コロナ前の構想としては、もうそろそろ引退だな、でした。
だってもう、治るようになっちゃったもん、っていう感じ。
今の既刊を地味にでもマーケティングしていけば、気づいた人から読んで治っていく。それくらいのラインナップは作った自覚がありました。
あとは愛甲さんの本を一冊、栗本さんの総仕上げみたいな本を一冊、それと治った自慢を書籍化したい。
あ、あと大久保さんも出しておきたいな、とか思いました。
とにかくブログの内容がすごかったから。
それだけ出し切ったらちょうど還暦くらいかな。
夫の引退の前に引退して地味にマーケティングを続け、どっとこむを見て孫の育ちを楽しむように治った自慢を喜びながら余生を過ごすのもよし。
他の分野の本を出してみるのもよし。
っていうか母もいつ要介護になるかわからないし。
なんて思っていたのですが
2022年の秋、世間ではまだコロナ禍が続き、私は面白いほど巻き込まれず、母は感染にかすりもせず元気でジムに通い、大久保さんの本や治った自慢を出して、次の企画を三つ抱えています。
できた順に出そうかな、みたいな感じ。
この分だと還暦は突破しますね。
コロナ禍でわかったことを箇条書きにしてみると
1 やっぱり医療では限界がある
2 これだけ同調圧力が強いジャパンで花風社よくやっていた
3 私がこれだけ自由に暮らせるのは闘ってきたから
4 治るが勝ち、どころではなく治らないとやばい、時代がやってくる
5 いざというとき支援を受けていない方が人権制限されずにすむから支援されなくても生きていける人になった方がいい(なるべく支援が薄くて済む人になった方がいい)
6 自分の頭で考えられて自由に生きられる子を増やしたい
みたいなことで(他にもいっぱいあるけど)ここにきて大久保さんの重要性が増しました。
栗本さんは物理的に空間と仲良くする方法を教えてくれた。それは身体機能にバグのある発達障害の人にはとても重要なことだった。でもこういうジャパンになり、認知戦に大負けして、今後私たちが育った社会とは全く違った社会で生きていく子ども達にとって、社会的な空間でどう自分を位置づけるかの方面では大久保さんは優れている。ということで大久保さんの本を立て続けに2冊出しました。
そして「ポストコロナの発達援助論」を責了したその日に栗本さんに連絡を取りました。
心配だったのです。
コロナ禍になってオンラインで色々講座をやりはじめ、花風社にはつねに新しい読者が入ってきていることを知りました。
この時代の読者が最初に読むのは黄色本芋本です。
でも不思議なほど「小田原に行きました~」みたいな声が出てこない。いや、オンラインで受けているかもしれない。
いずれにせよこの時代に栗本さんの重要性は増しているはず。
なぜなら過剰な感染対策が子ども達に悪影響を与えるし、何よりも感染対策が優先されて育ちが犠牲にされている時代、色々不具合を抱えた子が増えるはず。栗本さんの社会的需要は高まるであろう。
と思っていたのにご本人は姿が見えない。
以前の読者(アルパカ世代ね)は食い入るように栗本さんのブログを読んだ、とかそういう話をしていたものですが、そもそも最近ブログも予定表ばかり。知見が載っていない。
そして以前は栗本さんが有益なことをツイートすると読者がそれをふぁぼったりりつしたりして、それを見て小田原に出かけた人もいたのです。ところが最近それもやっていない。っていうかその時に初めて知ったのですがツイッターのアカウント消してたのねいつのまにか。
それで、こっちとしては「もっと発信すれば」、みたいなことを言うわけです。そうしたら「はいはい」みたいな生返事していたんだけどそのうち「しない」みたいなことを明言するようになり、じゃあ動静はどこでわかるの、といったら「FBのあんじんアカウントがある」と。
で、そっちフォローしていたんですけどやめちゃいました。
だってつまんないアカウントなんだもん。
予定しか載せていないんだもん。
皆さんがどっとこむなり大久保さんのブログに訪問するのは、そこに何かしら面白い情報が日常的に載っていて、(私の場合)くだらない日常ネタもあるけど子どもの育ちに関係ある情報もあるからそれを求めてくるんだと思います。
そしてたまに新刊が出たり講演があったりするとそのついでみたいにそういう情報をみて「出たいな」「今度はパス」「読みたいな」とか判断しているはず。
ところが有益な情報の発信がなくただ「どこどこにいついつ行きます。ぜひ参加を」みたいな情報しか羅列していないアカウント楽しみに見ますかね? 私はそうじゃなかった。身体アプローチにかんする情報発信しないのならいらんわ、っていう感じ。
まあそんなこんなで最初私が言ったのは「発信しろ」ですね。
それは栗本さんのためでもあるし、恩返しでもあるでしょう。
なんだかんだ発達障害の世界に支えられてきて、そこで職を得て、お嫁さんまで来て、栗本さんも恩恵を受けている立場。これは私ももちろん意識しています。発達障害の世界から多くを得たからこそ、嫌われようとなんだろうとリスク取って少しでも解決できる本を出してますよ。
だから多くの子が健康をないがしろに感染対策に巻き込まれ、しかも注射も始まり、のときに身体のプロとして発言しなくてどうすんのよ、みたいな感じ。
個人のFBアカウントはあったんですよ。
それ見るとほっこりしつつも余計不安になるわけ。
だってご夫妻で隠居みたいな生活しているんだもん。干し柿とか竹細工とか。まあそういう趣味がぴたりとあったお二人だと思うのです。
他にも見守っていた人たちはいたみたいだけど「ハネムーンだと思っていたけどあの隠居レポはいつまで続くのか」みたいに感じ始め
私は「この難しい時期に社会貢献しなくてどうするんだろう」「そもそも新しい読者の皆様は小田原行っているのだろうか」みたいな心配事がたくさんあり、とりあえず会おう、と言ったわけです。そろそろ第6波が始まり色々制限がありましたが、私の地元ならゆるいとこも知っていたし。
だけど来ない、というわけです。そしてその言い訳が「あからさまな嘘」でした。ていうかその嘘つくと私が「ああそれじゃあ仕方ないですね」っていうと思ったのでしょうが権威を全面に出してきた。
男の人って本質的に権威が好き。最近の灰谷さんの動向見てもわかりますけどああいう怪しげな(ほめてます)仕事している人でもなんだかんだ学会とか大学とか好きなんですね。でも私は心底権威が要らないんですよ。こういう状況の中ではなおのこと、権威によるお墨付きなんて意味がない。
かつて男性アンチ筋から「花風社は権威じゃない」みたいな悪口も言われましたけど、なんで権威になる必要があるでしょうか。
コロナを経て改めてそう思います。権威権威頼るのって一種の男性原理じゃないかなあ。
まあそのときに「こういう権威持ち出せば黙ると思われているんだな」とわかり、色々な意味で「違う」のがわかり、もうこれでおしまい、と思ったわけです。
で、最後だと思って苦言を呈しているうちに、返事が来なくなりました。
苦言は色々言ったけど、一言でいうと「発信せい」です。
それは拒まれた。
来る人を待つのが基本姿勢だそうです。
私は26年会社やってきて、その前会社員だったときもつねに自由業者と接していました。
来る人を待つので商売やっていける人は知りません。
すごい大物なら別なんだろうけど
栗本さんも私もそこまで大物じゃない、というのが私の判断でした。
今大阪とか鹿児島とかで講演会募集中みたいだけど
講師がことりとも発信しない中、主催者さん大変だとそこは同情しますね。
「発達障害、治った自慢大会!」も一応献本はしました。
だってあの4家族の皆さん、全員栗本さんに助けられているでしょ。
本も読んでいるし、じかに会っていて、栗本さんが発信してきた情報をカスタマイズして治っていった4家族。

だから「これは栗本さんのやってきたことでもあるよ」と手紙つけて送り出しましたけど、もちろんなんのリアクションも今に至るまでありません。
でもまあいいかな、と思ってました。
本はあるし。そしてその本を読めば私の20年来の希望であったあの4つの問題はもう治るし。小田原に行きたい人は行けばいいし。
花風社のラインナップも豪華になったし。
赤本が特殊な身体感覚を教えてくれて、神田橋先生が羅針盤を与えてくれて、愛着障害も治るし、原始反射の考え方も取り入れられ、そして地頭がよく発信力のある大久保さんが各種手法を血肉として全国駆け回ってご家庭に伝えている。
これを地味にマーケティングしていけばどんどん治る人が増えて、まあいいかな、みたいな感じでした。
あとは、愛甲さんの本を一冊出して
治った自慢をもう一冊やりたいな。
そうこうするうちに大久保さんの方でもケーススタディがたまるかも
みたいな感じで、自分の引退時期も見据えつつ、新しい人を増やす気はなかったのです。
でもまた出会いがあり
いっつもこうだったな、と思いました。
何かを見限ると何かが出てくる。
栗本さんはあの4つの問題を解決する知見を提供してくれた。
そして内臓や関節、水収支への注目を教えてくれた。
そして今度は骨と血流。
ここを整えてあげれば、勝手に発達していくなあ、子どもたちは
みたいなことを考えているのが今ここなわけです。
今度のことで混乱した人もいると思うし
栗本さんの信者筋になった人には私の変節が受け入れられないかもしれません。
それはそれでそれぞれの選択。
ただ、私の第一の行動原理は身内への忖度ではなく社会貢献です。社会貢献を、身内への忖度その他に優先させるのが私の思考回路みたいなんです。
その結果、冷酷に人を切るように見えるかもしれないけど
根底にあるのは「治る人が増えてほしい」です。
「治る人が増えてほしい」が行動原理の人はうちの著者の中に何人いるだろう。
神田橋先生は明らかにそうだし愛甲さんもそう。
そしてこのお二人とは私は切れていません。
私は社会的需要を真っ先に考えるから
だからこれまで栗本さんの講演会を主催するときにも、彼がしゃべりたいこと、彼のそのときのマイブームではなく「そのとき社会が何を必要としているか」を考えてテーマを設定していました。
本ももちろんそうです。
ていうかそもそも、あの4つの問題を解決したい、自体が大きなテーマだったわけです。20年抱えてきたテーマ。

それに応えてくれる人が栗本さんでした。
栗本さんはそういう私のプロデュースを離れ、今後は違う主催者のもとで活動されます。
きっとのびのびと、そのときにやりたいことをやるだろうしプロデュース側も栗本さんの権威のもとにそれを許すのでしょう。
皆さんは選ぶ側なので、選んだり選ばなかったり自由になさるといいです。
私の方は著者や講師を接待するのではなく、読者参加者のニーズを優先させる姿勢は変えないつもりです。
私にとっては、それこそ「仕事」なんです。
完
だってもう、治るようになっちゃったもん、っていう感じ。
今の既刊を地味にでもマーケティングしていけば、気づいた人から読んで治っていく。それくらいのラインナップは作った自覚がありました。
あとは愛甲さんの本を一冊、栗本さんの総仕上げみたいな本を一冊、それと治った自慢を書籍化したい。
あ、あと大久保さんも出しておきたいな、とか思いました。
とにかくブログの内容がすごかったから。
それだけ出し切ったらちょうど還暦くらいかな。
夫の引退の前に引退して地味にマーケティングを続け、どっとこむを見て孫の育ちを楽しむように治った自慢を喜びながら余生を過ごすのもよし。
他の分野の本を出してみるのもよし。
っていうか母もいつ要介護になるかわからないし。
なんて思っていたのですが
2022年の秋、世間ではまだコロナ禍が続き、私は面白いほど巻き込まれず、母は感染にかすりもせず元気でジムに通い、大久保さんの本や治った自慢を出して、次の企画を三つ抱えています。
できた順に出そうかな、みたいな感じ。
この分だと還暦は突破しますね。
コロナ禍でわかったことを箇条書きにしてみると
1 やっぱり医療では限界がある
2 これだけ同調圧力が強いジャパンで花風社よくやっていた
3 私がこれだけ自由に暮らせるのは闘ってきたから
4 治るが勝ち、どころではなく治らないとやばい、時代がやってくる
5 いざというとき支援を受けていない方が人権制限されずにすむから支援されなくても生きていける人になった方がいい(なるべく支援が薄くて済む人になった方がいい)
6 自分の頭で考えられて自由に生きられる子を増やしたい
みたいなことで(他にもいっぱいあるけど)ここにきて大久保さんの重要性が増しました。
栗本さんは物理的に空間と仲良くする方法を教えてくれた。それは身体機能にバグのある発達障害の人にはとても重要なことだった。でもこういうジャパンになり、認知戦に大負けして、今後私たちが育った社会とは全く違った社会で生きていく子ども達にとって、社会的な空間でどう自分を位置づけるかの方面では大久保さんは優れている。ということで大久保さんの本を立て続けに2冊出しました。
そして「ポストコロナの発達援助論」を責了したその日に栗本さんに連絡を取りました。
心配だったのです。
コロナ禍になってオンラインで色々講座をやりはじめ、花風社にはつねに新しい読者が入ってきていることを知りました。
この時代の読者が最初に読むのは黄色本芋本です。
でも不思議なほど「小田原に行きました~」みたいな声が出てこない。いや、オンラインで受けているかもしれない。
いずれにせよこの時代に栗本さんの重要性は増しているはず。
なぜなら過剰な感染対策が子ども達に悪影響を与えるし、何よりも感染対策が優先されて育ちが犠牲にされている時代、色々不具合を抱えた子が増えるはず。栗本さんの社会的需要は高まるであろう。
と思っていたのにご本人は姿が見えない。
以前の読者(アルパカ世代ね)は食い入るように栗本さんのブログを読んだ、とかそういう話をしていたものですが、そもそも最近ブログも予定表ばかり。知見が載っていない。
そして以前は栗本さんが有益なことをツイートすると読者がそれをふぁぼったりりつしたりして、それを見て小田原に出かけた人もいたのです。ところが最近それもやっていない。っていうかその時に初めて知ったのですがツイッターのアカウント消してたのねいつのまにか。
それで、こっちとしては「もっと発信すれば」、みたいなことを言うわけです。そうしたら「はいはい」みたいな生返事していたんだけどそのうち「しない」みたいなことを明言するようになり、じゃあ動静はどこでわかるの、といったら「FBのあんじんアカウントがある」と。
で、そっちフォローしていたんですけどやめちゃいました。
だってつまんないアカウントなんだもん。
予定しか載せていないんだもん。
皆さんがどっとこむなり大久保さんのブログに訪問するのは、そこに何かしら面白い情報が日常的に載っていて、(私の場合)くだらない日常ネタもあるけど子どもの育ちに関係ある情報もあるからそれを求めてくるんだと思います。
そしてたまに新刊が出たり講演があったりするとそのついでみたいにそういう情報をみて「出たいな」「今度はパス」「読みたいな」とか判断しているはず。
ところが有益な情報の発信がなくただ「どこどこにいついつ行きます。ぜひ参加を」みたいな情報しか羅列していないアカウント楽しみに見ますかね? 私はそうじゃなかった。身体アプローチにかんする情報発信しないのならいらんわ、っていう感じ。
まあそんなこんなで最初私が言ったのは「発信しろ」ですね。
それは栗本さんのためでもあるし、恩返しでもあるでしょう。
なんだかんだ発達障害の世界に支えられてきて、そこで職を得て、お嫁さんまで来て、栗本さんも恩恵を受けている立場。これは私ももちろん意識しています。発達障害の世界から多くを得たからこそ、嫌われようとなんだろうとリスク取って少しでも解決できる本を出してますよ。
だから多くの子が健康をないがしろに感染対策に巻き込まれ、しかも注射も始まり、のときに身体のプロとして発言しなくてどうすんのよ、みたいな感じ。
個人のFBアカウントはあったんですよ。
それ見るとほっこりしつつも余計不安になるわけ。
だってご夫妻で隠居みたいな生活しているんだもん。干し柿とか竹細工とか。まあそういう趣味がぴたりとあったお二人だと思うのです。
他にも見守っていた人たちはいたみたいだけど「ハネムーンだと思っていたけどあの隠居レポはいつまで続くのか」みたいに感じ始め
私は「この難しい時期に社会貢献しなくてどうするんだろう」「そもそも新しい読者の皆様は小田原行っているのだろうか」みたいな心配事がたくさんあり、とりあえず会おう、と言ったわけです。そろそろ第6波が始まり色々制限がありましたが、私の地元ならゆるいとこも知っていたし。
だけど来ない、というわけです。そしてその言い訳が「あからさまな嘘」でした。ていうかその嘘つくと私が「ああそれじゃあ仕方ないですね」っていうと思ったのでしょうが権威を全面に出してきた。
男の人って本質的に権威が好き。最近の灰谷さんの動向見てもわかりますけどああいう怪しげな(ほめてます)仕事している人でもなんだかんだ学会とか大学とか好きなんですね。でも私は心底権威が要らないんですよ。こういう状況の中ではなおのこと、権威によるお墨付きなんて意味がない。
かつて男性アンチ筋から「花風社は権威じゃない」みたいな悪口も言われましたけど、なんで権威になる必要があるでしょうか。
コロナを経て改めてそう思います。権威権威頼るのって一種の男性原理じゃないかなあ。
まあそのときに「こういう権威持ち出せば黙ると思われているんだな」とわかり、色々な意味で「違う」のがわかり、もうこれでおしまい、と思ったわけです。
で、最後だと思って苦言を呈しているうちに、返事が来なくなりました。
苦言は色々言ったけど、一言でいうと「発信せい」です。
それは拒まれた。
来る人を待つのが基本姿勢だそうです。
私は26年会社やってきて、その前会社員だったときもつねに自由業者と接していました。
来る人を待つので商売やっていける人は知りません。
すごい大物なら別なんだろうけど
栗本さんも私もそこまで大物じゃない、というのが私の判断でした。
今大阪とか鹿児島とかで講演会募集中みたいだけど
講師がことりとも発信しない中、主催者さん大変だとそこは同情しますね。
「発達障害、治った自慢大会!」も一応献本はしました。
だってあの4家族の皆さん、全員栗本さんに助けられているでしょ。
本も読んでいるし、じかに会っていて、栗本さんが発信してきた情報をカスタマイズして治っていった4家族。

だから「これは栗本さんのやってきたことでもあるよ」と手紙つけて送り出しましたけど、もちろんなんのリアクションも今に至るまでありません。
でもまあいいかな、と思ってました。
本はあるし。そしてその本を読めば私の20年来の希望であったあの4つの問題はもう治るし。小田原に行きたい人は行けばいいし。
花風社のラインナップも豪華になったし。
赤本が特殊な身体感覚を教えてくれて、神田橋先生が羅針盤を与えてくれて、愛着障害も治るし、原始反射の考え方も取り入れられ、そして地頭がよく発信力のある大久保さんが各種手法を血肉として全国駆け回ってご家庭に伝えている。
これを地味にマーケティングしていけばどんどん治る人が増えて、まあいいかな、みたいな感じでした。
あとは、愛甲さんの本を一冊出して
治った自慢をもう一冊やりたいな。
そうこうするうちに大久保さんの方でもケーススタディがたまるかも
みたいな感じで、自分の引退時期も見据えつつ、新しい人を増やす気はなかったのです。
でもまた出会いがあり
いっつもこうだったな、と思いました。
何かを見限ると何かが出てくる。
栗本さんはあの4つの問題を解決する知見を提供してくれた。
そして内臓や関節、水収支への注目を教えてくれた。
そして今度は骨と血流。
ここを整えてあげれば、勝手に発達していくなあ、子どもたちは
みたいなことを考えているのが今ここなわけです。
今度のことで混乱した人もいると思うし
栗本さんの信者筋になった人には私の変節が受け入れられないかもしれません。
それはそれでそれぞれの選択。
ただ、私の第一の行動原理は身内への忖度ではなく社会貢献です。社会貢献を、身内への忖度その他に優先させるのが私の思考回路みたいなんです。
その結果、冷酷に人を切るように見えるかもしれないけど
根底にあるのは「治る人が増えてほしい」です。
「治る人が増えてほしい」が行動原理の人はうちの著者の中に何人いるだろう。
神田橋先生は明らかにそうだし愛甲さんもそう。
そしてこのお二人とは私は切れていません。
私は社会的需要を真っ先に考えるから
だからこれまで栗本さんの講演会を主催するときにも、彼がしゃべりたいこと、彼のそのときのマイブームではなく「そのとき社会が何を必要としているか」を考えてテーマを設定していました。
本ももちろんそうです。
ていうかそもそも、あの4つの問題を解決したい、自体が大きなテーマだったわけです。20年抱えてきたテーマ。

それに応えてくれる人が栗本さんでした。
栗本さんはそういう私のプロデュースを離れ、今後は違う主催者のもとで活動されます。
きっとのびのびと、そのときにやりたいことをやるだろうしプロデュース側も栗本さんの権威のもとにそれを許すのでしょう。
皆さんは選ぶ側なので、選んだり選ばなかったり自由になさるといいです。
私の方は著者や講師を接待するのではなく、読者参加者のニーズを優先させる姿勢は変えないつもりです。
私にとっては、それこそ「仕事」なんです。
完