治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

12年前の今日

2012-12-26 05:50:06 | 日記
8年前の今日、私はインド洋のほとりで命拾いしました。
あのとき死んでいたら、それ以降出した本は今この世にありませんでした。

4年前の今日、ギョーカイメジャーから電話がかかってきました。
そして裁判を起こすことになりました。

そして今日。昨年の今日も予測のつかなかったことですが
私はまだ現役で発達障害の本を出しているようです。

そして12年前の今日、プレス発表された文書を見つけてしまいました。

豊川事件についてのギョーカイの声明。そう。アスペルガーと犯罪の関係が最初に取りざたされたあの事件です。
「人を殺してみたかった」と少年が主婦を殺した事件。
その事件の報道に際して、ギョーカイが声明を出しています。

12年経って、ギョーカイが主張していることが今も真実か、検討していきましょう。


・アスペルガー症候群は真面目な子が多く、ほとんど犯罪とは結びつかないと思います。健常者の犯罪率から考えて、少ないと言えるのではないでしょうか。

これは反証されてますね。
すでに平成21年に、国のお金を使って、ギョーカイメジャーが内外の文献を調べ「発達障害者の犯罪率は高い」と報告しています。
(後ほどリンクします)

・今、アスペルガー症候群がどのような障害であるかということは社会的にほとんど知られてはおりません。今回の報道ではアスペルガー症候群の一面しか伝えていないと感じられる記事もあり「アスペルガー症候群」=「危険」というイメージを与えかねない危惧を感じます。障害特性を理解されていない一般の方々にアスペルガー症候群という言葉だけが、悪いイメージを持って一人歩きしてしまわないかという懸念を禁じ得ません。

今ではアスペルガーは、このころに比べるとよく知られるようになりましたね。
ギョーカイの努力の賜でしょう。ただしギョーカイが伝える「アスペ=弱い人、天使、天災」も「アスペルガー=危険」同様一面的だと思いますけどね。
まあかまいません。一般人はそれほどバカではありません。ギョーカイがいくら仲人口をきいても、実際に接してみて「やっぱりアスペつきあいづらいわ」と実感すれば、一般人はそれに応じた行動を取るだけのこと。
いくら報道を規制しても、本人たちの行動が社会の評価の対象になります。その結果、受け入れたくない雇用者・学校・団体があってもそれは報道のせいではありません。本人たちの振る舞いが作った実績です。それまで報道のせいにしないでねん。


・アスペルガー症候群児・者は言語の理解能力を普通に持っている人達です。非常に感じやすい面もあり、今回の記事が本人達に与える影響が心配されます。本人達が不安を増大させないように、報道への配慮を切にお願いします。特に視覚刺激を強く受けることから「アスペルガー」という人目を引く見出しは避けて頂きたたいと思います。
親達は日頃、アスペルガー症候群の障害特性を社会に理解してもらえずに、悩み傷ついています。この報道で親達はさらに社会の正しい理解が得られにくくなるのではないかとの心配を増しております。皆様にもアスペルガー症候群児・者を理解してくださるよう心からお願いいたします。


理解してくださるように心からお願いされた私は、理解しましたよ。「努力もできれば社会のルールも守れる人たちだ」と。一方で問題行動に死んだふりしたり、あるいは社会へのルサンチマンを増幅させるような支援しかしない支援者もいて、その結果ルサンチマン系への道を驀進しているアスペルガー者も多いことも学びましたよ。皆さんも先日見ていたでしょう。あれもアスペルガーなら、ニキさんやちゅん平さんや大地君もアスペルガーです。どうしてこれほど違いが出るのでしょう。それを探ることが「障害を理解すること」ではないでしょうか。
ていうかじゃあこれ書いた人たちは「アスペの人が犯罪起こした。僕も起こすのだろうか」とか不安がってるアスペルガーの人たちに「君は大丈夫だ」と言えるだけの支援をする気がないわけ? 自分の子ども、自分が支援している対象でしょう。なのに、そんなに信用していないわけ? だから、報道規制ですか? 「こっちが傷つくから口をつぐめ」みたいな一般人の権利を堂々とないがしろにするような非常識な「声明」を出す。これじゃあ「親学」の人たちに「やっぱり発達障害は親のせい」って思わせちゃいますよ。だって明らかに感覚おかしいもん。


・アスペルガー症候群児・者の中には成人になるまで障害と知らずにいた者も多く見受けられます。かれらは周囲から理解されずに非常に孤独な生活を送っていることが想像されます。これは一つはアスペルガー症候群に対応する医療機関が非常に少なく診断までなかなかたどり着かないため、また教育や福祉に関係する方々でも彼らを理解している方は限られているためです。医療、教育、福祉関係者の方がもっと理解を深め、連携して彼らを支えるなら、彼らはより柔軟に社会に適応し、安定して生活できるものと思います。

以上のことをご理解頂いて今回の報道にあたられますよう私達親は皆様にお願いしたいと思っております。


そうですね。対応する医療機関は、もっともっと増えた方がいいです。それは賛成。
とくに神田橋先生があと百人くらいいればいいなあ。何しろ五分で数十年引きこもっていた人がハローワークに行くって、本当だもん。
でもどういう医療機関が増えたほうがいいかは考えた方がいいかもね。
「君みたいな子は、一生働かなくていいんだ」っていうような医者が増えても仕方ないわよね。

第一

運良くこの声明が貼られているHPの医療機関にたどりつき、
交渉力を発揮してふつうは21万円もかかる診断料を夫婦でただにしてもらい、
その妻は押しも押されぬアスペルガー者としてただで診断してくれた医師の論文に掲載され、
自閉症カンファレンスNIPPONという栄えある場で講演までした一人の自閉症者に対し

1年前の明日、すなわち2011年12月27日、起訴という判断を検察は下し
その後有罪判決が出ました。
この声明を今も堂々と掲げる医療機関は、押しも押されぬ前科一犯輩出クリニックとなりました。
医療につながっても犯罪が防げるとは限らないわけですね。

医療があればいいってもんじゃない。
だったらどうしたら防げるのか?

これについては前述のとおり、すでに平成21年に、ギョーカイメジャーたちは国のお金を使って、「発達障害者と犯罪。その予防」について研究していたのです。誰にでも見られるようにネット上で発表されています。そらそうでしょう。皆さんの血税の賜ですからね。これは読むしかないですよ。リンクしておきます。

その結果わかったのは、

1 発達障害者の触法リスクは有意に高い。

だって迫害体験も多いのでね。で、どういう迫害体験が非行に結びつくか見ると

1 虐待との関連は有意に高い。
2 いじめとの関連はコントロール群と有意な差がない。
3 崩壊過程(親の精神疾患や貧困など)では有意に高い。

ということだそうです。つまり

犯罪は社会のせいというよりむしろ親のせい。

なのです。

あのさ~。きちんとした研究者がちゃんと調べてここまでわかっているのなら、障害に理解があったりなかったりする一般社会、障害者が好きな人もいれば嫌いな人もいる一般社会への働きかけよりもまず、親を支援すればいいんじゃないかと思うんですけど。

まあその支援には、教育も含まれますよね。(あれれまた親学?!)

でも親学推進の議員さんたちにはお知らせしておきたいですね。
すべての発達障害者の保護者が、このような声明に見られるほど視野狭窄に陥っているわけではありません、と。
立派な親御さん、たくさんおられますよ。
ギョーカイ活動なんかせずに、真摯にお子さんと向き合っていらっしゃいますよ。
その人たちは私同様、この声明には情けなさを感じると思います。

逆に言うと、「犯罪が親のせい」ならば、虐待との関連性が高いならば
今このときからでも防げるわけですね。
親御さん自らが、防げるわけです。これを先日、お茶飲みながらある自閉っ子ママに話したら、とても喜んでいらっしゃいました。
修行が苦手なママさんでも、虐待しないくらいは自分でコントロール可能じゃないですか。
じゃあ早く教えてあげればいいのにさ、ギョーカイも。
ニキさんの言う通りだ。「専門家、早く言え」

まあ12年経つと、いろんなことがわかりますね。
そしていろんなことが変わります。
上の声明文書いたギョーカイの考えはどうなんだろうね。変わったのかな?


まあ私はギョーカイの化外の民だからわからないんですけど。

そうそう。ついったーのプロフィール、詳しくしましたよ。

浅見淳子
発達障害ギョーカイの化外の民。

編集者。 (株)花風社
発達障害の本を出す版元だが、「ありのまま系」「ルサンチマン系」が大嫌い。
ルサンチマン系の自伝については
1 読まない
2 出さない
3 持ち込ませない
の非ルサンチマン三原則を死守。
自閉っ子が自立し橋下徹氏が総理大臣になり稀勢の里が横綱になる世界を夢見ている。
人生のモットーは「専守防衛」




というわけで
来年も基本、これで行くつもりです。

皆様今年も大変お世話になりました。
良いお年をお迎え下さいませ。
花風社の新年は「資質を開花させる」をテーマに
実におっとりした本から始まりますよ。
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二次障害回避原理主義は大間違い

2012-12-24 11:25:30 | 日記
昨日のエントリを見てちゅん平が
「あまりの無責任さに唖然。あれじゃ新しく場所を設ければ、なんでも垂れ流していいように聞こえます」

と言っていましたが、実際に彼はそう裁判で主張しました。サイトを作れと言われたから作ったのだと。
裁判所はもちろんそんなもん取り合いもしませんでしたが、自閉を多少なり知ってるとする私から見れば
「自閉の人がこういう風に言われたら、そりゃ外に作るわな」と思いました。

「ハイパーりちぎ」な脳みその持ち主だと知りながら、なぜこういう言い方をするのか理解に苦しみますが
まあギョーカイって本当に変なところなので驚きません。
別のギョーカイメジャーは「私はニキさんと浅見さん、両方にお会いしたことがありお二人は別人だと思います。でもYTさんが同一人物だと思っていらっしゃるのならそれが真実なのでしょう」などとのたまっていました。その場しのぎのきれい事を言って、自分の発言がどれだけ迷惑をかけていることに気づかないのです。紙より薄いギョーカイ人の正義感。

このトンデモ発言をしたギョーカイメジャーが主催している団体の会員がどっかで迷惑行為をしているらしいですが、驚きません。
とにかくメジャー系団体で「社会の理解ガー」活動をしているところの当事者は、「君は頑張らなくていいんだよ、社会が理解すればいいんだ」と言われているから、カンチガイが多いからね。
ちゅん平が言っていたように「私は片田舎のアスペでよかった」というのは本当だと思います。それにあのころのそれいゆさんは、本当に修行系だったしね。啓発活動と同時に、本人に対して厳しかった。その点ちゅん平はラッキーでした。

とまあ、私もギョーカイと袂を分かつまでに、たくさん「これは変だ」と思っていたことがあるのですが、その中の一つを、昨日のやすさんのコメントで思い出しました。それは「二次障害回避原理主義」です。

知的障害がない発達障害者にも先天性の脳機能障害がある。そこに異議を差し挟むつもりはありません。
でも人生の目的って、二次障害を発生させないことでしょうかね。
そのために一流大学出た子を最低賃金の仕事につけ、「就労支援成功(ドヤ)」って
それって違うのではないかと思っていました。

神田橋先生と出会い、先生のもとで立ち直っていく人たちを見た今
はっきりと「それは、違う」と断言することに決めました。
立ち直っていく人は、資質を開花させた人です。それが賃金を得る労働に結びつく人もいますし(それは本当に幸せなこと)趣味の領域の人もいますが
自発的に資質を開花させた人たちです。

翻って、こじんまりと縮小再生産された人を見て下さい。
何かしらルサンチマンを抱いていませんか?

やすさんの言ったことはビンゴでした。
成人の当事者には、働くために必死になる自由と、ルサンチマンを募らせていく引きこもり場所にとどまる自由と
大きくわけて二つの自由があります。
自分の能力がきちんと発揮されていない、評価されていないと思う人は
ルサンチマンを募らせやすいと思います。そしてそこから悪循環が始まる。

二次障害回避を人生の目的として、「無理のない人生」を提供するギョーカイの論理を
私は評価しません。
それは社会との共存に邪魔な理論なだけではない。本人の健康に悪いから。
立ち直っていく人々を見て、はっきりわかりました。
立ち直っていく人は、資質を開花させた人だから。


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ギョーカイメジャーの不用意な一言

2012-12-23 14:58:20 | 日記
先日、発達障害と関係のない知人と電話をしたとき
この本買って読んでくれてるのを知りました。
同業者ですけど
「すごい本ですね」とおほめの言葉。




その知人の知り合いで同じような被害にあっている人がいて
本をプレゼントしたい。
できたら会ってあげてほしい。

いいですよ。

この本を出してよかったと思うのは
この本を読んでくださった方たちからアプローチがあり
「自分も同じような被害にあっている。なんとか解決したい」とか
「うちの子を犯罪者にしたくない」という何人もの読者の方とリアルにお会いできる機会が持てたこと。
いろいろ勉強になります。



「よく出してくれた。でも怖くなかったですか? 自閉症の人って、粘着すると怖いでしょ?」と皆さんにきかれますけど

別に。

先日来のやりとりを見ていて
「これほど真摯に対応する人は他にいない。普通は怖がって逃げるか、理解に至らないだけ」ともお声がけいただきましたけど

単に言語体力があるだけの話です。
それがお仕事だからね。

よく親御さんから涙涙の相談を受けます。
「社会性がないのに、頭が良すぎて、理屈で勝てない」。

でもよく聞いていくと、別に頭がいいわけじゃない。
たとえば「自分は外に出て働きたくない」という強固な気持ちがあって
それを正当化するためにヘリクツこねてるだけ。
親の側にそれに対抗する言語体力がないだけの話です。

あるいは不用意な一言でその場をしのいで、誤学習を増やしているか。

もっとも素人の保護者なら、自閉圏の我が子の自分勝手な言動に苦しんで
逃げの言葉を発しちゃうのも仕方ないかもしれません。

その後、その場しのぎのウソは、事態を悪化させるんですけど。
だから私は、自閉の人相手には絶対ウソをつきません。
徹底的に本当のことを言います。

彼はもう来ないそうですが

かつて同じように自説に固執し、ギョーカイ人が集まる掲示板で繰り広げていた人間がいました。
当事者も支援者も集まる掲示板。
黎明期にはそういう場があったわけです。

私は知らなかったんだけどね、当時は

そこでインチキを言いふらす人間に、ギョーカイメジャーが不用意に放った一言
「そんなに主張するのなら、この掲示板ではなく自分でサイトを作ってやれ」

これが私たちの被害につながり
自閉症者の中から一人の前科者を生み出しました。

「自分でサイト作ってやれ」

って命令しているんですから。支援者自ら。
そりゃ自分でサイト作りますって。
ハイパーりちぎなんだから。

「自分でサイトを作ってやれ」

なんでこんな迷惑なことを支援者が言うか。

要するに、その場を守りたかっただけですね。
ギョーカイの外は、どうなってもいいわけです。
健常者に人権はないからね。それがギョーカイ。
そんなギョーカイについていって、社会に通用する子が育ちますかね?

こういう経験をして私は
「ギョーカイ受けではなく広く社会に役立つ言論を」
と考えるようになったわけです。

私には支援者としての専門性はありません。アカデミックな実績はゼロです。
でも私には、ギョーカイ人の持っていない力があります。それは「言語体力」です。
それを社会的に活用することで余生を送るつもりです。今のところここに縁があるのでここにいます。

覚悟を決めてますから、脅しには屈しません。
いやになったら出て行きます。それだけ。

さて、最近いろいろな人にお会いして知ったこと。

ギョーカイが「一部のとりわけ傷つきやすい人」のために情報統制をしている間に
「障害者の犯罪被害に苦しんでいる人は大勢いる」という事実はどんどんどんどん人の知るところとなっていて
本格的に被害者の自助組織もできてきつつあり
ちゃんと法律家も介入するみたいね。
それもこの本を読んだ方から教えていただいた情報です。
私もそういう動きを応援しようと思います。

「偉い人にならなくてもいい、世間に迷惑かけない大人になってほしい」

健常児の親は、こういう思いで子どもを育てます。

障害児の親が、それを望んで何が悪いのでしょうか?
そういう人に情報を提供して、何が悪いのでしょうか?

発達障害と犯罪の関係を語るとき
「差別だ!」という反応をする人もいれば
「浅見さんが語ってくれるのはありがたい。参考になる」と親子でこのブログを読んでくださっている人もいます。

その違いがどこにあるのか
私はそのうちわかるといいなあと思っています。

いずれにせよ

このブログでは犯罪の問題を取り上げます。
必要な情報だと私が判断しているから。

不愉快に思ったら、来ないでください。

「前科者の親になりたくない」

と思う人のために、私はこのブログに犯罪の話題を書きつづけますから。
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自閉の神様絶賛降臨中なので

2012-12-21 07:58:33 | 日記
自閉の神様が降りてきたようです。
というわけで原稿がばしばし進んでいますけど

他人のふんどしを借りてブログ更新です。

まずは公私ともにおつきあいのある木下麻奈さんのブログより。
すぐれた音楽教育をなさっている方です。自閉っ子も麻奈さんのもと(木下音感楽院)に通って音感を身につけ
結果として発達援助になってます。姿勢がしゃきっとしたり言葉が出てきたりね。

日本ほど、幸せな国はないのに。

激しく同意です。海外の大学を出られた麻奈さんならより実感なさっているのでしょう。

もう一個、トニママさんのブログ。これだと地方と国の借金は増えないだろうというアメリカの教育現場のびっくりするほどの割り切り。だって義務教育ですよ?
IEPを多くの人に提供するという太っ腹な面があると思えばここまでのコスト削減策。
まあ日本では無理ですね。保護者が黙っていないし「教え子を戦場に送るな!」の人たちが黙っていないし。

そのアメリカでアスペルガーの青年が銃撃事件を起こし、26人が犠牲に。
なんといたましい。
裕福だけどもめ事の多い環境だったようですね。
で、動機はおきまりの逆恨みのようです。

麻奈さんも書いてますが、自民党圧勝のあとの危機感に違和感。
発達障害の関係者がモンダイな想像力を遺憾なく発揮しているのを見ていると、
日本でも親学殺人事件なんて起きないといいなと思いますね。
自民党が圧勝して「自分たちはガス室に送られるのか」「なんとしてでも食い止めなければ」とかつぶやいている当事者を見ると、笑っちゃいますが、背筋が寒くなりますね。「なんとしてでも」って何よ?

って私が書いたら不快でしょ?

でも先回りした過剰な心配って、お互いさまですよ?

部外者は共感できないと思います。
そもそもね
たとえ自分と発達障害が関係ない一般市民でも、誰かをガス室に送るような政権を支持するわけがない。それくらいの民度は日本にはありますよ。それに気づかない脳汁はかわいそうだけど、その被害妄想を基盤に社会を恨まれても困ります。

日本って、強固な義務教育が無料で提供されている国です。
おまけに高校まで無償化されたし(今後は不明)。大阪では橋下改革で私学まで無償です(所得制限あり)。

その中で学力意欲の低下とか起きれば、当然「じゃあ家庭での働きかけを」になるわけで
発達障害はそのとばっちりを食ったっていう気がします。

でも逆に、もしかして教育現場では、親学的な流れを歓迎している先生がいても私は驚きません。

朝食を作らない家庭があります。子どもたちはおなかをすかして学校にやってきて、勉強どころではないので
先生がおにぎりを持って行ったりしているところもあります。

「バナナ一本だけでも食べさせて送り出してくれ」と親に言っても、そのバナナ一本さえ出さずに子どもを寝床から見送る。

それでいて学校に来るときにはネイルばっちり。つけまつげばっちり。そしてたまの遠足のときなどはこりにこったキャラ弁を持たせてくるそうです。そういう現場で苦労している先生たちは、「親をなんとかしてくれ」って思っても不思議じゃないと思います。

親学的な流れっていうのは、だから止まらないと思うのですよ。
ただ「伝統的な子育て」(意味不明)ではかえって悪化させる可能性も高いよね。
それが私が親学に抱いている違和感です。

「発達障害を子育てのせいにされた!」が先に立つ保護者の方とは微妙にずれがあるかもしれません。
まあ私の周囲の保護者で、あまり騒いでいる人はいませんが。

さてお仕事。
おっとりした本作ってます。


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マイノリティが働き始めるとき

2012-12-19 10:01:55 | 日記
さて、発達障害と一見関係なさそうな本を次々と読んでいます。
先日読んだのはこれ。
「女子のキャリア」〈男社会〉のしくみ、教えます。
海老原嗣生 著



著者は私と同年代で、労働市場を見つめてきたということ。
まずそこから興味を持ちました。

この本を読もうと思った個人的な理由は二つあります。
一つ目は、私の世代(均等法第一世代)は、なぜあれほど労働市場で生き残らなかったのかということ。これをずっと疑問に思っていました。優秀な人が高い倍率を勝ち抜き一流企業に入りましたが、ほとんどの人があっさりとやめて、主婦に収まっています。

もう一つの理由は「〈男社会〉のしくみ」ってやつを知りたかったから。
私は実を言うと〈男社会〉って何それ食べれるの? っていうのが実感。
「これが男社会だ」という障壁に出会った記憶がないんですよね。
どっちかというと、今の社会は同じ実力なら女性が得するようにできていると思ってきました。女性の方が多様な生き方を許されるのが現代だと思っています。女性に生まれてよかったと思っていました。
だから〈男社会〉のしくみの前に、その存在をまず確かめたかったのです。

そうやってきわめて個人的な興味から読み始めたんですけど
これが思いの外面白かった。ばりばりに発達障害の世界と重なる部分がありました。
労働市場における女性と発達障害者。考えてみればどっちもマイノリティです。

均等法第一世代がなぜ生き残らなかったの疑問にも
きっちり答えがありました。
で、これが発達障害者の就労の行く末を見るのに、とても参考になります。

法律ができたから、女子を総合職で雇ってみたけれど(これ、発達障害の世界ではイマココ、ですよね)

迎える体制が十分にはなく
どう育てていいかわからず、男性並みに叱ると泣くし
そうすると甘やかすかほったらかすかしかできなくて、結局定着しなかった。

雇うけど、長続きしない。
腫れ物扱いで、育てられない。

そして企業の採用意欲が萎えたところに不況が重なり
しばらく採用を手控え。

けれどもその後、もっと不況になり、結婚しても夫もいつリストラされるかわからず
結婚=生活の安定を意味しない時代が来て

女子も本腰を入れて働くことになり、企業も採用基準や育て方がわかってきて
あと五年、十年経てば大企業にも女性管理職が続々生まれてくるでしょう、とのことです。

そして最初の世代で生き残ったのは「超優秀」な人たちだけ。スーパーウーマンだけ。
まずはその人たちがロールモデルだったけど、それは過渡期であり
今後はもっと普通の人たちが成功していく時代が来るだろう、と。

読んでいて、発達障害者の労働もこういう風になっていくのかな、と思いました。
だからね、今ある成功例の足を引っ張るのってほんとにばからしいですよ、皆さん。

あ、それと、なぜ私に〈男社会〉の存在が実感できなかったのかも、よくわかりました。
別に意識していませんでしたが、私は上手に避けて歩いてきたらしい。

もしかしたら発達障害者の就労を考える際にも、この手が使えるのかもしれません。
ていうか、すでに使っていてハッピーに仕事をしている人は多いかもしれません。
どうやって避けてきたか?
それはここに書くようなことではないので
別の機会にします。

ご興味がある方は、お読みになってみてくださいませ。
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「ああいう人には人格があるのかね」という石原御大の発言を考えてみる。

2012-12-17 10:48:55 | 日記
さて、総選挙。
結果には(私としては)安心しましたが、心配したことがあります。
それは投票率の低さ。
こんな状況のときに、参政権を行使しないって・・・。
日本は平和(ぼけ)に映ると思いますね。

比例で第二党となった維新ですが
今回の選挙で、ネット上以外ではなかなか知り合うことの難しい大阪の維新支持者の人たちとフォローし合い
非常に面白かったです。

そもそも私が橋下氏の政策に触れたのはこの本。



一読し、「この人に横浜市長になってもらいたい」と思いました。
横浜市の現状も、よく分析されていたからです。
大阪市長を勤め上げたら横浜に来てくれないかしら、なんて思っていたのです。

そうしたら国政政党を作ると言うことで
俄然興味を持ちました。
でも応援しようと決めたときには「ちょっと左すぎないか?」と思ってました。実は。

「え、橋下氏が左? 独裁者じゃないの?」と思われる方も多いかも知れません。

なんというか、たとえば
「発達障害は治りますか?」に目も通さず「発達障害者は発達するに決まってるじゃん」とかうそぶいている猿烏賊山の皆様のように不勉強な方は
「橋下氏は弱肉強食の肯定者」と思い込んでいるのかもしれませんが
実際大阪でやってることって、「弱い者の味方」ですよね。
いっくらスマホ持って一日中ネット見ていても、一次情報に当たるつもりのない方はいつでも情弱にとどまるっていうのは本当のことなんだと思いますね。

神田橋先生を批判するのなら、
「発達障害者は発達するなんてあたりまえ」と言い切るのなら
それがどういう文脈で使われているのか「発達障害は治りますか?」くらい読んでみれば? と思いますし
橋下氏批判にしても、新書の一冊も読まずに印象でもの言うのもなあと思います。
新書を読むだけの読書力もないのなら、お手上げ。でもそれは他人の責任じゃない。私の責任でもない。
それさえ読むだけの訓練を積んでこなかった自分の責任です。日本では全員に義務教育が無料で提供されているのですから。知的障害がない以上、一般向けの新書くらい読めて当たり前です。

今回の選挙で
大阪での維新への高い支持率が、住民がいかに維新の「実践」に喜んでいるかを表していると思うのですが
「弱い者の味方」をするとき、財源を回す方法は二つあります。
一つは強者の既得権益を削って持ってくること。
もう一つはパイを増やすこと。
この両方が必要です。そしてパイを増やすには、競争が必要です。
できるところからやらなくてはいけません。
そういう意味で私は「それをどんどん実行していく橋下氏は弱いものの味方」と思ってきました。

でも、よく考えてみると、同じ「弱いものの味方」でも、発達障害ギョーカイ等の福祉勢力と違うのは
「(自称)弱者原理主義」ではないんですよね。
だからこそ、手法として効果的だと思ったのです。

さて、そのように(私から見ると)「弱いものの味方」と石原御大が組むことになり
大阪の支持者の皆様は、戸惑われたようです。
私はもう少し、御大は全国区の方かと思っていて、逆に大阪の皆様の戸惑いが興味深かったです。
「暴言ばかりじゃないか」とはらはらなさるのですが
御大慣れしている関東の人間にとっては、通常運転にしか見えない。
あの言動込みで都民は支持してきたのですよ、と教えて差し上げました。

かといって、私ですら、御大の暴言をすべて許容しているわけではないです。
「わはは、よく言ってくれた」と思うものもあるし
「そりゃまずいでしょ」っていうものもあります。
それでも政治家に必要なのは人々の暮らしをよくすることであり
言葉のほとばしりっていうのはあるでしょうから
あるときは「ちょっと言い過ぎだよ」と思いながらも
それにいちいち目くじら立てずに、でもやっぱり選挙になると選ぶ、っていう行動を
都民は取ってきたのではないでしょうか。
それがまた、昨日の猪瀬氏の大勝利につながったのではないかと思うのですが。

私も、石原御大の言動で、「わはは、よく言ってくれた」というものもあれば
「そりゃまずいでしょ」ていうのもあります。
「まずいでしょ」の最たるものといえば、私にとっては
障害者施設に行ったときに「ああいう人には人格があるのかね」と言った(と巷間伝えられる)事実がありますね。

百歩譲って好意的に見て、「あれは文学者として抱いた疑問だ」という理由付けに耳を少し傾けるとしても
やはり為政者としては、言ってはいけないことだな、とあの当時私は思いました。
実際にあの言動は、福祉関係者の間で評判悪い。それは当たり前のことです。

でもね、その後、知的障害の方とつながりの深い人たちと接するようになって(要するに保護者・支援者・ギョーカイ)
この人たち本当に、石原御大のことを責められるのかな? と逆に疑問に思うようになりました。
だって保護者が、支援者が、ギョーカイが
知的障害のある方の人格を認めていないような言動を堂々と取るじゃないですか。
自分の子の性器露出エピソードをおもしろおかしくブログに書く父親。
運動会で眠りこける写真を目のところだけ黒帯貼ってブログにあげる父親。
これは極端な例にしても、知的障害のある方の子育てブログって
「あのさあ、それ健常児だったら親殴ってるだろう」って思われるような(親による)人権侵害がいっぱいに私には見えますね。

支援者だって同じでしょ。
「障害のある人は頑張らせてはいけません」「重度だから何もわからない」
福祉にも、医療にも、こう堂々と言う人が多いことは、皆さんもご存じのはず。

だからね
石原御大の発言が差別発言だと思うのなら
まずは知的障害のある方の周囲にいる人たちこそが
本当に人格を認めなきゃいけないですよね。

昨日の選挙の結果が、私に安堵をもたらしたのは
「自分それほど民意とずれてないんだな」ということを確認できたからかもしれません。
地軸の違うギョーカイの化外の民として仕事をしていると
ギョーカイの論理が世の中のメジャーな論理なのかとこの私でさえ戸惑うこともあります。

でも自民が圧勝し、猪瀬氏が圧勝し、維新が躍進したということは
やはり猿烏賊思想の逆張りをすればそこに「世論」があるのだな、と思うに至りました。
この「世論」はギョーカイ的には受けが悪いのかも。だったら私がここを立ち去ればいいだけのことなので
維新の躍進に力を得て
もう少し「弱者原理主義ではない弱いものの味方」の本を出してみようと思います。
コメント

安倍政権樹立におびえる猿烏賊スペクトラムの皆様へ

2012-12-16 09:38:08 | 日記
さて、投票日ですよ。
皆さん、投票しましょうね。
自分たちの未来は、自分たちで選ぼうよね。

事前情報では、自民党圧倒的優位ということで
もう一回、安倍晋三氏が総理大臣になりそう、ということで
「親学」の関係で「発達障害者にとって困ったことになった」とおびえていらっしゃる方も多いと思います。

私個人の意見では
自民党が政権につくことは、留保付きではあるものの、別にいやではありませんし
この選挙戦が始まるまでは、どっちかというと安倍シンパだったような気がします。
総裁選の頃までは安倍さんを応援していた(党員ではありません。ただの心情的応援)。

でも選挙戦が始まって、安倍さんの頼りなさがちょっと目についてきたのかな、ということと
自民は民主よりマシだけど、やはり既得権益に配慮するってことはこれからの若い人たちに財源が回らないだろうということで
自治体レベルで既得権益を削り「私立高校無償化」など、次世代育成にお金を回してきた維新を応援してきました。
母子家庭その他、経済的に豊かでないおうちの子にも、チャンスが広がるよね。

まあ自分のキャラ的に言っても
マスコミになんか言われるとひよってしまう安倍氏麻生氏のぼんぼん集団より
やられてもやり返す橋下氏石原氏の方がずっと評価できますし。

でもまあ、できたての維新が政権を取ることまでは夢想していなかったので
(これもより熱心な維新支持者とはずれがあるかもしれませんが)
自民党でまあいいんじゃないの、と思っています。
民主党よりはマシ。
でも政治家としては野田さんの方が安倍さんより上かも、と最近考えていますが
どっちも友だち原理主義でダメだよね。

政権を取った暁には、安倍さんが以前の友だち原理主義を捨てて
きっちり硬派の政権運営をしてくださることを期待しましょう。
中国も領土取りにかかってるし
ここはタカ派でいいかな、とか。

さて親学ですよ。

親学の発達障害の取り扱いは、今のところめちゃくちゃです。

でもね、保守政権である限り
「親学的」な流れは止められないと思うの。

そして保守政権ではなくなると
霞食って生きていけばいい、みたいな「反対反対」しか言わないお花畑の政権になると
おそらく日本そのものの存在が怪しくなると思うので
どっちみち共倒れです。

(あ、でもまだ投票済ませてない方、もしお花畑を支持なさるのなら、票を投じればいいと思います。どっちみち大勢に影響は<>~&%$#あれれ文字化けするなあ)

だから、そこからどう発達障害を切り離すかが、ギョーカイのお仕事だと思います。
死んだふりしてる場合じゃないです、まったく。

でもね、そのときに言い方と言う人を選んだ方がいい、というのが
ギョーカイの化外の民である私の勝手な提言です。

面倒を見てくれた姉を逆恨みした自閉症者への求刑を上回る判決に抗議するのは別にいいと思う。
でもそこで
「発達障害の当事者が傷つくから厳しい判決を出すな」
みたいな法治国家であるという前提を無視した抗議をされても、どんびきですよね。

自分の子がわいせつ行為をしておいて、警察につれてかれると
「障害者差別だ!」と息巻く保護者とそれを必死にかばうギョーカイ。
どんびきですよね。

そういう抗議をしても「やっぱり親のせいじゃね?」としかセンセイたちは感じないと思うので
抗議の際には支援者と保護者の「三つ組みの障害」に気をつけましょう。

さて
新たなサバイバルが始まりますよ。
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努力する人が報われる国(「みんな誰かに守られている その3」)

2012-12-15 11:35:48 | 日記
選挙戦が始まってから、候補者や応援演説の中で
「努力する人が報われる国にしよう」(大意)的なことが語られるようになった。

私は単純に、それはいいことだと思った。

ところが考えが違う人
「努力する人が報われる国」というスローガンが気にくわない人もいるのを見て、へ~と思った。

「努力する人が報われる国」にしたくない人というのは、どういう国を望んでいるんだろう。
「努力しても報われない国」? 違うよね。。。

ずっとこの疑問を抱いていたのだが、
先日リツイートされてきたこのついーとをみて
心底びっくりした。

そうか。「努力する人が報われる国」=「社会保障の削減」という見方があるんだ。
で、その根拠は「自分の稼いだ分を社会保障に使われたくないチンケな有権者」なるものの存在。

びっくりして、このついーとをiPhoneに乗っけて、見せたり送ったりしてみた。
私はそんな有権者見たことないし。
非実在有権者だ。
皆びっくりしていた。

多すぎる議員とか天下りの確保のための外郭団体とかに腹を立てていても
社会保障に自分の納めた税金が使われることに文句言ってる人は見たことない。
そもそもよほどの大金持ちとかよほどの大企業でない限り、納めた税金以上の恩恵を受けてるからこそ国と地方の借金が増えたんであって。

その後もついったーで見知らぬ人と話をしたのだが
貧しい出自からのし上がった人が目障りだと堂々とおっしゃるので
「じゃあ、貧しく生まれた人はずっと貧しくいてほしいのですか?」ときいてみたら
否定されなかったのでびっくりした。

でも成功者って、その分世の中を潤してくれてるでしょ。
納税でも消費でも社会活動でも。
人によってスタートラインが違うのは厳然たる事実だけど
だからこそ、そういう境遇から身を立てた人は祝福するべきじゃないですか。
と私は思うんですけど。

もちろん考えの違う人が成功することもあるだろう。
それはそれでいいと思うんだけど。
自分と考えが同じ人が成功することだってあるわけだし。

そもそもね

「努力する人が報われる国」は「努力できない人も引き上げてくれる国」じゃないんですかね。
この私の考え方、マイナーなんですかね、この世の中で。
私の実感だとそうじゃないけど。

少なくとも、ニキさんとか愛甲さんとか画伯とか
私が一緒に本を作っている人の中に
成功者を目障りがってる人って見たことないなあ。

いやあ、びっくりした。
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被災ガレキとグループホーム(「みんな誰かに守られている」 その2)

2012-12-14 11:25:03 | 日記
障害をお持ちのお子さんの保護者で、放射脳活動に励んでおられる方は
皆さんの周りにも見かけるかもしれない。
私も見かける。

昨日ご紹介した橋下徹氏の沖縄演説で、氏は基地の県外移転が今難しい理由の一つとして
本土の人間が沖縄の歴史と苦難をよく知らないこと
そしてどういうわけか日本人は身勝手になり
岩手県の被災ガレキを大阪で焼却処理することにさえ反対運動が起こることをあげていた。
被災地の復興を口では願いながら、具体的に負担を求められると、それは拒む。
このように自分のことしか考えない人が多い中で
基地の負担に手を挙げる自治体が出てくるとは考えがたい、と。
非常に情けない、という言葉をまじえながら、今の日本人の実態を率直に語っていた。

しかも、大阪が引き受けようとしている被災ガレキに危険がないことは、科学的に証明されている。
それでもそういう事実にさえ聞く耳を持たないで、日夜ラッパを鳴らしたり、迷惑な放射脳の人たち。
もしこういう活動をしている中に、障害を持つ子の保護者や関係者がいるのなら
将来、自分たちの子どもを受け入れるグループホームの建設に地域で反対運動が起こっても
短絡的に「障害者差別だ!」というルサンチマンは抱かないでほしい。

科学的に危険ではないと証明されていても
皮膚感覚で恐怖を感じ、その恐怖感を公益のために制御はしない。
そこには「国全体のため」という視点がない。「苦しんでいる同胞のため」という視点がない。
言われなき自分の恐怖に汚染されている。それを抑える気もない。
被災地復興のためのガレキ受け入れを拒む人たちも、知的障害者のグループホームが建設されることに抗議する人たちも
根っこは同じ。対象が違うだけだ。

私はすでに期日前投票を済ませ、過疎地の有権者に比べるとか弱い一票を投じてきた。
地元への利益主導で投票行動を取り、一票が重い過疎地がさびれ
地域より国を優先させてその都度投票行動を変える住民の多い都市がなぜ栄えるのか
私は長年この疑問を抱いている。

把瑠都関の祖国、エストニアは
私が住んでいる横浜の区より人口が少ない。でも独立国だ。
日本は大国で
独立したら、小国になれるような自治体がたくさんある。
だから国全体のことを考えず、自分の地元だけを大事にするのなら
とっとと日本から独立すればよいと思っている。

ムネオ氏が北海道原理主義みたいな言動を繰り広げている。
原発を止め、ロシアからパイプラインを引いて天然ガスを輸入すれば良い。そうすれば北海道が潤う。
TPPは農業を壊滅させるから絶対反対。

私は日ソ不可侵条約を破った人々にエネルギーを依存する気はないし
守るべきは農業であり、農協ではないと思っている。
農業の株式会社化、おおいに結構。
若者たちの、自閉っ子たちの、働き口にもなるかもしれない。
国全体を考えず、自分の地域だけの利益を考える政治家はもういらない。

一つ一つの自治体が、小国くらいの規模がある日本。
それでも日本としてまとまることを選んだのだから
皆さんも投票行動を取る際には
「日本人として」一票を投じて下さい。
短期的な自分の、地元の利益ではなく、それぞれのギョーカイの利益ではなく
国が栄えることに寄与すると思われる候補者・政党を選んでください。

それが一番、近道です。
子どもたちのためです。
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みんな誰かに守られている(その1)

2012-12-13 10:25:15 | 日記
戦後、平和憲法を守ってきた日本。
交戦権を永久に放棄しても、なんとか独立国家の様を成しているのは
自衛隊の存在と、日米同盟のおかげだ。

貧しい人が増えたと言いながら
徴兵されるかどうかがくじ引きできめられ、当たると喜ぶタイの人たとはだいぶ違う。
タイでは貧しくて食べられない人も多いから
軍隊のくじ引きに当たると喜ぶ人が多いそうだ。
軍隊に入れば、訓練中だって食事に事欠くことはない。おまけに、手に職つけられる。
だから退役後の仕事にも困らない。
私がよく利用する「タイ国際航空」のパイロットは
皆空軍の出身ということ。

休戦中の韓国の徴兵制はもちろんのこと
イスラエルのように、女性まで徴兵される国もある。まあ国情を考えると、理解できるよね。
頭上をミサイル(もしくは人工衛星)が飛んでいくときくらいしか、国防意識のよみがえらない日本は平和だった。これまで。

先日、「自閉っ子、深読みしなけりゃうまくいく」の話題を出したから
ふと思い出して、久しぶりにトニママさんこと仲本博子さんのブログを見た。
自閉っ子のトニー君も18歳。立派に成長している姿がうれしい。

いくつかのエントリを読んで、なんというか、これは知っておかなければならないことだったなと思ったものに出会った。
日本がのんびりしている陰で
同盟国では自閉っ子も徴兵登録を義務づけられている。トニー君も、登録したんだね。じゃないと罪に問われるそうだ。
同盟国にこれほど強固なシステムがあるから、日本人はのんびりしていられるのだ。
平和はタダではない。われわれがのんきに平和憲法を死守している陰で、同盟国では障害のある人にも徴兵登録を義務づけている。このことは日米同盟の傘の下にいる以上、自覚しておいたほうがいい。
(もちろんあそこの国も、ここのところ職業軍人で回してはいるみたいですけど)

知っておいたほうがいいですね。
平和はタダではない。
日本が今後、軍備を増強するかどうかはわからないが、今ここに国があるということは
誰かが守ってくれているのだと、私たちはもっと知った方がいいですね。
そして自国を守るのに、ずっと他国を頼り続けていいか
よその国にとっても日本にとっても本当にそれがいいことなのか
真剣に考えた方がいいです。

いくら平和でも
国防を他人まかせにしてきたツケっていうのを日本は確実に払っているからね。
自分の国を自分で守る気概を失ってしまった、っていうのも大きな犠牲だが
物理的に犠牲を払っている人たちもいる。
そう、沖縄の人たちだ。

昨日、橋下徹氏の沖縄での演説がネットにアップされていた。
「平和というものが、安全というものが、汗をかかずに手に入るものだという教育を受けてきた」
それが本土の人間だと。

私は沖縄に次いで基地負担の多い神奈川県出身だから、戦闘機が飛ぶ姿、
街中で酔っ払う米兵の姿は普通に見ていて
基地のない関西の人とは米軍に関する思いが若干違うと思うけど
たいした負担をせずに、平和を享受してきたという意味では、本土の人間の例に漏れない。
私も氏と同じ。沖縄に出かけるようになったのは、社会人になってからだ。
というか、発達障害の仕事を始めてから。
発達障害の仕事を始めるまで、首都圏以外の人と、お仕事でふれあうことはなかった。
そういう意味では、発達障害の仕事をやっていて、いいこともいっぱいあった(いやなこともいっぱいあるけど)。

そういう大人になるまで沖縄のことをよく知らなかった本土の人間として
仕事を通じて沖縄へ来訪するようになったのをきっかけに、事情を知ろうという気持ちになり
本土との温度差に気づき、その上で
これほど誠実に、沖縄の人に現実的な政策を語りかけた政治家は、少なくとも私は他に見たことがありません。
沖縄の人は怒るのかもしれない(この演説では拍手も受けていたけど。まあこういうところに出かけてくるのは支持者が多いからね)。
沖縄以外の人は、興味がないかもしれない。氏が言うように、私たちは沖縄に関してきちんとした教育を受けていないから。
でも一人くらい、最初の数分でも見てくれることを期待して
一応ここからリンクしておきます。

普段は見えないけど
なんとか世の中が回っているのは
誰かがあなたや私を守ってくれているからです。
障害のあるなしは関係ありません。

そして我々が享受してきた平和も、タダではありません。
誰かがコストを払ってきたのです。

そのことを覚えておきましょう。


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