治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

うふふふふ

2012-09-29 11:46:07 | 日記
先日読者の中村まこさんからいただいたコメントに壊れたようなうふふふふというレスをつけてしまいましたが
その理由は、昨晩ついったーにてご本人から発表がありました。

まこさん、ご結婚なさるとのこと、おめでとうございます!

実はまこさんから聞いた言葉は、許可をとって去年帯広の講演で使わせていただいて(こういう前向きな当事者の人もいます、という例で)
その流れで「努力と手抜き入門」の「長い前座 障害児の未来は消化試合ではない!」でも使わせていただいています。ああ、あれね、ってわかる方も多いかも。

何はともあれ、めでたい。
まこさんにも自慢の夫ができるわけですね。



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さて、明日に迫った栗林先生のお勉強会。
読者の方から質問のメールとかをいただいています。それを取り入れたかたちにしたいですね。
私からおききしたいのは「自閉っ子の友情」について。これは読者の方から最近いただいたヒントに基づいてのこと。
猿烏賊の皆さんは、私が「読者の意見を聞かない」とおかんむりですが、聞きますよ。たとえ見ず知らずの方からいただいたメールでも、「これはよい!」と思ったらどんどん取り入れます。相手のセンスを見極めてるだけ。
栗林先生は、読者の皆さんには「大地君の先生」として知られていますが、
実は支援校の経験も長い方ですので、重度の方のお話も聞きたいんですよね~。
キャンセルありますので1~2名なら今からでもお申し込みいただけます。ご興味あったら花風社にメールください。明日の午後、新横浜です。新幹線で来れば、東京駅から19分ですよ。
愛甲さんも、ご出席の予定です。

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見ず知らずの読者の方からまた昨日「本を書いていいですか」というお問い合わせがあったのですが
この質問をされるとき私の脳裏にどういうことがよぎるかは「自閉っ子と未来への希望」に書いてあるので
うちで本を出したい人は、これ読んでからアプローチしてきてくださいね。



まあ基本的に、本というのは書きたい人が書けばいいのであって、見ず知らずの私に許可を取っていただく必要はないんです。

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JDDがえらく正直になっている(PDF)。
よしよし(←上から目線)。
私は安倍晋三氏を支持しますが、親学は支持していません。
でも親学を論駁するには、「親デバイド」を認めちゃわないといけないんですよ。
それを認めずに「親のせいではない」っていきりたったって、納得しませんわ。だって迷惑している人も多いわけだしね。
ここ、正直でいいですね。


・たしかに、発達障害のある人の社会に受け入れられにくい行動や、発達障害のある子どもの可能性に関
心を持たない親に対して、十分な対応策がとられているとは言えません。
・しかし、一つずつ積み重ねられてきた確かな土台に立って、発達障害のある子どもが大人を信頼して社
会に受け入れられやすい行動を学ぶ機会の提供、発達障害のある子どもの可能性に関心を持たない親に対
して、支援を希望する気になったときには周囲がいつでもサポートできる体制を、私たちは作りたいと思
います。この点については、上記の一部の“専門家”も同じ思いであると私たちは信じています。

発達障害者に付き合いづらいところがあるのをきちんと認め
社会の理解を一方的に求めることをやめたんだったら、いいニュースだと思います。
そっちのほうが共存の近道だからね。

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共存の近道へつなげるための二冊。いつ発送ですかというお問い合わせがありました。お待たせして申し訳ありません。かなり慎重に慎重に作りました。
3日以降に発送します。書店には初旬に並びます。
よろしくお願いいたします。

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お勉強会、地方在住の方からもリクエストが上がっています。実際広島や北海道からもお越しいただいていますし。
30名ほど、会費1500円ほどの会なので、豪華ゲストを伴うことはできませんが
そのうち地方でもやりますね。
手始めに福岡かな。
時期は・・・そうですね。11月あたりかなあ。

うふふ。
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名誉毀損の構成要件

2012-09-28 08:30:38 | 日記
特殊教育学会がそろそろ開かれていますね。今年は筑波かな。
私は行ったことありませんけど、ベムこと宮本晋一家が毎年出現するときいて
(会場で目立っているらしい)
顔見に行こうかと思ったけど、そのために出かけるなんて(たとえ近隣でも)くだらないのでやめました。
それよりは、この学会のために出張してくる栗林先生を横浜のお勉強会にお迎えすることを選びました。
そっちの準備をしたほうが、有効な時間の使い方です。

お申し込みいただいた方々
昨日コンファメーションのメール出しました。
もし「申し込んだけどメールこないよ」っていう方がいらしたら、ご一報ください。

読者の方からの話題提供もあり(当日発表しますね)
有意義な会になりそうです。

さて、教えてくれる人がいて、ずっと前のベムのブログを見てきました。おぞましいからリンクはしませんけどこういう内容(コメント欄ね)。

・自分はもう花風社に興味を失った。(ヲチ対象として)かかわりも持たないほうがいいと決めた。
・よかれと思って主張したこと。それに対する浅見の反応は想像を超えていた。
・そもそも自閉症の世界の内部の人々には、あまり自分の主張が受け入れられなかった。外の世界では賛同者が得られたが。

つまりベムはベムなりに、浅見を、花風社を排除しないギョーカイに絶望したらしいです。
これは初めて知りました。

ということなので、当然このブログも見てないんでしょうけど、今日この記事を書くのは別に本人向けではありません。
今このブログを現役で見ている皆さんに向けての話題提供です。
どうしてかというとね、ベム的な親がおそらく、支援の足を引っ張るだろうから。

ベムの言う「外の世界の賛同者」っていうのは、偽科学批判やなんかを共通のエンタメとして楽しんでいる「ネット上の知人」のことですね。
彼らに対し、ベムはあたかも花風社がバイブル商法をやっているかのようなインチキな主張をしていました。
そして自分は悪辣な商売を弾劾するという正当な言論活動をしているのに、それに対して恫喝訴訟を持ち出されているという主張をしていました。

それを彼の「ネット上の知人」が信じたのなら、事実に反することを振りまいたということで
立派に名誉毀損の構成要件になりえますね。
現住所の登記簿くらい押さえられても別にそれは当然です。不当な攻撃をされたら、当然する準備でしょう。
登記簿取るなんていうことは、合法的な手続きですからね。
新しい取引先に対しては、登記簿取るでしょ。それと同じ手続きです。

あくまでおもしろ半分で「へえ、そういう悪辣な商売しているのかあ」で終わる自閉症の外の世界の人たちに対し

自閉症の世界の人は、たとえふだんはアンチ花風社でも、神田橋先生の本を読んだ人がたくさんいます。
ならばあの本がバイブル商法でもなんでもないことはよくわかります。悪辣な商売でもなんでもないのがわかります。
自閉症の世界で、ベムのことを信じたという人が少数派なのは、だからでしょう。

そしてベムは発達障害者支援センターに「浅見の講演やめろ」メールを送りました。
それを支援センターは、警察に求められて任意で提出しました。
それを知ったベムは、支援センターに電話をかけ「訴えるぞ!」という息巻いたということで、支援センターの人が困って警察に電話をしました。
警察からその話を聞いて、私は支援センターの人に「ベムに文句があるのなら私に言うように言って下さい。私の携帯を教えてもかまいません」と言いました。
ベムが私の携帯番号を知っているかどうか、今でもわかりませんが、電話がかかってきたことはありません。
その代わり「ネット上の知人」たちに「やったのは俺じゃない」とかいいわけしていたようですが、全く意味のわからないいいわけですね。たぶん、自分の手柄で本当に講演会が取りやめになったら、自慢げに吹聴したような気がします。失敗したから、かっこわるかったのかも。

それにしてもねえ

自分はこちらがやってもいないバイブル商法をやっている、それを指摘したら恫喝訴訟を持ち出された、という虚偽の主張をしておいて
登記簿取られたくらいのことを「不当」と思っているのはなぜか?

これを考えるとやはり結論としては
「障害児の親だから、そうでない立場の人間には何をしてもかまわない。少しでも反撃されるのは不当」という甘ったれた意識があるという結論にしか私は達しないのです。そうじゃない結論って他に何がありますか?

要するにあれは「モンペ」の一種なんですよ。
事業所が、教育現場が、困っている「モンペ」が出版社に向けられた結果があれですね。

そして

いろいろな場面でいったん勝ち得た支援が揺り戻されているのを見るとき
私は「触らぬ自閉症の親にたたりなし」という風潮を読み取ります。
いくら社会が理解する気があって、支援する意欲があっても、一部の保護者が社会に突きつけてくる要求が度を超えている。正義を曲げろとまで主張する。
ものすごくコアな支援者(ギョーカイメジャーとかね)は正義を曲げてでもそういうむちゃくちゃな要求にこたえようとするのかもしれません。でも「こんなに扱いが難しい人たちならいったん撤退・縮小」って思う現場があっても不思議ではないわけで、そういうことが昨日の記事で触れた高等教育の現場とかでも起こっているのかな、と思っています。

だから、保護者が社会人として保護者でない社会に対してフェアに振る舞うことっていうのは、支援を勝ち得るツールになる一方
あまりに非合理な主張をする一部の保護者っていうのは、むしろ支援の足を引っ張ってます。

ベムは警察に電話をしてきたとき
「名誉毀損をされているのは自分の方だ」と言ったそうです。

「だったらきちんと司法手続きとればいいですね」と私は警察に言いました。

たぶんベムは、名誉毀損の構成要件を知らないんじゃないかな。

知っておいたほうがいいですよ。

YTも知らなかった。知らないからやってしまったんです。

そしてベム同様「自分は許される」という甘えがあったんですね。

こう考えてみれば

YT予備軍多数のギョーカイですね。

一方で私の主張は「自閉症者は法を守れる人々」という趣旨で本を書いたんで。

何はともあれ

30日、お集まりいただく方々、前向きにお勉強しましょう。


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レジリエンスと高等教育における発達障害への配慮

2012-09-27 08:50:00 | 日記
先日、横浜の講演で私がレジリエンスに言及したことに気づいた方からお声がけいただき
先日某所で某著名臨床家のお話を聞き、そのあとご一緒にお茶を飲む機会に恵まれました。

ちゅん平さんは
「病気は治療するのが成人の義務」と言っていますね。
横浜の講演でもしゃべってくれたし、広島でもそれをさらに深めるようですよ。

「提言」にも私は書きました。
レジリエンスのこと。

大地君は、診断されたとき
「君みたいな子は働かなくてもいい。国にお金をもらって生きていけばいい。君みたいな子は働くと病気になるんだ」と言った医者に対し(二次障害回避原理主義ね)

「おねえちゃんのように、病気になったら治して働けばいい」と腹をくくったわけですが

私は先日のお話を聞いて
おそらく障害の有無にかかわらず、今後若い人たちの中にレジリエンスを育むというのは社会全体の責任なのだろうと思いました。
で、この前その場をともにした教育者の方々は、そういう自覚を持った方々だと思いました。

そして

・高等教育の場での配慮

ってやつが変わっていく手応えを感じました。

本来ね、大学レベルの配慮ってなんのためにするかっていうと
それはもちろん本人のためでもあるんだけど

一般的な環境では勉強進みにくい子に勉強できる環境、能力をフェアに判定しやすい環境を与えることによって
社会全体が利益を得る(才能を発見し発揮させる)という意味があるはずなんです。
配慮の点において先進国では。

実際センター試験での配慮とかは、学校長の推薦が必要なんでしょ。
要するに、「配慮に値する」かどうかを考慮してからの配慮だっていうことが、一応形式には入っている。
私はこれ、正しいことだと思うけど、差別差別という人もいるかもね。

日本では(何しろ自由の国アメリカより自由な国だから)こういう考えに異議を唱えるりべらーるな人たちがいて
徹頭徹尾個人のための配慮、じゃないといけないっていうところがある。

で、それを真に受ける親子が入ってくるわけですよね、高等教育機関に。

学生である当事者は、当事者の本性を遺憾なく発揮。ばんばん学校側を責める。
親はモンペ。

その結果、学校側が疲弊してしまって、今後少なくともしばらくは
「発達障害者受け入れます!」の風潮に揺り戻しが来るだろう、と。
それはまあ、ありそう。

でも大学なんていうのは、本来選択する存在なんだし
別に行かなくてもいいところなんだからね。

セルフエスティームの大切さはよく出てくるけど
それは人生を渡っていく上で必ず出会う「いやなこと」から立ち直るときの
レジリエンスを育むため。最終的な目的は、そこのはずですよ。

こういう意識に基づいた教育は
義務教育ではないところから始まっているのかもしれません。
そうなると当然、選抜が行われますね。

うーんと、この場に呼んでいただいて私が思ったのは

私が予測していった方向に行っているなあ、と。

やっぱりね、仲人口利いていかにも自閉症の人って天使か天才みたいに浮き世離れしたこと語って
二次障害原理主義を説いて健常児より予算かけてニート育成って
いつまでも通じる話じゃないと思います。
弱者の味方であるはずの、りべらーるな政権だって、これだけ予算削ってきたわけですよ。
これから政権変わればまたどうなることか。

やっぱりレジリエンス大事。
長い人生だからね。

ってわけで、レジリエンスの二冊
いよいよ来週発売です。


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楽しみ方はいろいろ

2012-09-24 20:45:20 | 日記
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

秋場所が終わりました。
昨日はみんなで国技館行って楽しかったよ。

ニキさんも、うめさんも一度行きたいって言っているし
発達障害クラスタにはすっかり稀勢の里の応援団が増えたので
機会があるときには、ご一緒しましょう。
指定席は3600円からです。

昨日はね、

画伯が痛風の身にもかかわらず、2リットルもワインを持ってきたので
勝敗はあまり覚えていませんが。
こんな感じで楽しみました。

画伯ブログ、 稀勢里母仲間ブログ

お土産は、広島の講演でお世話になる法人の方の姪御さんに、お相撲キティちゃんタオルハンカチを買いましたよ。



自分へのお土産はお相撲キティ靴下。


それとひよの山チケットホルダーを買いました。後ろが透明になっていてチケット入れるようになっています。
これを首にかけておけば大丈夫。



今場所の総括は、甚之介さんブログに激しく同意ということで
終わらせていただきます。
私は稀勢の里クラスタの中では「上げ潮派」だと思います。
甚之介さんは、ご自身武道家でもあるし、冷静な視線ですが
稀勢愛にあふれたブログですね。

世間がこの場所を楽しんだやり方とちょっと違うけど、これもお相撲の楽しみ。

お相撲の楽しみ方は、いろいろありますよ。
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踊る大捜査線祭りで思ったこと

2012-09-24 10:49:35 | 日記
さて、映画見に行ってから「踊る大捜査線祭り」が続いています。
BOXを次々に見ていますよ。

今度の封切りのときと前の封切りのときで違うのは
私自身が告訴人として「事情聴取」とかを経験したことですね。
よくドラマに出てくる小さいお部屋(マジックミラーがあるやつね)も入ったし。
でも訴える側だと、ドア開けといてくれたり、そういう気遣いがあるんですよね。

それと、数十センチに積み上がった書類を目の当たりにしたり。

で、改めて思うんだけど。

捜査ってお金かかるよね。
血税。

私は「発達障害が犯罪のいいわけにならないようにきっちり有罪にしてください」という意義を訴えました。
どうしてか?
「発達障害者は犯罪者予備軍ではない」と信じているからこそ、です。

そうやって出してもらった結論なので
興味ある方には分かち合いたいです。

共存のためにね。

と思っていたらまた肝っ玉母さんらしき方から御注文と同時にメッセージをいただきましたよ。

「提言」を読むのを本当に楽しみにしてくださっているそうです。
ご自分のところのお子さんは、以前被害的にものをとらえ、このままでは・・・と心配したこともあったけれど、今は精神的に健やかになったそうです。前向きになったそうです。

診断がついたとき「親のせいではない」と言われたけど
「二次障害になったのは接し方がニーズに合っていなかったんだろう」と考えて
そこから切り替えたそうです。
花風社の本はいつも大きな気づきを与えてくれる、と書いてくださっていました。

それと「踊る大捜査線祭り」で気づいたこともう一つ。

私って被害者だったんだな。
悲しんでいいんだな、っていうことです。
きちんと悲しんでこなかったなあと思いました。

自分のことより、「発達障害のこと」を優先して考えてきたからだと思います。
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ニキさん、浅見の講演会のお知らせ

2012-09-23 10:44:47 | 日記


お世話になっております。花風社の浅見です。

☆講演会の詳細がもう一つ決まりましたので、お知らせいたします。
10月21日、京都で「NPO法人ノンラベル」さんのイベントにてお話させていただくこととなりました。
ニキさんの講演、浅見の講演に続き対談を行います。

詳細・お申し込みはこちらをごらんください。
盛りだくさんの会となりそうです。



☆新刊「30歳からの社会人デビュー」(藤家寛子著)および
「自閉症者の犯罪を防ぐための提言」(浅見淳子著)も、来週末くらいから書店販売に先駆けて発送が始まります。
すでにたくさんの方々に御注文いただいておりますが
まだの方はぜひこちらにて詳細ごらんの上、ご検討ください。
いずれも「自閉症スペクトラムの人と社会との共存を考える」という意味で意義深い本になりました。



その他の自閉症関連書もご一緒にお申し込みいただくと送料無料となります。



 
 今後とも花風社の本をよろしくお願いいたします。
 
(株)花風社
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新刊二冊と講演二件のお知らせ☆☆

2012-09-20 13:41:14 | 日記
さて、稀勢の里が二勝したところで(そこかよ)
先日お送りしたMLを貼り付けておきます。
今度はちょっと情報多くて、新刊二冊と講演二件です。
しばらくこれをトップに貼っておきますね。
日々の更新は二番目をごらんくださいませ。

=====

お世話になっております。花風社の浅見です。
このメールでは、「新刊二冊」と「講演二件」+「お勉強会」についてお知らせ
します。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
・このメールは弊社のウェブサイトで書籍を購入し、新刊案内を希望した方に
お送りしております。
・新刊案内のメールには、弊社の新刊書籍のご案内の他、弊社書籍の著者
及び翻訳者の講演会のご案内も含まれます。
・今後、新刊案内を希望なさらない方は、お手数ですが、返信メールにて「新刊
案内不要」とお送り下さい。
――――――――――――――――――――――――――――――――――

まず10月上旬、新刊を二冊出します。
かねてより予告していた藤家寛子さんの立ち直り→一般就労までを綴った記録
「30歳からの社会人デビュー アスペルガーの私、青春のトンネルを抜けてつか
んだ未来」(1600円+税)と
浅見の裁判の記録を「再発防止」のために書いた
「自閉症者の犯罪を防ぐための提言 刑事告訴した立場から」(1200円+税)です。

ブログでも触れましたが、この二冊を同時発売したのは、私なりの表明です。
藤家さんの立ち直りは、どこに行っても「めったにない回復」と言われますが、
みんなで学んで再現することができます。むしろ、こういう例を、たくさんたく
さん生み出さなければなりません。
社会の中で地道に働き、休日は思い切り楽しんでリフレッシュする。そういう自
閉症の人を、「ありふれた存在」にしなければなりません。
そのための一冊です。
一方で、裁判沙汰は、再発防止をしなくてはなりません。
私の中で、「藤家さんの立ち直り」と「自閉症者に対する裁判」が同時進行して
いたことは、自閉症の人の未来を考える上で決定的な影響力がありました。司法
と自閉症の関係についても、インサイドからだからこそ見えるものがたくさんあ
りました。そこで、裁判の途中から、いずれこれを一冊にまとめようとは思って
いました。
そして刑事裁判の判決が出て半年たって、ようやく「怒り」を交えることなくこ
の記録を書ける状態になりましたので、この原稿に取り組んで、書き上げました。
この二冊については、こちらで詳細をご確認できます。



新刊お申し込みと同時に既刊もお申し込みいただければ、送料無料で届きます。

藤家さんの前作「自閉っ子的心身安定生活!」、世界観の切り替わりを描いた
「自閉っ子は早期診断がお好き」は今回の回復に至るまでの道のりを知るために
は必読ですし
「自閉っ子のための努力と手抜き入門」をお楽しみいただいた方なら「自閉っ子
におけるモンダイな想像力」をおすすめいたします。
また重度の方の関係者の方には、前回の自閉っ子通信で書いた「言葉のない子と、
明日を探したころ」で、言葉がない人の内面に起きている心についてご理解いた
だけますし
藤家寛子さんが「こういう風に接してもらえれば、子どものころ怖くなかった」
という思いを主人公に託して書いた童話「あの扉の向こうへ」もお読みいただけ
ると幸いです。

今回お申し込みの方は、書店販売に先駆けてお届けいたします。おまけはポスト
カード二枚とお手紙の予定です。

既刊書籍詳細は下記をご覧ください。

 自閉症関連書紹介ページ
 

 書籍購入お申し込みの方は、上記フォームからお申し込みいただくか、あるい
はこのメールの返信で
 
 1 書籍名 冊数
 2 お名前
 3 ふりがな
 4 郵便番号
 5 ご住所
 6 お電話番号
 7 メールアドレス
 
 をお知らせください。下記からもお申し込みできます。いずれも送料無料です。
  

☆ 講演が二件あります。

その1

藤家寛子さんとは、8月に「引きこもりからの脱出」をテーマに横浜で講演を行
いましたが
同じ内容を西日本でもお届けできるようになりました。
10月13日、広島です。詳細・お申し込みはこちらにお願いいたします。



その2 

ニキさんと浅見で、神奈川県茅ヶ崎市にて啓発講演を行います。
詳細・お申し込みは以下の通りです。

公開講演会のおしらせ
○日時  平成24年 10月24日(水)15:30~17:00
○場所  神奈川県立茅ケ崎養護学校  体育館
○内容  テーマ「自閉っ子、こういう風にできてます!」
        講師  ニキ・リンコ氏(作家・翻訳家)
            浅見 淳子氏(花風社 代表取締役社長)
○参加費用  参加者1名につき資料代350円
○定員  300名
○申込締切  10月17日(水)定員に達した場合お断りする場合があります
○申込・問合せ先 神奈川県立茅ケ崎養護学校 研究研修担当 菅沼
           FAX 0467-57-5371


☆ 9月30日に栗林先生を迎えてお勉強会をします。

9月30日に栗林先生を迎えて新横浜にてお勉強会をします。キャンセル等で3名ほ
どお入りいただけます。
お申し込みの方はメールを送ってください。
特別支援教育だけではなくいじめや不登校についてもお話をいただく予定です。

日時 9月30日日曜日 13:45~15:30くらい
参加費 1500円(当日お支払いください)
定員 30名
横浜市港北区新横浜3-19-11 加瀬ビル2F 第一会議室

お申し込みの方は花風社あてにメールにて(mail@kafusha.com)

1 お名前
2 ご連絡先

を添えてお申し込みください。

今後とも花風社の本をよろしくお願いいたします。

==
(株)花風社
〒106-0044
東京都港区東麻布3-7-1-2F


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出生前診断

2012-09-20 13:40:56 | 日記
「踊る大捜査線」の映画を見に行って、懐かしくなったのでBOX(持ってる)からDVDを出して見ていたら、わりと買ったばかりのテレビの操作がわからなくなり、HDDに録画されていた「出生前診断」の番組が出てきた。NHKの、結構話題になった番組。

夫(自慢の)は「上智大学生命倫理研究所研究員」というのもやっているので、録画したんだと思う。
興味深いのでそのまま見ることにした。

で、見始めて三分くらいで「私だったらどうする」という結論は出た。
私だったら授かった命は殺さない。
だって心臓動いているし。

おしまい。

根拠はたったひとつ。

本能です。

それだけ。

でもそれを人には押しつけない。みんな合法的な範囲で一人一人が主体的に決めればいい。
逆にテクノロジーの進歩に待ったをかけようという動きもよくわかんない。テクノロジーの進歩で得てきたものもたくさんあるはず。あとは使う使わないを個々人で決められる環境があればいい。
法的にだけじゃないよ。「他人の決断に突っ込まない」という人間同士のつきあいの成熟度も含めてね。

自分の問題だったら、私の結論はこれだけ。おしまい。

そもそも私は、命を操作するというのがぴんとこない人で、自分では選ばない。
臓器移植はしない。自分の臓器で生きられなくなったら、寿命だと思ってあきらめる。
今そう宣言されても、後悔しないと思う。

もし自分に移植でしか生きられない臓器を持つ子どもを授かったら
小さな身体で過酷な手術に耐え、拒絶反応におびえ、一生免疫抑制剤を打つよりは
かわいがってかわいがって見送ることを選ぶと思う。
でもその決断をして大金を募っている人、それを応援している人はそれぞれ自分の信条をまっとうする自由があると思うから別にそこに突っ込み入れない。

不妊治療も、なんのためにやるのかわからない。
「お墓を守る人がいなくなる」というのを聞いて、ブラックユーモアかと思ったことがある。
日本で唯一家系をつないでいただきたいご家族は、私にとってひとつだけですね。

命は授かり物。授からなければそれはそれで自分の人生まっとうすればいい。
身体に重い負担かけて、不妊治療している人は大変そうだと思うけど
それぞれ事情があるんだろうから、やっぱり突っ込まない。

というわけで、臓器移植や不妊治療でさえ理解できない人なので
出生前診断はほとんど興味の外だったんだけど。

でも世の中の人は他人の決断にいろいろ口出ししたいんだな、
っていうか他人の決断によって自分の決断が左右されるんだな、

っていうのがあの番組を見た結論でした。

高福祉国家の実情として、間引きに近いことをやった時期があって
だから数が少なくなった障害のある人に手厚くできるっていう実情もあるでしょ?

そして同じ障害がある人が生まれないことをどこかの親が選択しても
その障害のある人が価値がないってことになるわけないでしょ?

そして障害とともに生きるのは「その子」「その家族」でしょ?
赤の他人が自分の信条のために産めとか産むなとかいう話じゃないよね。

私の感覚ってやっぱりずれてるのかな。

まあいいや。

他人の意見より、自分の本能があてになると「私は」思うけど。
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徹違い

2012-09-19 13:10:52 | 日記
昨日の記事で何が言いたかったかっていうと

要するに私は、幸せだなあと思ったんです。
「嫌いな他人の不幸を別に望まない」という自分の性質が人生から悩みを一個減らしてくれる。

YTはそれができなかったんでしょ。

吉川医師はそこに歯止めをかけることができてますね。
だって実名ばれてから、ついーととかで2ちゃんとかインチキ誹謗中傷ブログとか紹介しなくなったでしょ。
匿名のときは嬉々としてそういう情報紹介してたけど。

これが社会性でしょ?

だったら同じように
・嫌いな他人がいる
・その他人を不幸にしたくてたまらない

という気持ちがあっても
そこに一定の歯止めをかけられるかどうかは障害の有無に関係ないか?

それでもギョーカイは言うのかな。

「障害と犯罪は関係ありません!」って。

んで、私がギョーカイに怒っているっていうことは
まだ私がどっかで発達障害者と社会の共存を本気で考えているということであるんだと思うんですね。

だから私が暴言吐かなくなったときには

本当に発達障害を自分の中で無関係にしたときなのかもしれません。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆

YT藤居宮本吉川の四人が有していて、私が有していなかった
「嫌いな他人に不幸になってもらいたい」という気持ち。

それを私に教えてくれたのは琴奨菊関ですね。
負けるとおもしろい。

まああれも、あまりにきせ関に執着発言をするから嫌いになったんであるけど。

でもいないとさびしいなあ。


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他人事にする力

2012-09-18 14:55:48 | 日記
昨日は「踊る大捜査線」見に行きました。
本当にTHE FINAL になるかどうか知りませんが
最後の最後になって、どうして自分が青島刑事が好きなのかわかった(織田裕二ファンではありません)。


この人も「他人事にするのが苦手な人」だなあと。
それが自分と似てたんだと思います。

で、大相撲を見れば綱取りの日馬富士が毎日すごいてんぱった顔している。
昨日の面白相撲(猫のケンカみたいに一瞬お見合いになった)は胸中察して切なかったです。
品格品格とか横綱審議会のおじさんたちにうるさく言われている日馬。普段ならもっと下品な手を使うところを、ぐっと我慢していたのでしょう。

でも自分が去年の九州場所、稀勢の里の大関獲りで味わった緊張を思い出すと、日馬がてんぱるのはまあ仕方ないかな、と思います。
私が緊張してたのは、いくら大好きな稀勢関っていったって他人事なんだけど日馬は本人なんだし。二回失敗しているんだし。
そういえばあれほどくすぶった稀勢の里が一回で大関をとったのは奇跡のようなものかもしれません。まあもう一度やられたらこちらの身が持たなかったです。っていうくらい私にとっては他人事ではなかったね。

で、ここで吉川徹医師。
彼が「花風社に儲かってほしくない」って言った時
心からびっくりしたんです。
それから藤居が「ぼくあすをぐぐると自分のHPにたどりつく」とか
ベムこと宮本晋が「(以下同文)」とか言ってよろこんでた時、腹が立つより先にびっくりしましたね。

どうしてかというとね
私は自分の好きな人に対して他人事にするのはヘタなんだけど
自分の嫌いな人は本当に他人でいいんですよ。こっちを攻撃してこない限りね。
わざわざ嫌いな他人の不幸を願ったりしません。
その証拠に吉川医師の財産状況なんてまったく関心ないし。彼が講演会に呼ばれているのもまったく関心ない。ベムこと宮本晋のように「講演やめろメール」なんて送る気しないですね。

まあ宮本君はぐぐることにこだわりがあったようなので
そうなのか、と思って彼の名前ぐぐるとこのブログにたどりつくようにしておきました。
私には普通にセオリーオブマインドがあるので。
どうせリベンジするのなら、こっちを攻撃してきた相手がいやがりそうなことをやっておこうっていう発想ですね。

で、最近気がつき始めたのは
この三人は別に極悪人じゃなく、ただの若干性格の悪い(そして私のことが大嫌いな)凡人に過ぎないんじゃないか、ということ。
というのはね、嫌いな他人の失敗を望むって別に珍しいことじゃないみたいだから。

ただ自分には、(攻撃されない限り)そういう気持ちがあまりなかったし、自分の経験から「男性というものは、心が広い」っていう刷り込みがあったので、ものすごくこの三人が不思議な生き物に見えたんですね。
たんに私の運がよかったんでしょう、これまで。

「自閉っ子のための努力と手抜き入門」を読んでもらえればわかるとおり



ニキさんは私よりちょこっと年下なのに、老後について真剣に考えています。
老後なんて全然関心なかった私ですが、最近ニキさんに影響されて考えるようになったんですけど

どうも私は「好きな他人に他人事になるのはヘタだけど、嫌いな他人に他人事になるのは上手なほうであるらしい」という結論にたどり着きました。

老後を平和に暮らすために、自分のこの性格を利用しようかなと思っています。

発達障害って、本来私にとっては他人事だったはずなんです。

いや、もちろん人間誰も偏りがあるという意味で、持っているとためになる視点ですよ。
でも社会との共存とかってここまで肩入れしなくてもよかったんじゃないかと考えています。誰が? 私が。

ギョーカイに腹が立ったのは
「そんなやり方で社会と共存できるわけないだろう!」っていう怒りの気持ちがあったからだけど

考えてみれば、私個人は全然困らないよね。
発達障害者と社会が共存しなくても。
「共存してほしい」というのは私の勝手な思い込みだったかもしれないわけで。

ギョーカイがいつまでもとんちんかんな要求社会に突き付けてても
私には関係ないよね。よく考えてみれば。

なのにどうしてこんなに肩入れするようになったんだろう。

どうしていつの間にか他人事じゃなくなったんだろう。

ということをそもそも考えたんです。

やっぱりさあ。周囲に当事者や保護者がいて、その人たちに肩入れしたからじゃないの?

でももう肩入れやめようかな。
昨日の「踊る大捜査線」見て、そんなこと考えました。

意味わからないと思うんですけど
(とくに「踊る大捜査線」に興味のない方にとっては)

これまで私にとって発達障害は
当事者でも保護者でも支援者でもないという立場から「外から見るもの」ではあっても「他人事ではなかった」わけです。

でも

「他人事ではない視点から」作る最後の本が、この本になるかもしれない、と思いました。


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