治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

とっとと仕事しないと

2012-04-30 11:21:45 | 日記
昨日は朝早起きしました。
だけどメールチェックして、返事してたりしている間に出遅れてしまい
ほぼ満員になった国技館へ。稽古総見です。
来る人増えたなあ。
相撲人気の低迷、底を打ったかもしれません。いいことだ。

いや、画伯も誘ったんですけどね
GWだというのに締め切りがあるそうで。
あらあら可哀想。
人使いの荒い版元があるんですね、どこかに。

稽古総見を終えたら、外では「両国にぎわい祭り」をやっていましたので
ちゃんこを食べたりフリーマーケットをのぞいたり。
お天気がよくて暑かったので
画伯に悪いなあと思いながら琥珀色の泡の出る飲み物も飲みましたよ。

ひよの山の「お練り」があって
後ろをついていきました。
貴重なひよの山うしろ姿です!



それからふれ太鼓の実演を見て

ひよの山ハンドタオルを買いました。



友だち(稀勢の里母仲間)はもう少しいると言っていましたが
私はなんだかんだ仕事があるので帰宅しました。

「本場所始まるね!」っていう今が一番楽しい時期です。
これで本場所が始まったら、また苦しみの十五日間・・・。

さて帰ってきて、ゲラやりながら

ふと思いついて、以前書いた記事「自閉っ子のためのSAFE SEX」をついーとしたら
たくさんのアクセスをいただきましたけど
実はこれを改めて読んで自分で自分に突っ込みました。
「仕事が遅いよ」

これ2009年の記事でしょ。
その前から「自閉っ子の性」について興味持ってたからこそこの講演に出かけたわけでしょ。
それを2012年になって始めて、本の中で性のことにふれるんですから。遅いよ、仕事。

これからは激動期ですからね
こういう興味持ったことはどんどん発信していったほうがいいかもしれませんね。
そうしたらあとは、皆さんが議論してくださるでしょ。

そのほかにも昨日は読者の方から
「花風社の本は現実的、あさみさんが現実を見据えているから」という意味のついーとをいただきましたが
現場にいる方々のほうが、ずっと現実を見ていらっしゃると思いますよ。

だけど何かに遠慮して発言しないでいることがたくさんあるのかも。

その「何か」をずっと考え続けてきたんだけど
最近わかってきたような気がします。

これも早く発表しちゃったほうがいいですね、きっと。
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打たれ強さ

2012-04-28 07:57:10 | 日記
先日、こういう時代にもかかわらず
超一流企業にゼミ生がたくさん就職していくという教授と話をした。
そういう学生に共通するものは何かというと
「打たれ強さ」ということだった。

日本経済は、私が思っているよりダメになる速度が遅いかもしれない。
その話を聞いて思った。
外国人の雇用を増やすっていうのも、これからのグローバル化を考えると機を見るに敏である。
これからの厳しい情勢を生き抜くために
そして職場でのうつなどが増えているからこそ
打たれ強い人間を採用するって、理に適っているではないか。

そして思った。
自閉圏の人も、実はすごく打たれ強くなれるんだよね。
実際
定型発達の人間よりなれるかもしれない。
ただし、認知を訂正すれば。

そして、その認知を訂正できる人があんまりいない。
なぜ?
本気の大人が少ないからだ。

「自閉っ子のための道徳入門」では
世の中への恨み言を見事に解消していったケースを取り上げるけれども
そのお子さんは「本気の大人がいたからよかった」「あきらめられなかったからよかった」と言っているそうだ。こうやって、小学生からのつらい時期を脱した経験は
彼をそこらへんの定型発達者より、打たれ強い人間に育てるだろう。

そんなこと考えていたら、ちゅん平から原稿が来た。
そろそろこれで締めたいという。
実はここにあまり書いていないことも、ちゅん平が就職して一年の間にはあった。
でも打たれ強かったよ。
どうして打たれ強さを養ったか。
それがわかる締めの一章でした。

「そらパパさんのブログは残しておけばいい。みんなで考えればいい」と10歳になった大地君は言った。
8歳のとき「生まれてこなければよかった」と思った子が。
これも、色々経験したからこそ養われた打たれ強さでしょう。

こういう自閉っ子たちがいるにもかかわらず

どんどん一流企業に就職が決まるゼミの学生たちと違い
発達障害者全般の就職は、むしろ一時の特例子会社ラッシュの勢いがないようだ。

使い始めて、「使いにくい」って気づかれちゃったみたいですよね。
「社会が理解してくれれば」って皆さん言うけれど
「あ、使いにくいわね」っていうのも理解なので
別に理解が進めばいいってわけじゃないと思いますよ。

むしろ理解を進めるのなら
「認知のゆがみが治れば意外と打たれ強いわよ」のほうが適切じゃないかしら。

だからこそさあ

「二次障害になりやすいから傷つけないように」と訴える人々より
「この人たち打たれ強いですよ」って言う私の方が
世の中との共存に近いんだと思うんだけど。

でも一部の保護者と当事者にこういう言説は受けが悪くて

ときどきリアルで私を知っている人が、私を嫌っている人に実際会ったときの印象とかを説明しているのにも出くわすけど
そしてそれ自体はありがたいんですけどね、お気持ちとして。

いや、でも私はリアルでもオンラインでも、別に主張変えないし。
私の言説がキライな理由いかんによっては
リアルで私に会っても別に好きにならないと思います。

どうしてこういうことを言うかというとね

それが自分の役目だと思っているからですよ。

ギョーカイメジャーが「打たれ弱さ」を強調し、社会の理解を求めているとき

「いやあ、取り組み方によってはこの人たち打たれ強いよ」って社会側に伝えることと
「打たれ強い人を企業は好むみたいですよ」と当事者側に伝えることがね。

だってそのほうが、共存実現に近くないか?
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今度もかわいいよ!

2012-04-27 08:52:05 | 日記
ここまでできました!
もうすぐ!

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中居君より君たち

2012-04-26 10:05:00 | 日記
昨日ある人と話をしていたこと。
発達障害者への偏見についてね。

私は正直言って
最初に会ったのがニキさんだったからよかったと思う。
最初に会ったのがYTだったら、自閉症者には近づかなかったと思う。

自閉症者とはかかわりたくない、と思って終わってたと思う。

自閉症に関するドラマとかが始まると
「ちゃんとした専門家の監修はついているのだろうか」とか「実像が伝わるだろうか」とか色々心配なさる青い東京タワー派(啓蒙すればなんとかなると思っている人たちをこう名づけました)の啓蟄がありますが

はっきり言ってお話の中で、どのように自閉症が描かれようと、一般人にはインパクトありません。
自閉症者の印象を左右するのは、青い東京タワー派のお子様方を含む、巷の自閉っ子です。
そして、その身近にいる人々です。

相変わらずこのブログにも「他害」という検索ワードでたどりつく人多いけど

それだけ悩んでいる人が多いんだと思うけど

他害があった場合、「障害があるから」と本人にも周囲にも治す気がなければ
「そういうことを起こす障害なんだ。近づくのやめよう」と思いますわね。

「自閉っ子のための道徳入門」の第五部が画期的なのはね
他害が治っていくとき、本人に何が起きているかを教えてもらっているところ。

「どうやって治すか」の行動分析的な記事はよく見るけど
イマイチぴんとこないのね。少なくとも私の認知特性だと。
それでどう治るのか。セオリーだけ見ていても、ぴんとこない。
(でもまあ、現実に見ている人によると、やはり行動分析もできる人は属人的な職人技で治しているそうですが。)

私はこの第五部で
「家族が施設に預けざるをえなかったくらいの行動障害が治っていくとき、その人に何が起きているか」を主観的に教えてもらって
初めて腑に落ちたんですよ。
他害の治り方。

お楽しみに。

治ったほうが良いよね。

本人のためにも、社会のためにも。
自閉症者の印象を左右するのは、テレビの中の中居君じゃありません。
巷の自閉っ子です。

画伯が私のピラニアに色をつけてくれました。


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現実派ユビキタス

2012-04-25 11:02:26 | 日記
いつも思うんだけど
ネット上はありのまま系、ギョーカイメジャー崇拝、差別萌えが多いけど
「私が」リアルで会う方々は修行系が多いよね。
まあわざわざ声をかけてくださるわけですから。

修行系ユビキタス、っていうのが実感ですが
現実派ユビキタスになればいいなあと思った。

現実派の間を昨今行き交う情報。

支援校バブル、いつかはじけます。
就労就労って猫も杓子も支援校になびいても
いい勤め口は限られてます。
「障害者雇用の鑑」みたいにもてはやされているいい勤め口は
誰かがやめたら欠員補充、というのが現実。
狭き門です。

思い出したなあ。
障害者雇用で有名な会社の人事の人が講演したときに
「もう今が限界です。これ以上は雇えません」って言ってたこと。

特例子会社がありますよ、っていうフレーズにつられて
知的障害のない子も支援校になびくけど
いつまで続くかわからないそうです。
そしてここも、じょじょに新規雇用から欠員補充になっていく。

発達障害者の「使いにくさ」に気づき
他の障害を優先させる特例子会社も増えてるなんていう話も入ってきます。
わからなくないんですけどね。
発達障害の知識が広がれば広がるほど、「つきあいにくさ」も知られていくわけですし。
あ、修行抜きの場合のね。

まあそんなこんなで、
「意外と支援校メリットなさそう」と
現実に目覚めた知的障害がない子が普通高校への進学を選ぶとブーイング。
誰が?
ギョーカイメジャーだそうです。

へんなの。
アインシュタインもエジソンも、っていうお決まりのキャッチコピーはどうしたんだろう?
そういう道を開いてあげたいのなら
大学進学の可能性を残しておいてもいいじゃないですか。

支援校バブルを煽ってるのはギョーカイなの?

わからん。

まあともかく、社会(みんな)の中でやっていける子に育つことが一番のリスクヘッジですわね。


私が描いた「ひよの山オクトパス」に画伯が色を塗ってくれました(ノーギャラ)。
気に入ったのでFBのアイコンをこれにしたよ。


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ギョーカイの友だち原理主義

2012-04-24 07:51:15 | 日記
昨日夜9時過ぎは読書していたよ。
そうだ、番付発表のニュースやるかも、と思ってNEWS9つけた。
ついったーの流れからいって、私がテレビつけるちょっと前に埼玉の特別支援学校の虐待についてやってたらしい。FBでもすぐにこの話題が出てた。

ここまで証拠挙がってるのならね、きっちり刑事告訴したらいいですね。
再犯防止っていうのなら、それが一番ですよ。

こういうことがあると、ギョーカイ「けしからん!」と言葉上では萌えるんだけど
いつも言葉上で萌えて終わるのね。
刑事責任取らせないでしょ。別に。
それが不思議で仕方ないですね。
「死んだふり」に見えるんですね。あるいは「友だち原理主義」。
法的措置を採るのは、権利ですよ。

でもまあ、これほど及び腰で
話し合いで解決(笑)みたいなことしかできないから、
藤居の件でもきゃあきゃあ騒いだ人がいたんだと思いますけど
法的措置が何か悪いもの、ってとらえる事なかれ主義は
結局は障害のある子の権利も守れないことにつながります。

この虐待のニュースは見逃したけど、番付発表のニュースは見ました。
新大関鶴竜をタコにしてみました。

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番付発表の日に目次発表

2012-04-23 07:58:00 | 日記
さてさて、今朝は五月場所の番付発表です。
というわけで「自閉っ子のための道徳入門」の目次を発表します。
今の段階ですが。
それとごくごく一部を省略していますが。
ご参考までに。

=====

自閉っ子のための道徳入門 目次

第一部 「世の中への恨み」をどう解きほぐしていったか。

 積極奇異の性質は、困りものだけど財産です!
 トラブル続きだった子が、人を好きになるまでの日々
  
  「このままではいけない」
  「叱ってはいけない」というアドバイス
  「ありのままでいい」という方針が二次障害を育んでいく
  「普通の世界」から孤立していく
  「自分は悪くない」という誤学習
  「世の中は敵だ」という考えを改めたい
  親と支援者は求める水準が違う
  医療には出会ったけれど
  やっぱり「けじめ」を教えなければと目覚めた
  「人っていいもんだ」とわかりはじめた
  本気で向き合う大人が必要
  目標を持った中学生活
  恩に着せるのも支援
  ネタバレも支援
  失敗は致命的ではない
  支援者よ、「社会人」であれ。
  反省能力という財産
  本物のセルフエスティームを育てる
  子どもに道徳を教えるには、大人に「社会人」の自覚が必要
  未来へ
  告知で前進
  
第二部 性の話 被害者にも加害者にもならないために 
 性の問題について教えてください
 安定した成人生活のため、前向きに取り組まなければいけないこと
 
  ルールを教えることの大切さ
  ささいなことが「犯罪扱い」につながる
  「結婚できるんですか」vs「寝た子を起こすな」
  性は恥ずかしいことではない
  夢精・生理は前もって教える
  正しい自慰を教える
  していい場所といけない場所を教える
  障害者同士のセックス
  障害者同士の結婚
  不必要な接触には「ノー」を教える。
  加害者にしない教育
  「共生社会」実現のために必要なこと
  加害者にも被害者にも障害があることもある
  学校の中での加害被害予防
  性の問題から逃げないで、次の学びにつなげよう
  
第三部 「他人に迷惑をかけない子」に育てる

 自分にとってはかわいい我が子だからこそ、世の中で嫌われる人になってほしくない
 
  大家族は、すでに社会
  老人介護を乗り切れた理由
  世の中のルールはこう教えた→知的障害のない子の場合
  世の中のルールはこう教えた→知的障害のある子の場合
  修正が効かない子たちだからこそ
  だからこそ、最初から教える
  偏食との取り組み
  言語体力
  自傷を止める
  とにかくストレス解消!
  お友だちと一緒に遊べるようになるまで
  大事なのは「観察」
  「ありのまま」の意味を取り違えてはいけない
  とにかく最初から教える
  小さいころからしつけた理由
  「他人に迷惑をかけない子」の「他人」には母も含まれます!
  世界を広げていく(母のためにも)
  制度や施設も大事だけれど
  重度の人って本当に「何もわかっていない」のか?
  恩に着せるのは支援です
  最初から「社会でやっていける子」が目標だった
  障害告知
  今は子どもにラクをさせてもらっています
  親子で歩いた田んぼのあぜ道
  自閉症の孫がほしい
  
第四部 重度の知的障害がある子に
きちんと「社会のルール」を教える。

 重度の障害があるとされる我が子に
 親が遺してあげられる最大の財産とは?
  
  知的障害が重くても、使える能力はある
  小学校時代
  自他の区別を教える
  「引かない」方針
  「社会が理解している」の本当の意味
  神田橋先生の治療との共通点
  身体からのコミュニケーション
  道徳は、説教では身につかない
  本人が幸せになる空間作り
  一人で過ごす時間を楽しめるようになると親が自由になる

第五部 他害行為がなくなっていくとき、何が起きているか?

 問題行動を治すのは、ご本人たちのためです。

  家族すら遠ざけてしまう問題行動の人たちと接して
  強度行動障害が治っていくとき何が起きている?
  なぜ行動障害が改善されていくのか
  支援者に大事なもの
  医療との連携
  過敏性には意味がある
  言葉のレベルでは難しい治療
  「納得させる」は「叱る」より有効
  「特別支援教育」の究極の目的
  社会(みんな)の中で生きられる子

=====

番付発表では
高安関が前頭筆頭になりました。
関取になる前から応援しているお相撲さんが筆頭。
しみじみです。

高安関は丸くて黒いんですよ。おめめもお鼻も身体も。
おさかなにしてみました。

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違和感のもと

2012-04-22 07:48:35 | 日記
昨日の米欄で「違和感を大切に」みたいなこと書きましたけど
私は次のようなことに違和感を感じてきたんですよね。

まず根本にあるのはこれ。

○二次障害回避原理主義
 二次障害を回避することが人生の目的→挑戦のない人生を子どもに用意している

これが一番の違和感。ここから色々派生するんですが、以下は場面別違和感。

学校場面

○他害を加える子を「障害があるから」と教育しない→やられる子にガマンさせる
○その子なりに学力を伸ばすということに不熱心
○「ニートにしない」等を目標に始まった支援教育のはずなのに実際には「よりわけ」になってしまっている
○知的障害がなくても障害者枠で生きる道しか用意しない(途中での成長→変人枠で生きる、が想定されていない)
○子どもが学校で学ぶ権利さえ担保しない(不登校の事実上の容認・放置)

就労場面

○支援があればできる→コスト無視
○「アインシュタインもエジソンも」と言いながら実際に用意されているのは「大目に見てもらってなんとかお情けで雇ってもらうための方法」ばかり
○就労移行支援と言いながら実際の就労に熱心ではない

触法場面

○被害者への配慮ゼロ
「世間が理解しないからこういうことが起きる」被害者自身が加害を加えたわけではないがそこに思いやることはない。
○「偏見を助長するから」と報道に抑制をかけようとする←一般人の「知る権利」に興味なし
○「障害と犯罪は関係ない」建前を貫き遵法教育に熱心ではない。
○「障害と犯罪は関係ない」と言いながら処罰は差別ととらえる

違ったら教えてね。


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原発とともに去りぬ

2012-04-21 08:46:50 | 日記
昨日、あやみさんの
「知的障害がない発達障害の子どもに、普通高校進学という進路が閉ざされてしまう特別支援教育って何なんだろう?」というつぶやきを読んで、ああそういえばと思い出したことがありました。
これ、地方によるんですけどね。支援級から普通校に行けるかどうか。
北海道なんかもリギッドみたいですよね、制度。
白くま母さんは早くから問題意識持っているようです。


「知的障害がないけど支援学校」の流行を
釧路高専の松崎先生は「支援校バブル」と称していらっしゃいましたが

根っこにあるのは「二次障害回避原理主義」だと私には見えます。
二次障害回避原理主義からの縮小再生産。
その結果、重度の子たちの居場所を奪っている。

だけどさあ
原発がなくなってもやってけるかね? その考えで。

製造業が海外移転するでしょ。

以前からアメリカの保護者の間では
「製造業がない」っていうことが悩みになっていましたけど
これから日本もそうなるでしょ。

保護者が考えないといけないですよ、これ。

今日はこれからお出かけしますのでね。
たんたんたんと貼っておきます。自分のついーと。

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5

6

7

今、この本読んでます。

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偏屈なラーメン屋と環境調整オタク

2012-04-20 09:50:45 | 日記
「自閉っ子のための道徳入門」を作った上での自分なりの収穫はなんといっても
「問題行動になぜ感覚運動アプローチが有効なのか」が自分の中ではっきりしたことだな。

品川裕香さんの本などを読んでいても
矯正教育の場でも使われているでしょ、身体アプローチ。

私の中でも効果があるだろうなあという実感はあったんだけれども
それを専門家に理論づけていただいた感じです。

「問題行動緩和には環境調整」っていうご高説を拝聴すると
私はいっちゃんが描いたこの絵の心境になります。上手ですよね~。
いっちゃん、使わせていただきました!





いや、環境調整を否定するものではないですよ。
環境調整は自閉症支援の第一歩でしょ。
「自閉っ子のための道徳入門」でも、「ばりっばりの環境調整がいかに有効か」について触れていますよ。

でもね、人口に膾炙しないでしょ。いまいち。

教育現場どころか、事業所でも抵抗勢力があったり。
いや、その抵抗勢力と闘うのも大事ですが(今度のうちの本もそれに寄与すると思うよ)

まじめに支援を考えるんだったら他のもん出してみんかい? と思うわけです。
大事なのは手法への固執じゃないでしょ。
ラクになることでしょ、本人や周囲が。

その点神田橋先生は

1 自分でできて
2 金がかからなくて
3 できたら身体の中に何も入れない

ことをこの本で提言なさったと思いますけど。



実際、この本に多くの保護者が魅かれたのは
「環境調整」以外に何か我が子をラクにできる方法があれば、と思ったからでしょ?

「問題行動には環境調整」としか繰り返さない人を見ると

「中華そば 450円」

の単品メニューで勝負している偏屈なラーメン屋を思い出すんです。

いやあ、こだわりは結構ですけど
もっと他に出すものないんかい? って感じ。
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