治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

津波孤児

2011-03-30 08:58:18 | 日記
インド洋大津波のあと、英語で運用されているプーケットを愛する外国人たちの掲示板で盛り上がっていたことがあった。
現地には両親を失った子どもたちがたくさんいる。
Tsunami Orphansだ。
自分たちのように、一年に一度は必ず現地へ行く外国人たちが、フォスター・ペアレントになったらどうだろう。

たとえば月々50ドルを送る。
そして現地に行くときはお土産を持っていって会えるといい。
一緒に遊べるといい。

先進国の人間が考えそうなことである。
そういう私も実は、うまくいったら乗ろうと展開を見守っていた口なのだが。

現地にいる誰かが、孤児院に出かけた。

結果として、タイ人のスタッフには、大変丁重に断られた。

王室が絶大な信頼を得ているタイでは
孤児たちは「王室の子ども」と見なされるそうだ。
王室の子どもたちを育てるのはタイ人の役目。
だからお気持ちはありがたいけど、私たちの力で育てます。

欧米人たちには理解できなかったみたいだけど
アジア人の私には、その潔さがわりとすんなり理解できた。
感動もした。
でもアジアっぽい閉鎖性も、ちょっぴり感じた。
そんなに無理するなよ、お互い様じゃないの、みたいに。
なんというか、胸が熱くなり、そして切なかった。

東北にも同じように
孤児となった子どもたちがいるだろう。

その子たちは日本の子どもだ。
だから私たちが育てなければいけない。

なのに今も、現地では物資の不足で日々子どもたちが亡くなっていっているという。
なんとか連れ出してこられないのだろうか。
最低限の命をつなぐ場所なら
日本の方々にあると言うのに。

自閉症の専門家の皆様にも
今一般市民が期待していることは
そういうことなんですけど、難しいのかな?

さて、タイが発電所を丸ごと日本に貸してくれるという。

夜は日本よりずっと暗く、常夏の国にもかかわらず庶民には冷房が普及しているとはいえない国。
そういう国からこれだけの思いやりを贈られたことを
私たちは忘れてはいけないと思う。
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自閉っ子と募金

2011-03-29 09:20:14 | 日記
3月26日の講演のあと、顔見知りの自閉っ子ママたちと雑談していて面白いことを聞いた。
この時期わが国にユビキタスな存在。それは募金箱。
素直でビジュアルに引っ張られる自閉っ子たちは、あちこちで募金しちゃうんだそうだ。

そらそうだよね。
口を開いた箱があって
「お願いします」って言われれば
素直な自閉っ子、お願いされちゃうよね。

「だから10円限定にした」という人や
「一日三回までにしよう」と取り決めを作った人や
募金も構造化しているそうです。

なーるほど。

さて、震災後二週間以上経って私も大きいところ、ご縁のあったところへの募金が
一通り節目を迎えました。
メジャーどころの慈善団体については
ふだんから、うちは夫婦で分担して送り先を決めているのでまずそういう大きい団体へ。
それからご縁のあったところへ。

あとは様子を見て、すでに送ったところの活動の状況によっては積み増ししたり
細かい団体に送ったり
臨機応変にやろうと思います。

そういえば4月10日、ニキさんと一緒に、和歌山自閉症協会さんに呼んでいただいていますけど
そこからも「書籍売上の収益を義援金に回していいですか?」と訊かれましたよ。

どうぞどうぞ。

お役所を通じて被災地に送られるそうです。
というわけで皆さん本を買ってね。

ところで昨日また募金要項が送られて来ましたね。

「厚生労働省からの依頼を受け、被災地で生活する、もしくは避難している発達障害のある子どもや大人たち、あるいは同様の支援ニーズのある皆様のための支援として現地に専門家を派遣し、必要な支援ニーズを調査し、支援につなげていく役割を担っていくことと致しました。」

「被災地への専門家チームの派遣に要する費用ならびに派遣の際に持参する文具やASD向けの玩具などの購入費用に充てられます。」

今のこの状況で上記のような調査をするのは
私としては緊急性が感じられないので
自分のお金はもっと緊急性のある団体のために取っておくことにします。

厚生労働省の依頼を受けたっていっても派遣費用を募っているってことは、
厚生労働省からお金は出ないのね。

だったら

私が研究者なら自腹で行きますね。
そして貴重な義援金はすべて現地の人のために使います。

ま、そのへんの価値観は人それぞれだね。

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横浜市港北区がたった二つ分

2011-03-28 09:15:20 | 日記

そうだそうだ言い忘れていたこと。

3月26日の講演ですが、会場ぎっしりでした。
申し込んでいても来られない方が多いだろうな、と思ったので驚き。
電車の遅延を計算に入れて、早めに出てきたけど早めに着いたという方も多かったです。
関東は平常に戻ってきたのかな。ちょっと夜が暗いだけでさ。

25日の夜は、西麻布にてOperation Gaishokuを遂行しました。
帰りは東横線。間引き運転。でも22時台で5分に一本。
首都機能をこの際分散したいというのもわかりますが
なかなか出て行く気にはなれない人も多いだろうと思いますよ。

でもまあ、移りたい人が日本の別の場所に移るのならそれはそれでいいんじゃないかな。
ちょっとはすくし。
東電も助かるでしょ。

ところで大雑把に、死者行方不明者、避難中の方たち(30万人とか)、そして自衛隊10万人を初めとする被災地支援にかかわっている人たちがどれくらいいるのかなあと考えたら

だいたい60万人くらい?(←根拠はないです)。

だとしたら1億2000万の人たちのうち、今直接の経済活動に携われない人たちはたったの60万人。

横浜市港北区の人口が30万人。
港北区が二つ分ですね。

たいしたことないじゃん。

被災していない人が10%余分に生産性上げれば。

なんて思いましたよ。

写真は錦糸町でのお相撲さんたちの募金風景。

渋谷の風景は画伯ブログにアップされています。
ばると関と私のちょっとしたエピソード
よかったらこちらでお読みくださいませ。

http://blog.goo.ne.jp/sib-manboxf6/e/fb5be73764bcd2e40ba639c56ad2e604

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福祉も変わらざるを得ない

2011-03-27 08:26:30 | 日記
震災の後、多くの講演会が中止になり
てっきり3月26日の私の講演会も中止になると思っていました。
けれども意外なことに主催者様から、予定通り行うというご報告が。
こういうときに中止にならない講演会の講師を務めさせていただくのも何かのご縁かと思い
内容を大幅に変更して行いました。

もともとこの講演を頼まれたとき
発達障害のグレーゾーンで、少し支援につながれば二次障害を防げるのに
親も本人も「障害」という言葉を前に引いてしまい、支援を受け入れられない現状をどうにかしたいのだというのが企画意図の一つだと聞いていました。

私は従来から、高機能の人もまた支援を受けるべきだけれども
それはなるべく自立した地域生活を送ることを目的とするためであり
特別支援教育を受けたあげくに福祉の中で生きることを奨励するのは筋が通らないと考えてきました。

もちろん知的・情緒・身体的側面の重症度により事情は違います。

昨日はまず「発達障害は治らない」と言い切る以上
グレーゾーンの人が支援を受け入れる気になるわけがないという話をしました。
そして発達障害がスペクトラムであることは誰も否定しないのに
どうして治るか治らないかで議論が起こるか不思議だと言いました。
スペクトラムならば、重い人は治癒してもまだ自閉圏にいるでしょうが
軽い人は健常の域まで突き抜けることだってありそうなものなのに。
実際にDSM-V作成の議論の途中では、自閉症の寛解例とアスペルガーの鑑別を入れるかどうかが議題にのぼったという話を日本語の媒体で読みましたが
なぜこういう話が広がらないのか不思議です。

治る治らないの神学論争はともかく
高機能の人にも支援策が与えられるべきではあるけれども
それは社会全体の生産性を上げることを目的とすべきだという以前から抱いていた信念を
私はこの震災で改めて強くしました。

今この国では
誰もがベストパフォーマンスをしなくてはいけません。
だからそれに寄与するであろう脳みそ先生の本からも、ちょっと先出しして話題提供しました。
今度の本の目的は、自閉症の脳はああだこうだというだけではありません。
どうやって不便な脳のパフォーマンスをよくするかが最大の目的です。

質疑応答を30分取ってくださいといわれていて、そんなに間が持つかなと思ったのですが
実際には時間が足りなくなるほど活発な話し合いがありました。

途中で瀧澤久美子さんが前の方に出てこられたので、何か話がなさりたいのかと思い振りましたが
数十年にわたり、横浜での障害者地域生活支援に携わっている瀧澤さんの言葉は
さすがに重みがありました。

何もない時代から、支援のある時代へと
親御さんたちが自らの手で、行政と交渉し、築いてきた地域支援。
知的障害のない発達障害の人に対する支援の要請も、保護者側支援者側でまとめ
行政と話し合いの場を設けてきた。
でも今はいったんそれをキャンセル。

これまで出してきた支援の要請は
今この事態に置いては、とても「長閑」に見える。
戦争があれば、社会のプライオリティは変わる。
それと同じように、この震災の後では、プライオリティは変わらざるを得ない。

瀧澤さんのところにも、被災地から毎日何本も救助要請のメールが届くそうです。
神奈川県はいわき市に支援物資を運び、知的障害者の方たちを連れて帰ってきました。
そうした動きは全国の自治体がこれから行うでしょう。

そういえば昨日は、知的障害があるということはどういうことか
脳みそ先生の受け売りを話しましたよ。

神田橋先生は
知性はもっとも汎用性の高い能力だから、そこに障害があると不便だけれども、生体というのは必ず代償機能を見つけるとおっしゃっていましたね。(「発達障害は治りますか?」の中で)

脳みそ先生は
知能検査というのは人間の脳みそのごく限られた部位の能力を測定しているだけで、今のところ測定できない能力が知的障害のある人にもいっぱいあるんだ、と教えてくださっています。

昨日の参加者の中には、知的障害を持つ障害のお子さんの保護者もたくさんいらして、最後のスタンプ会のとき「元気をもらいました」と言っていただきました。

また重度の知的障害のあるお子さんを持つお母さんが
「浅見さんが講演の中で、ヒマだと脳みそを有害なほうに使うと言ったときに、そうそう、と大きくうなずきました。うちの子は震災で作業所が休みの間はテレビの怖い映像を見て調子を崩していましたが、作業所が始まり仕事をするようになると安定しました」とおっしゃっていました。

だからね、生産活動を伴う居場所が必要なんです。
横浜だけじゃなくてね
岩手にも、宮城にも、福島にも。

写真はラガーマン一家の参加者の方からいただいた菅平キティちゃんです。
高機能のラガーマンの中学生がいらして、ラグビーも身体づくりや気分転換にとても役立っているそうです。
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気は優しくて力持ち

2011-03-25 08:14:00 | 日記
さてさて、昨日は午前中自宅で仕事。
26日の講演のレジュメを書いたり、原稿の構想を練ったりしていました。
うちのあたりは買占め騒動が起きていない店とかもあり
普段よりは品薄ですがあまり困っていません。
昨日も買い物に行き、水もまだ普通にありましたね。
ちょうど訪ねてきた方が品薄で困っているというので魚と納豆を差し上げると押し頂くように喜ばれました。
場所によってはずいぶん手に入りにくい地域があるようです。

午後からは渋谷に行きました。
小暮画伯と待ち合わせ。日本相撲協会の募金です。
渋谷の街はいつもどおりのにぎやかさ。
なんだかほっとしました。
違いといえば、スクランブル交差点の大スクリーンに何も映っていないことくらいでしょうか。
正直、静かでいいですね。

募金活動には、三役経験者を中心とした人気力士が勢ぞろい。
まずは大地君の大好きな日馬富士関。
意外と肌の白い方です。
大地君の思いもこめて募金しました。
真正面の写真を画伯が撮ってくれたので
きっと大地君の元にも届くでしょう。
それから大好きな豊真将関。
相撲巧者の安美錦関。
小兵の豊ノ島関は横から見ると分厚い分厚い。
一際大きいバルタンは、本当に笑顔のいい若者でした。
そしてイケメン力士として有名な隠岐の海関、ブラジル出身の魁聖関。
このお相撲さんたちの箱に募金して握手してもらいました!

それから錦糸町に移動。まずは横綱と稀勢の里が来るという南口へ。
「あの外人ってバルト?」みたいな声もあったお相撲志向の比較的薄い渋谷とは違い
こっちは我々と同じようなディープな人たちが集まっています。年齢層も高く「あ、○○親方だ!」みたいに通な会話が交わされています。
ここでは相撲部で「わんわん」というあだ名の鶴竜関のかわいらしさが目を引きました。
そして横綱登場。一挙に盛り上がります。

稀勢の里関が来ないので、北口に移動。
そこで魁皇関、琴欧州関、豪栄道関、栃煌山関に募金。
帰ってきてしばらく募金風景を見ながらカフェでお茶を飲んでいたら稀勢の里登場。関取衆の後ろで談笑しています。
画伯が近づいていって「関取は募金はなさらないのですか?」ときいたら「15時40分からです」とのこと。
画伯は要領よく真正面から写真を撮っていましたから、また私のお宝フォトになるでしょう。
時間が来て稀勢の里関が募金箱を持ったら待っていた人たちがわっと群がり募金しました。
私ももちろん。
握手もしてもらいました!

画伯は国技館で披露する大声で声をかけまくります。
「琴将菊~」と声をかけたときには
琴将菊関から満面の笑顔を引き出してしまいました。

それからしばらく周りで募金風景を見ていました。
やがて横綱が列を離れ、囲みインタビューに答え始めました。
北勝力関がやってきて、新たに参加したのでまた募金。
白鵬の師匠、宮城野親方の姿も見えました。

とにかくこれだけの豪華メンバーを揃えたのはすごい。
若い衆も「復興支援」というのぼりを持ち、「募金お願いします!」と声をかけていました。
学校帰りでしょうか、子どもたちも「あ、お相撲さんだ!」と駆け寄り、お財布から小銭を出していました。
そういえば大地君も毎日募金していると言ったことを思い出しました。
今は雪かきも終わりで季節労働者の悲哀を味わっているようですが。
5月になって畑仕事が始まればまた書き入れ時が来るそうです。

この震災を機に、日本にも寄付文化が根づくかもしれません。

上位の関取衆は、土俵で見るのとは別人のように優しい顔をしていました。
傷ついた人々の心をほっとさせるものがありました。
どの関取もそうでした。
身体が凶器だからこそ、礼儀にこだわる伝統。
身体が凶器だからこそ、気持ちは優しくなければいけない。
そういう人格でないと、幕内の上位には到達できないのでは、と思ったりしました。
それくらいどのお相撲さんも、土俵上では見せない飛び切りの笑顔でした。
お子さんたちは、抱っこして写真を撮ってもらっていました。

関取衆を前に、コインの募金はしにくいので(まあ、コインも混ぜましたけど)
昨日一日でお相撲一回見に行って飲み食いするくらいの金額を募金しました。
本当は横綱と稀勢の里関くらいには万札を入れたかったのですが
これから私たちは経済復興のため他にもお金を使わなければいけないところがいーっぱいあります。
首都圏も元気にしなければいけない、というか
首都圏がへたってしまってはいけませんからね。気持ちよくお金を使い、どんどん色々な人に稼いでもらわなくてはいけません。
でないと長い長い復興を乗り切れません。

というわけで私は分相応な範囲で惜しみなくお金を使いますので
皆さんも花風社の本を買ってね。

ところで、打ちひしがれている赤坂や六本木という土地と違い
渋谷も錦糸町も元気でした。
錦糸町の駅前でにしんの丸焼きと牡蠣フライを買って帰り
夜ご飯にしました。
金は天下の回り物だけど、今は
食べ物も天下の回り物のようですね。

外国人は帰ってしまっても、日本の一般市民は力強く生きている。
変わらぬ街の賑わいと、気は優しくて力持ちのお相撲さんたちと
募金をする老若男女の笑顔を見て
希望が湧いてきた一日でした。

写真は小暮画伯が撮ってくれた募金中の稀勢の里。
正面写真とあわせて、お宝です。
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いいニュースは被災地にも届きます

2011-03-24 06:46:28 | 日記
さて、昨日は読者の方たちからいくつも
「ちゅん平さん就職決定おめでとう」メールが来ましたよ。

岩手の韓流大好き先生からも。

許可を得て転載させていただきます。

件名は「ちゅん平さんに感激!」でした。

=====

アメリカの障がい児支援団体のお話、たいへんありがとうございました。
沿岸の支援学校に、本校からも職員が交替でボランティアに行っています。
今はまだ、毎日食べていくことがやっとのようで、道路上のがれきの山がやっとなくなり、
ガソリンや灯油が供給され、本格的に重機での撤去作業が始まったようです。

ですから、どんな支援が本当に必要なのか、まだ分からない状態のようです。
県立の支援学校へはそれなりにお金がいくでしょうが、やはり気になるのは
作業所や民間の施設とか、小さいところです。
まだ詳しいことが分からないので、もう少し落ち着いて何が必要なのか
現地の声を聞いてから、そちらの団体さんへ連絡をとろうと思います。
お知らせ本当にありがとうございました。

そして今日は、ちゅん平さんにとっても感動しました!ということをお伝えしたくて
ペンを執り(…いや、執ってない) メールしました。
ちゅん平さん、すばらしいですね。
病弱・虚弱体質の頃から、ずっと見ていた浅見さんの喜びが、興奮と共に伝わってきました。
「 神様は、その人が乗り越えられる試練しか与えない 」といいますが、
ちゅん平さんもニキさんも、そうやって神様から選ばれた方なんですね…

暗いニュースの多い中、久々の明るいニュースに心癒され、
「 がんばらねば!」 という気持ちを強くもつことができました。
ホット・ニュース ( ほっ…とニュース ) ありがとうございました。

=====

なるほど。
障害のある方の貴重な居場所だった小規模の作業所等へ
これから物心両面の支援が必要ですね。
長い長い復興の道のりがありますね。

そして、誰かが頑張って成果を手にする様子は
他の誰かをも勇気付けますね。
ちゅん平がここまで来たことは
被災した地域で障害者支援に当たる方をも勇気づけたようです。

ゆっくりと、ゆっくりと、脳みそ先生の本を作っています。
26日に横浜で行う講演では、そのさわりを話すつもり。

震災を経て、この本のコンセプトは固まりました。

「たとえ不便な脳みそを持って生まれてきても、ベストパフォーマンスを目指す」

こういう志向を持つ人のための本になります。

知的障害のない発達障害の方たち。
今でも自分を弱者だと思っていますか?

津波により一瞬にして命を奪われ
何もかも失った人々を眼前にして
それでも自分たちは恵まれていない
庇護されるべき存在だと信じられますか?

もちろん社会は発達障害者を支援すべきです。
それは発達障害者がじゅうぶんな能力を発揮するためです。

知的障害のない発達障害の方たち。
あなたたちには一緒に復興を背負って立つ義務があります。

またあしざまに言われるでしょうが
これが私の率直な意見です。

どうしてはっきり言うかというと
それが可能だと私は知っているからです。

できる、ということを知っているからです。

横浜で26日お会いできる方には
そういう話もするつもりです。

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ちゅん平、就職を決める

2011-03-23 06:15:36 | 日記
よく私はちゅん平のことを
「生まれてから会った中で一番弱かった。心身とも」って言う。
冗談だと笑う人が多い。

いや、ほんとです。

小学校のときから解離性障害があった。

保健室登校の時期もあったらしい。
大学に入っても、体力が続かなくて中退した。

本を出すようになってからも、いろーんなことがあった。
骨と皮みたいにやせこけるまで衰弱し、歩けなかった日々。
家に引きこもり、混乱していた日々。
なかなか自立支援プログラムに乗れず、周囲をやきもきさせたこと。
ウツもひどかった。

でも、それがあるときを境に変わり始めた。
「わかってみたらカンタンだった、心身安定のコツ」をテーマに作った本がこれ。
これを読めば、何がちゅん平の心身を安定させたか書いてある。


引きこもっていたちゅん平は、就労支援センターに通うことを決心した。
最初は一日行って帰ってきただけでいっぱいいっぱいだった。
ところが週に五日通えるようになり
(この時点で私は腰を抜かすほど驚いた)
体力もついてきて
沖縄とか金沢とかの講演も現地集合が可能になり
彼氏も出来て、彼のためにお料理をするようになった。

そしてちゅん平は
さらにステップアップしようとした。
B型就労から、一般企業への就職だ。

ハローワークに行き、相手にされないこともあったが
とにかく支援者の手を借りながら、職場見学に行った。
そこで見たものをまとめたレポートを、仲間内に見せてくれている。
私はそれを見て、自己認知がしっかりできているなあと思った。
企業見学の際にも、ツボを抑えてあるのだ。

このまま100社くらい見学してくれれば一冊本ができるなあと
ちらっと思ったりしたことを告白しておく。

何社目かで、ちゅん平はぴぴぴときた。
自分に合っている仕事かも、と。

そして実習に行った。
10日間の勤務。
その間にくれたレポートを読むと、生き生きと働いているのがありありとわかった。

実習後、フィードバックをもらった。
好感触だった。
企業側は、障害者枠ではなく一般枠で面接を受けてみないかと勧めてくれたという。

そして震災が起こり
色々な進展を私はつぶやきで読んでいたが
余震と仕事に追われ、いちいち返事する余裕があまりなかった。
ただ、私のカンが告げていた。
今度は決まりだな。

そして、昨日
ちゅん平は面接に合格した。

生まれて初めての企業就労をつかんだ。

周囲の支援と本人の努力の成果だ。

大げさかもしれないが
花風社をやっていてよかったと思う。

そしてこういう人たちを
もっともっと増やすことに微力を尽くしたいと思う。

各自がベストパフォーマンスをすること。

それがこの国の復興には大事なこと。

ちゅん平に予告しておく。
きっとこれから勤め始めても、必ずしも順調にはいかないだろう。
でもそれは、あなたや周囲が悪いのではありません。
仕事というものは、そういうものなのです。

人生の先輩として
ずっとちゅん平に言ってきたこと。それは
「乗り越えられないトラブルはない」

だから、これからも、いやなことは乗り越えてください。
あなたならそれができます。
あれだけのことを乗り越えてきたのだから。

そして、ちゅん平のこの言葉を
私たちは今、かみ締める必要がありますね。
誰も恨まず、この国難を乗り切るためにもね。

「降りかかってきたことは、たとえ自分のせいじゃなくても、自分で乗り越えなければならない」
障害も自分のせいじゃない。
震災も自分のせいじゃない。
でも、乗り越えるのは自分しかいない。

教えてくれて、ありがとう。
そして
おめでとう、ちゅん平。




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アメリカより義援金の申し入れ

2011-03-21 03:47:06 | 日記

アメリカの障害児支援団体より日本の被災地の障害児を支援している団体へ
下記のような義援金の申し入れがありました。
許可をえて、ここに貼らせていただきますので
広く告知をご協力お願いいたします。
該当する方は、直接メールしてみてください。

(ゆめゆめ迷惑メールなどは送らないでくださいね。
日本の人たちを信用して、貼り付けを許可していただいています)

=====

>> 昨日 私の所属するNPO、PHP(Parents Helping Parents: www.php.com )を支援していただいているNPO JPRN(Japan Pacific Resouce network: www.jprn.org )のあかねさんから
>> 届いたメールを転送します。
>> あかねさんが筆頭となり 今回の東北地震災害支援のため新たに基金をもうけました。
>> この基金は災害地域の障害関係団体でも政府から充分な災害援助金がもらえない団体に援助されます。
>> 基金対象団体となるには今回の災害地(宮城,岩手,福島とその周辺の地域)で障害児(者)支援施設、福祉関係団体など障害支援とコミュニティーに貢献して いること。
>> 運営上の問題がなく基金に対しての会計報告をきちんと提出してくれることが重要となります。
>> 
>> 小さい団体でもかまいません。
>> 障害者のための器具,施設の修復、技術サポートやそのためのワークショップと資料や通訳など小さい団体だと大きい援助がもらえないような団体はたくさんあると思います。
>> 
>> もしそのような団体をご存知でしたら,私の方に連絡ください。できればここ数日中にお願いします。
>> 明日からあかねさんは基金にサポートしてくれる企業などとの交渉に行きます。
>> どれくらい費用が要るかとか,今の現状がどうなのかなど事情が数字で出ると企業サイドも理解してくれます。
>> 
>> 「一人の小さな手では少ししかできないかもしれないこどみんなの手と手を合わせると何かできる」と言う歌がありました。
>> 私はそれを信じてます。
>> 
>> 宜しくお願いします。
>> 
>> 京子ワード
>>
>> kyoko_ward@hotmail.com

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スワンベーカリーのパン

2011-03-20 07:22:18 | 日記
さて、昨日混雑していないと見て出勤しました。
駅も電車も節電ですが、まあまだよその国より明るいよね。
お天気がよかったせいでもあるでしょうけど。

都内のナチュラルローソンにて品薄度チェック。
改善されてきていますね。
お弁当類も並んでいたし。
おにぎりだけなかったな。
私、謎なんですけど。
おにぎりって、家で作ったほうが圧倒的においしいでしょ。
コンビニのおにぎりって、仕事中のお勤めの人とか、調理環境にない人が食べるものだと思ってたんだけど。
インフラやられてない場所では、米炊いて握っとけばいいのに。

あと、大量にお餅が売られているのが謎です。
たとえば学校に避難所生活とかいうことになっても
餅なら校庭で焼けるでしょ。
カップラーメンより使い手あるんじゃないかしら。

というわけで、今回の品物の消え方は謎が多いです。
まだ東京は調理が出来る環境にあるし
冬なんだし、節電中なんだし
生鮮食品買って来て手の空いたときに調理しておけばすむことです。

ところで、昨日のナチュラルローソンには、スワンベーカリーのパンがたくさんありました。
そのパンたちを見て、海津社長の講演を思い出しました。
ローソンにパンを卸すため、夜通し工場ではパンを作っているそうです。
もちろんそこで働いている障害者の方もいる。
好んで夜勤をする方もいる。だって深夜割り増し手当てがつきますものね。

それで、朝勤務を終え、ほっと一息ついて、自分のお金で買ったタバコやコーヒーを楽しむ。
そういう人たちもいるとおっしゃってました。

昨日私が見たパンも、そうやってコンビニにたどりついたのかもしれません。
人々が天災にパニックになり、買いだめに走っているとき
粛々とパンを作っている障害者の方がいるのかもしれません。
一つ買いました。

夜になり、消灯した東京タワーを見てしみじみしながら、近くの店に向かいました。
外食産業はメタメタらしい。
被害の少なかった私たちは、お金を回していかなくては。
そういうついーとが回ってきて、ああ、その通りだなと思い
Operation Gaishoku を遂行してきました。

海外では相当危機的な状態にあると報道されているようですね>日本。
とくにチェルノブイリの恐怖を味わったヨーロッパでは、ちょっと違う騒ぎ方らしい。
航空券が手に入らないのに成田空港に押しかけている外国人たちは、そういう本国からの情報でまたパニックになっているのでしょう。
花粉症の季節。たくさんの人がマスクをしている東京の街を映し
「東京ではみんな放射性物質に怯えてマスクをしている」なんて報道しているらしい。
そして残っている外国人リポーターに、なんでまだ脱出しないかとか問いかけているそうです。

私たちに責める権利はないよね~。
何しろ他国が危機的な状況に陥ったとき、これまで一番先に逃げ出し、一番後に戻ったのが日本人です。
外国人であるということは、その国の国難から逃げ出す権利がある。
地球市民というのは、だから幻想です。
国家というのは、かくも重たい存在です。

今はそんなことにかかわりあっているヒマはないだろうけど
民主党の皆さんにおかれましては
いざというとき国難を共にしない権利を有する人々に、本当に参政権を与えるおつもりがあるのか
今回の外国人のうろたえ方を見て、よく考えていただきたいものです。

これから日本は長い復興の道のりを歩みます。
全員で歩まなければいけない道のりです。
障害者の方に潜んでいる生産性も
私たちの財産としていかなくてはいけません。
パニックになった東京都民に安心感を提供するパンを
夜通し作ってくれているのかもしれない、スワンベーカリーで働く方たちのように。
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自国と他国

2011-03-19 08:22:30 | 日記
昨日夫がドイツ出張から帰ってきた。
鋭意節電中の街を見て
ドイツに比べるとまだまだ明るいねと言っていた。

そうなんだよね。
異様に明るいんだ。日本の都会は。

フランクフルト空港では「え、東京に飛ぶの?」みたいな反応をされたらしい。
日本人が日本に帰るのはごく普通の出来事に思えるが。

それでも全日空を選んでよかったですよ。
予定通り成田に降りたからね。
ルフトハンザはびびって関空に着陸だと。しかもその後の足は手配しない。

成田から国内線乗り継ぎの予定の人もいるはずなので
混乱したでしょうね。

というわけで皆さん
こういうときにこそ、日本のエアラインをオススメいたします。

でもね
よその国なんてそんなもんよ。
警戒心強くて当たり前。
実を言うと、今まで一番それをやってきたのは日本人じゃないかと。

9.11のころはまだ私が翻訳物に意欲があるときだったので
秋に行われるフランクフルトのブックフェアに出かけたんだが
日本の出版社、たくさんの人が出張を取りやめたのでびっくりした。

誰も死んでない鳥インフルエンザにびびって渡航をやめたり

あ、SARSってのもあったね。あのときも飛行機がらがらだったなあ。

バンコクなんて、一個くらい爆発騒ぎがあっただけで日本人行かなくなったし

なんかの理由で(もう思い出せないんだが)カリフォルニアに日本人が行かなくなって
シュワちゃんがキャンペーンに来たよね。

プーケットへの客足も
戻りが一番遅かったのは日本人だそうだ。

というわけで、われわれは他国に災難があったとき、必要以上にうろたえて忌避した民族なので
今同じことをされても、たじろがないようにしましょう。
これが自国と他国の違いでね
反日日本人の皆さんも外に行くときは菊のご紋章のパスポートに守られているわけでね。

ところで、たとえ他国がちきんな反応しても
日本の中で差別はやめようよね。

福島の人たちとかにね。

私は広島や長崎が力強く復興したことは日本人として誇りに思っていて
どっちの街にも知り合いがいて、その人たちがいい人たちだと知っている。

でもものの本で読んだ被爆者への差別みたいなのは
昔だから、混乱の中だから起きたことだと思っている。

昨日はもう一つほっとした出来事が。

先日岩手県に呼んでくださった韓流大好きな先生からご連絡ありました。

ずっと心配していたのですが
負担になると思い
こちらから連絡を取ることはしなかった。

まだまだ大変な中
昨日になってこのブログを一週間分まとめ読みしてくださって
それでご連絡いただいたようです。

復興したら、またぜひ岩手に来てください。
いっぱい食べて飲んで、買い物して、エンジョイしてください、と。

行きますよ。

今日は仕事して外食しようっと。
さんざんお世話になってきた外食産業。恩返ししないとね。

復興は始まってるんだもんね。
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