治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

お箸は重労働?

2011-10-31 11:56:59 | 日記
さて、感覚統合学会のランチタイムにカツ丼を完食したちゅん平さん。
「しかもお箸ですよ」という。
おお、たしかに。

ちゅん平はきちんとお行儀をしつけられて育った人なので、もちろんお箸は使えます。
でも苦手。あれも運動企画だし。とくに疲れたときにはお箸で食事をするのはきついことのようでした。
刺激物にとても弱い人だったのに、外食でよくカレーを選んでいたのは、スプーンで食べられるからだろうなあと思っていました。

でもカツ丼のぽろぽろこぼれるご飯をちゃんとお箸で完食。
そうだなあ、これも発達。

そういえば、と思って
先日長沼先生に習った「一秒でわかる筋肉状態テスト」をやってもらいました。

札幌の講演来てた方はわかりますね。
私はお医者じゃないので、ここで詳しく書くことはしませんが
長沼先生から習いました、と他のドクターに先日お見せしたら「おお、たしかにわかるねえ」と言われましたよ。
郡司先生が「学校の教師でも使えるアセスメント方法ありませんか?」ってきいたら出てきたのよね。

こんな簡単な方法で、その子の体性感覚の大事な一部がわかるなんて
ニキさんじゃないけど「専門家の皆さん、そういう大事なことは早く言ってください」って感じだわ。

まあともかく、この一秒でわかる筋肉状態テストを私がやるとこういう感じ。
画伯に頼むほどのことじゃないので私がiPadで描きましたよ。


これはきわめてふつうみたいです。

で、ちゅん平さんがやるとこういう感じ。



長沼先生が言ってたなあ。低緊張の人はこうだって。

つまりちゅん平さんはやっぱり自然にしていると低緊張だから
お箸はそうじゃない人より重労働なわけですね。

これは運動方面の問題ですけど

今度の感覚統合学会では、専門家の皆さんが「感覚調整障害の存在証明」を一生懸命やってらっしゃいましたが
私が自閉症の人とつきあいはじめてまず気付いたのはそこというか
彼我の一番の違いは三つ組以前にそこだろう、と思っていたので
私には存在証明必要ありません。
でもわかんない人が世の中にはいっぱいいて、だから先生たち必死なんだろうなあと思いました。

私は最初から気づいていました。
それに名前がついていて、研究している先生たちがいると知ったのがあとの話ですからね。
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修行に追いつく研究なし。

2011-10-30 20:51:00 | 日記
えーと、まだ長崎にいます。飛行機遅延してます。
二日間の感覚統合学会でのお勉強が終わりました。いっぱい脳みそ使って今は眠いです。
感覚調整障害の実在性を研究者の方々が証明しようとなさってること、発達障害のアセスメントの一つとして感覚や運動面でのスケールの開発が進んでいること、感覚統合療法にとってのエビデンスとは何か、等色々な知見に触れました。
自閉症とバイオマーカーに関する浜松医大鈴木先生の発表では、前半部は「長沼先生に教わったよー」と思いながら聞いてましたが、後半は度肝を抜かれました。ああいう研究が進んでいるというだけで大騒ぎする人たちがいそうです。猿烏賊山方面に。
時代は本当に本当に変わっていくのでしょう。

でも私がしみじみと抱いた感慨は、申し訳ないですが、研究者の方々の発表がもたらしたものではありませんでした。
二日間ちゅん平と一緒にお勉強しました。大会長でお忙しい岩永先生とも偶然お会いでき、そのときちゅん平は、先生にアセスメントしていただいた結果をもとにトレーニングして、右側のボディイメージが育ったとご報告してました。そしてそのとおり、講演を聞きながら自分の右にあるスクリーンの内容を書き取っていました。
食が異様に細かったのは昔のこと、お昼にはカツ丼を完食。夜は生まれて初めて一緒にアルコールを飲みました。そして次の日はちゃんと朝からお勉強。
たくさんの方々が重い二次障害や身体の脆弱性から立ち直れない中で、立ち直れた人がいたのはなぜ?
そういう疑問に応えてくださる研究に、いつか触れることができたらいいなあと思いつつ、長崎の地を後にいたします。

岩永先生をはじめ、実行委員の皆様ありがとうございました。
とくに縁の下で支えられた若いスタッフの皆様、お見事でした。
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厳正なるあみだくじ

2011-10-28 09:40:23 | 日記
みなさん、早速ご注文をありがとうございます!

そういえば、昨日書き忘れたことがありました。

「僕は、社会(みんな)の中で生きる。」に小暮画伯が描き下ろしてくれたイラストの一枚に
さりげなく「あれ」が紛れ込ませてあります。

そう。「あれ」。
ダジャレです。

どこのページにダジャレが入っているか、見つけた方は花風社にメールをください。
小暮画伯が当該ダジャレ入りイラスト原画にサインをしてくださるそうです。
厳正なるあみだくじを行い、当選の方に贈呈させていただきます。

最近画伯はついったーでそれなりにダジャレのオーディエンスが出来て調子に乗ってるみたいですけど

画伯と私の間で、ダジャレは勝負事です。
ダジャレ後5秒無視したら私の勝ち。

ランチを一緒にすれば20勝くらい
ディナーだと40勝くらいします。

白鵬を止める稀勢の里みたいなキラーダジャレはなかなか現れませんわね。

てわけで私はダジャレをわりと低く見積もっているので

ダジャレファン層がそれほど分厚いとも思っていません。
たぶんあみだくじの応募総数も5くらいじゃないかな。

というわけで大いに当選のチャンスがありますよ、皆さん。

ふるってご参加くださいませませ!

長崎に行ってきます!
明日の基調講演講師の先生の著作がkindleで買えることをさっき知り、読み始めた泥縄な私です。
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北海道の先生たちからいただいたフィードバック

2011-10-27 12:34:39 | 日記
先日出かけた情緒障害教育研究会の会長様から
ご丁寧なお礼状をいただきました。


「障害児の未来は消化試合ではない!」ということを前提とした特別支援教育を!

っていうのがこちらからのお願い(ドヤ顔で)だったのですが

先生方からの感想として

「自閉症を異文化ととらえてみること、体力をつけるという視点、そしてそのベースに社会に送り出すということを意識して、子どもたちと向き合ってほしいという言葉がとても印象的でした」

とか

「帰ってから手に入れた本をさっそく読みたいと思います」

というこれもまたありがたいお言葉から

逆にこちらがいただいた示唆もありました。

「今後も支援学級に限定されない、幅広い特別支援教育に役立つ著作を期待しています」

なるほど。

それと、これ。

「多くの知っている成人の方がどんな現場で働いているかなどの具体的なことも少し知りたかったです」

おお、たしかに、そこはあまり話せなかったなあ、と。

で、昨日ある先生と新橋でこのあたり話し合い



「ここをきちんと伝えないといけないなあ」と思いましたよ。

みんな、大人になった姿をイメージできないから
だから真綿にくるんじゃうんじゃないかな、とか。

修行が二次障害を呼ぶんじゃなくて
修行が二次障害を防ぐっていうことがわかりにくい人がいたとしたら
大人になった姿を思い描けないからかしら、とか。

とりあえずグレーっぽいぞ、っていう人でも
どうにかなっちゃっている人いるでしょ? 大人で。

特別支援教育が下手な方向に流れると
そういうどうにかなっちゃっている人の可能性までつぶしてしまうような気がしたんですよね。

お手紙の最後に

=====

福祉・教育に限らず社会が大きく変わる時代に入っておりますが、障害のあるなしにかかわらず子どもたちの豊かな成長のために、そして働ける社会人となるよう子どもたちをはぐくんでいく所存です。

=====

みたいなお言葉があり、ありがたいなあ、と思いました。

一民間人の立場から、私も応援させていただきます。
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長崎行きます。

2011-10-26 08:44:35 | 日記
岩永竜一郎、木村順、十一元三、神田橋條治(順不同・敬称略)

臨床家リストです。

どういう臨床家リストかというと、そらパパこと藤居学と、ベムこと宮本晋がトンデモ扱いした臨床家のリスト。

「素晴らしい方ばかり。ある意味で見る目がおありなのでは」というご意見も寄せられましたが
いや、本当にその通り。

将来花風社が出すかもしれない「発達しないにはワケがある」(仮題)に向けてのヲチの成果として
「どうやら親としての実績が上げられない親には優れた臨床家を見抜けない目があるらしい」という仮説が成り立ちそうです。

どういう支援者が優秀か見抜くのも親の仕事なんですね、って言った方がいましたが
もちろんそうですね。
優れた臨床家の方たちは子どもを有機体として見ているから、学べることがあるはずで
トンデモかトンデモじゃないかが先に立つ保護者はそれだけ学べるものが少ないというわけ。

というわけで

岩永竜一郎先生が大会長を務められる
「第29回 日本感覚統合学会 研究大会 in 長崎」に週末行ってきます。

今年のテーマは
「感覚調整障害を知ろう!」 子どもの行動・情動を理解するために

感覚の問題にさえ支援が入れば、相当苦しみが取り除かれますからね。
感覚の問題、大事です。

でもまあ、参加を決めたのはそれだけじゃないかも。

長崎、っていう場所が大きいですね。
とにかく魚と酒のおいしいところだと行く気がします。

去年のこの大会のときは、私はすっかり発達障害への情熱を失っていた時期でしたが
(神田橋先生の本を出したから、もう引退でいいかなと思っていた)

札幌、っていうのに釣られて出かけてしまい
そこで長沼先生の講演を聴いちゃって、思わずその場でオファーしちゃったんですよね。

で、イマココ。

今年もいっぱいお勉強してきます。
今日じゅうにパンフレット全部読んじゃうつもり。
それでどのように動くか決めます。

受け付けに自閉っ子通信置いていただいているはずです。
数に限りがありますから、お急ぎを。

珍しく名刺も持っていくので
名刺交換をしたい方、声をかけてくださいね。

本もいっぱい置いていただいているので、買ってね。
ご希望の方にはサインもしますよ。

ちゅん平も行きます。

参加人数は800人強。当日受け付けも可能なようなので
ご興味のある方はおでかけになるといいのではないでしょうか。

あ、夜は、消えます(笑)。
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大人は楽しいよ

2011-10-25 09:38:45 | 日記
さてさて、前回のエントリ「登校し続ける気持ちの育み方」に空音さんからコメントいただきました。

ちゃんと最初から本当のことを教えてあげたほうがいい。
「言えばわかる。言わなければわからない」人たちだから。
そして一度間違って覚えたことは、なかなか忘れないから大変。

これは私が一緒に仕事をするようになったり、成人になったASDの人に聞き取りをしたりして得た結論です。

でもなかなか、定型発達の心優しい人にはこれが難しいみたい。
教えてあげると、結構喜ばれるんですけど。
一歩踏み出してみないとわかんないんだけどね。

案外空音さんや賢ママさんのような、ご自分もスペクトラムのお母さんのほうが上手なんですよね、これ。

あともう一個、空音さんは大事なことを言ってらしたと思います。

=====

大人になったらこんなに良いことがあるよ、アレソレが出来るよっていう話も、してるんですよ。
これも一緒にしないと、未来が描けないと思うからです。

=====

そう。
ここ、大事ですよね。
でもしばしば、これと逆のことが起きていると思うんです。支援業界って。

私の手元に今、「いとしご増刊 かがやき 2010 NO.6」っていう冊子があります。
発行元は社団法人 日本自閉症協会。

本当に色々な立場の方(修行系と呼んでいいような方々も含めてね)が寄稿していらっしゃるので
この冊子自体は中立的、というか、色々な意見をそのまま反映しようというコンセプトなのだと思います。

この中にあった記事

「本人の声に耳を傾けて! 誇りを持って生きることができる社会に
――親の立場から」

に、こういう一節がありました。

「変わらなければならないのは彼らではなく、”社会”の方だ。つまり、私たちが何より力を入れなければならないのは、療育機関を増やすことや、支援者を養成することよりも”社会を変えること(溜めを増やすこと)”なのだ。もちろん、幼少期から支援を受けることが有効であることは、自身の体験からもじゅうぶん理解している。障害の特性を知ることで、彼らの認知の特性にあった情報提供を行ったり、感覚の過敏などの日常的な苦痛を取り除いたり、彼らのQOLを上げ、円満な親子関係をはぐくめるメリットは高い。しかし、そこで培った自己肯定感をエネルギーにできたとしても、彼らがいずれ参加していかなければならない今の社会は、あまりにも荒んでおり、過酷すぎる。
 誤解を恐れずに言えば、愛する息子には、「こんな社会に迎合するための社会性ならば、身につける必要がない」と伝えたい」(前掲書 P41~P42)
 

ん~。こういう意見に同調する方がどれくらいいらっしゃるのかわかりません。
案外多いかもしれないね。
こういう考えで社会への働きかけをするのなら、それを邪魔する意図は私にはないですけど

ただ遠回りだと思うし

私はどうしても今の日本社会が、それほど過酷には思えないですから
ゆるいよね、日本社会は基本的に。
今が過酷というならば
これからもっと過酷になっていくと思いますよ、むしろ。世界が平準化していくと、先進国は相対的に貧しくなります。
今持っているものさえ、失うかどうかの瀬戸際じゃないのかな。むしろ。今はゆるいですよ、まだ。

まあ社会に対する見方はそれぞれだなあという感じですが、ここで話題にしたいのはそこではなく

こういう風に「社会って怖いのよ」って教えられる人と

空音さんのお子さんみたいに「大人になったらこんないいことがあるよ」って教えられる人では

社会に飛び出すときの気持ちが違うだろうな、ということです。

私は大人って楽しいと思うから、大地君たちにもそう伝えているなあ。
お酒飲めるし、先生の言うこと聞かないでいいし(違)

ニキさんはこの本の中で
「なまはげ」っていう言葉を使っています。



学校は「社会は怖いところ」って教えたけど
それはなまはげみたいな脅かし用社会で
実際に社会に出てみたら、少なくとも学校で脅かされたよりは、ゆるかった、と。

よく考えたら、学校出て学校に勤めた先生たちが
「社会は怖いのよ」って教えるって、それ変ですけど。

そう。学校って(それでおそらく一部の保護者も)
なまはげを作っちゃうと思うんですけど
自閉っ子たちは真に受けますからね。あまり脅かさないでほしいですね。

まあともかく

「自己責任」っていい言葉ですよね、私は好き。
だって責任があるっていうことは権利もあるわけだし。

でも時々異様にこの言葉を嫌う・怖がる人たちがいて

そういう人たちにとってはきっと社会って過酷なところで

それを教えられて真に受けて引きこもっている・不登校している人いそう

って思います。

自分が動けばね

助けてくれる人、親切な人、いっぱいいますよ。
邪魔する人もいるけどね
そういう人たちは、やっつければいいだけの話だし。
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登校し続ける気持ちの育み方

2011-10-24 09:01:28 | 日記
さて、「Everyday 花風社」のエントリに先生方から米をいただきました。

=====

会ってみたい (モフモフ)

2011-10-23 11:53:53

花風社さんの本にいつもお世話になっています。
私は教員ですが、大地くんに会ってみたいと思っている一人です。
小学校のコーディネーターをしていると、四年生以降の児童の問題は複雑で苦労しています。低学年にうちは本人も周囲も気に留めていなかった些細な事が、中学年以降は学校に行けなくなるような事になってしまう事があります。
そういう子達に限って「自分を理解してくれない。認めてくれない。」という思いが強いのです。
高機能自閉症と思われる子にそういう思考回路の児童が多いです。

大地君にはそういう問題はなかったのか。栗林先生あたりは、中学年以降のその辺の自我の問題を見越して早いうちから指導しているのでしょうか。これを修正してやらないと、社会だけではなく周囲は敵だらけに思い込んでいきます。自分の思い通りにいかない時に、行き過ぎた攻撃を始める児童もいます。

本で想像できる大地君にはそういうところが見られません。だからか優等生の良い子のように思ってしまいますが、実際のところはどんな指導をされているのでしょうか。教えていただければ幸いです。

=====

私も同じです。 (ニャンコ先生)

2011-10-23 14:07:41

モフモフさんの書き込みを読んでコメントします。
特に問題行動があったわけじゃない。成績だって悪くない。それなのに学校に来れなくなる子がいます。
その子に言わせれば「だって皆が、だって先生が」といった理由があるのですが、周囲がみんな同じというのはあり得ないので、彼はどんどん傷ついていきます。
モフモフさんの気持ちがよくわかります。「みんなと一緒がいい」という気持ちをどのように育てているのかと、いつも知りたいと思っていました

=====

コメントありがとうございます。花風社の本をお読みいただきありがとうございます。

昨日この米を見て、白くま母さんとも話したんですけど
「やっぱり栗林先生対策取ってたよね」と。
おそらく遅くとも一年生のころから。

成人の当事者の人たちに聞き取りをしていると
もう三、四歳のころには、自分と他の子の違いに気がついているんですね。

そのときに「みんな違ってみんないい」と言ってあげなければいけないのはもちろんだけど

それだけでは足りないかもしれない、と思います。

この問題は「自閉っ子と未来への希望」のP235ではっきりと解決済みだと私は思っています。



この中で栗林先生と私のこういう会話があります。

「先生、大地君はどうしてあんなに前向きに頑張れるお子さんなんでしょう?」
「それは○○○」でしょう」
「○○○?」

私は、ASDの人は、現実を受け止める力はあると思っています。
なのに定型発達者側が妙な遠慮をしてしまう。
それが効果のない支援になっていると思う機会が多いです。

ASDの人たちを傷つけるのは「現実」ではなく
「現実のわからなさ」だと思っています。上記の本にも書きましたが。
だからこそ、いつもASDの人には本音で話してきました。

一番かわいそうなのは、こういう状態に置かれている子ども達だと思うのです。

周囲が伝えるべきことをきちんと伝えないで、ちゃんと学校に通い続けろというのはとても難しいですね。
それに、卑怯ですよ、よく考えてみたら。

「障害があってもなくても、先に生まれた人は先に天国に行きます。
そのとき、自分のことは自分で出来る人になっていようね」

栗林先生は早いうちから、そう伝えていらっしゃったと思います。
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帯できたよ。著者紹介も差し替えた。

2011-10-23 12:31:01 | 日記
「僕は、社会(みんな)の中で生きる。」

帯できたよ。





もう8歳じゃなくて10歳だから
著者紹介も差し替えました。

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著者紹介

2001年、北海道に生まれる。小さいころから音や光への過敏性が見られた。発育は正常とされてきたが集団での学習に混乱を覚えたことから特別支援級に学ぶ。漢字が好き。運動が苦手。パパとママが大好きで宝物は二人の妹。
本書は著者三冊目の著作。
前著に二年生のとき出版した「ぼく、アスペルガーかもしれない。」及び三年生のときに出した「僕たちは発達しているよ」がある。
最近は体も大きくなりダンボールハウスにも入りきれなくなってきた。汗をかいたあとの帽子の匂いはパパと同じになってきた。妹たちはかわいいが洋服の買い物に付き合うのは大嫌い。
だんだん大人の男になりつつある小学校四年生(出版時)。

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お楽しみに!
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また読めてないよ、名大病院・吉川徹センセイ

2011-10-23 10:32:28 | 日記
さて、昨日は西麻布で楽しくお食事。
帰りのタクシーの中でiPhoneで見たら、吉川センセイがまた英文記事の紹介をしていた。

吉川センセイは英語を読むとき、助動詞をすべてすっ飛ばして訳出し、まともな論文をトンデモとして紹介するという荒業をお持ちだが
とにかく読解力は?の方であり、しかもその自覚がないらしく
140字にサマリーしてはミスリーディングな紹介をする。
これを放っておいては、日本の発達障害に関係する人々(とくにエンドユーザー)に大迷惑なので
私はかねて匿名でねちねちやられた専守防衛もかねて、吉川センセイの不備は指摘しておく。

上記の記事、日本での新聞の紹介は大体
「ティーンエイジになってもIQは上がる」ということだが
そんなことは誰でも知ってるでしょ。
賢ママさんちを見てごらん。ぶんちゃんを見てごらん。
そんな例があると、自分ちの子の年金の等級に影響するかもしれないから
必死に否定したりよそんちに証明を迫ったりするオバカさんはたまにいるけど。

でもね、ちゃんと読んでほしい。
ここで話題になっているのは「上がる」ことではなく「変動する」ことであり
比較的高いIQを持って生まれても、ティーンエイジ時代ちゃんと脳みそを使っていなければ下がる危険もあるのだ。
障害があるから、といって不登校状態を放置する保護者や教師は、
いや、不登校している子どもを絶賛するような人たちは
よく知っておいたほうがいいね。

でもこの論文のサマリー、大事なのはそこじゃない、と私は考える。

言語性IQと非言語性IQがかかわる脳部位の違いが画像で明らかになった。
これは長沼先生の本でも詳しい。脳みその画像も載ってる。




そして非言語性IQの発達に関しては、感覚運動の問題と関連がある。
こんなのはすでに、神田橋先生の本に載っている。
ていうか感覚統合を取り入れている現場の先生たちは、実感していらっしゃるはずだ。



感覚運動の問題を吉川センセイがすっ飛ばすのは、英語がお読みになれないのか、そのほかに政治的な意図があるのかは存じ上げませんが

まあ迷惑な話です。

「発達したい人たち」にとって。

だからあえて指摘しておきますね。
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Everyday 花風社

2011-10-22 09:08:56 | 日記
さて、毎日ネタ大杉で、帯広の講演会のご報告を書かないまま一週間経っちゃいました。

第38回情緒障害教育研究会。
全体のテーマは「子どもの生きる意欲を育む 特別支援教育の今とこれから」で
私はその記念講演を下記のような題で行わせていただきました。

「社会に送り出すために、学校で教えられると思うこと」
一民間人からの、学校へのお願いです(ドヤ顔で)。

パワーポイント40枚持っていきましたが、やはり二時間に収めるのは大変ですね。
おかげさまで好評だったようですし
文字起こししておこうと思います。
電子書籍の環境も整ってきたら、どっかで発表できるかもしれません。

閉会式前の記念講演ということで
お聞きになっていた現地の校長先生が締めてくださったんですけど

「私はAKB48のファンで、花風社って聞いたらカチューシャを思い出したんですけど
これからはEveryday 花風社で!」というキャッチフレーズを賜り

ありがたいなあ、使わせていただこう

と思ったと同時に

どこに行ってもダジャレにあうような気がして遠い目になりました。

校長先生、ありがとうございました。
座布団10枚ですノ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇。

写真は十勝で見た花時計です。
十勝は左右地平線が広がっている世界。
内地の人間が思い描く北海道そのものが広がっておりました。
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