはそれに死んだふりしているのでしょう。

こういうギョーカイって

潰れていいと思いませんか?

女郎屋みたいでしょ。
昔の女郎屋が借金のカタに一人の人間の一生を縛り付けたように
昔々行動障害の既往があるとそこまでやるのよ。
一生治らない、と決めつけ骨までしゃぶふつもりよ。
それが今の支援者たち。

人の一生なんてどうでもいいのよ、支援者にとって。
自分たちが食い扶持として食い尽くすだけが目的なの。
そしてそれに加担する当事者保護者がいるの。

だからこそ

強度行動障害は治さないといけないの。
絶対に治さないといけないの。

そういう自分の体験を綴ったみるさんの文章を、新刊には載せさせてもらいました。
それに私の解説つけました。
ギョーカイと喧嘩したくない廣木さんには悪いけど、相当ギョーカイを殴りつけている文章が載っています。
だって私が強度行動障害を絶対に治してほしかった大きな理由だから、それは。ギョーカイから自由になることは。


明日発売です。
ていうか直販の方々のお手元には届いているけど
全国的には明日発売。
すでにAmazonには入っていると思います。あとは先方の処理の問題。
一般書店ルートは明日東京の倉庫に搬入します。
そこからどれくらいかかるか。
仙台はいつ届くか? あまちゃん県はいつか?

いずれにせよ。

あまちゃん県のギョーカイは首洗って待ってればいいと思います。

そして皆さんは、

「薬物による三次障害」と同様

「支援による三次障害」を神田橋先生が見抜かれ、それを抜いたら治る人がいるっていうこと

よく覚えておいてくださいね。

ではおやすみなさい。
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ギョーカイを潰すとはどういうことか

2018-10-22 07:42:22 | 日記
それも新刊『自傷・他害・パニックは防げますか?』に書いておきましたが
あれはあくまで暫定的な定義。
今後も日々定義は変わるでしょう。

っていうか、アスペルガーの人とかそれに準ずる人とかは定義好きだけど
私は定義なんてあとでいいと思うんですよね。
とにかくギョーカイは潰す。ギョーカイを潰すということがどういうことかなんて潰しながら考えればいいんです。

廣木さんはギョーカイと事を構える気がなく、私はギョーカイを潰すつもり。
最初からその立場の違いははっきりしていたんで、最初から「廣木さんがどんなにギョーカイと仲良くしようと私はギョーカイを潰すつもりだ」と話しておいたんですけど、廣木さんはギョーカイと仲良くするつもりで実は潰していると思うところもある。

うちの本の表紙を描いてくださったご子息は、先日お父さんが現場のお仕事の日にお父さんの知人にドライブにつれていってもらったそう。しかも北陸まで。恐竜の博物館?みたいなの見て温泉入って帰ってきたそう。
そして和歌山にパンダ見に行く町内会のバス旅行、参加したそう。
こういうとき、地域の学校に通い続けたっていいと思いますね。

ご本人の状態が安定していてご機嫌で、親にコミュ力と人徳があると、福祉サービスとかいらないといういい例です。ガイヘル何それ食べれるの? っていう感じ。おそらく、知的障害がないお子さんでも他人になんか到底託せない人も多いんじゃないでしょうか。とくにギョーカイ療育で効果が出ないのに唇噛みしめてじっと我慢している治らない教信者界隈は。

そしてここまでの安定をもたらしたものは、「知的障害のある子をずっと地域の学校に通わせる」という親の決断も含めてギョーカイ的には「トンデモ」です。武道家だから思いついた身体アプローチ(本で紹介している)や食餌療法(本で紹介していない)も含めて。


だったらトンデモでいいよね~と思う人がいても不思議ではありませんね。
お子さんの人生はお子さんのもんであり、障害特性ガ~と悲観的な材料ばっかり並べて自分たちの利用者にしようともくろむギョーカイ人の餌ではありませんから。

廣木さんちは(私の目から見ると)リッパにギョーカイを潰しているようです。


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