治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

来週はお花見

2014-03-31 09:38:51 | 日記
土曜日の時点ではまだ神奈川の西の方でも桜は始まりっていう感じでしたけど
どうなんでしょうね。
ともかく、来週の4月6日愛甲さんに質問する会@横浜
質問が少ないし、当日は出られないけれど質問のみ提出の方とかもいらして(そういう方は、あとで文書でお答えします)、いらっしゃらないところでご質問を読むのもなんだなあと思い
フリートークのコーナー長めにしようと思っていたのですが
どうせなら、みんなでお花見に行きましょう。
近所にお花見スポットがあります。
お花を見ながら愛甲さんといろいろお話するのもいいんじゃないでしょうか。

愛甲さんは三月中に、二大有名治療家のお仕事を見てきたみたいで
そういうところの支援を受けると、皆さんお薬がどんどん減ったり
知的障害のある人もない人もちゃんと仕事についていたりするそうです。
そういうお話も、雑談なら聞きやすいかなと思います。

あ、あと
いらっしゃる方で買いたい本がある方は事前にお知らせくださいませ。

追加のご参加ご希望の方は、できれば本日いっぱいにご連絡くださいませ。
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自閉症を報道するテレビ局への疑問

2014-03-30 10:35:36 | 日記
金曜日から土曜日にかけて山に行ってきました。


山ではどっかの鶏たちが鋭意アウトドアお食事中でした。


一生懸命土を掘り返してはお食事しているのを見て
われわれ人間は分業制度を生み出したおかげでラクをして食べてるなあと思いましたよ。

土曜日里に下りてきて、お城に行きました。
曲輪からなんか発見されたらしく、発掘調査中でした。


桜はまだまだこれからですが、盛大に咲いている木もありました。



お城から我が家までは実はわりと近いんで
午後遅くには家に戻りました。
そうしたら「震災と自閉症」という番組をやっているとタイムラインにあり
早速途中から見てみました。

「こんなに大変なんです」と訴える番組を、自閉っ子関係の支援者や保護者や当事者が見て
「いや、周囲がよくわかってないだけじゃないの?」っていうのはもうパターンになっている気がしますが
まあその手の番組でした。
ありのまま系、ギョーカイメジャーそろい踏みで、私のタイムラインでは著しく評判よくなかったですが
まあそれはいつものこと。

私自身色々思うことがありましたが
こういう報道をするテレビ局にきいてみたいことがあります。

成人自閉症の人の、男性とはいえ
下半身後ろ姿もばっちり映る入浴シーンとか
映す必要ありますか?

家族は許可したのですか?
もしそうだとしたら
その家族が社会の理解を訴えたとしたら、
まずは家族がその方の人権を尊重したらどうだろう、って思いますが。

だってそうでしょう。
健常者だったら、自分の入浴シーンを放映されるとか
そんなこと許すでしょうか?
障害がある人だから、どうせわかんないから、人前にそういう姿を出してもいいと判断したんでしょうかね?

昨日の番組に一番多く表された違和感はそこにあったみたいですが。
「きちんと何が起きたか教えてあげているのだろうか?」
「どうせわからないと説明を省かれているのではないだろうか?」
当事者からも、支援者からもあがってきた疑問です。

それと女性の皆さん
他人の成人男性のそういう姿を見せられるって
不快感感じませんか?

周囲にいる支援者や保護者にとっては
いつまでも「かわいい(かわいそうな)障害のある○○くん」なのかもしれません。
でも他人にとっては
立派な成人男性なんですよ。

もっとも

昨日の番組に関して、私自身の関心は、実は別のところにあったのですけどね。
番組を見ながら、栗本さんとチャットしていました。
パニックを起こすのは、苦しそうです。
そしてそのときの身体の状態を見ていたのです。

それはまた、別の日に。
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DVを防ぐために考えた方法(遠回りです)

2014-03-28 09:35:44 | 日記
私は私生活で、DVの恐怖とか感じたことは一秒もない。
ていうか、やられたらやり返すと思うし。

でも世の中にはDVで傷ついている妻とか、別れたあとも傷になっている人とか多いので
DVはいかんなと思っていた。

今の私に、人生相談を持ちかける人はあまりいないが
(いるとしたら友だちがよほど少ないんだと思う)
かつては私も、夫婦間・男女間のトラブルとか相談されたことがあった。

つまらん相談だよね、基本的に。
犬も食わないとはよく言ったもんだと思う。

だいたい私は、自然に発言してしまうと男性の肩を持ってしまうことが多かった。
女性は私も含めて、視野が狭いよね(フェミニストに怒られそう)。
そんなわけで「つまんない相談するなよ」とあからさまにいやがっていると幸い
だんだん相談されなくなってくるのだが

最近また情愛のもつれに行きがかり上ちょっとおつきあいしている。
んで、このケースは、もちろんどっちもそれぞれ悪いところはあるけど
男性が潔くないこと目に余る。

詳しくは書かないけど
「自分が傷ついた」ことを前面に押し出して戦う弱者利権みたいなものを
最初から当然だと思っている世代が出てきたんだな、っていう感じである。

これを是としていては、DVとかを許すことになると思うね。

基本的に

「自分の弱い感情は自分で処理せよ」と私は言いたい。
他人に八つ当たりするな。
ましてや愛する人に。

=====


「頑張れる人ばかりではありません。頑張れない人の気持ちをわかってください」とかつまんないこと言う人よくいるよね。
私はこれ言われると
「なんでそんなものわかんなきゃいけないの?」ときょとんとする。

でもまあ「頑張れない人を責めない」くらいの配慮はできる。
あっちからせめてこない限りはね。専守防衛なので。

ところが

「頑張れない人は、頑張る人をたたえる人を見ると傷つく」とか言われると

はあ~それは八つ当たりでしょ、って思う。

ところがここで「頑張れない人のために頑張る人をたたえるのはやめよう」と配慮する人が出てくると、情報が偏る。私はそれはいやだ。頑張れる人、頑張って報われた人の話は絶対に伝えたい。それによって勇気づけられる人にも知る権利はある。

そして(おそらく心優しい)「頑張れない人のために頑張る人をたたえるのはやめよう」という配慮する人も、そう決めた理由は様々だと思う。

・頑張れない人がかわいそうだ

という気持ちももちろんあるけれど

・頑張れない人に攻撃されるのはいやだ

っていう気持ちもあると思う。
後者の気持ちから口をつぐむ人を、私は「死んだふり」と呼んでいる。
配慮のふりしてただの保身じゃん、それ。

「頑張れない人を責めない」くらいのことは気をつける「つもり」はある。
けれども「頑張っている人をたたえる人がいると傷つく」となると、それは「脳みそが健康じゃないんだろうからまず健康を取り戻したら?」とアドバイスしたい。トンデモでもなんでもいいから、サプリでも運動でも自分に合ってるものを発見して(小さなEBMで可)、まず「他人がほめられても自分が責められているわけではない」と納得できるところまで健康になりなよ。

ところがそういうことなんにもやらず「頑張っている人をたたえないでくれ、傷つくから」とか言われると

「心が弱いってそんなにえらいのかよ? 人に権限を過ぎた指図する権利が、心が弱いっていうだけであるのかよ?」って思う。

繰り返しになるけど
こういうとき、弱いことを肯定してはいかんと思う。

「あんたが悩んでいるのはかわいそうだ。でも八つ当たりはやめろ」

ってきっぱり言う人がいてもいいと思う。

というわけで、これが私のDV防止策です。

今日は個人的に休暇なので、ちょっとヒマなネタを考えてみました。

あ、あとさあ

弱者利権をふりかざす人にやいのやいの言われて

「恵まれている」ことに罪悪感みたいなの感じる人もいるでしょ。
とくに自閉圏の人って。りちぎだからね。

それもいらんから。

恵まれている人は
感謝すればいい。
それだけ。
罪悪感から言動を変えると
それはまた、私の目には「死んだふり」に映ったりすること「も」あります。

=====

写真は去年の青いお祭り。うちのあたりから撮りました。
死んだふりギョーカイの人徳の賜で大雨でした。
ご参集なさるプロ市民の皆様のためにも
今年は晴れるといいですね。
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傷ついた~という勝手な要求

2014-03-27 09:36:17 | 日記
かつてこのブログに傷ついたわけのわからん人がいた。
奇跡のような出会いを綴ったこのブログに。
どっちかというと感動的じゃないですか。
ところが、どうやら自分に関係ある場所だけクローズアップして、読者の手紙をまんまのっけるのが率直すぎると思ったらしい。

他人が率直すぎて傷つくのは
要するに現実を受け止めていないっていうことだ。
率直すぎる他人を責める前に、現実をまんま受け取る強さを身につけましょう。

というのが私の基本戦略なので
ときおり

「そんなことを言うと傷つく」とか

「あんなことを言ったから、自殺未遂を起こした」とか

傷ついたこと、自殺未遂をしたことを錦の御旗のように振りかざす人がいるが

それは自分勝手にしか見えない。

そしてその自分勝手の方の肩を持ち

「もっと配慮した発言を」としたり顔でアドバイスしている人とかがいると

「あんたは自分勝手な方の味方ですかい」と思って、うっすら抱いていた好意すら消えていきます。

なんのことかわからないと思うけど

それでうちの著者は、読者との交流を広げるチャンスを一つ失ったなあ、と思っています。

本を出してもえらくない。
それは動かすことのできない現実なんですよ。

えらくない本を出す人に、あれこれ自分の不満をぶつけてどうするんだろうね、まったく。

写真は、この前の冬、横浜市金沢区社会福祉協議会でニキさんと講演したとき最後に壇上でいただいた支援学校生徒さんの作品。
今年の冬、私に会った方はおわかりのように
ヘビロテしました。
そろそろ洗ってしまっておきます。
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実習

2014-03-26 11:28:04 | 日記
知的障害の人をたくさん、継続的に雇用していることで有名な日本理化学工業で
そもそも最初のきっかけを作ったのは
養護学校の先生による実習の売り込みだったと聞いたことがあります。

それが数十年にわたる雇用に結びついているのですから
頑張って実習を売り込んだ先生は歴史を作ったことになりますね。

教師に辛口気味(婉曲表現)の私ではありますが
たくさんの教師の方たちが頑張っていらっしゃるのも知っています。
実習先の開拓のご苦労も耳にすることがあります。
教師の方たちが一生懸命実習先を開拓するのは
社会との接点を求めてのことだと思います。

(だからこそ、猿烏賊スペクトラムの皆様
働くということを名誉健常者だと非難される皆様のお子様に、実習を割り当てるような無粋な真似はやめておいた方がよさそうですね。真顔)

昨日ペガサスさんのスタッフブログで実習の様子が回ってきました。

実習は近道のようですね。
経験値積めますしね。

作業所によっては「失敗したらいけないから」と何年も実習に出さないとか
実にもったいないですね。
40社落ちても、41社目には受かるかもしれないのに。

でもこういう作業所を選ぶ人は、もしかしたらそういう慎重さを共有しているのかもしれないですね。
それはそれでいいけど
だったら就職できないのを、社会のせいにするなっていう話です。

上記ブログの過去記事をたどっていったら、私のことが書いてありました。












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自閉っ子の立ち直り能力

2014-03-25 07:51:01 | 日記
まずはおからさんが前記事にくださったコメントから。

=====

落ちるのは、求人する側が欲しい人材じゃ無かったから。と始めから知っていたので、めげずに頑張れたのだと思います。その辺りは一般的な専門学校だったので本当に誤学習せずに済みました。
そして結局、41社目でようやく内定頂けました。ハイ!!40社落ちました~(⌒‐⌒)長男お疲れ様!!です。

=====

40社!
いやあすごいもんだ。
すごい立ち直り能力ですよね。

自閉っ子なのに。

という考え方もありますけど、私から見ると「自閉っ子だからこそ立ち直り力がある」んです。
そしてギョーカイって、それをちゃんと活用しない療育が好きですよね。
真綿系の療育が好きですよね。

ちゅん平が雇い止めにあったときの立ち直りも早かった。
私はそれを見て
「モンダイな想像力」がうまく作用しているなあ、と思いましたよ。
神田橋先生のおっしゃるとおり
「弱みは強みの裏にある!」

おからさんのご長男は専門学校で
「企業はほしい人材をとる」って教えてもらっていました。
そしてそれは本当です。

学校と企業が違うのは
順位があって、上から評価されるわけじゃないっていうことです。
そのときの需要に見合った人をとる。
つまり落ちても、「あんたはだめな人間だ」って言われたわけじゃないっていうこと。
たんに「うちのニーズには合いません」っていうだけの話です。

字義通りに受けとる脳みその持ち主は
それをそのまんま受け取るんですよ。
だから最初に「本当のこと」を教えてあげれば
むしろ自閉っ子の方が立ち直りは早いんです。

なぜこの強みを活かした療育をしないのか
真綿系、ありのまま系に私が疑問を感じるところです。

そして、プロ市民ちっくな活動に近ければ近いほど
就職からは遠ざかるとも言えます。

「君がどこにもとってもらえないのは
社会に発達障害に対する理解力がないからだ」

って言ったら
ちゃんと本気にしますよ。りちぎな脳みそなんだから。

ペガサス木村氏の講演のとき

「企業に落としてもらうのも大事なこと」という話が出て
現実的に就労を決める人らしい感覚だなあ、と思いました。

翻って落ちることを恐れていつまでも作業やらせている就労支援とか
使えないな、って思います。

落ちたら落ち込む?
そりゃ人間だからそうでしょう。

「社会の理解ガー」とやりたくなる?

だったら40社落ちてからやってくださいね。

皆さんのお子さんも就労する年齢になるまでに
40社落ちてもめげない立ち直り力を育んでおくといいですね。

そしてそれは
自閉っ子だからこそ有利なんです。
立ち直る力は実は
定型発達の人より育みやすいはずなんです。

「本当のこと」さえ教えてあげればね。

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なんで「知ってた」のか

2014-03-24 10:18:00 | 日記
さて、前記事のコメント欄に書きましたが
私はおからさんのご長男が就職戦線で苦戦し不採用通知を集めている間も
「きっと最後はうまくいくだろう」と楽観しておりました。
きっとふさわしいところに決まると「知ってた」のです。

そしてそういう結果になったとき
「やっぱりね~」と一人で満足しておりました。

昨日ふと、「なんで『知ってた』んだろう?」と考えていたら
脳みその奥から、もうずっと前に出た就労支援セミナーの記憶がよみがえってきました。

当時にふさわしく
「お情けで雇ってね」という論調一色のセミナーだったのですが、その中で質疑応答があり
地元の保護者の方が
「もう何年も就活しているのに全く実らない。いったい悪いのは企業なのか保護者なのか当事者なのか社会なのか支援者なのか」みたいな質問をされ

「なんて不毛な質問なんだろう。その質問をやめるところから始めたらどうだろう」と正直な感想を抱いたのです。
もっともその頃は、ギョーカイとことを構える気がなかったワタクシ。涼しい顔をして座っておりましたが(こういう違和感がじわじわと重なってギョーカイ嫌いになっていった)。

そして気づきました。
ご子息が不採用通知をコレクションしている間、おからさんからただの一言も(そしておそらくご子息ご本人からも)「企業への恨み節」など聴かれなかったことを。

そして先日、横浜市旭区でギョーカイ人の講演会を少しだけ聴いたときの違和感を思い出しました。その方は「企業は報われる職場を用意せよ」とかおっしゃっていたのですが

「何言ってるんだろう?」と思いながら帰ってきました。
すごくその言葉に違和感があったのです。
そして夜家族に話したら

「働きに行って給料がもらえる。じゅうぶん報われているだろう」と言われ
「そうだそうだそうだよ。それ以上何を望んでいるんだろう」と気がついたのです。

プロ市民の親を持つ子どもは、それだけで不幸。
恨まないでもいい社会を恨む習慣を身につけてしまうから。
就職には不利かもしれません。

発達障害の特性を社会が大目に見たとしても
ノンバーバルではない
ある程度高機能である限り

1 目上の人に敬語が使えない

とか

2 そもそも縦になれない

人は不利なんじゃないのかな。
だからまず、身体からやっていこうよ、っていう話です。

そうしたらちゅん平から、原稿が送られてきました。
頼んでいた原稿です。
ニキさんが「当事者の方たちに伝えたいこと」というメッセージをくれたので
同じようにちゅん平にもメッセージを頼んだのです。

それを見て
「ああなるほどな」と思いました。

これを言うと
またご本尊に触れてしまうんですけどね。



=====

ところで

どっかのギョーカイメジャーが
「多様性を認める社会を」とかおっしゃっていましたが
今の日本が多様性を認めない社会だとは
私にはどうしても思えんのですよ。

むしろ「良くなった例はあまり喧伝しない」というギョーカイじゃないの?
多様性を認めないのは。
たくさん発達障害の人がいれば、中には良くなる子もいるでしょうに。

「そういう子の存在を喧伝すると、良くならない人が傷つく」とかがおきまりの言い訳でしょうけど

「よその子がよくなって傷つく」のはあまり健康な状態じゃないですね。
そういう状態を私は肯定する気にはなれないので
そういう人への配慮で自分の言動を変えることはしません。
世の中には「卑屈な人に攻撃されること」で自分の言動を変える人がいますが(例 鳥烏賊)
それは基本的にちきんのやることなので、私はやりません。

むしろこのブログでは
良くなった、うまくいった人の例をどんどんどんどん挙げていきます。
読むのがいやな人はここにこなくていいですよ。
逆に
良くなっていくケースについて知りたい方
どうぞここにお越しください。
私にとっては、それが啓発なので。
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発達障害者雇用をお考えの企業への啓発

2014-03-23 11:41:11 | 日記
就労支援の事業体が行う発達障害者就労支援セミナーに行って、がっかりした経験はありませんか?
私は時々
「このセミナーを聴いた企業の人は、ドン引きだろうな」と思うことがあります。
そして「保護者や当事者には聴かせたくないなあ」と思う。
でも知らずにそういうのに出かけて、暗澹たる気持ちで帰ってくる人もいるようで。

そりゃそうでしょうよ。
本来啓発って、この一言でいいと思うんです。
「やればできる子たちなんです」


ところがね、なるべく「どれだけ弱くて、どれだけ能力がなくて、どれだけ配慮してやっとおこぼれとして戦力になるかもしれないか」ということを訴えるセミナーが、ギョーカイの端々で行われているわけで

「この人たちに努力させてはいけません」なんて、ギョーカイ大メジャーが真顔で言うに至っては「そういうセミナーはやらない方が発達障害者のためだろう」なんて思います。

でも中にはたしかに、だめな発達障害者もいるのかもね。
私の周囲にはあんまりいませんが。

私が稀勢の里原理主義者であるように、各々のご家庭では、「うちの子原理主義」になるのはかまわないと思うんですよ。ていうかそれが自然なんじゃないの?
よその子がどうたらこうたら、気にしなくていいと思います。気になるのはたぶん、あんまり脳みそがラクな状態じゃない。

でも私は外から見てる人なので
企業にアドバイスするのなら

「ダメな発達障害者もいるんだろうし、ダメということを強調したい就労支援組織もあるんだろうけど、うちの子は働けるようになる、って小さいときから信じていて修行をしている親子もいるし、どうせ障害者枠があるのなら、そういううちの子を雇ったら?」っていうと思います。
親が「やればできる子なんだ」って信じて、前向きに修行しているうちの子を雇えばいいです。そうしたら役に立ちます。

「やればできる子たち」。
そのことを伝えたくて作った本たちです。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆
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イエローカード

2014-03-22 10:43:55 | 日記
昨日当ブログでも育成会のこと少し触れたけど
私は育成会にかかわりも恨みもありません。
資料は読ませていただいたこと多数。

ただ知的障害者が事件を起こすたびに出すコメントは非常識っぽいものが多いなあと思い
あんまり「共生」を目指してないのかな、とは思っていました。

ともかくその件で、こういう問題に萌える傾向の強い吉川徹センセがまとめを作っていらしたので、持ってきました。
香ばしい面々が発言していますね。

親の会、ってなくなりはしないと思います。
でも大規模な、地域包括的な親の会って、魅力感じない人が増えるんじゃないかな。

その理由として考えられるのは
1 親が多様化している(啓発意欲の強い親だけではなく、治療意欲の強い親も増えている)
2 しょせん死んだふり情報しかない。(1 治さない医療 2伸ばさない療育 3 就労させない就労支援。 合言葉は「様子を見ましょう」「社会の理解があれば」。これに魅力を感じる親は数が限られている)
3 治療の情報がない(むしろ治療意欲をたしなめられたりする)
4 サヨク的運動の終焉(これは他の分野でも同様)

っていうことです。逆に、こういう需要を満たす親の会は生き残るのではないでしょうか。

要するに今後も、たとえば感覚統合に興味ある人とかがそういうお勉強会したり、みたいな感じで親の会の活動は生きるでしょうが
みんなで組織だって行政に要望、みたいなのがはやらなくなるでしょう。

それが完全になくなっていいとは思いませんが
今行われているやり方に、私自身はしっくりきません。
なんか別のやり方ないのかね、って思っています。

というわけで

青い東京タワーもばからしいよね、っていう発言を私はしていますが
それを茶化すために、ギョーカイの本音のお札を二枚作りました。


要するにギョーカイが「社会の理解ガー」を訴えるとき、何を訴えたいかっていうとこれだと思ったからです。
他に主張すべきこといっぱいあるはずなのに。

そして「東京タワーは赤い方がいいよね」と言ってきたわけですが

これは別に、浅見オリジナル発言ではなく
多くの人々が潜在的に抱いていた思いを口に出したら
賛同者が意外と多かった、っていうことにすぎません。

4月2日。
世界的に自閉症啓発デイなんでしょうけど、日本では年度初めってやつです。

去年ちゅん平は、ギョーカイメジャーに啓発イベントに誘われて
「仕事があるので行けません」と断っていましたが

これがあるべき姿じゃないでしょうか。
自閉症者がきちんと社会で活躍の場を得る。
それに勝る啓発活動がどっかにあったら教えてほしいもんです。

支援者は支援が仕事です。
ならば彼らはイベントやればいい。お仕事ですから。

でも当事者は支援が仕事ではない。
それぞれの立ち位置で社会参加する主体であるはずです。

去年学生だったおからさんのご長男は、「学校があるから行けない」と断ったそうですが
当たり前です。
学生の本分は勉強。啓発イベントではありません。

そして
皆さんのお子さんも学齢期を過ぎたとき
そして新年度を迎えたとき

支援を生業とするギョーカイ人に啓発イベントに誘われても
きっぱりと断れる人に育てる方が本当じゃないですかね。

というわけで

画伯が私の作った青いお札をイエローカードにしてくれました。

無料配布します。

ばからしい啓発イベントに参加したくない方、どうぞご利用ください。


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テーマ曲

2014-03-21 14:36:02 | 日記
先ほどドラッグストアに行ったら、前の人がこまごましたものを一万円くらい買っていました。
これが噂の駆け込み需要かなあと思いながら、一個しか商品を手にしていなかったワタクシ、じっと待っておりました。
最近ドラッグストアに行くと、そこで働いている店員さんを見て、どうしてもちゅん平を思い出します。
こうやって頑張ってるんだろうなあ、とか思います。

そして家に帰ってきたら、突然噂のAir playとかいうの? が設置されていてびっくりしました。
先日から色々箱が届くなあと思っていたのですが
手当たり次第狭い家の中にいっぱいあるガジェット(iPadとかiPhoneとか)で音楽がかけられてそれがスピーカーから出てくるようになりました。これは便利です。

早速今のテーマ曲である
「坂の上の雲」のサントラをかけます。

そのときどきに作っている本で、私のヘビロテ、テーマ曲は変わります。
神田橋先生の本を作っているときには、チャイコフスキーの「悲愴」をヘビロテしていました。
鹿児島まで伺ったときにも、夜これをかけていました。

「30歳からの社会人デビュー」のときにはスメタナ「わが祖国」より「モルダウ」でした。

そして「伸ばそう! コミュニケーション力」の時には・・・

「アンパンマンのテーマ」です。
でもよく考えたら、「美しく正義にやりたい」というもりしーさんと
「愛と勇気だけが友だち」のアンパンマンはそんなに縁遠くないのかもしれません。

とにかく「10年目の自閉っ子、こういう風にできてます!」を作っている今は
「坂の上の雲」。とりわけ
この曲をヘビロテちうです。
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