治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

来年のキーワードとキーフレーズ

2015-12-31 12:52:45 | 日記



今朝、冬の臨海学校から帰国しました。帰ってすぐに買い出し。とりあえず三日分の食料を確保したのでこれから下ごしらえです。おせちはあんまり好きではないので、まあ適当です。

今回の臨海学校は、「地球金魚」がテーマでした。考えてみれば海にぷかぷか浮いて波に身をゆだねるのも地球による金魚体操。そしてハンモックで風に揺られるのも地球による金魚体操。身体から力を抜くってこういうことなんだな、とよく身体に覚えさせてきました。



「人間は、力を抜いたら、浮くもんだ」

と最初に教えてくれたのは父だったような気がします。だから私は水を怖がらない子に育ちました。これって社会も同じだと思います。基本的に信頼感があるかどうかで、力を抜いて生きて行けるかどうかが違う。だから親の人生観が悲観的ではないことはとても大事かもしれません。「力を入れなきゃね、沈むのよ!」なんて親がヒステリックに叫んでいたら、ラクに生きていく方法が習得できません。

ということで、来年のキーワードは「安心」ですね。そして何が安心をもたらすかというと、土台でしょうね。今年に引き続き、土台をつくる年にしたいですね。

そうやってリラックスしていた休暇。こういうときには着想がわくもんなんですが、なぜか突然ベムこと宮本晋さん(珍しくさんづけ)のことを思い出してしまいました。

そして本当に、かつて自分が書いたように「ベムが黙れば、治る人が増える」になったなあ、と改めて思いました。ギョーカイが当てにならない中で、治る情報を伝えたいと願う私とそういう情報がほしいという読者の方々。その中できーきー「治すなんて差別!」とか叫びまくって自分の息子の性器露出エピソードなんか小躍りしてブログに書いて重度マウンティングしていたバカ親、ベム。みなさん覚えていますか?

あいつが今頃健在だったら(いや、存命中だと思いますけど療育の世界でっていう意味ね)まだあれこれ立ち回って皆さんにいやがらせしていたかもしれません。そうしたら気の弱い人はびびって身体アプローチとか取り組めなかったかもしれない。本当に勝手にびびっていなくなってよかったよ。売られた喧嘩をきっちり買った私は正しかったね。

ベムが黙れば、治る人が増える。
猿烏賊黙れば、治る人が増える。

本当にそう。
だからこれからも、売られた喧嘩は買いますよ。
それを勝手に恫喝だと思って引っ込むなら勝手に恫喝がってろ。とにかく卑屈悲観クラスタが黙れば黙るほど治る人が増えるからいいことなんだよ。

ベムはバカだから「修行が大事」とかいう主張を自閉症児の親だったら100%受け入れないとカンチガイして花風社にも支持者がいることにびっくりぽんだったみたいですが

そりゃあ治りたい人はいる。

そして一方で、治りたい人はベムみたいな親仲間に苦しめられてきたんですよ。だからベムが基地外じみた行動取ったとき「ああいう人たちに苦しめられてきた」って言った人多かったもんね。自分ちの悲観的観測によそんちも巻き込んできーきー言うバカ親ね。母親が多いみたいだけど父親がそれやってたら末期的だっていう話よね。

私はね

「力を抜いてたら、浮く」って教えてくれる父親でよかったとつくづく思いましたよ。怖がりに育たなかった。

そして、今年の終わりになって気づいたことなんだけど

結局「治るものなら治したい」クラスタって
自分のことだけではなく

社会全体に目配りする志がある人たちなんですよ。
たとえ重度で福祉の中で生きていくにせよ、なるべく手のかからない子に育てる。
他害、自傷はなくす。
それが現場で働いている支援の人たちのQOLを向上させる。

グレーゾーンなら
いつかは支援から抜けられることを目指す。
そうやって本当に支援が必要な人にお金や人手が回るように。

そういう志のある人たちだからね
私は接していて楽しいんだと思います。

「面倒な特性を持っている人ほど世話をされるべき。それが福祉」と声高に主張する人は勝手に主張していてください。大きな声で思い切り主張してたらいいと思いますよ。

それが、現場の人にブラックな職場を作ることだと気づかずに。
現場にしてみれば「ああいう意識の親の子は手がかかりそうだ」と思うだけ。
そしてそっと「選ばない」というかたちでその人を拒否しますよ。

治ることはね

正しいんです。

本人にとっても親にとってもね。
そして何より社会にとって正しいんです。

支援する人たちにとっても正しい。
ただ一部の、利権に凝り固まった支援者が治さないことを選ぶだけ。
そうやって「大卒の人の親亡き後」とか、次々とたかりの種を生み出しているだけ。

私はきっぱりとそっちの方向性を拒否しますから。
来年もね。
いや来年はなお一層。

だからね、花風社の来年のキーワードは「安心」。

そして来年のキーフレーズは


治るが勝ち

です。

治りたくなきゃ治らなくていいよ。
一生治らながってればいいよ。
私は「治るが勝ち」だと思うし
そう思う仲間を増やすから。

サステナブルな社会のためにね。


さて、皆さん今年も大変お世話になりました。
良いお年をお迎えくださいませ。

2016年は「治るが勝ち」の年にします。

浅見淳子
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読み間違えるなよー

2015-12-28 11:35:36 | 日記




こんにちは。
私は地球某所で地球による金魚体操の実験をしてます。
栗本さんが、人間はまだ二足歩行を完全に自分のものにしてないって言ってたのはこういうことかあ、なんて思いながら自分の身体で実験してます(遊んでるとも言う)。


さて、発達障害者支援法が改訂されるというニュースが。
高校での特別支援教育の強化とか。

これについて皆さん様々ご意見あるでしょう。
単純に歓迎すべきだというご意見もあるでしょうし
普通の高校まで進学できる子なら
本人が受けたがらないのではないかとか
インクルーシブという視点ではいかがなものかとか。

立場によって意見が違うのは当たり前なんですが

私はこう読みました。

国はこう言いたいんだな、と。

猫も杓子も支援校来るんじゃねえ。
支援校は重い子の為にある。


まあお互い、読み間違えないようにしましょう。
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色々なことに気づいてる年末(ポエム)

2015-12-26 08:05:08 | 日記
昨日見た月。



南の方に来ました。

色々なことに気づいてる年末です。

なんでうちの読者は治るんだろう?

って考えてみて

一つは花風社の本に惹かれる人は

インデックスのように正解を探すのではなく

情報を取り込んで、目の前の事象を観察して、

というプロセス的な理解をする人たちだからだということに気づいたりしました。

FBに独り言書きました。



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私も愛甲さんに質問しようかしら

2015-12-24 06:03:43 | 日記


さて、2月7日の愛甲さんに質問する会にはこよりさんもいらっしゃるそうです。わーい。
なんていって、ご案内のMLは流したけどここにご案内していない(つまり今のところML見ている人にしか情報がいっていない)のに気づきました。今日中に貼っておきますね。そしてしばらくトップに貼っておきます。

まあ昨日も書いたように晴々と年末を迎えているときに、ちょこちょこと、ちっぽけなテロリストの人からメールが来てます。一回会ってくれないかというのです。非常に手短に「会えません」とお返事してます。そうしたら、手紙が来ました。どうしても会って話したいことがあるというのです。やはり「会いません」とお返事しました。「会えない」っていうより「会わない」のですね。年末で忙しいから会えないのではなく、たとえたっぷり時間があっても私はこの人には会わない。

なぜか?

会に申し込んできた。そして浅見の言動が気に食わないから「当日ことを荒立てる」と南雲さんに宣言してきた。南雲さんから情報を得て私は返金+入場禁止の旨通知した。返金先の口座を聴いたらちゃんと教えてくれたのでそこに返金した。そして入場券を返してもらえるよう返信切手を貼った封筒を郵送した。でも券は返ってこなかった。そして当日会場には入らないけど外で待っていた。とにかく約束違反なのです。約束違反する人だから会いたくありません。

そういうのをちょこっとつぶやいていたら、忠告してくれた人がいました。

「一切返信しないほうがいいですよ」と。

ああ、ギョーカイ人らしいなあ、と思いました。
それとウエメセだな、と。
この方親しく会話はさせていただいておりますが、そしてその言動を楽しんではいますが、私にとっては「あっち側の人に思える」瞬間が多いんですね。どこがどう福祉的なのか、説明しましょうね。

おそらく「迷惑なちょっかいをかけてくる当事者には返信しない」のが福祉の世界の原則なのかもしれません。そしてそれは私が「死んだふり」と呼んでいるものの一つです。それをみんながやって、私が最後に裁判をやる羽目になったのです。




そして裁判を起こしたときに被告が「障害があるのに訴える浅見ひでえ」と騒いでいたので、そういう意味では被告自身も福祉の色に染まっていたのでしょう。私は染まっていなかった。でも被告は染まっていたのです。

たしかに「自分の身に降りかかる災難を減らす・やりすごす」だけのためなら、一切返信しないのが「正解」かもしれません。でもそこには「保身」がつきまとうように見えてなりません。そして支援者と名の付く人たちが障害者と健常者の世界の懸け橋となることではなく、てめえの身の保身を第一に対応を考えてきたからこそ、「発達障害者は迷惑だ」と一般社会に思われてしまう当事者がありのままにされているのではないでしょうか。

つまり「迷惑なメールには一切返信しない」という行動を選択せずにせっせと返事するとき

身内のご高齢者を次々とお世話したこよりさんと同じ行動をとっているのです、私は。

こよりさんが投げ出さなかったのは、そこにご高齢の方がいたからです。自分しかそのお世話をする人がいなかったからです。

そして私が売られた喧嘩を全部買うのも同じ理由です。迷惑当事者を腫物のように扱い、まともに対応しない人が多いこのギョーカイで、私を喧嘩の相手に選んだのなら、とことんやってあげましょう、という感じです。

そらパパ騒動のときにも「なぜあんな小物を相手にするのですか」とか言われましたけど、「わが子の療育さえうまくいかない親がウエメセであれこれよその親にえらそうなこと言っている。それを信じている人もいる。本をアフィリエイトしてもらいたいのか囃したてるギョーカイ人もいる。じゃあせめて、花風社の浅見淳子はこういう評価をしているよと伝えたい。目を覚ますひとは覚ますだろう」という気持ちでした。

それに対して「浅見さんが損をしますよ」と忠告してきた人は「死んだふりスペクトラム」のカテゴリーに入れました。私の損などどうでもいいのです。私が社会人として基準にしているのは「自分の身を守ること」ではなく「今こういう状況に置かれた人間としてどういう行動を取るのが社会のためなのか」なのだから。こよりさんだってそうでしょう。自分の与えられたポジションから逃げ出さなかった。だから身内四人介護しながら凸凹キッズを二人働く大人にしたのです。

大大大博士祭りの時にも、必死に吉川徹(当時名大病院)に言い返す私を冷笑する医者がいました。私はなんとか治ってほしいと思ってあの本を出そうとしていた。それを出版前から邪魔する吉川徹に必死に言い返す。その必死さをあざ笑った医師がいました。
(あ、それと、またそらパパがデマを言っているようですが、私は吉川の件、一切名大病院には接触していないですよ。よそのとこの人事になんか介入しません。ただここで実名を書いただけです。あとは先方の判断)

藪医者は引っ込んでろ、と思いました。そしてそういう必死さを笑うような風潮が私は大嫌いなのです。

「今自分が置かれたポジションでやるべきことをやる」

その原則を、こよりさんは介護方面で貫かれました。
私は「売られた喧嘩を買う」方面で貫きます。

それに対し「もっと保身を考えれば・・・」と忠告してくる人は
そして「保身第一の自分こそお利口でいちいちつっかかる浅見はバカである」と冷笑する人たちは
私にとって「ウエメセ」に感じられるのです。
そういう支援者が多いから発達障害者は理解されないんだろうと思っています。

そして
ぶち当たった問題をどう解決するかなんてそれこそ「資質」です。
「10年目の自閉っ子、こういう風にできてます!」でニキさん、ちゅん平、私がそれぞれどういう風に問題に対処するか資質の違いを漫画にしてもらいました。そこをもう一度よく読んでください。



保身を選ぶのなら、いや、保身しか選べないのならそれはそれで仕方ないけど
引っ込んでてもらいたいんですね。
それがそこで引っ込まない人たちが教育福祉には多いんですよね。そして忠告する。ウエメセデフォルトなんです。本当にウエメセが染みついて第二の皮膚となり自分では気づかないのだと思います。

みたいなこと愛甲さんに相談したいけど

たぶん時間がないだろうな。そのうち、個人的に相談に乗ってもらおう。



休暇中に読んだり読み直したりする本たちです。この他電子書籍もたくさん買いました。
今回は脳みそとか身体とかなんとか療法とか一切読まずに

社会の中で誰がどう逃げずに自分の役目をどう果たしたか

を学ぶ十日間にしたいと思います。保身よりも世の中のためを大切にした人たちのことを知りたいと思います。
私の仕事の上ではね、それって大事なんです。
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猫絵葉書秘話

2015-12-23 14:53:45 | 日記
猫本2冊お買い上げの方から本日いただいたメッセージ。
「絵ハガキ大好きです。見るたびに涙が出ます」

そうよね。
私もそうよ。

そうこうするうちに書籍の一般販売も始まり、ようやく献本に本が回せるように。さっき神田橋先生に猫本を投函してきました。こんなお手紙を添えて。

「私はなんだか気分晴々と年末を迎えております。たぶん今年も花風社の本を読んでよくなった人がたくさんいることがうれしいのだと思います」
「新刊をお送りいたします。小さな小さな本ですが、私にとって一つの到達点です」

本当にこういう心境。私にとって、一つの到達点が猫本です。

ところでこよりさんは、いつもの「人のお世話をする神様」が降臨されて今ネットから離れています。時々やりとりしています。こよりさんご自身も猫ハガキに喜んでくださっている。そして言ってました。田んぼの風景もおうちの間取りとかも画伯が描いたとおりなんだって。もちろん画伯はこよりさんちなんて行ったこともありません。私もありません。お会いするのは横浜か名古屋です。でもあんまり驚きません私。そういうもんです。

もう一つの秘話。

「発達障害は治りますか?」をお持ちの方は最初の漫画に出てくる藪医者を見てください。実在の藪医者某先生にそっくりです。私は画伯がぐぐったのかと思ったのですが、画伯は私から聞いた話で顔をこしらえたそうです。

画伯もいかがわしいおっさんの一人なんですよね。

だからね、視覚優位な人はそこまで磨けば仕事に結びつくんだと思いますよ。いかがわしいレベルまで磨きこめばね。


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【保存版かも】身体アプローチのマッピング(いかがわしいおっさんたちをどう使い分けるか)

2015-12-22 07:59:00 | 日記








今日はちょこっと保存版的なことを書きます。
猫本の感想とともに送られてきたメールを読んで
「身体アプローチに興味を持って取り組んでいても、何がどう効くかをわかって使い分けないと遠回りになるから、今の時点で私が各種身体アプローチをどう位置付けて本を出しているか説明しておいた方がいいかな」と思ったのです。
これは浅見私見です。
身体アプローチをしている人たちの本意ではないかもしれません。
それはそれでいいのです。なぜなら再三言っているように「本は著者のために出すものではない。読者のために出すものだ」なので、そしてうちで本を出す人にはそれをきっちり了解してもらっているので、「花風社がどうしてこの人たちの本を出すのか」に関しては私が独裁的に決めていいのだと理解してもらっているはずです。

では、以下、プライバシーに触れるところを隠しつつ、読者メールをご紹介させていただきます。

=====

猫本ふくめまして4冊、購入してよかったと思っております。
(中略)男子の母です。
ご多忙中恐縮ですが、御礼申し上げたくメール差し上げました。

特に猫本の漫画とポストカード、涙しました。
3歳ごろ、朝五時に日の出を見に行ったことを思い出しました。
その時はまったく自閉症だということに気がついていなくて、子育てって大変だな、
と思っていました。
でも夜明けの空は美しくて、子育てって知らないことをどんどん連れてくるものだな、
おもしろいなとも思っていました。

幼稚園もなかなか慣れないなど、いろいろありながらも、いつでも少しずつ成長して
きましたし、やること、話すこと、とにかくいつも発見があり、おもしろい子だなと思って
一緒に歩んできました。
(中略)
小学校は普通級で入学しましたが、第一週目から大きくつまづき、学校から受診を勧められ、
自閉症スペクトラムと診断を受けました。
字も書けず、本も読めずで、ディスレクシアかも?と(こちらの知識はありました)
(中略)
キャッチボールしたり、道具を工夫したり、作文のスモールステップを考えたり、
徹底して興味ある分野の本を集めたりするなど、学習障害へのアプローチは取り組め、
効果も出てきて、ずいぶん学校でも過ごしやすくなりました。
ただ体験記などを読むと、どれも「悲愴」な雰囲気。
はちゃめちゃな日々だけど、少しずつ伸びていくのはうれしく、けっこう楽しいことも
多いので、違和感を持ちました。
将来、こんなに悲惨になるの?と、読むほど沈んでいくといいますか・・・。
そんな中、(中略)本棚で見つけたのが花風社の本でした。

二年生から支援級に入級し、少しずつ付き添いを減らしながら、
ほぼ休みなしで通学しています。
先生たちには本当に成長しましたね!と言われるのですが、
親としてまだまだ課題が多く、一番むずかしいなと思っているのが他害の問題です。
先生は減ったと認識されていますが、私の方針は、小さなことも、一つも無視しない、
根は深いと感じています。

息子の場合は、空間感覚のズレが一番の要因となっています。
例えば教室を移動するとき。
これから体重測定など憂うつなことが待っていると、
行列を作った時にまわりの子どもに挟まれるのが苦しくなります。
そして特に男子との距離が数センチになると、反射的に払う。
「たたかれた!」
まず本人に絶対に人をたたいてはいけないことを伝えます。
そして先生にも一緒にその旨を伝え、しばらくの間は一番端っこに並ばせてもらったり、
女子の後ろに並んでもOKにしてもらい、女子にも了解してもらうようにお願いしました。
運動会の綱引きでも、最初は普通に並んでみましたが、前の子が綱を引っ張るのに
熱中して結果的に体をおしつけてくると「やめて!」と蹴ってしまう。
最後尾に変えてもらい、さらに綱も少し延長して引っ張りやすくして、参加しました。
この経験は、後に劇などでの位置取りにも応用できました。

もちろん人生でずっとこのように配慮し続けてもらうことは期待できません。
将来的には感覚統合的なアプローチで楽になっていこう(スルー力を身につけよう)と
本人、先生とも認識を共有しつつ、現時点では配慮してもらう。
またいずれ対話が上手になって「自分はこういう感覚を持ってるから、少し離れて並びます」と
自分で説明できるスキルも身につけていければと思っています。

授業参観など、緊張が高まる授業では、発言したいのに当ててもらえない時など
机をガタンっと蹴ってしまう、ということもまだまだあります。
モノに当たっても、結果的に他の子にぶつかりそうになって、静まり返る教室。
泣きたくなるシーンです。
でも冷静に「今どんな気もちだったか、どうすればよかったか、これからどうしたらいいか」
を、支援級の先生と一緒にその場で話しあいます。
(担任の先生はそのまま授業を続けているので、流れを止めずにすみます。
こういう時に支援級に入ってよかったと思います。)

頭ではしてはいけないと分かっていても、「腹が立った時」には「頭より体が先に
動いてしまう」。
たぶん、他の子たちが、意識の中で“遠い”。
自分とつながりがある存在だという感覚が薄いのだと思います。
(自分の身体感覚が延長できていないと言うか、
定型発達の子だったら、他の子の痛みももう少し自分の痛みとして感じて、想像して、
行動が制御できるのではないか、と想像します。仮説ですが。)
担任の先生も、支援級の先生も「見逃さない。もし相手が痛みを感じることを
してしまったら必ず謝る」を徹底してくださっているので、一緒に取り組んでいます。

「頭より先に体が動く」、防衛的な時と攻撃的な時、両方あります。
話して諭すのも大事だし有効、だけど、身体感覚を養うことも絶対必要だなと感じています。

まずは毎日金魚体操、足裏を触って、地に足をつけるところから。
家ではおすもう遊び、キャッチボールなど、いろいろやりながら、
チットチャットの順番待ちをしています。

ブログで他害の話題が出ていたこともあり、長くなってしまいました。
猫本に戻りますが、子育てを楽しんでいたことを肯定されたように思いました。
うまく言えませんが、「自閉症の孫育てをしてみたい」という気持ち、うん、わかる!という
感じです。

私のカンも、まだまだ磨いていかねばと思っています。
親も運動、必要ですね。
こよりさま、浅見さま、ありがとうございました。
これから出る本も楽しみにしています。

=====

ということなのですが。

他害をしてしまう問題が身体にある、という認識は、おそらく芋づるの端っこ。そしてそういう認識を連れてきたというところで、感覚統合の視点の貢献は大きいのです。

でも感覚統合が置き去りにしているものがあります。
それは内臓方面なのです。

そして、「芋づる式に治そう」を読むと
「季節に変動されやすい」凸凹さんたちの問題は、空間認知ではもちろんなく、内臓方面から来ているのがわかると思います。そこに働きかけるアプローチで、今年は季節の乗り切りが上手になった人が多くなった年でした。かくいう私もそうです。年の初めの冬も、年末の冬も、静電気でぴりっときません。毎年秋口に出ていた咳が出ません。耳鼻科の診察券をしまったまま秋を過ごしました。冬からコンディショニングを始め、自閉っ子の鬼門である新学期を崩れることなく過ごした自閉っ子ママたちからの声が花風社にはたくさん届きました。そういう一年だったから、私は晴れ晴れとした気分で年末を迎えているのです。

そして他害。
これが身体アプローチでどうにかできるのは確かだと思うのですが
少なくとも
「友だちをぶちません」とか視覚支援したり、一粒の卵ボーロで子どもを買収する犬の曲芸方面よりはるかに「他害をしないですむ身体」を作ってあげたほうが近道だと思うのですが

他害が起きてしまうのは空間認知だけではなく、内臓方面に不全感があるかも、というのがコンディショニングの視点なのです。
でもそれに薬を入れる必要はない。整えていけばいいのです。そのための黄色本芋本に載っているアプローチなのです。

チットチャットでは、本当に効果があるSSTができます。
それは奴隷道徳の丸暗記みたいなSSTではなく
生き物としてもっと土台に働きかけるSST。
今になってつくづく、あの本を「伸ばそう! コミュニケーション力」と名付けた自分に感心します。まるでその後の展開が見えていたように。たぶん自閉の神様の仕業でしょう。



そしてその順番待ちをしながら、ご家庭で色々取り組まれている。だからこそ世にあまたある悲愴な体験記とは違ってお子さんの成長が喜べる現状があるのでしょう。

そしてどちらかというと西日本の方だから、チットチャットが近いのでしょうが

なぜチットチャットで順番待ちをしなければいけないかというと、受給者証で受ける療育は官からお金が出ているから。血税使ってます。皆さんが無料または安価で療育を受けられるのは、他の誰かが税金を負担しているからです。だから定員があるのです。

官がお金出すところは、当然ですが定員を厳しく管理します。当たり前です。みんなのお金ですから。だから順番待ちが発生します。

でも栗本さんは個人で開業しています。官からお金が出ているわけではありません。だから順番待ちをしなくて済みます。空いている時間を調整すればいいだけです。

そして栗本さんのところでは、内臓方面へのアプローチが習えます。おうちでもできること。それで不登校の子が学校に行き始めたり、そういうことが起きています。

感覚統合で空間認知という視点を得られたことは素晴らしいことでした。
視覚支援と犬の曲芸で治らないから発達障害は治らないことにしてそれに胡坐をかいてきたギョーカイ。でも身体アプローチのとっかかりとして感覚統合は貢献したと思います。何より、「二覚」の存在に気づかせてくれたのは感覚統合の大きな仕事。

でも今は、感覚統合よりもっと、内臓方面に働きかけるアプローチが出てきているのです。そしてそれが行動上、情緒面での問題を解決していく。それが確かめられた年でした、今年は。それを実感し、伝道してくれる仲間がいっぱいできた年でした。南雲さんもそのおひとりです。

だから

チットチャットの順番待ちをしながらおうちで取り組み

その間に内臓方面でのアプローチも小田原で習うと最強だと思います。そして晴れてチットチャットの順番が回ってくれば、今度は「他人とともに暮らすこと」「頑張ること」を大脳皮質より下の土台の脳で覚える機会が得られます。

こうやって宣伝しているのは、もりしーさんのためでも栗本さんのためでもないんですね。このおっさんたちは私にはどうでもいい。このおっさんたちは、私がいなくても別に野垂れ死にしません。勝手に自分のするべき仕事をして世の中に受け入れられていくでしょうから。

私にとって大事なのは、子どもたちなのです。
そういう意味で私は南雲さんと同じように子ども原理主義です。
そしてその子どもたちのためにこそ、このおっさんたちと仕事をしているのですよ。そういう順番です。

はっきり言ってしまうと

感覚統合を否定はしません。大事な視点だと思いますが

「治す」という点にかけては

花風社は感覚統合を超えたのです、実は。
他害(等の問題行動)が空間認知、感覚過敏由来、であるのは間違いない。
そしてその根底に内臓の不全感がないか。そしてそれは治せるものなのではないか。

そういう段階に、花風社はいるのです。


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ダジャレの神様

2015-12-21 10:00:07 | 日記




昨日は画伯と忘年ランチでした。
っていうか豚描きにフィリピン行って帰国してから初めて会って。
お土産(ココナツオイル)とお土産話など。
私から渡したのは猫本と猫ハガキ。画伯初対面です。

食いしん坊同士だからすぐに食べ物の話に。
フィリピンは食材が豊富で、味付けは甘め。日本食はまったく恋しくならなかったけど、スパイスみたいなものが食べたくなったとのこと。
それで昨日はミールス(南インドの定食みたいなのでベジタリアン)を食べに行きました。

おかわり自由な店なのですが、画伯のまず一皿目の食べっぷりを見て、よほどスパイスに飢えていたんだと思いました。普段から食い意地張っている人ですが(おまゆう)、いつにも増してすごい勢いで食べる食べる。あっけにとられて見てました。何しろダジャレも言わずに食事に専念しているのです。おかわりして、やっとダジャレを言う余裕が出てきた感じ。それからはいつものように無駄なおしゃべりを楽しみました。ノンフライヤーの使い心地とか、栗本さんの○○の話とか。

そして画伯から初めて聞いた話。
もともと画伯はダジャレは言わなかったんだそうです。
でも仕事でダジャレおやじキャラを作ることになり、一生懸命ダジャレを考えているうちに、資質が開花してしまったそうです。
運命の分岐点となった作品を見せてもらいました。
貼っときますね。
この作品の制作でダジャレの神様が降りてきたらしい。
この漫画シリーズは、画伯のブログに行くと載ってるよ。

食後カフェに移動しておしゃべりの続き。
最近の読書の話。
私がずーっと読むのにはまっている西尾幹二先生の「GHQ焚書図書開封」シリーズ。今はシリーズ5作目を読んでいて、満州の話題。それを読んでいると今まで持っていた「傀儡国家」のイメージが崩れてくるから(だからGHQは焚書にした)他の満州関連本もう一度読み直したいなとかそういう話。本って、こうやって読み返せるのがいいよね。
画伯に私が紹介した「天皇と原爆」(西尾幹二著)。最近電子書籍になったから買ったの(とiPhoneを見せる)。なんと画伯はこの本の書評をブログに書いて、西尾先生ご自身のブログにリンクしてもらったという貴重な体験を。「浅見さんの勧める本って本当に間違いがないんだよね。なのに栗本さんは浅見さんが読めっていった本全然読まないね」「そうなのよ。でもね、南雲さんが発見したの。講演の時三人で事前に回してた資料、当日栗本さんが南雲さんと同じくらい大きく打ち出して持ってたんだって。もしかしたら栗本さんも読むの大変なのかもしれない」

どうしても栗本さんの悪口に会話が収れんされていく。
いかんいかん。
ということで、栗本さんの実績も語らないとね。花風社クラスタがどんどんよくなっている話。

「本当に皆さんよくなっててね、私、この年末どうしてこんな晴れ晴れとした気分なんだろうと自分で不思議に思ってたんだけど、今年もみんなよく治ったねえ。そういう話がいっぱいあるからなんか気分が晴れやかなんだよね」
「いいことだよね~」

みたいな話をして別れ、帰途へ。
帰ってきたら地元は、スパニッシュスピーキングな感じになっていました。
電車の中でチャント歌ってた集団が駅を整列して通過するとき動画撮ってる人いっぱいいたから、有名なサポーター軍団なのかもしれません。
普段年賀状売ってるところに通訳ガイドみたいな人たちが。
花風社の饗宴に使うお店のあたりは大騒ぎでした。

そういえば画伯が一回うちにノンフライヤー見に来るっていってたな。揚げ物パーティ。仲間外れにするとかわいそうだから栗本さんも入れてあげよう。

なんて思ってたら千葉で講演していた栗本さん。
猫本完売とのこと。

えらいえらい!
(ととってつけたようにほめる)
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頭でっかちを頭から否定する前に

2015-12-19 10:17:16 | 日記



先日の棒人間会議のときに、栗本さんの日本語が拙い(again!)ので注意しておかないといけないなと思うことがありました。
それは「知識がない方がいい」と受け取られかねない言い方をしてしまうところ。
「子育ては頭でっかちではうまくいかない」けど、それは「知識を仕入れてはだめ」ではありません。「知識を生かす○○を抑制してしまっている支援が多い」というのが実態であり、知識はあった方がいいに決まっているのです。

こよりさんはたしかに、○○が賢くそれをフルに発揮されて子育てしてこられた方ですが
一方でとても本が好き。猫本の中にも書いてありますが「図書室の端から端まで」本を読んだことが人としてのベースにあります。
花風社の本は全部読んでおられると思いますし(毎回ご注文くださるので)、障害の有無に関係なく子育ての本も相当読んでおられます。本が好きで好きで、書店員だった時期もあるのです。
だから「頭でっかちではない」ということは「本を読まない。知識を仕入れない」ということではないのです。栗本さんは自分が本を読むのが苦手だから、おそらくこの層が把握できていないかも。でもね、本が好きで好きでそれでいて○○が賢いのがこよりさんと私の共通点だし、栗本さんはコンディショニングを通じてそれに気づいているはずなんです。でも言い方が下手。あたかも知識を仕入れないほうがいいように受け取られかねない発言をしないよう、ここで釘を刺しておきますね。

花風社の読者層は、当たり前ですが本を読む人たちです。その人たちが猫本を読み「自分はこよりさんに比べて頭でっかちだ」と反省するとき、知識を貪欲に取り入れる自分を否定しないでください。私が若いころはまだ、女性に学歴をつけるなんて無駄じゃないかと言う人も世間にはいました(今でもいるかもしれません)。でも私は大卒女性三代目です。祖母は「あさが来た」のヒロインが創設した大学の出身だし母も大学を出ています。ただし、主婦として過ごしてきました。

結局は主婦になる人が大学を出るのにどんな意味があるのか、という世間の声に考えさせられた時期もありましたが、学歴はともかく、知識をつける習慣は主婦になろうと母になろうと役立つのです。それは皆さん、否定しないでください。子育てに少々特性のある子を授かったとき、読書の習慣があるかないかは大きく運命を分けます。

それでも、そうやって取り込んだ知識を司るのが○○なのだということ。その方がうまくいくということ。そしてその○○を抑制するような支援には背を向けた方がいいよ、と言っているのであって、「知識がいらない」ということは私は一言も言っていませんのでそのあたりご理解ください。知識はあったほうがいいに決まっているのです。でもそればかりで目の前の現実を観察できない状態を「頭でっかち」と私たちは読んでいます。「エビデンスがあるから」と言って一向に効果の出ない一つのやり方に固執するABABAKAなどはそのグロテスクな見本ではないでしょうか。

私はこの年末、電子書籍で浅田次郎の新選組三部作を読み返しています。「壬生義士伝」「輪違屋糸里」「一刀斉夢録」の三作です。読み返しって、いいもんだと思います。

花風社クラスタの皆さんは、よろしければ「自閉っ子、こういう風にできてます!」と「10年目の自閉っ子、こういう風にできてます!」を読み返してみてください。

きっと別々の時期に読んだと思います。
でも一挙に読むとはっきりと
「発達障害者は発達する」ことがわかると思います。
希望をもって新年を迎えられると思いますよ。

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他害がなくなることで得する人は誰?

2015-12-18 09:18:06 | 日記
他害がなくなることで得する人は、本人も家族もだけど

大局的に言えば、他害する人が減ることは

「サステナブルな福祉」に貢献するのではないかしらね。

先日、読者の方のお子さんの学校の先輩
卒業時期を迎えた人が、やっと生活介護の居場所があったということで
「おめでとう」を言ったけど今一つ喜んでいないのできいてみると

週一回だそうです。

つまり、卒業後、週六日在宅。
煮詰まるよねえ、親子とも。
でも今はそういう人も多いそう。

情弱だとそこで「国は何をやっているんだ」方向に行くけど

施設が足りない状況なら国は申請さえあれば認可と公金を下すのに
やりたい事業者がいないわけでしょ。
その理由の一つに、人手不足がある。
今後人口減→人手不足 になるとますます福祉で働く人が減る。

そういう状況の中で職場に行くと利用者に殴られ、しかも「健常者に人権なし」が大原則のギョーカイでガマンさせられるとなると、本当にそういう場で働く人はいなくなる。

TEACCHが入ったときに、噛まれる支援者が減って助かったという話を聞いたことがある。
でもそれだけじゃなく

今回栗本さんが発見したみたいに「他害の人には身体的な特徴がある」ことに気づき

それを治すことによって他害が収まれば

また噛まれる人ぶたれる人が減るね。

昨日面白い事言ってた人がいるけど、そうなると

「身体アプローチ」VS「問題行動は無視」

の戦いになるんだな、と。

「問題行動は無視」系の人たち(ABABAKAと命名)はあくまで「問題行動は無視」と言い張るかもしれないけど

それは彼らが「支援する」(当事者も保護者も)というより

「問題行動は無視」という信仰を優先させているから。あるいは、ABABAKAとして不動の地位を築くことを優先させていて、本当に困っている人にどんな手を使ってでもなんとかしてあげようという○○(猫クイズ3の答え)に欠けているから。
「これで治らないんだったら一生治らないんじゃね」と慢心しているだけなので

構造化でも犬の曲芸でも収まらなかった人
いやそれにぴんと来ない人は

「他害を起こす身体」を整えてあげて「他害を起こさなくてい身体」にしてあげるといい

という知識が行き渡る時代になるといいね。

そうすると、助かるのは

福祉現場の人かもしれません。
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【一部書店を除き書店発売遅れます】新刊「支援者なくとも、自閉っ子は育つ」(猫本)発刊のお知らせ

2015-12-17 11:17:08 | 日記
お世話になっております、花風社の浅見です。
花風社ではこのたび
「支援者なくとも、自閉っ子は育つ」(1500円+税)を発行することになりました。
著者の「こよりさん」はかつての「賢ママさん」。佐々木正美先生の講演にもたびたび登場した子育て上手のお母さまですが、このたび凸凹特性のご子息二人が就職し、ママ業を引退され「こよりさん」になりました。
「自閉っ子のための道徳入門」で「他人に迷惑をかけない子に育てる その他人には親も含まれます」というこよりさんの実践を読んで感銘を受けた方も多いと思います。

実はこよりさん、決して療育資源に恵まれてきたわけではありません。
第一お身内に四人介護すべきご高齢者がいらして、嫁いで28年間、介護しっぱなしでした。
ご自身も二ケタに上る持病を抱え、ご主人が失業した時期もあり、アスペルガーの当事者でもあり、色々な意味で療育に通う余裕はありませんでした。
けれどもだからこそ、お子さんがうまく育ったのだとこよりさんはおっしゃいます。
支援より大事な○○を大事にできたからよかった。
その○○は皆さんが持っているものです。今一度、ご自分の中にある力に気づくきっかけになる本です。

新刊のご購入お申込みの方は
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をお書きの上、メールにてお申込みください。下記のリンクからもお申し込みできます。書店販売に先駆けて、送料無料で、猫の絵のポストカードと感動的な巻末漫画のポストカードをおまけで同梱いたします。
何冊買っても送料無料なので、花風社の本で気になったものがある方、周囲の方にプレゼントしたい本がある方は、この際お買い求めください。ポストカードも冊数分だけついてきます。
おすすめは

・「まず一番最初に読むべき」との評判、藤家寛子さんが小さい自閉の女の子を主人公にして書いた童話「あの扉のむこうへ」
・「当事者、保護者、支援者にとって、教育支援の指針となる最も大切なところ、その核にズバリ触れられている」という評価をいただいている
「自閉症者の犯罪を防ぐための提言」
・「働く大人に育てる」というこよりさんの実践にも触れた「自閉っ子のための道徳入門」
・こよりさんが「親としての土台」を大事にする方なら、「当事者としての土台」を大事にしている南雲明彦さんの「治ってますか? 発達障害」
・「浅見がなぜ修行系になったか」がわかる「自閉っ子と未来への希望」

などです。
その他気になっているもの、周囲の人にプレゼントしたい本などがある方は、かわいいポストカードがついてくるこの機会をご利用ください。ギフトにもぴったりです。

下記HPからお申込みにもなれます。

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今後とも花風社の本をよろしくお願いいたします。

(株)花風社
代表取締役 浅見淳子

*書店販売は12月17日21日あたりを予定しております。(一部書店、ジュンク堂さん等では17日より発売しています。変更の可能性もあります。ネット書店も発売日にばらつきがあります)
*直販は23日お申込み分まで年内発送いたします。
*このお知らせは1月5日までトップに貼っておきます。日々の更新はこの下をご覧ください。
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