治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

栗本さんが天下の嫌われ者になる理由

2018-01-31 10:10:28 | 日記
今年花風社は量産体制です。当社比ですが。何しろ去年は二冊しか本を出さなかったのです。
栗本さんの本は二冊出すと思います。二冊の合間には一冊か二冊別の本が出るでしょう。
栗本さんは今年出す本で、天下の嫌われ者になるでしょう。

なぜなら青いお札に真っ向から喧嘩売っている内容だからです。
青いお札、久しぶりに登場してもらいましょう。



=====

ギョーカイ神社のご本尊は
子どもたちではありません。
「親のせいではありません」と
涙で書いたお札です。

=====

そう、相撲協会じゃない某協会や某ネットワークやなんかの進める「啓発」は一種の宗教です。「社会の理解があれば生きやすくなる」という宗教です。おそらく、障害特性に手も足も出ないことから自分たちではなく社会に仕事をしてもらって自閉っ子の生きやすさを確保しようというお花畑戦略です。でも実は、社会の理解には限界があるし社会が理解しても本人が睡眠不足で感覚過敏で自傷他害激しくて・・・という状態で生きやすくなりっこないのです。してもらえるかどうかわからない社会の理解などを追い求めるより本人ラクにしようよ、というのが花風社の基本的な方針です。それに対し世の啓発の目的はずばり、「親のせいじゃないのです。生まれつきなのです」ですからね。それを訴えたい切なる気持ちはわからないでもないですが、そこで止まっていても自閉っ子たちは生きやすくなりません。だから私は「啓発より発達援助」を進めています。親や支援者に愛着障害があると、「とにかくこのつらさを誰かにわかってもらいたい」気持ちが先に立って、どうしても啓発ばかりに目がいくようになるでしょう。

まあともかく、私は今年、そもそも私にとっての赤本以来の本丸である「感覚過敏は治りますか?」という問いかけから生じた本を出します。
でも栗本さんにとっての本丸は二冊目らしいのです。

なぜなら

栗本さんは箱根の麓で誰にも知られずひっそりと実践をしていた時代から、黄色本以来全国に呼ばれるようになり

どんどん治る子が増えていく一方で、やっても治らない人もいて

その違いはどこにあるか? というおそろしい仮説をまとめてしまったのです。それが二冊目です。
青いお札を涙目で振り回している人にとっては悪魔のようなことを言い出したのです。

いや、一冊目からもう、悪魔(ギョーカイ目線で)かもしれません。

去年の暮れ、「感覚過敏は治りますか?」の講座の締めの言葉として、私はこう言いました。
「感覚過敏が治った人はたくさんいます。でも治した医者はいません」

それに対し栗本さんは「感覚過敏を治す主役は親である」ときっぱりと言い切ったのです。

どうですか? これは嫌われるでしょう。
ギョーカイで。
でも自分で治したい人たちにとっては朗報なはずなんです。

いかがわしいおっさんから恐ろしいおっさんに変遷を遂げようとしている栗本さんに会いたい方は2月12日に福岡に行くといいですよ。

お知らせ貼っておきます。



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南雲明彦さんの本

2018-01-30 08:25:20 | 日記
1月24日にNHK「あさイチ」に南雲明彦さんが登場し、正論を吐いてくれました。
合理的配慮と発達援助のどっちも語ることができるのが南雲さんの希有なところです。
「空気は読む者ではなく作るもの」。うちの本「治ってますか? 発達障害」でもいったとおりのことを生出演でやるその度胸にすごくびっくり&関心しました。
みるさんは「となりのおっさんいらないね」って言ってましたが、私も同意見。
南雲さんは合理的配慮と発達援助の双方を網羅してくれたと思います。ギョーカイの紋切り型トークはいらないわ。というか、ギョーカイの紋切り型トークをありがたがっている皆さん、そういう段階もあるけどそこ抜けないと発達しないよ、と十数年見てきて考えることを率直に申し上げときますね。

というわけで今割と一般書店で南雲さんの本が積まれているところが多くなっています。
お近くの書店をのぞいてみてください。どっちかというと、ネット書店の方が反応が遅い。そしてもちろん花風社に直接お申し込みいただければすぐに発送します。
よかったらこの機会に読んでみてください。

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養護学校の優等生

2018-01-29 10:52:15 | 日記
土曜日、ジムから帰るとき受付の人に「お米二キロ今日お渡しできますけどどうします?」ときかれました。一人箱根駅伝のご褒美です。私は「今日はいいです」と言いました。これからいっぱい買い物して帰る予定だったから、重いだろうと思ったのです。

そして大型スーパーに行きました。そうしたら、なんと入場制限がかかっていました。わかりますか? 入場制限です。巨大なスーパーなのに、中が人大杉のようです。しばらくしたら入れましたけど、商品はいっぱいありました。週末の共働き家庭買い出し部隊も多く、山ほどカートに積み上げる家族連れもたくさん。でも店員さんたちが次から次へと商品を出してくるので商品に不足はありません。不足しているのはマンパワーでした。レジが全部開けきれないのです。つまり、人手不足。

相場をきちんと見ている人によると、このへんの小売りや飲食店の人手不足は甚だしく、時給もどんどん上がっているそうです。こういう状況の中で「発達障害があるから仕事ができない」なんていう考え方は本当におかしいのではないかと思わされます。



そして、どや顔で都会人ぶるつもりはないので中立的に受け止めてほしいのですけれど、福祉が貴重な産業であるがゆえにめんどり確保に汲々とする生態系システムができあがってしまっている過疎地の皆さん、支援をする方も受ける方も、人口密集地の現状を知ってください。人が本当に不足しているのです。そしてこれから人口減に向かう以上、これが一時的な現象だとは思いませんね。福祉がめんどりにせず働きたい人は働かせてあげたほうが、日本経済が回ると思うのですけど。

小売業にいる方によると、支援校から実習を経て入ってきた人なども、学校の先生には「レジはできません」と言われていても数ヶ月たつと立派にレジをこなしている。資格試験にも挑戦の意欲が出てきている。仕事していてわからないことがあればきけばいい。そうしたら教えてくれる。頑張る人は応援する。それが実社会。支援の世界よりずっと生きがいがあるという人が多くても不思議ではないはずです。「頑張る人を応援する大人に出会うためだけでも社会に出ることは意味がある」とおっしゃってました。本当にその通りです。

そのお話を聞いて私が思い出したこと。知的障害の人、しかも重い人をたくさん雇用している社長さんが言ってたこと。「養護学校の優等生はいらない」。どういうことかというと、学校の先生が一押しの生徒とその社長がほしい人材は違うそうです。だから一押しの生徒ではなく横でぴょんぴょんはねている子を雇ったりしてきたそうです。学校の先生はぴょんぴょんはねてる子なんか働けないと思っているのです。でも社長には可能性がわかるのです。そして数ヶ月たつとぴしっと仕事をしてはねなくなるそうです。

学校の先生と経営者は目の付け所が違うのでしょう。そして福祉事業体と福祉外の社会人も違うでしょう。一般社会人はあまちゃん県から鹿児島だの横浜だの一人で行ける人を、「重い障害で生活に介助を必要とする。自分で判断する能力がない」とは判断しないものですから。
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「司法と特別支援教育」が出会った一冊が出ました!

2018-01-28 12:39:51 | 日記


お世話になっております。花風社の浅見です。
花風社は平成三十年、2018年新春、画期的な本を出しました。
元刑事として浅見が被害を受けた事件を担当し、送検し、結果として花風社の路線の変革に決定的な影響を与えた人が(事件詳細につきましては『自閉症者の犯罪を防ぐための提言』をごらんください)
いつのまにか警視庁をやめ、民間人として特別支援教育の世界に携わっていました。
「自閉っ子が資質を開花するためには自由が必要だ」
「でも自由を享受するためには社会の最低限のルールを知っておくことが必要だ」
「おまわりさんにつかまらないことは決定的に重要」
「被害も加害も避けるための遵法教育が必要」

とかねてから思っていた浅見は、うってつけの著者を得たと感謝し、本を作りました。
それがこの『元刑事が見た発達障害 真剣に共存を考える』です。

・何をすればおまわりさんは動くか
・どうすれば犯罪被害を防げるか
・体罰について
・セクハラについて

など、普段生活していく上で役立つ知識が実践的にわかる本になりました。そしてもちろん、遵法教育についても提言しています。
今の生活にすぐに役に立つと同時に、将来にわたってのビジョンも得られる一冊です。

花風社の直販からお買い求めの方には浅見からの新しい書き下ろし「自閉っ子通信」をおつけいたします。
これまでの「自閉っ子通信」等と同じように、支援者や周囲の人に要望を伝える際に役立つレターになる予定です。
どうぞお楽しみにお待ちください。
同時に何冊お申込みでも冊数分おつけいたしますので
以前からほしかった本があるという方、どうぞこの機会にお申込みください。


元刑事が見た発達障害 真剣に共存を考える
詳細・お申し込みはこちらへ。




前書きもここから読めます。



また、花風社の路線の変革を起こした「あの事件」について改めて知っておきたい、と言う方はこちらをどうぞお読みください。やはり「共存」を真剣に考えた浅見書き下ろしです。







花風社 浅見淳子

追記

*アマゾンで購入ご希望の方、こちらにお願いいたします。

すでにアマゾンの方にもご注文いただいているようですね。障害児教育で銅メダルもらってました。



どうぞよろしくお願いいたします。



*このお知らせはしばらくトップに貼っておきます。日々の更新はこの下をご覧ください。
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なぜ支援者は当事者の身体面に興味がなかったのか?

2018-01-26 11:07:11 | 日記
赤本『自閉っ子、こういう風にできてます!』を出そうと思ったそもそもの理由は、私が自閉っ子の皆さんと仕事をするうちに、「この人たちって身体障害じゃない?」と思ったこと、そして「ここさえよくなれば相当生きやすくなるんじゃないか」と思って、まずはこのへんてこな身体感覚を知らせようと思ったことです。ていうか百万回くらいしゃべったり書いたりしてますけどこれ。

先日も「長期的な就労には身体の問題を解決しておくのが不可欠なのになぜこの分野の先行研究が少ないのか」という当事者の声を某所で見ましたが、ニキさんも当時「ほんと、専門家はこれに興味ない」って言ってました。

さて風邪明けの昨日。

私は新刊発売までは倒れてはいけなくて、そのあとは倒れようと思っていたら週末には実は上越新幹線に乗って雪見酒する用事がありました、ので22日までは倒れられないことになり、じゃあ寝込んでいいかというと今週末またひみつの面白い会議があるのであまり長く寝込めない、ということで24日微熱が出たのでチャンス! と思ってさっさと治してしまったわけです。これは私にとってはわりと普通の治し方なんだけど自閉っ子は風邪引くと一週間くらい長引いて不便そうだ、とかそういうところから身体の問題を考えるようになったわけです。今思うと私のやりかたもあんまり普通じゃないんだろうな、と思うんだけど、社会人は風邪なんかさっさと治さないとやってられないでしょう。

でも私も年をとりました。赤本が出て13年たった。だから25日はまだ平常運転する気はなくまったりとしたペースででも一応仕事はしてました。感覚過敏方面ね。そしてニキさんの言葉を思い出したりしてました。その合間にみるさんのブログ読んだらあまちゃん県のギョーカイがみるさんにしつこく営業かけているのは実験も兼ねているとわかり、というかおそらく支援者たちも研究という名の下に営業やらされているんだとわかり、まったく困ったもんだと思ったりしてました。あまちゃん県の基幹病院は売り上げ追求しているので。だからみるさんが小声で話している通り「退院したいのにさせてもらえない」人もいるらしい。そして治さない。だから客が逃げる。そうすると「治療を中途でやめた人の研究」とかの名目のもとにあっちから押しかけてくる。そして人権侵害の数々を行う。つまり当事者を卵を産むめんどりでありモルモットであると見なしているようだ。本当に困ったもんです。医者なら治せんといかんわな。

そして四時頃、やっぱり汗かきたいかも、って思いました。

でも十キロはやめとこう。昨日の今日だもの。そうだ、三キロくらい走ろう。

そして三キロ走っているうちに、「いや、五キロいけるかも」と思って五キロでかえってきました。十キロ走らなかったもんだからかくりうが負けるとこ見逃した。まあいいや。帰ってきておいしもん食べてノンアルコールで。

そして走っているうちにわかったのね。いや、昨日の仕事と自分の養生とみるさんのブログがケミストリーを起こしてね。なんで十数年前ニキさんが言ったとおり「研究者は身体の問題に興味を持たない」のか。

つまりね、身体の問題語られると、当事者の主観が絶対的な出発点になる。「私性別年齢体重と三重苦背負ってるけど100キロは走れると思う」って言って実際やりとげちゃうう人もいれば、「ポテチとみかんとアイスクリームで熱が二時間で下がった」っていう人もいる。そして本人が納得していればそれが正しい。もっと重大な病気なら医者に行くことがあっても風邪程度では行かない。そしてそこには研究者が入る余地がない。「今日は三キロ」と思っても「やはり五キロかな」とスイッチするのは完全に主観の世界だしそれが当たっている。昨日はおちょこ一杯だけど今日は禁酒した方がいいというのも本人しかわからないしそれが当たっている。その「自分たちが介入して数値化してあれこれ命令する余地がない」ことはきっと愛着障害たっぷりの支援者心をくすぐらないんじゃないかしら。彼らは当事者保護者より自分たちの方が正しいと思いたい人たちなのよね。

そう、花風社が愛着障害を語るときには親の愛着障害より支援者の愛着障害をより問題視してますね。そして「愛着障害は親のせいじゃない」って言ってますね。支援者に愛着障害があるからこそ、「まぶしいならサングラスかければいいじゃないの」とかあっさり考えられない。「世間ではそんなこと許されないはず」って思ってしまう現場の先生は愛着障害引きずってますよね。

愛着という言葉だけで自分が責められていると感じる親の皆さんはよほど「本当は自分のせいじゃないか」って思っているのでしょう。でも愛甲さんは違うっていってるよ。神田橋先生も違うっていってるよ。確かめもせずにがーがー騒ぐのはただの「エネルギー戦争」(@元刑事が見た発達障害)だからなまあったかく見るしかないんだけどまあ、同じ口で彼らが海老踊りしていたら「君たちは全然検証する気ないね」と思うしかありませんね。

今日は大事なことを一気にたくさん書けました。
仕事に戻ります。

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ふさわしい表現

2018-01-25 10:07:24 | 日記



昨日ちゅん平さんの就活について書いたあと、ふと思ったこと。
今のギョーカイ事情に鑑み、自立するには支援者の一人や二人なぎ倒さなきゃいけないのかも。

と思ってツイッターにそう書きました。

なぎ倒す?

う~んいまいちぴたりとこない。
他に表現があるはず。

FBには
「一人や二人潰す」って書いた。

これもあんまりしっくりこない。

「なぎ倒す」の方が近い。

たしかに「潰す」面もあるんだけど、支援者の人格を壊す意図はなく、ただ「自分がいなければこの人はダメなはず」という思い込みを捨てて成長した当事者を手放してほしいだけだから。

当事者が成長し、自分を蹴り飛ばして出てった場合、プライドは傷つくかもしれない。
でもその傷ついたプライドもまた、支援者にとっては財産となるはずでしょ。
人としては壊れる必要はなくて
ただ学びを得るだけ。
「発達障害者は発達する」と深く理解するようになるだけ。

のはず。

っていうか昨日は、箱根を走りきった笑笑安心感からか、風邪方面に触れる感じでした。
鼻から口がぼわわんとしている感じ。

三時。微熱がある。仕事を辞めてスーパーに行って、アイスクリームとみかんとポテチを買いました。
ふだんみかんも食べないのあまり。たまに食べたいなと思うけど一袋に入ってる玉が多すぎて買う勇気がない。でも昨日は六玉くらいのパックがあったからそれを買いました。

アイスクリームやみかんはわかるけど、ポテチはわかんない。ポテチっていったら国技館に画伯が持ってきてくれたときくらいしか食べないよ。でもポテチ。なんだろ。塩分がほしかったのかな。

ともかくそれを食べながら相撲を見ていたら、微熱は下がりました。

ここで「アイスクリームとミカンとポテチで風邪を治す!」って提唱! なんていうやり方を花風社はしてないの。だってそれだと「みんなちがって みんないい」じゃないでしょ。
それより「スーパー行って自分でほしいものを買ってみたらどうでしょう」というやり方が本に書いてあるの。ある人はやはり普段はとらないイチゴ牛乳とチートスだったらしい。

「気持ちいいを大切に」という大原則が書いてあって、そこからみんなが自分で応用する。それが花風社のアプローチなの。だから読まずに批判している多くが的外れなのよ。その人たちはエビデンスガーと言いながら読みもしない検証に怠慢な人たちだと読者はわかっているから耳を傾けてもらえないんだよ。

なんだっけ。

ああ、そうそう。
適切な表現ね。

アイスクリームとみかんとポテチを食べて微熱を下げながら相撲を見てて思いついた。

書きますよ。フルセンテンスで書く。

=====
自立するまでには、支援者の一人や二人、土俵から突き落とす必要があるかもしれない。

=====

土俵から突き落とす。
これが一番ぴったりの表現。

突き落とされた支援者はこの世の終わりじゃない。
礼をして去って行けばいいの。
そしてまた明日の取組を待てばいいだけです。

写真は国技館の焼き鳥。東京駅でも売ってるのね。
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福祉と憲法違反

2018-01-24 10:49:01 | 日記




みるさんが騙されて支援学校に送られた経緯を書いたブログ
私がFBにリンクしたところ、私と直接つながっていない人たちの間でもどんどんシェアされていきました。
しかも教育関係者が多かった。
それだけ実は「進路指導ひどいな~」と思っている人が現場にも多いのでしょう。

『発達障害、治るが勝ち!』の中にも、私が支援校に行って校長先生に実態をきいた話が出てきますが、そのときは親に騙されて支援校に送られてくる子たちの話だった。
でも中学の先生もやっていたのですね。



でも「これではいけない」と実は思っている個々の人たちが現場で声を上げられない。っていうか上げない。っていうか上げることを選ばない。
それが私、日本の生産性を下げてると思います。一人あたりではついにイタリアにまで抜かれたとかいう。
もっとみんな勇気だそうよ。自分の保身ばっかり考えないで。

そして現場の人たちの中に、みるさんに直接コメントを送る人もいて
それにみるさんが答えています。

これすごいよね。
いったん支援校に行ったら40になっても50になっても情報を共有する、っていうね。
ほんと、女郎屋みたいね。足ヌケさせないのね。
私は「障害が重い方が年金が多くてトク。だから下手に発達なんかしないでほしい」と真顔で語る親たちを『発達障害、治るが勝ち!』の中で「飢饉の時に娘を売る昔の農民」になぞらえましたが(子どもを換金して恥じないという意味でね)甘言を弄して支援校に送る教師は「きれいなおべべが着られて白いご飯が食べられるよ」と娘を拐かす人買いみたいなもんですな。
そういう「支援ギョーカイの飯の種」という扱いから逃れようとしているみるさんを、みんな応援してあげてください。



先日、逗子でストーカーに殺された方のだんなさんが逗子市を相手に情報漏洩の民事訴訟を起こされて判決が出たニュースが出ましたが
私はあれを見て思い出したことがあります。

皆さんが転職を試みるとする。
そうすると当然、転職希望先の会社は「応募の秘密厳守」ですよね。

そしてきっとその取り締まりをしているハローワークなんかは、絶対に応募の秘密厳守のはず。

それが守られなかったんですね。
ちゅん平さんの場合。

ちゅん平さんはB型でせっせと時給100円で活躍していた。
来ない人、来ても怠けてばかりいる人、がいる中で真面目に業務に励んでいた。
そして「就職したい」というとB型の支援者は「まだ早い」という。

怠けている人も多い中でせっせと作業していたちゅん平さんはそれに納得いかなかった。
だから自分でハローワークに行った。
そうしたらハローワークでひどい扱いを受け、しかもハローワークは即、B型に通報したという。「おたくから逃げようとしているけしからんめんどりがいるわよ」
そうしたらまたB型がヌケヌケと怒ったんだって。
自分たちが守秘義務を守っていない自覚もないんだね。仕方ない。福祉は法を守らないからね。
これ読んで勉強しなさい。





支援者同士の連携がとれないという嘆きも多いけど
いざとなれば
客が逃げそうだという場面になれば
やけに連携とれてるじゃん。
それに応募の秘密って守るべきじゃないの? 何? ハローワークには守秘義務ないの? たとえば誰が失業保険受けてるとかそういうデリケートな情報集まるはずだけどぺらぺらしゃべってしまうわけハローワークって?

みんな連携連携いうけど連携なんて本人を苦しめるだけ、っていう場面も多い。
まあともかく、ちゅん平の場合、こうやって「めんどり逃がさない包囲網」の中でも「たったひとり」ちゅん平の熱意を感じてくれる先生がいて、その人のおかげで実習への道が開けた。
みんなよく読んでね。「30歳からの社会人デビュー」を。
結局ひとりの先生が道を開いてくれたのよ。山ほど邪魔されたあとに。

だからね、使えない支援者山ほどいてもそいつらはかかわらなければいいのよ。たったひとり味方がいればいいのよ。ちゅん平だってたったひとりだったのよ、就労に際して使えた支援者は。

って私は最近みるさんに言いました。
みるさんは先日講座の前「地元のあまちゃん県(仮名)から他に参加者いますか? 地元では花風社講座出るなと言われているんで」というので私はこう教えてあげました。

「いるかどうかは教えません。なぜなら個人情報だから。そして私はなんにも違法なことはやってなくて、うちの講座はいかがわしい場所じゃないの。出てきて恥ずかしい場所じゃないの。だからもしあまちゃん県の支援者が花風社のあることないこと言ってるんだったら教えてね。業務妨害に当たるかもしれないから。

業務妨害については『元刑事が見た発達障害』にも引用してありますがここにも引用しますね。



=====

刑法第233条
虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

=====

そしてなぜ業務妨害が罪に問われるか、については榎本さんがとてもわかりやすく説明してくれているので見てね。これほどわかりやすい説明を私は他のどこでも聞かなかったよ。

そして今後もみるさんが、地元の支援者にあれやこれや指図され一人でで歩くことさえ禁止されるのなら、どういう法的根拠に基づくのかきくといいですね。

同じく引用されていますけど、日本国憲法にはこういう定めがありますよ。

=====

日本国憲法
(法定手続の保障)
第31条  何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

=====

それいゆがちゅん平に言った「親に会うな」。
あまちゃん県のギョーカイがみるさんにしている現在進行形の支援。

憲法違反ですよ。

この福祉の人たちがどうやって一体どういう理屈で日本国憲法を乗り越えているのか知りたいわ。佐賀もあまちゃん県(仮名)も日本にあったはず。

私はいつか遵法教育の本を作りたかったけど、もしかしたら弁護士さんとかより現場の刑事さんで作れてよかったかもしれない。即、役に立つ本になりました。




あ、それと誰も興味ないかもしれないけど、昨日10.10キロ走り、芦ノ湖に到達しました!!!!!(一人箱根駅伝


写真はあまちゃん県(仮名)平泉のうにごはん。東京駅で買いました。おいしかった~。
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ベテランの女性の先生

2018-01-23 08:15:28 | 日記
自閉っ子通信11号「合理的配慮と発達保障」についてどんどん感想をいただいています。
そのうちのひとつ、クローズドな場所に寄せられた感想のひとつに
「社会に出れば合理的配慮などしてもらえないのだから」という理由で合理的配慮に踏み出せない先生には「ベテランの女性教師」が多いというご意見がありました。

ちょうど私は『愛着障害は治りますか?』のあとがきで、愛甲さんがこう書いていらしたのを思い出していました。

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 私は長いこと「従う」人生を歩いてきました。両親から女性は生涯「よい子」でいることが美徳であると叩き込まれたことが影響していたのかもしれません。
 村瀬先生が言われる「時所位」とは時や場所柄や立ち位置を踏まえて柔軟に対応していくことなので、主体性が獲得できていない者に「時所位」を実践することは不可能です。
 私は長いこと主体性のないままに生きてきました。

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 これを読んだとき、「そうなのか~」と思いました。まあ愛甲さんが愛着障害相当治ったあとに私は出会ったわけですし、実は私自身は「従うことが美徳」だと習った覚えはありません。いや、教えられたのかもしれないけど聞いてなかった。愛甲さんはご両親が九州出身でうちの両親は神奈川県出身ですが、そういう影響があったのかもしれないしないのかもしれない。でも母の世代、祖母の世代はどこ出身であれ少なくとも私よりは誰かに従うことにためらいがなかったと思います。

 そして「配慮なんて社会に出たらしてもらえない」と信じているベテランの女性の先生は、ある意味誰かの敷いたルールに従う人生を送ってきて、それこそが生きやすさを担保するものだと信じていて、だからこそ怖がりなのかもしれません。大学行って決められた教職のコースを取り、教員採用試験を受け・・・という道筋を通ってきたわけですし。

その点私は二社の正社員体験を経て独立したわけですが、二社とも募集していないところに履歴書持って行って「私を雇う気はありませんか?」と交渉するところから始めています。それでそこで仕事を覚え、今度は自分で会社を作ったわけです。そして年齢に応じた働き方を自分で調整しています。だから「自分の働きやすい環境は自分で作る」っていうこととか、「仕事上の効率さえ上がるのなら環境については交渉次第である」ことは身についているのです。

でもおそらく、女性のベテランの先生は、女性という縛りと、従順であることが美徳であるという縛りと、コースに乗ることこそが仕事をするということ、という縛りの中で「合理的配慮がある職場」というのが想像しにくくなっていると思われます。「誰かのルールに従う」ことしか知らないと「自分で交渉してルールを作る」ことはわかりにくいかもしれない。

先日の「自発性・やる気は育ちますか?」のコンディショニング講座のあと、愛甲さんから来たメールです。

=====

今回の研修で気づかされることがいっぱいありました。
ありがとうございました。

自発性と2次障害について少し考えてみました。

人間の腎臓や筋肉や骨などの器官が各々ネットワークを作って健康を保持していることをNHKの番組で知ったことから、
整体や気功などの身体アプローチがなぜ有効なのかが実証できる日がそう遠くないことを実感しました。

発達障害は自発的に生きるという方向性を誤ると治せません。
どうしてかというと、発達障害の原因が神経発達の秩序の乱れからきているからです。
人間のからだには数えきれないほどの神経が張り巡らされています。
身体器官がお互い伝達しあいながら健康を保持していることを考えると、発達障害が治るためには、自分で選んで決めていく自発性が必須となります。
自分の身体、そして心は自分だけのものであり、ワクワク感は自分にとっての躍動感だからです。

近年の急激な社会の変化によって、これまで美徳とされていた「素直」・「従順」であることが自らの発達を阻害し、生きづらさを増長する要因ともなるようになりました。
時には社会の流れに抗って自分の発達を自ら方向づけることが大切であり必要です。

2次障害は、アイデンティティの探求(自分はどう生きていけばよいか、自分らしく幸せに生きるにはどうしたらよいかなど)には、つきものの自己治療なので、青年期に誰もが経験する2次障害を回避していては、決しておとなにはなれないことになりますし、発達障害も治らないことになります。
発達障害が治るためには、自分が大好きなことを自発的に一生懸命にやっていくことで、人々に貢献できるおとなになっていくこと、そして周囲も自分も幸せになっていくことが求められます。

=====

素直さや従順さが必ずしも生きやすさをもたらさない時代になった。
ある意味、私が語れる時代になったかも、と思っています。

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強度行動障害の支援に当たってきた人だからこそ

2018-01-22 09:30:55 | 日記




大久保さんから素晴らしい書評をいただきました。

大久保さんの言葉に重みがあるのは、記事にもある通り、大久保さんがかつて(強度行動障害の)エリートが集まった場所で支援者として格闘されてきたからです。

そこには「利用者による支援者への人権侵害」もあったことでしょう。福祉が永続していくためにもここにソリューションが必要であるとはっきり書いたのは「元刑事が見た発達障害」がおそらく日本で初めて?かもしれませんね。

職員たちは必死に研修を積んだ。
でもそれで強度行動障害はなくならなかった。
それがなぜか、大久保さんは元刑事の榎本さんの提言によって理解してくださったようです。

有名支援者によるWHAT とHOWだけの提供。
手に取るようにわかります。
それでは解決しない事例が多すぎるのですよね。
でも鬼手だけ提供する人たちは、「それでなくならないのは、職員の力不足である」と責任転嫁するのです。
自分たちの方法に、もしかしたら限界があることは認めない。

そんな茶番にいつまでも付き合う必要はないです。
当事者の人権も大事だけど職員の人権も大事。
この本がそういうことが当たり前になる新しい時代を築いてくれますように。


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自閉っ子通信 11号 合理的配慮と発達保障

2018-01-21 08:25:55 | 日記
さて、直販の方には新刊と自閉っ子通信11号が届き始めていると思います。
書籍もさることながら、今回の自閉っ子通信は「合理的配慮と発達保障」についての提言になっているので、異論・反論を含む皆さんからのご意見をお待ちしております。
というのは、あれにはロングバージョンがすでにありまして、その中から皆さんが知り合いに配っても差し支えない部分を抜き出しているからです。
いずれロングバージョンは発表の予定です。
それまでに皆さんからご意見をちょうだいすれば反映させることができるかもしれません。
今のところ眠っているロングバージョンには暴言というかギョーカイ批判も入ってます。

新刊は条文もたくさんあり、これまでの花風社の本とまたテイストが違いますが
・警察は何を守っているか
・何をすればおまわりさんはつかまるか

は非常に明快にわかると思います。
そうすると、私たちが守られていることがわかると思います。
と同時に、何を守らなくてはいけないかもわかりやすいと思います。
特別支援教育に携わる人たちには覚えてほしい司法の論理をわかりやすく書いてあります。
どうぞお役立てください。

週末もたくさんご注文いただき、手元から送り出していたのですが、ついになくなりました。
取り寄せますので、今しばらくお待ちください。
Amazonで予約の方は週明けから発送されると思います。

それと、誰も興味ないかもしれませんが、昨日はそんなに調子よくなかったのですが、お相撲を見ながらでしたので11キロ走れました。
芦ノ湖まで残り3~4キロです!(一人箱根駅伝)
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