治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

凡医を問い詰める会本部にご報告をいただきました!

2019-03-31 08:13:55 | 日記
今朝は気分がよいです。おとといで親知らず抜歯後の抗生物質が終わって「なんか力が入らない」感じがなくなり、昨日は三時間がっつり筋トレできて、美味しい夕飯と適度な(ほんとです)お酒、そしてツイッターでクラスタさんが大活躍し、おまけにちゅん平のつぶやきから新企画を思いつき、こよりさんともう一人長年の読者の方ですっかり治って正社員としてお勤めし結婚され最近はおうちを買った方が書いてくださるということで、また楽しくなりそうだからです。あ、ちなみにローンを組むときは精神でも手帳持っていると色々面倒くさいようなので、手帳返上して時間が経っていてよかったそうですよ。これも手帳取ろうっていうときにちょっと考えておいた方がいいですね。

そしてたっぷり寝て今朝気分よく起きたら「花風社内凡医を問い詰める会本部」に凡医報告をいただいていました。貼らせていただきます。

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これまで療育センターとかいろいろ行きましたが、どこへ行っても、
「発達障害者支援センターに行きなさい」
と言われました。


最後に受診した精神科クリニックの先生(当時50~70代くらい/男性)には診察時に、
私「発達障害者支援センターに行かなくてはならないのは何故ですか?そこに行くと何が良くなるんですか?」
と聞いたら、先生は、
医者「専門家といっしょに、自分の生活の工夫の仕方について共同研究することで、発達障害の人は生きやすくなる」
と教科書的なアドバイスをしました。当時は既に栗本さんの御本やら、原始反射アプローチも知ってたのでせっせこ治して次のステップに進もうと考えていた時期でした。部分的だけど治りつつある部分もすでにあったので、とても「生活の工夫(笑)」では物足りず。センターは‥‥略。ですので、

私「でも私は、発達障害の本は今までもたくさん読んできたので発達障害がどんなものか分かっていますし、センターに相談しても何も解決しませんでしたよ。それでも行った方がいいですか?」
と言いました。そして、

医者「あの‥今のアドバイスはあくまで医学的な見解から見たアドバイスね。まぁ、いろんな経験をする事の方が大事だと思うよ。」
と最終的には医者の方から折れました。




この先生は発達障害については標準的な考えです。薬とかカウンセリングとか。就労支援必要であれば医者からPSW紹介したりとか。
自分の場合は、薬もカウンセリングもいらなかったのでこのやり取りで通院は終わりました。けど、出禁になったわけではなく、診断書が必要だったらまた新患枠で予約とってね、ということでした。

最後にこの先生と会ったのは3年前ですので、このネタも3年前の話です(^^)
最近某有名カルト教祖を父親に持つYouTuberの動画を見てますけど、手口がまさにギョーカイそのものでした。。。教祖様の意見と少しでも違うと、実の子どもだろうと悪魔、妖怪扱い。YouTuberが洗脳から目覚め辞めても囲いこもうとする。まさに私の知っているギョーカイそのものでした。人生も生きつ戻りつの繰り返しですけど、決してギョーカイという名のカルト集団には戻りたくないです。

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そうだよねえ。もともと発達障害者支援法はただの念仏だし、発達障害者支援センターが提供できるのは祈りの場にすぎない。
奈良時代様々な国難があり、それに対して大仏建立しようってできたのが東大寺の大仏。あのときはあれが精一杯だったんですよ。医学も疫学もなければ土地に生産性もなく自然の脅威に太刀打ちするすべも乏しく祈るだけが精一杯だったんですな。それでせめて祈りでなんとかしようと東大寺に大仏建立し諸国に護国寺を建てた。
発達障害者支援法が大仏で護国寺が各都道府県及び政令指定都市に設置された発達障害者支援センターなんだけど、そこに行っても肩すかしくらうのは祈りしか提供されていないから。本当に助かる情報は得られないからです。それをみんな知っているのに未だに教科書的に「発達障害者支援センター行け」なんていうのはそれはなすすべもないけどとにかくたらい回ししておきたいギョーカイを営業したい凡医ですな。そういう人にはたしかに「発達障害者支援センターに行って何かいいことありますか? これまで役に立ったことないんですけど」って問い詰めた方がいいかもしれません。

発達障害者支援法がなんで当事者保護者に役に立ってないかはこれにまとめました。電子書籍なので気軽にスマホで読めますよ。Kindleアプリ無料ダウンロードして買ってね。


『発達障害者支援法は誰を救ったか?』

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202X年猿烏賊ジュニアの成長 その10 初めてのキャラメルマキアート

2019-03-30 10:23:27 | 日記
続きです。

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スターバックスに入ったのは初めての猿烏賊ジュニアだった。
オーダーの仕方もわからなかったのだが、大学生がキャラメルマキアートなるものを頼んでくれた。
美味しい。

LINEで友だちになってたことに気づいたのは、母と喧嘩した翌朝のことだ。
大学生に再会したことを話すと激昂した母。
あそこんちは「トンデモ」に走ったのだから、と口走った母。

そのトンデモってやつで大学生になれて十倍の時給がもらえるバイトができるようになるのなら俺もトンデモが良かった、と母に言い捨てて自室にこもった。なかなか眠れずに朝を迎え、めんどくさいので作業所はサボった。

母が作業所に電話する声が聞こえた。それからまた誰かに電話して泣いている。どうせ親の会の仲間かえらい先生だろう。

そのとき気づいたのだ。昨日の大学生とLINE友だちになっていたことに。
こんにちは、のスタンプを送ってみた。

スタンプが帰ってきた。
会える?ときいてみた。
いいよ、との答え。
バイト終わる時間を聞き、駅前で待ち合わせしてこの店にやってきた。
時給900円もらえると、こういう店にも慣れてるのかな。

猿烏賊ジュニアはコミュニケーションがうまくない。
久しぶりに会ってみたもののどう切り出せばわからない。

結局
「おまえんちトンデモなんだって?」と率直にきいてしまった。

「トンデモ?」
「なんか、母ちゃんたちがやってた親の会をおまえんちだけ抜けて、トンデモに走ったって。それで大学生になれたんだって」

「ああ、それがトンデモなのか。たしかに母さんが親の会抜けた時は大変だったみたいだ。君んちの母さんたちに言われたんだって。抜けたらもうえらい先生たちに相談することはできませんよ、って」

「でももう相談することない、って母さんは言ったみたいだ。その頃には、僕の発達障害が治る道が見えてたからね」

「え? 発達障害って治るの?」と猿烏賊ジュニア。「お前治ったの?」

「とりあえず僕は今、発達障害で困っていることはない。前みたいに人ごみの中でもうるさくないからバイトもできるし大学も行ける。大学の友だちにも発達障害のことは話してない」

「隠してるの?」
「いや、隠すつもりはないけど別に発達障害だからこういう気を使ってくれとか頼む必要もないし。きかれたら昔は発達障害だったんだよ、でも治った、って答えるかもしれないけど今のところきかれないし」

不思議な話だ、と身を乗り出す猿烏賊ジュニアであった。


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さて、大学生は猿烏賊ジュニアに何を語るでしょうか?


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怒っていいんだよ

2019-03-29 09:34:10 | 日記
「NEURO」の書評を順次ご紹介していくつもりだったのに、日々話題が多く、途中になっていました。
今日ご紹介するのも、とても大事な書評です。
ひろあさんの書評。


これまで4名の方(大久保さん、藤家さん、ねこ母さん、Keiさん)の書評を紹介させていただきましたが、この4名の方には日本のどこかで、あるいはあちこちで、お目にかかったことが何回もあるけれど、ひろあさんにはまだお目にかかったことがないと思います。

それでも私にとって印象に残る書評でした。
ああちゃんと読んでいただいているな~と思ったからです。

この書評を今日リンクしようと思い出したのは、ついっ友にして長年の花風社クラスタでお子さんがどんどん治っているちょこベビーさんのこのつぶやきを見たからです。

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新幹線車内でNEUROを読む。
完全にギョーカイに喧嘩売ってるんだけど、たった一人では無力かもしれない親達の沢山の声を一冊にまとめてくれている「花風社の浅見社長」が喧嘩を売っている本ではない。ギョーカイに馬鹿にされ続け、食いものにされてきた親達が喧嘩を売っている本だと感じる→

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このツイートを読んで「そうだひろあさんもそのへん読み取ってくださっていたなあ」と思い出したのです。
私はあの本を医療者向けに書いていません。
医療者を初めとする支援者によって苦しめられてきた当事者保護者に向けて書いています。
一方で医療者や支援者が読むのはもちろん想定しています。
最後に支援者へのメッセージもあるし。
優しいメッセージでもなければ、けんか腰のメッセージでもない。
「決断しろよ」という促しです。

NEUROなんだから発達障害は全身の話。全身の話なら医者より親の方が治せるのは当たり前。なのに1ミリも治せない専門家たちが発達障害の人の持つ生きづらさを社会のせいにしながら親をいいようにこき使ってきたキャラバン世代の歴史。自分が見てきた歴史を踏まえて書いています。

親たちに「治せない医療に怒っていいよ」「治せない医療と訣別してもいいよ」と書いています。

そしてNEUROの5文字が発達障害についたからこそ、やれることが見えてくるんです。
もうABAはダメ。SSTもダメ。
むしろ徒手療法家方面こそが役に立つかもしれません。
彼らの方が凡医より行動分析家より神経の育て方を知っているからです。

最初の漫画を見てください。
私が最初に治ってほしい、と思った四つの現象。
ここからすべてが始まったのですが。

医療はそれを治せなかったのです。
そして徒手療法家にはその知見があったのです。
その知見を日々運用するのは親の役目です。
もう医療はいらないかもしれない。
支援はいらないかもしれない。
身体・神経に関する知識とそれを日々楽しんで運用する家庭環境があれば、発達障害は相当治っていくでしょう。

つまり

発達障害は治ります。
でも治すのは医者ではありません。
親なんです。
そして何よりも、本人なのです。

「発達障害=神経発達障害」という事実を認めてしまえば、現行の療育が一気に陳腐化します。
むしろくだらない大脳皮質のみへのアプローチをやめて、末梢神経・中枢神経への働きかけ方を知っている徒手療法家の人たちが発達障害の分野に入ってくれば相当治ると思います。
栗本さんがあれだけ役立っていることを見ても明らかです。
それがいつもエビデンスガーとか医療ガーとうるさい人たちがDSM-5だけは無視している理由だと私は思っています。
医療もABAもSSTも、認知行動療法とかしかできない頭でっかち身体音痴の凡心理士も、とにかく彼らが必死に暗記学習してきたことが役立たずだとわかってしまうからです。
神経の発達障害だとすると。

私は先日杉山大先生の『発達障害の子どもたち』はとてつもない名著だと書きました。
そのあとも読み進み、名著には違いないけど、杉山大先生は子どもたちにとって一番大事なリソースを過小評価していると思いました。

それは何でしょう?

親心です。

虐待事例なども多く扱ってきたから、親にできることを過小評価しているのかもしれません。
それでも私が知っている限りでも杉山先生の患者さんの保護者にはきちんとした方たちもいたはずです。
それにしては親を軽んじすぎています。

それと杉山大先生にとって神経は伝達物質だけの話なのかもしれません。
末梢神経まで考えていないのかもしれません。
「頭蓋骨から解放」されていないのです。
でも治っている人は末梢神経の育ちをないがしろにしなかった人たちですね。

とてつもない名著ですが、やはり医療の限界を感じた一冊でもありました。
考えてみたら、神田橋杉山対談というあの大イベントで私が結局学んだのも「医療には限界がある」ということです。
神田橋、杉山両巨頭が対談しても私があの現場で学んだのは「医療の限界」だったのです。

それがNEUROの5文字でなぜかわかったのです。
NEUROなら、医療の領域でできることは少ないのです。
なぜなら育ちは生活の中で起きるから。

なのに医療いばりすぎ。
インチキ占いで「一生治りません」とか言ってるんですから。
だから凡医を問い詰めようよ、と画伯に漫画にしてもらったのです。

治せないのに威張っている医療や支援に「怒っていいんだよ」という本です、NEUROは。
そして「じゃあ何をすればいいか」をかなり具体的に提言していると思います。


「NEURO 神経発達障害という突破口


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重い子の言語療法

2019-03-28 09:06:50 | 日記
ツイッターで「40年先生と重い子の言語療法どっちがいい?」とアンケートを取ったら重い子の言語療法について書いてほしいというお声があったのでこっちを書きますが、ツイッターでも言ったようにたいしたことは書けないのです。別に私は現場を見たわけではないし。

このことを思い出したのはついっ友にして花風社クラスタのアルパカさんご子息がSTを卒業になったという朗報を目にしたからです。おめでとうございます!

2年前は知的障害、支援級も無理、一生福祉の世話に、と言われていたのに花風社の言葉以前のアプローチ栄養療法その他に親子で取り組んだ結果発達検査の数値も伸び言葉も出たのであとは時折凡医を問い詰めに行くだけでよいようです。ぱちぱちぱち。これがDSM-5の言っていた正しい知的障害の予後ですね。日本では紹介されてないけどな。

そしてこの朗報がもたらされ私が祝福したのはアルパカジュニアだけではありません。

こうやって治る子が治っていけばいつか重度の子も言語療法のチャンスが来るかも、と思ったのです。

川崎だか横浜だかどっかこのへんでは知的に四歳に達していないと言語療法が受けられないそうです。つまり「やってもムダ」だと思われるのですね。

なんと差別的な、と思いますが考えてみれば東田さんをインチキ扱いしている凡医山猿烏賊山においては内言語なんてないんでしょうから、東田さんインチキ扱いという差別心が「重い子には言語療法を与えない」という「標準療育」になっているようですな。アルパカジュニアは支援級も無理と言われていたけどそこまで重くなかったのか、あるいは自治体によって違うか、あるいは凡医が同じ病院内のSTを営業したか、なんかだと思います。ホームランバー医師がかかわりのある病院でコンサータもらった人をカラス病院の依存症外来にキャッチセールスしたようなもんかもしれません。

まあともかくアルパカジュニアとか、それくらいの子がどんどん治れば、いつかは重い子にも言語療法のチャンスが来るかもしれません。それが役に立つ子もいるかもしれません。アルパカジュニアの場合にはそっちより他の方法が役に立ったようですが。

というのは、言語療法はなんかうがいからとかやるようですが、そういうSTが持っているノウハウを持っていない家庭もあるので、効くこともあるでしょうからね。

措置時代、言語療法はムダと見なされたレベルの人は大人になって入所施設に入れられることが多かったと思います。

そしてそこでラッキーなことに、愛甲さんに会った人たちもいます。
一応更生施設ということになっているので、更生的な何かをやることになり、アリバイ的などうでもいい支援もあったんでしょうけど、中には愛甲さんに巡り会った幸運な人もいます。

そういう人はしゃべれるようになったりしています。そして入所施設を出てより独立性の高い住居に移るという夢をかなえたりしています。つまり、重いからってあきらめられず小さいときにことばの指導を受けていたらまた違った人生だったのかもしれないのです。

やはり治るは正義ですね。自分のうちにとってだけじゃなく、よそのうちにも正義。

と、ただそれだけなんですけど。

今のところ花風社の本で言葉が出たという実績をよくきくのは『脳みそラクラクセラピー』と『人間脳を育てる』ですね。

とくに『人間脳を育てる』のふくらはぎの話。灰谷さんからきいたときは「へえそうなの」としか思わなかったんですけど載せといてよかったですね。というのは、あれで言葉が出たという人が結構いるからです。

何より家でできて無料ですからね。

個人的には『人間脳の根っこを育てる』もおそらく言語によい影響があると思っています。
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とてつもない名著

2019-03-27 06:25:58 | 日記


ぽっかり時間の空いた(っていうか寝込むつもりで空けた)昨日、お天気も回復してきたので私は電子書籍を読みながら港の方を歩いてきました。
春になりました。
山下公園の枝垂れ桜、毎年見に行きます。見頃でしたよ。

さて、何を読んでいたかというと新刊のときすぐに読んだ杉山大先生の「発達障害の子どもたち」です。
DSM5のアンチョコの杉様本

から入った若い読者には、トンデモない先生だと思われるかもしれませんが、基本いい本を書く先生なんですよ。
そしてこの本は、読み返してみると並の名著じゃないですね。とてつもない名著です。
もちろん今となっては(とくに進路について)古くなったところ、医者の限界としてのお花畑のところがあり、ここは鵜呑みにしちゃいけませんが(きっと鵜呑みにして人生棒に振った人がしゃちほこ県とかにはたくさんいるような気がしますよ)何しろ帯のフレーズが「治る子と治らない子、その違いはどこか」方面だし、基本発達障害者は発達すると考えてきた先生なんですよね。あのアンチョコを最初に読んだ人には信じられないでしょ?

つまり「神経」の2文字はどう見てもやはり「わざと無視した」っていうことですね。
なぜか?
それを私は「NEURO 神経発達障害という突破口」のP103あたりに書いたんですね。
そのままABAの悪口~言葉以前のアプローチの有効性に突入しています。

そういえば昨日役に立たない方の大久保さんがこんなこと言ってました。



すごいですね~。
ABAやっている人にとっては「アウシュビッツがなかった」と同じくらい「発達障害が治る」はありえないことなんだ。オソロシイ話です。それだけABAでは治らないんですね。
杉山先生の言う「違いはどこか?」の一つは「ABAやってる子は治らない」かもしれませんね。

今日も読み進めてみます。

そして杉様(っていうかギョーカイ医師たち)がなんでNEUROの5文字にほおっかむりしているか書いた本



っていうか

NEUROの5文字こそ「適切なかかわりのヒントになるよ」と書いた本

「NEURO 神経発達障害という突破口

大真面目に売れています。


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断薬と親知らず

2019-03-26 10:43:58 | 日記
今日はもう、書きたいネタいっぱいありすぎ。
おまけに私は時間があるんだけど、お花の季節でもありお天気悪い中散歩でもしてこようかなと思っています。

何が書きたいネタかというと、先日の1,2,3も3しか書いてなくて、意外と2のリクエストが多いんですよね。やはり人口の多い東京、の専門病院であるカラス病院仮名にはかかわりのある人がそれなりに多いんだろうな~と。
そのうち書くかもしれないけどとりあえず。『発達障害、治るが勝ち!』の中に出てきた「ホームランバー医師」ね。これここの先生の講演聴いたときに思いついたことです。本当にホームランバーでしたよ。

そしてなんで今日私が比較的時間があるかというと、ぶっ倒れている予定で、というかぶっ倒れていてもいいように時間を空けといたからなんですね。だけどぶっ倒れていない。おまけに標準医療に忠実に従って禁激しい運動禁酒の日なんです。

なんでかっていうと、昨日のツイッターとか見ていた人には信じられないかもしれないけど(また四十年先生っていうすごいキャラが出てきましたね。発達障害が脳機能障害で治らない、という自説の根拠が四十年まえの知見だという。ねこ母さんが伝統芸能かよ!と突っ込んでいましたが本当にそう。科学ではないですね少なくとも)私は昨日生まれて初めて親知らずを抜いたんです。親知らず抜歯に関しては怖い話いっぱい聴くでしょ。痛むとか腫れるとか寝込むとかね。人によっては一週間くらいものにならない、っていうことなんで、旅行とか出張とか講演は避けるし、そうこうしているとこの時期しかなく、なんとか三日はゆるくできる体制を整えて昨日抜きに行ったんですよ。

抜く前は当然びびるわけですが、ちゅん平が断薬頑張っているのが励みになりました。パキシルの断薬。きついんですってね。愛甲さんもパキシルは本当に断薬大変だ。頑張れ! って言ってたのでちゅん平に伝えましたけど、神田橋先生でさえ粉にして一粒くらいたくさんの水にまぜて、っていうプロセスを経て断薬にもってくけどそれはそれはつらいんだそうです。本当にちゅん平くらい根性ないと断薬は無理。親知らずがどんなもんか知らないけど、少なくともパキシルの断薬よりはつらくないはず。ちゅん平が頑張っているから私も頑張るんだ、と私は昨日勇躍歯医者さんに出かけたわけです。

そういえばカラス病院のホームランバー先生が理事長している病院にかかっていた人がカラス病院に行ったらホームランバー先生に「コンサータ中毒だから依存症外来にかかれ」とか言われたらしいけど、医業っていうのはえげつないですね。自分で患者作っといてそれをまた依存症治療する。マッチポンプ。二重の売り上げ。すげえわ。ほとんど詐欺。詐欺ではないですよ。ほとんど詐欺。しかもその売り上げがみんなから集めた金だからね~。

それに比べると歯医者さんは単価安いですよね。私が行っているところも若いけどいい先生ですよ。というわけで標準医療を信じる一日でした。

そして抜いてみたんですけど、全く痛みも腫れもない。通常どおり。ツイッターでクラスタのみなさんとアンチをいじるのもなんの支障もなく、夫は仰げば尊しされる日でご飯もいらず、お酒も運動も禁止の夜は長くてNHKオンデマンドでドラマ見たあとツイッターに戻ったらみなさんが勇躍40年先生を問い詰めていてたくましいなあと思いました。黙りこくって支援者にこき使われていたキャラバン世代との違い。たくましい。

それから夫が持ち帰った仰げば尊し花束を二つにわけて玄関とリビングに飾って(家が華やかになりました。卒業生の皆様おめでとうございます&ありがとうございます)夜は更けたのでした。

そういうわけで今日までは禁酒禁激しい運動で明日まで抗生物質処方されていて、一応私は発達障害以外の標準医療はリスペクトしているので守っていますが、ほぼ影響はなさそうです。

おそらくこれは数ヶ月続けた高タンパクの成果ですね。実際に読者の方でも高タンパクしたらそれまで長い時間がかかっていた歯科治療が進むようになったという体験を持つ方がいらっしゃいましたが、栄養状態はそれだけ物を言う。そして数ヶ月で人体は変わる。お子さんなら状態がもっと変わっても不思議ではありません。

そしてちゅん平が減薬、減薬ときてついに十九年のんでいたパキシルの断薬までたどりついたのも(しかも仕事しながら)みんなと一緒に藤川理論を実践し食生活が健康になったことと無関係とは思えません。

それでもこれだけ断薬に苦労するのです。
今、安易にお子さんに薬を勧めている学校関係者はそれをわかっておくべきですね。
そして薬に頼る親御さんたちも。

いったん薬入れたら、根性ないと薬抜けません。
そして抜くときは、栄養状態整えた方がいいですね。
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202X年猿烏賊ジュニアの成長 その9 なんのための特別支援教育?

2019-03-25 13:19:10 | 日記
しばらく間が空いてしまいました。
連載の続きです。
猿烏賊母と現大学生母たちの親の会活動で学校見学に行くところからです。

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地元のえらい先生が監修した高校ができたという。親の会で見学に行くことにした。


校舎はぴかぴかだ。ただし不便な場所にある。バスを逃したら送って行かざるを得ないであろう。部活動をするのなら、迎えも行かないといけない。



それでもここでは、障害特性に配慮が受けられるのだという。体調が悪い時には遅刻も許されるし試験でも合理的配慮が受けられる。



猿烏賊母は乗り気であった。そもそも不登校していて内申の芳しくない我が子にはそれほど選択肢が多くない。ここに決めたいと思った。親の会の理事でもあるえらい先生監修なのだから学校と何かあっても間に立ってもらえるだろう。


現大学生母にとってはしかし、ありえない選択肢であった。
これは実質支援校だ。

定員割れして起死回生をかける私立校と自分監修の特化した学校を作りたいという野心をくすぐられたえらい先生のズブズブの野心マリアージュ。子どもたちの未来は二の次なのは明らかであった。

配慮のあると謳われるカリキュラムをこなしても、高卒に見合う学力がつくとは思えない。進路についての説明では、揉み手した社福の担当者が出てきた。就労支援事業i所にとってこの種の学校は、青田刈りの絶好の現場なのだろう。

「社福との連携があるのは安心だ」と猿烏賊母は言う。本気だろうか。I.Qが高いとか、絵が上手いとか、誇っていたのは何故だろう? 将来に期待していたのではなかったのか?

小さい頃から特別な支援をつけ、他の子が遊んでいる時に療育に通い、支援級に学び、高いI.Qも活かせない。その帰結がこの配慮のある学校ならば、なんのための特別支援だったのだろう?

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地元のえらい先生が監修している「配慮のある学校」。
そこに乗り気の猿烏賊母と「特別支援」の裏側に気づき始めた現大学生母。
これからどうなるでしょう?

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アンケートの結果、3から答えます

2019-03-24 10:08:15 | 日記
昨日夜アンケート取りました。

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明日のブログ何にしようかしら。
1 私が最初に治らなくていいと言った人は誰か
2 昭和大学カラスなんとか病院がやばい件
3 神田橋先生へのメッセージ

みなさんはどれが読みたい?

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まず3からいきます。
これが一番シンプル。

NEUROのP3を開いてください。

それだけ。

そこに書いてあるのは、神田橋先生へのメッセージです。

おそらくこれ読んだら先生は「青いな~」って思うんだろうな、って思います。

そして私が運良く先生のお年くらいまで長生きしたらこの信条は変わるのかな、って考えてみると

たぶん変わらないんじゃないかと思います。
そこが私の本質だと思いますね。
考えてみたら独立したのだってそれが大きな理由なんですよね。
今の仕事もそう思っているから続けているわけなんです。

そしてNEUROを出したのもそれが理由なんです。
だからここはたぶん、私が成熟しようと変わらない部分だと思いますね。
たとえそれが私の尊敬する人たちから「青いな~」って言われても
自分では変えようとは思わないところですね。

答えはシンプル。

P3を見てね。

「NEURO 神経発達障害という突破口


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究極のSST(言葉以降)

2019-03-22 13:24:40 | 日記
さて、午前中共同ブログ更新してあります。

割と大事なこと書いてある。読んでね。

こっちのブログで今日は昨日の記事の続きを書こうかと思ったのですが、躊躇したところもあります。
というのは、この心理士の方にはなんの悪気もないことがわかっているから、っていうか基本善意だとわかっているから。一応こちらとしては「これは見過ごしてはいけない」と思ったので不快感は表しましたが、さらに傷口に塩を塗ることはしたくないのですね。
そしておそらく高飛車な気持ちもなかったと思うのです。支援者はアプリオリに高飛車だから自分であんまり気づかないみたいですからね。

でもコメント欄がまた有意義。支援者のアプリオリな高飛車性に気づき、だからこそ支援が世の中に送り出すことができないシステムに気づいている人もいる。私が学んだこともある。とても大事なことを書くきっかけになるにはいい出来事だったので、もうその心理士の方には個人的な遺恨はないということを皆さんに承知していただいた上で書きます。

まずはふうりんさんのコメントを一部引用させていただきます。

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こういうとこからギョーカイ支援を見限ったんだよなと思いました。自分が感心した講演の講師に専門教育受けてないからこその発想力と言って褒めてるつもりなのが常識ない。

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そうそうそう。支援者は知らず知らずのうちに世間知らずを露呈しています。それで、私は一連の辞書ツイートをしました。あれで何が言いたかったか。たとえば心理士の人が「浅見は専門教育受けてない」と言うってことはどういうことかというと「浅見は自分たちの受けていない専門教育を受けてきた」っていうことなんですよ。当たり前でしょ。私は一応6334はストレートで出てそのあとは社会の中で色々教わってきたのだから。社会に出てから一度も失業期間もなく雇用保険は払うばかりでもはや加入資格もなく(経営者だから)やってきたということはその間心理士が学んでいないことを違う現場で学び続けてきたということ。そしてその経験を持って、翻訳の師匠としてニキさんに出会い発達障害の世界に入ってきたのです。
辞書ツイートを見逃した方のために繰り返すと、電子辞書がなかったころの紙の辞書っていうのは扇形に広がるもんなんですよ、引き続けるとね。本棚に収まらなくなるんです。そしてそのうち背の糸がほつれてきてそれをガムテープで留めて使うんです。こうなるのが見えてるから私たちは先輩に革装じゃなくビニール装を買えとアドバイスされます。なぜならその方がガムテープで留めやすいからです。これくらい辞書引くんです。助動詞なんて何万回も引きます。だからNEUROの5文字を無視して平気とか助動詞すっ飛ばして平気とか私の受けてきた専門教育の中ではありえない話なのですよ。だからNEUROがなんでこんなに無視されているかに気づいたんです。私は専門性の欠如ではなく、自分が培った専門性のゆえに気づいたんです。

そして「専門教育を受けてこなかった浅見さんが気づいたのが衝撃」とか言ってるけど、その言葉が露呈するのはこういう支援職がやるからSSTが効果ないんだなっていうことです。だって一番大事なこと教えてないんだもん。一番大事なこととはなんだって? それはこの記事を最後まで読んだらわかると思います。

そしてヨヨ子さんのコメント。これが私には衝撃でした。

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専門家と呼ばれる職種の人達が、自分が専門教育を受けてきた事を強調するのは、傲慢というよりも一種の怯えだと思います。

専門家と呼ばれる職種に就きたがる人達は往往にして頭は良いけど不器用というかいわゆる専門馬鹿気質の人が多いです。
だから自分が専門学校や大学で専攻した狭い分野に生涯縋り付きます。専門馬鹿気質が故にそれしか出来ないからです。

そういう人達は自分の専門分野が実は知識さえあれば専門的な学校に行かなくてもなんとかなる分野だとバレるのを非常に恐れます。
専門教育を受けなかった人達が専門教育を受けた自分達と同じまたは上等な結果を出してしまったら立場どころか拠り所すらも失くすからです。

医療従事者であることをわざわざ自己紹介して花風社にガーガーいう人達は医療従事者であることが拠り所な人達。
健常者だからといって障害者に何を言われても精神障害者特有の認知の歪みだと決めつける作業所や就労支援センターの職員も、健常者であることしか自慢できることがない人達。
少なくとも私はそう思います。

やたら自分が✖️✖️だということを強調する支援者は今日からでも金魚体操しなきゃいけない弱虫です。

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なるほどね~と思いました。そして私、免許とかなんにも持っていないのに気づきました。っていうか資格商売をしたいと思ったこともないなあそういえば、と気づいたのです。そしてある意味、それは自信の裏返しだったのかもしれないな~と思いました。別にそんなもんなくたってやってけるよねっていう。一方で資格資格言う人はもしかしたらそれがないとやっていけないという人生観なり社会観なり持っているのかもしれないな、と思いました。そういう人が子どもに世の中を教えると窮屈になるだろうなと思いました。

私は基本的なお行儀は家庭で教えるもんだと思っているし、SSTで何を教えるのかよくわかりません。大久保さん@てらっこ塾がSSTは高機能の人が利用者になったとき構造化とかじゃ満足しないから支援者が食いっぱぐれないために考え出した本当は役に立たないプログラム、という歴史的経緯を先日説明してくれましたが当たっているかも~と思いました。それくらいSSTってムダ。あえて言えば無意識育てておけばあとは勝手に世渡りその子なりにしておくと思うけど。だってNEUROだからね。

それでも私が物を知らなかったころのちゅん平さんとかに教えた究極のSSTって一つだけあって、それは

世の中は分業

っていうことです。ちゅん平さんは世の中の謎を解くためにこの知識を役立ててくれたようだった。

そしてたぶん、医者や心理士はわかってないんですよね。正直、神田橋先生や愛甲さんのレベルの人格者でも私、我々非医療非支援の人間が当たり前に「世の中分業」ってわかっているレベルでわかっているかどうか疑っています。それくらい医者や心理士は「世の中が分業」だとわかっていない。

でも「世の中が分業」だと思うと自然に他の人の人生、他の人の主体性にリスペクトが沸いてきますからね。このリスペクトが支援職にはないんですよね。だから高飛車なんです。

うちは昨日高知からふるさと納税でやってきた鰹のたたきをいただきましたがそれは鰹取ってきた人解体した人焼きを入れた人の他にもオオバやニンニクやミョウガやショウガをそれぞれ育てた人洗った人パッケージした人流通に載せた人売った人そしてクール便の人とかそういう人が全部自分の仕事をきちんとやったから昨夜の浅見家の食卓でかなえられたごちそうなんです。
だから若い人に伝えたい言葉でのSSTはこれだけです。

「世の中は分業なんだ。自分の場所で力を尽くせ」。

自分が鰹取る漁船に乗らなくても美味しいものがいただけるのは社会が共同体だからです。
だから自分は自分の分業をこなす。
私は昨日「知的障害は治りますか?」を作っていました。
自分の分野で頑張る。それが最大のサバイバル方法。
言葉以降のSSTはこの一言で済むと思いますよ私。

そしてかなさんのコメント。

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この方はおそらく専門教育を「ギョーカイからの洗脳教育」という意味で使われたのかな?と思いました。
多くの支援に関わる人達は、何も疑問に思わずにこの洗脳教育を受けてきたのでしょう。
だからこそ気付くことができなかったと言いたいのでは?
浅見さんは発達障害についての本を数多く出される中で、この洗脳教育についても学んだ上で、おかしいことに気付かれているわけですけどね。

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ていうかバカですよね。
私がもし心理士を目指してこの洗脳の中にいても洗脳されなかったと思いますよ。
いいですか? 世の中は分業なんです。
そして医者の仕事は治すことなんです。
なのに治さない医者ばっかり跋扈している発達支援ギョーカイでなんで医者を尊敬しなきゃいけないのですか。凡医の言うことをきかないといけないのですか。彼らは世の中で自分に与えられた仕事をしていない。病院の受付している人、掃除している人の方がずっと役目を果たしているじゃないですか。

そう思うと「誰を信用していいか」の目安も「世の中は分業」という知識は与えてくれるかもしれませんね。

本を出すのだって分業なんです。出してからも分業。NEUROはAmazonでランクインしてますがこれもピッキングする人箱詰めする人宅配便の人と様々な人が仕事をするから皆さんのお手もとに届く。

なのに医者や心理士の世界観では自分たちだけに専門性があるみたいですよね~。
そういう人がやるSSTなんて役に立つわけないですよ。

あ、画伯は絵描きの本分を尽くすため、皆さんから凡医エピソードを募集しているようです。
また漫画にできるしね。
凡医のエルドラドたる発達障害ギョーカイに暮らす皆さん、画伯に凡医エピソードを送ってあげてください。
新たな凡医キャラができるかもしれません。

ということで


「NEURO 神経発達障害という突破口


花風社HPはこちら。



Amazonはこちらです。




コメント

他人の専門性を評価しない人たち

2019-03-20 23:14:24 | 日記
心理士の方から次のような感想をいただきました。
NEUROと3月3日の講演についてですね。

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ブログにコメントしたかったのですが、うまくいかなくて(アナログ人間です)、こちらにメールさせていただきました。
NEUROの講演会に出席し、花風社の本を読んで、今まで自分が感じていた疑問や不満や矛盾(生まれつきの障害と言うのに、障害が現れる時期がマチマチ。薬さえ常用しなければ年齢とともに不便さが治まってきて普通高校卒業して就職していく子が何人もいる。「治った」と自分で言う子もいる。ABAやSSTの効果が感じられれない・・など)が一挙に解消しました。
全身に張り巡らされた神経の発達の障害だからこその症状であり、だからこそ神経に働きかけることで治る。
大変、腑に落ちました。論理的で、今までの経験と疑問が全てつながった思いです。
そしてそれが、専門教育を受けてこなかった(ほめてます)浅見さんによるものだったことも、衝撃でした。が、専門教育受けてないからこそ、権威に惑わされない柔軟な発想ができるのですね。
花風社の本や浅見さんへの批判のようなもの(ホントはやっかみ)を読むと、地動説を唱えたガリレオに対する当時の非難を連想してしまいます。
現実に起こっていることを素直に受け取り、論理的に考えれば答えは明白なのに。
未来につながる変化より今までの認識を変えないことを優先する専門家や当事者はいつの時代にもいるけど、最終的には変えざるをえない状況になると思います。

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これがね~ありがたい感想だな~と思う反面「ああ、あくまで心理士って高飛車だな。これだから治せないんだな」とも思ったので書いときますね。

専門教育を受けてこなかったから発想が柔軟。これがもうふざけんな、ですね。
世の中で医者や心理士だけが専門教育を受けて仕事をしているとでも思っているのでしょうか?
そうじゃありません。その他の分野の人だってみんなそれぞれの分野で教育を受けてきたのです。
たとえば私からみたら、「NEURO」の5文字を無視して枕詞のように扱うとか、助動詞を訳さないとか、言語道断です。
そういうところを大事にする専門教育を私は受けてきたからです。
だからこそギョーカイのあらが指摘できるのですよ。
専門教育の欠如ではなく専門教育と職業によっての教育の両方があったからNEUROが書けたのです。そこを大きく誤解しているんじゃないですかね。

神経発達障害の定義の一文。一つも知らない単語はありません。それでも私は英和だけじゃなくOEDまでたどるのです。3月3日にそれは説明したでしょう。それが私の受けてきた専門教育の賜物です。
専門教育を受けてこなかったから柔軟な発想ができたのではなく、専門教育を受けてきたから欺瞞をつくことができて書き上げたのが「NEURO」です。

医療や支援は自分たちの専門性だけが専門性だけだと思っているみたいですね。
もうそこからダメだと思います。
ゴーマン過ぎる。世の中全般に対して。

そしてABAやSSTがなんか効果ないな~という実感の理由がわかったわけですが
それをやっている人が多いからギョーカイはこれまでの路線を変えないでしょうね。
育てた学生たちに職がなくなっちゃいますから。
だから必死に「NEURO」の5文字を無視するというわけですね。
そういう構造を私は書きました。
そして治りたい人はそこから抜けようよ、っていう話を書きました。

夜遅く更新したのは明日が大事な日だからです。
「知的障害は治りますか?」の制作が本格化しています。
というわけで明日はまた朝から忙しいので。

あ、それと、この方が指摘した薬の問題。
これは当たっていますよ。
知的障害を治したい人は、多分薬は入れない方がいいですね。

まあそれはまた詳しく。

それではおやすみなさい。

「NEURO 神経発達障害という突破口


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