治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

マスク棒人間

2022-02-05 09:44:55 | 日記
さて、緊急出版というわりには私の都合でお待たせいたしました。
(大久保さんはしゃきしゃき仕事してくださっていたのですが)。

『ポストコロナの発達援助論 発達の機会を奪われた子ども達に今からできること』
いよいよ直販の方には来週発送です。ミニクリアファイルついてきます。


Amazon組の方は来週末くらい。
一般書店は再来週になると思います。

花風社HPはこちら。



Amazonはこちらです。



新刊では「マスク棒人間」のイラストで、コロナ禍、というかコロナ対策禍が子ども達の身体に与えた影響を考察し、そこに解決策を提示しています。
そのために「マスク棒人間」を小暮画伯に描いてもらいました。

思い出してみましょう。
棒人間が最初に登場したのはロングセラーとなり多くの人々の体調を向上させた黄色本こと『自閉っ子の心身をラクにしよう!』です。


あの本は私の気づきから始まっています。

自閉っ子の姿勢ってどうしてこうなっているの?



これは、私が常々、高機能、アスペルガーの人でもあるいは知的障害の伴う人でも自閉圏の人ってなぜか、後ろから見てもわかるなあ、と思った気づきがもとになっています。
そういう問題意識を持っていたある日、テレビで311のPTSDでパニックを起こす重度の成人の方を見て、パニックを起こすと余計に姿勢がこういう感じになるって思ったのです。

そしてその疑問を出会ったばかりの栗本啓司さんにぶつけました。
そうしたら栗本さんは「これじゃあ寝られないでしょうね」とおっしゃったのです。
こういう姿勢になると、眠れるようになります。




でもそれは、「姿勢を正しなさい」という言葉がけだけでは無理なのです。
それを自然にできるようにするための方法がコンディショニングでした。



そこから作り始めたあの本。
無名のおっさんを世に送り出すため、神田橋先生が推薦の言葉をくださいました。





私は2000年代初頭から、自閉症の人が社会で活躍すればいいなあと思っていました。
それが「治そう」の原点です。
そして治るといいな、と思うところは四つありました。
『NEURO』の漫画に描いています。



そのうち一つが解決できそうだ。
そう思って私は黄色本を作ることにしたのですが、なんと黄色本はこのうち三つを解決することになりました。
なぜなら栗本さんはこの本の中で、それまで誰も指摘してこなかった「発達の遅れがあるということは、関節や内臓にも遅れを持っているということであり、それは解決できること」を示してくれたからです。

それから花風社クラスタの「治った! 治った!」が加速しました。
感覚統合でちょっと治り、神田橋先生で加速した治った!の嵐が黄色本の登場で量的にががっと増えたのです。

そして治ったの中でコロナ禍を迎えたジャパン。
色々なアリバイ対策を発達の世界で見てきましたが
その巨大スケールのアリバイ対策が、主に逆らうことのできない子ども達を犠牲にしています。
まさに発達の機会を奪われている子ども達。

黄色本も、そしてそのあと出た『人間脳を育てる』も、呼吸の大切さを解いています。
灰谷さんの描いた△を覚えていますか?
運動発達のピラミッドの土台は呼吸なのです。
ところがそこに制限をかけられているのが昨今の子ども達。

これを取り戻さなければいけません。
そのための方法を今度はバトンを継いで大久保悠さんが提言しているのが
『ポストコロナの発達援助論』なわけですが
今子ども達が押し付けられている姿勢がこれです。


マスク棒人間



じへいっこの姿勢が定型発達になり
それで色々体調よくなったのに
今、子どもたちは日中、こういう姿勢を取らされています。

これを是正できる身体アプローチが必要です。
大久保さんは本書でそれを提言しています。

楽しみにお待ちくださいね。
早い方は週明けお手元に届きます。

応用力養成講座 ポスト配信の代わりに

2022-01-27 11:14:15 | 日記
さて、応用力養成講座がおわりました(配信は続いていますが)。

その後も続々と、応用力に関する情報が出てきてしまい、思わずポスト配信をしようと思ったのですが、いい加減皆さん動画いっぱい持っているので、このブログにカンタンにメモ書きしておきます。

見ていない方には若干見えない話になるかもしれません。

まず、当日直後から。

「目標をおおざっぱ」のところですね。

それに対し「いつも(学校に対して)目標はおおざっぱなのだけど・・・」みたいなご発言がツイッターでありました。せっかくおおざっぱな目標を出していても、学校が細かくしてしまう。

それに対し「なんで学校はあんなに細かいのか」みたいな話がありましたが

それを見てすぐ私はわかりました。
学校は一時期の切り取り的なかかわりしかしない&自分たちの成果をみせたい
のダブルコンボで、その子の人生に丸ごとかかわらざるを得ないご家族とは視点が違ってあたりまえだなあ、と。

学校の論理もわからないではないので、ご家族としてはそこに引きずられないことが大事なのかもしれません。

あと試行錯誤のところですが

今日ブルーさんがアンチ考察の過去ログを掘り出してくださり、再読してみて気づきました。







=====ブルーさん引用。花風社書籍ついて。

答えを出すのは各人の試行錯誤に任せることにより、完全個別化を達成しています。

発達障害への取り組みにおいて、最重要の原理の一つが「完全個別化」です。そして書籍で完全個別化を達成するにはこの「花風社方式」しかありません。

だから花風社の本は、治ったり、発達したりと、読者に明るいエピソードが発生するのです。


=====

おおお、たしかに、と思いました。
花風社は読者の応用力をあてにすることで、完全個別化を達成してしまったかもしれませんね、たしかに。

そしてブルーさんのこちらのコメントも見ものです。



コロナ禍において、なぜある種の人たちは情報の書き換えが進まないのだろう、という智ママさんの疑問に答えたものですが

=====ブルーさん引用

ここで言う知的水準は、出身校の偏差値では多分ありません。何か事が起きたときに、情報を集めたり、自分の頭で考えてみたりと、思考という分野において「試行錯誤」するか否かだと思います。

で、これは凄くエネルギーも喰うし、人と違った結論が出るのも当たり前ですから、やる人が少ないのだと思います。

=====

講座の中で私は、「試行錯誤はみじめなものではない」ことを言いました。誰もが(成功者なら)やっているものだと。
ただそれをすごくみじめに思う人がいるし、そういう人は試行錯誤しないし、試行錯誤する他人を見てあざ笑うことがある。
でもそんなのは試行錯誤に耐えうるだけの体力がない人なのだからほっておけ、と。

体力って言ってしまったけど、体力とは言い切れないかもしれませんね。
体力があったほうが有利だけど、体力がないと言われるタイプでも試行錯誤には耐えられる人もいますし。

ともかくこのコロナ禍においても発達においても

自分で情報を集めてアップデートしていく人と、とにかく最初に入った情報から離れられない人がいることはたしかなようですね。

そんなことを思いました。

応用力養成講座にご興味のある方は2月23日までに配信していますから花風社にご連絡ください。

『言葉のない子と、明日を探したころ』をたにしさんにお贈りした理由

2021-12-19 09:48:01 | 日記
さて、高松講演では二年連続大変お世話になった上におうどんまで送ってくださった読者のたにしさん。
最終日のドライブでは、ご一家が今直面している道の選び方についてお話をききました。

道の選び方、であり、「分かれ道」ではない、と思いたい。
なぜなら人は発達するから。
途中から障害者でなくなったり、障害程度がぐっと軽くなったり、
そういうことはよくある花風社周辺ですが
「治っている人いますよ」と伝え続けることが
子どもの時の診断が足かせにならない人生を増やすだろうという信念のもと、私は仕事をしています。

このドライブの時からたにしさんに読んでいただきたい本があり、お世話になったお礼にお贈りしようとおもっていました。
それが『言葉のない子と、明日を探したころ』です。

これは横浜の瀧澤久美子さんの推薦により、他社で出て絶版になっていたものを私が花風社での再版を決めた本です。

前版元ではお母様のみが著者でしたが、お母様の思い出話に大人になった自閉症のご本人、英司さんが絶妙な解説をしているので、花風社版は共著とさせていただきました。

一冊の本をどう読み、そこから何を学ぶかというのは本当に個別的で、それぞれがそれぞれの問題解決を求めて読むというのが本という媒体の醍醐味ですが、

思った以上にたにしさんはご自分のおうちの事情に引き付けて読んでくださったようです。
二歳くらいから突然問題行動が噴出したこと
多動でどこかに行ってしまいパトカーに乗って帰ってきたこと
など共通点も多いようですね。
(書影はたにしさんからお借りしてきました)

そしてたにしさんご子息は絶賛発達中で、進路を選ぶ時期になってきた。

真行寺さんのころは支援校一択で、しかもその支援校が今のようなアプローチではなく本当に強権的な指導もされたようで、それで潰れた方もいるような時代でしたが

英司さんはそこをサバイバルし、段ボール会社に就職し、お父様亡きあと引き継いだ土地にご自分のお金で家を新築されました。もちろんご自分の居心地のいい自室も作って。「自閉っ子、横浜に家を建てる」です。

そしてお母様が亡くなったときはお母様は息子さんの扶養家族でした。
小さいときさんざん苦労した子育て。その息子さんの扶養家族になったお母様は幸せな人生だったと思います。

そしてたにしさんが引用してくださったように
「本当にラクになりました。無駄なことは何一つなかった」というのが後年の実感だったようです。

私がたにしさんにこの本をお贈りした理由は、たにしさんの息子さんと英司さんが重なるからです。

障害の程度に関して言えば、大人になってもさほど言葉が出なかった英司さんの方が「重い」とされるのかもしれないけど、いつもSNSで見るたにしジュニアの中に英司さんと見出す共通点はとにかく元気なことと骨惜しみなく働くこと(お手伝い等)。

これやって、と頼まれると即身体が動くタイプ。
そしてそういう人が障害があってもなくても世の中で重宝されないとは私には思えないので
今後たにしさんご一家がどのような選択をされても結局お子さんの将来はうまくいく、と思えてしまうのは私が遠いところから俯瞰しているからでしょうかね。

そういう意味をこめてこの本をお贈りしました。

花風社はどうやら6年に一冊10刷(以上)する本が出ます。

黄色本芋本など、もうすぐ10刷の本もありますが、とりあえず6年に一回10刷する本を出しています。

そういう華々しい本に比べると『言葉のない子と、明日を探したころ』は地味な本です。
でも出してよかった本です。

長年の花風社ファンである大久保さんもこの本の存在は知らず
私が今回お話したら、ネットで注文してくださったようです。
大久保さんは時代の変遷をご存じですから、きっと感慨深く読んでくださるでしょう。

というわけでお子さんの将来を俯瞰したい方は、よかったら読んでみてください。
もちろん花風社からもお送りできます。
ご希望の方はこちらからどうぞ。このブログを見たとお書き添えいただければ送料は無料にします。



ただ、英司さんの時代の方が有利だった点が一つあります。

それは、現業系の人に安定した雇用があったことです。
これからはそこが課題になってきます。

でも雇用が安定していない分、流動性があるという見方もできます。
お子さんの将来のためにも、社会情勢にはアンテナを張り巡らしておきましょうね。福祉業界の動向だけではなく。


湾岸ライド 東京湾岸巡りから小暮画伯の個展へ

2021-12-04 08:21:54 | 日記
小暮画伯の個展が11月30日から6日まで開かれているということで
自転車で行きたいな~と思いました。
横浜から自転車で行くか、東京まで電車で行ってその後自転車で行くか迷ったのですが
この際東京ベイエリアを自転車で走ることに。

12月3日、金曜日、快晴。
まずは新幹線で東京駅へ。その後地下四階まで自転車の入った輪行バッグを転がしながら行きます。最後の最後は階段しかなく生きづらかったです。

東京は思っていたよりゆるい雰囲気です。
東京駅は人・人・人。たまに素顔の人もいるし、別にその人を気にするほどみんな暇じゃなさそうだし、とにかくこのすごい人の中で一日二桁になった~とか先週より七人増えた~とか騒いでいる人たちがコロナマニアに思えてきます。

地下まで行ったのは京葉線に乗るためです。
といってもネズミランドにいくわけではありません。新木場で降ります。
ここで自転車を広げてまずは夢の島道路へ。
このあたりは人工的に作った街ですから、日本にしては比較的に自転車道路も整備されていて走りやすいです。
さすがに清掃車が多く、それ以外にも車道は大きな運輸車両が多い。
でも自転車道路があるから安心です。

やがて若洲海浜公園へ。


ここも埋立地を整備しているようですが、ゴルフ場はあるし、道はきれいだし、とにかく整備されて木もたくさんあり、気持ちのいい空間が広がっています。
目の前にあるのは荒川~東京湾。川の向こうは葛西臨海公園の観覧車。なんか南国っぽい木も植わっていて、23区内だと思えない感じです。
羽田に降りていく飛行機が驚くほど低く飛んでいます。もう着陸直前。

江東区と大田区は、鉄道的には東京の端と端に思えますが、海経由だと隣人ですね。

平日のせいか、とにかく人がいません。
多摩川と違って自転車の渋滞とかありません。
鶴見川の方が多いくらいです。
自転車部隊は私たちくらいです。
おさんぽにもサイクリングにもいい場所なので、都民の皆さんは利用なさるといいと思います。

それから湾岸を走りました。
ところどころきれいな富士山が見えました。
どこに行っても整備された公園のある東京です。さすが首都です。そして田舎道を走っているときと違い、水がなくなったらどうしよう、とか心配する必要がないくらい安全な東京です。きれいな化粧室も方々に用意されています。ある意味東京は一番安全かもしれません。

そしていつもにぎわっているであろうお台場あたりも本当に人が少なかった。
イベントがない平日はこんなものなのでしょうね。
東京ビッグサイトとか、フジテレビとか、テレビでよくみる特徴的な建物を見ながら走りました。

ガンダムがいました。

ガンダムがあるというのかな?
等身大のガンダムとかいうんですけど、ガンダム自体が想像上の生き物?だと思うので、等身大の根拠がわかりません。
かねてよりガンダムはロボットか生き物かわからなかったのですが、本物?を見てもやはりわかりませんでした。

豊洲、晴見、月島。
築地に入ったときに画伯に「もうすぐつきます」のLINEをしました。
銀座はもうすぐです。

そして銀座へ。画伯の個展会場へ。


画伯の新刊『神様のレッスン』をご献本いただいたのですが、これは本当に素晴らしい本です!!!!!
なんでもサンリオの社長におほめいただいたらしく、そのときに送られてきたキティちゃんハンカチを画伯は私にくれました。
この『神様のレッスン』については改めて書こうと思いますが、素晴らしい本だったのでさらに一冊購入させていただきました。
そして絵本も買いました。
それから二人そろって似顔絵を描いてもらいました。サイクリング姿の似顔絵です。いい記念になります。
自転車だから折れるともったいないので、後日発送をお願いしましたら、多少描き足して送ってくださるそうなので、お披露目はそのあとにします。

銀座から二重橋へ。
それにしても都内は歩きスマホ多いですね。危なっかしい。ある意味、人を信用しているからできることなんでしょうが、逆に言うと自転車側が200%気を付けなければいけないということです。
車道は車道で路肩駐車多いし
都心は走りにくいかもしれませんね。

やがて東京国際フォーラムがみえてきて
このまま皇居を一周しようということに。
二重橋から皇居一周です。

それにしても、方々にお城はあるけど、皇居の大きさはすごい。
でもよく考えたらそれは、天皇家のすごさではなく、徳川家のすごさなのですよね。
天皇家は居ぬきでもらっただけなので、造ったのは徳川家。
徳川の威光は本当にすごかったんだな、と思える威容だと改めて感じました。

皇居一周も終え、そのまま東京駅へ。
また輪行バッグに自転車を入れて帰ってきました。
楽しい旅でした。

帰ってきて、栗本さんにいただいたすき焼きのお肉ですき焼きをしました。
すき焼きと言えば牛ですが、このセットでは豪華に神戸牛とイベリコ豚。
イベリコ豚のすき焼きっていうのがまたおいしかったです!

都内の自然に触れ、画伯の個展を楽しみ、最後はすき焼き。
楽しい一日でした。

緊急出版します!

2021-11-27 08:11:12 | 日記
さて、どうやって起こすかわからなかった第六波ですが
南アフリカで尾身コロンという変異株が登場したらしい!
名前が不吉ですね!

でもとにかく、いつかは終わるし
そしてこのさざ波ジャパンで若い世代に圧をかける異様な感染予防が続いている限り、お子の育ちに発達のヌケが生じるのは当たり前、ということで、花風社では緊急出版をすることになりました。

昨日ひみつのお部屋で表紙を二パターン公開。




どっちも捨てがたいです。
デザイナーさんにお願いしたのは「自閉症者の犯罪を防ぐための提言」とか「NEURO」のイメージ。
提言路線ですね。

皆さんはどっちがお好きですか?
あ、ここのコメント欄は閉じているので、ツイッターとかどっとこむの雑談コーナーにでも感想を書き込んでいただけたら幸いです。

ではでは、この議題ご興味ある方はお楽しみに。
っていうかこのリアル黒歴史の中、この議題に興味がない人がいたとしたら、それが社会性の障害だと思いますわ。

なんで大久保さんがこれを書けたか。
それはコロナ禍の中でも、動いて、見て、感じて、考えたからですよ。


ボーナスステージの海水浴旅行

2021-11-01 06:53:08 | 日記
8月に奄美から帰ってから、ふと予定をみると、人気の定宿のたまたまの空きと、私たちのたまたまの空きが重なっていたので、10月末に予約を入れました。
泳げるかどうかは天気次第。ということで、もしかしたら🚴持っていこうかな、という計画でした。
何年か前に、11月初めでも26度くらいで楽勝で泳げた年もあったので。

当日が近づいてくると、どうもあちらは夏日続きらしい、という予報が入ってきて
だったら🚴は持っていくのやめよう、ということで海水浴に切り替えました。

そして降り立った奄美空港。
人待ちしていたら、声をかけられました。
読者の方でした。びっくりです。なんという偶然。
そして「浅見さんが元気そうでよかった」と言われました。
私は最近、悲しい出来事に遭遇しました。
私が縁もゆかりもなかった発達障害の人たちと出会い、その人たちが治るといいな、と赤心から思い、色々非難されてもそちらにまい進してきたことは多くの方がご存じだと思います。
どうも自分は情が濃いのです。いつも思うのですが、世の中の人って私に比べて情が薄いみたい。たとえばマスク出産とか、平気みたいですね。子ども達が口と鼻を塞がれているのも、「仕方ない」ですます人が多い。私はどうしても「仕方ない」ですますことができないのです。
そして私はそういう情の濃さを笑われてきた歴史もあります。「仕方ないもんは仕方ないじゃん」と思える人たちも世の中には多いから、いざとなると「私は関係ない」と傍観者を決め込むことのできる人も多いから(これが「死んだふり」ですね)、その中で奮闘する私の姿は滑稽に見えたりもするみたい。アンチ活動も、それの一端だと私は思っています。「生まれつきの脳機能障害で一生治らない」が公式見解なのになぜそれに逆らうの? 従順にマスク民になれる人たちは公式見解に逆らう人を馬鹿にするのですよね。最近もそういう目に遭って悲しい思いをしました。それを限られた人に打ち明けていた中のおひとりでした。

別れを告げ、それぞれの宿へ。
いつもの宿のいつもの部屋に迎えてもらいます。
お天気は上々。私は早速海に入りました。


気温は十分だけど
水温も十分だけど
上がるとさすがに風が冷たい。
一時間ほど泳いでお風呂でゆったりし、夕食に。
「そろそろいらっしゃるころかと思っていましたよ」とレストランの人に言われました。
夜は星をたくさんみました。
オリオン座の位置の違いに、季節の移り変わりを感じました。

次の日。
海水浴はできる気候だけど、夏と違って長時間はできないから、やはり🚴借りよう、と夫。いきなりの方針転換です。困ったことにカスクどころか、靴もクロックスしかありません。見てみると宿の🚴は電動ママチャリで私の一台目と同じ機種。これなら普段からクロックスでスーパーとか行ってるからまあいいかな、ということで分厚い靴下とクロックスで乗り切ることにしました。

ただしその時点で考えていなかったのは60キロのサイクリングになるということでした。
60キロをクロックスで走ってしまった私です。

夫に至っては、なんの修行のつもりか、かなりきつい坂以外は電動入れないで走っていました。
こうなると普通の🚴よりきついです。車体24キロですから(笑)。
それでも気持ちいいサイクリングでした。海も見えるし、山も見えるし、空気はきれいだし。
それと土地勘ができたので、今度は自分たちの🚴持ってきてもあっちこっち行けることがわかりました。



午後からは暑くなり、海水浴も昨日ほど寒くない。
たくさんたくさん泳ぎ、ようやくビーチに戻ってくると、来てました、軽石。
沖縄ほどの被害ではないですが、こっちにも着始めた軽石。
皆さんがどのようなものを想像しているかわかりませんが、私が見た軽石は、小粒でした。サンゴ礁の砂より少し大きい。それが縄状に浮いているのです。上空からも見えます。飛行機から取った軽石縄です。



あまりに小さいので、魚とか食べてしまうのではないかと思います。
また船のエンジンとかに入ったら、やっかいそうです。
いったいこれがどのような決着をするのだろうと思います。

ただ火山から噴出されたから、色々ミネラルの詰まったものであることには違いなく、肥料とかにいいそうです。
それにしても自然の脅威はすさまじいです。
ただ自然が排出したもので、自然に治まるのだと思いますが、人間には都合が悪い局面は続きそうです。
ともかく私は軽石の中を泳いで浜に上がり夕食に向かいました。
よく遊んだ一日でした。星を見て、また熟睡。

そして三日目、帰る日。
朝からお天気がよく、朝食後すぐに海へ。
この海にいる小さくて地味なニモ的な何かが近寄ってきました。
ここの魚たちは、人間を見るとよってきます。きっと何かあげる人もいるのかもしれません。
私はあげませんが、とにかくこちらに興味津々です。
魚にどれだけ視力があるのかわかりませんが、私の来ているトロピカルフラワー的なラッシュガードが何かいいものに見えているのかもしれないし、私の周辺はきっとあったかいので、暖を取っているのかもしれません。とにかく泳いでも泳いでもついてくるのです。そのうちどんどん仲間が増えて、集団ストーキングみたいになりました。
っていうか、あっちは私の爪くらいの大きさです。
ですので私が動くとその動きでできる渦に乗ってついてくる、というか、あっち的にはいやおうなく巻き込まれているのかもしれませんが。

魚たちに別れを告げ、チェックアウトし、美味しいランチをいただいて空港へ。
今度は🚴持ってくるかも、というと、「なんだったら一台よぶんに買ってください。こちらに保管しておきましょう」と言われました。
わはは。

この二年遠慮なく旅をしていますが、どこに行ってもPCR検査はとか枠パスとかみじんも話に出てきません。
最近代理店から来る宣伝メールでは、ワクチン二回接種証明で何千円割引、とかありますが、今のところこれを政府が補填している気配もありません。

っていうことはそういう証明使わない客の方がいい客ですね、旅行業界にとっては。
自粛ばかりしている人には、そういう世間の相場観がわからないと思います。

着いた成田は雨でした。
バスで東京駅に向かい、そこでお弁当を買いました。
帰ると夫は緊急会議ということで部屋に閉じこもったので、適当にお味噌汁とかつまみとかを並べて選挙速報を見ました。

あわよくば、とボーナスステージのつもりで入れた休暇でしたが、思い切り楽しみました。
政権も安泰のようだし、これからまた第六波とか、行動制限の脅しによる接種促進とか、色々演出するのでしょう。
お手並み拝見、といきましょうか。

様々な世界線 鹿児島から江ノ島まで その4・完

2021-10-05 12:49:25 | 日記
9月20日、鹿児島から帰る日。
暑すぎ。
私たちはチェックアウトの11時まで宿で温泉に入ってごろごろし、空港で食事をして帰ることにしました。
そしてねこ母さんにその旨連絡しました。
何かお土産を持ってきてくださるというのです。

空港につき、ランチを注文したところで隣の人が
「エビス中生一つ」と頼んでいるのをきき、夫の耳がぴくり、と動きました。
ここはお酒出るんだ。
「いる?」と言われたので「私はいらない」と答えました。これからねこ母さんと会うのです。
夫は中生を頼んで嬉しそうにしていました。

食べ終わったころねこ母さんから空港に着いたという連絡が。
私は夫をレストランに残してねこ母さんと会い、カフェでしばしおしゃべりしました。焼酎の一升瓶を持ってきてくださいました。

ふと気づくと夫からLINEが。
ラウンジに入ったということと、ラウンジでは焼酎が提供されているということ。よほど嬉しかったのでしょう。

「ここ(空港)は鹿児島市ではないのですかね?」と私はねこ母さんにききました。
そのとおり、霧島市だそうです。
つまり鹿児島にはマンボウが出ていて、その対象は鹿児島市だから、霧島は除外。お酒も出せるということ。
ただのマンボウを「県独自の~」みたいなフレーズで脅しをかけていたのは、まあカニカマなんとか宣言ですね。本物の緊急事態宣言がカニだとすると、鹿児島に出ていたやつはカニカマ。
きっとマンボウより「緊急事態」という4文字が脅しになると誰か上の人が画策してるんでしょう。くだらね。マンボウだったら首都圏民は蹴散らしてきましたよ。

ねこ母さんに別れを告げ、ラウンジへ。
焼酎を飲みました。そして四国っぽい景色を楽しみ、やがて黒い富士山が見えてきて、あっという間に羽田。
帰ってさつま揚げとかねこ母さんにいただいた焼酎とか、なんやかんや並べるとかっこがつくディナーです。

こうやって私のシルバーウィーク前半は過ぎました。
鹿児島で講演&饗宴に出て、自転車で走り、鹿児島の初心者マンボウを見学した旅でした。

そして2日ほど仕事をしてお彼岸。
またまた天気のいい日
江ノ島までサイクリング。

観光客で密密の江ノ島。

枠パスとか取りざたされて「接種者の県境跨ぎを緩和」とか言われると、fully unvaccinated で県境ばんばん跨いでいる者としては何言ってるか不思議でしかたなかったんですが、うっすらわかってきたこと。
それは医療従事者だけではなく、役人とか、上場企業とか、そういうレギュレーションに縛られがちな人はまさに店の中のマスクと同じように法律に裏付けられてはいないけど職場とかに行動規制されているみたいですね。でもそれでは仕事にならないし観光業界も潤わない、っていうことで、接種を理由、っていうか言い訳に動いていいことにしようとすることは、たしかに今縛られている人には意味があるみたいです。

でも私のように最初から縛られていない人には意味不明なわけですね。

そして何度も書いているように「県境越えるな」は、一向に協力しない医療を説き伏せて各自治体がなんとか確保した自分のところの病床をよその県民に回したくないというけち臭い根性から言っているだけなので、そんなものは無視してよいのです。

それでも江ノ島の密密の人たちを見て思ったのは、なんだかんだ人は近場で動いているんだなということ。
だから人口の多い首都圏の観光地は密密。長蛇の列。どこの店も入れません。
「生しらすあります」という幟をみて、そうだ焼酎のお礼にねこ母さんに生しらす送ろう、と思った私でした。



というわけで、これが私の見たコロナ禍のシルバーウィークです。
18日飛んで講演に出て、19日鹿児島自転車観光して、20日に帰ってきて、21日22日仕事して、23日江ノ島にサイクリング。
fully unvacctinated で中高年が動くとウイルス振りまいて発症して~みたいな設定は嘘だったし、人々が動くと感染爆発する設定も嘘でした。
嘘嘘嘘ばかり。ただのマンボウを県独自のカニカマ宣言にしてまで人々を脅す理由はなんなんでしょうね?
この一年半わかったことは、とにかく医療も行政も脅す。脅す。脅す。
それを真に受けていてはなんにもできないということです。
そして官はすぐさぼる。感染防止を言い訳にさぼる。なんとかビジターセンターとかもすぐ閉じる。
でもアリーナもスタジアムも居酒屋もやってます。だってやってかないと食べていけないから。
官がさぼれるのは税金に胡坐かいているからですよ。


結局誰かに言われたのか自分で怖いのか知らないけど、勝手に自粛している人たちには見えない世界線が確実にあるのですよね。
マスク依存の人はコロナ前からいたようだし、発達の人には多かったみたいだし、もうメンヘラだと思います。

きっと一生外さないんでしょう。他人が素顔だと怖い人ももうなんか病んでいると思う。でも素顔でいると道をきいてくる人も多いところをみると、自分は何らかの理由でつけてても素顔の他人は別に怖くない人も多いと思います。

先進国では画期的に感染が少なかったのに、世界で最後までコロナ禍を続けるジャパン。
見事なまでの敗戦国メンタルです。
先の大戦のときには爆弾が向こうから落ちてきたけど、今度は勝手に恐怖に駆られてあたりに行ってるしね。
ずっと被害が大きかった国を接種率で上回るとか、呆れかえりますわ。
自粛()とかマスクとかしてきた人たちは、そのおかげで助かっていると思っているんでしょうけど、そんなものしなくたって近寄っても来ませんよ新コロは。私が生きたエビデンスです。

本当にバカばっかり。
ビビりばっかり。

でもまあ、その中で楽しく生きていきます。
なんだかんだ楽しいシルバーウィーク。栗本さんの講座に学び、かわいらしいお子さんたちにほっこりし、仲間と楽しくお酒を飲み、美味しいものを食べ、地元(横浜)から準地元(湘南)を自転車で初めてつないだ有意義な一週間でした。

そしてこのあと数日置いてまた霞ケ浦を四十キロ走ったわけですが。

どうしても新コロは近寄ってきません。
新コロがないとは思わないし、ただの風邪ではないんでしょうけど
みんなで怖がるものではないと思っています。

自粛しない人たちを眉をひそめている人たちこそ
お金を使って遊んでいる人を非難する人たちこそ
誰かから生活の糧を奪っていると自覚してもらいたいですね。


様々な世界線 鹿児島から江ノ島まで その3

2021-10-04 09:33:02 | 日記
さて、講演&饗宴翌日(9月19日)もいいお天気でした。
まずは朝ごはん。感染予防対策のためビュッフェは中止になっていて、定食を選びます。
和食・洋食に比べここでは「鶏飯」というオプションがあります。さすが鹿児島。
ということで鶏飯定食を選びました。



なんだかんだ、ホテルは結構埋まっているようで、小さめの二人掛けの席に通されます。
二人の間には頑丈なアクリル板。「黙食」の札。
昨日「全国津々浦々から集まった」「四人以上の集まり」で「飛沫飛ばしあいながら」笑ったり語らったりしたことを思うと、同居家族がアクリル越しに黙食するとか、実にバカらしい話です。私たちはまさに、黒歴史の中を生きています。

ちまちまレジ袋有料にしたりしても、アクリル板もあれ、石油でできていますよね。
それとぴっちり装着されることが推奨されている不織布マスクもあれ、石油でできていそうです。
やってることがちぐはぐすぎるジャパンです。

さて、私たちは朝食後街中へ。
シェアサイクルを借ります。
レンタルサイクルあるあるで、いまいちメンテはよくないですが、まあ遠乗りするわけではないし。
ということで、今までも見慣れた市内の観光地を自転車で回ります。お天気もよくてとても気持ちいい。


シルバーウィークだから、街には観光客がたくさん。
マスクさえしていれば何してもいいと思っている人が多いジャパンですが、中国人の集団も戻ってきていますね。きちんと郷に入っては郷に従ってマスクをし、目的はお買い物らしく、おしゃれなショッピングセンターの地図を見せて道をきいてきました。
あの~私たちも観光客ですが。しかも素顔ですが。
これは地元でもよく経験することですが、素顔だと頻繁に道をきかれるのですよね。
自転車止めてまで、多数のマスク民ではなく素顔民に道をきくひとたち。
これが人間の本能を表しているのではないですかね。
人は人の顔が見えていると安心なのです。

西村飛沫担当大臣が喜びそうなほど、ぴったり不織布マスクを着用した中年のご夫婦にも道をきかれます。
マスクの下から発せられるアクセントは、確実に九州由来。
こっちは関東人ですが、そこそこ鹿児島市内に詳しくなってしまっています。よく来るので。

ともかくたくさんの観光客
を瀕死の天文館は指くわえてみているしかなかった。
店を開けていたら、観光客も薩摩料理に舌鼓を打てたし、店も売り上げられたでしょう。
こうやって店が苦しんでいる間にも、尾身爺の病院は331億円しれっとせしめていた。
みんなを煽るだけ煽って検査売って儲けてるやつらもいる。なんと子ども達にまで検査を売りつけているらしい。
儲かるやつがいつまでもやめたくないコロナ禍。それにあほみたいに従う必要がどこにあるでしょうか。


見慣れた観光地も自転車だとまた楽しかったです。

午後の暑い時間帯はホテルに戻り温泉&お昼寝。
夕方になりまた走りました。
そしてお酒出す店を探すのはめんどうなので、ルームサービスを取りました。
お寿司とかさつま揚げとか地鶏とかとスパークリングワイン。
部屋でテレビを見ていたら「鹿児島県の本日の感染者は~15名」とかニュースが流れてきて脱力しました。
その15名で逼迫しちゃうほど医療がぼろいジャパンだから、今日鹿児島を訪れているたくさんの観光客が夕食場所に苦労し、天文館の店ズは書き入れ時を見過ごしたのでしょうか。
もういい加減にしてほしいですね、医療のヘタレっぷりには。

「県独自のなんとかかんとか」とテレビは繰り返します。
首都圏と違って、なんとか宣言は出てないけど、何かが出ているらしい。
だから酒類提供は自粛したり、桜島のビジターセンターが閉まっていたりするらしい。

地元ではセンターなんか閉まっていないし、スタジアムもアリーナも人数制限してなんかやってます。
イベントのたびにマスク民がぞろぞろやってきます。中はマスク着用なんだろうけど、外でくらい外せばいいのにイベント民が一番りちぎです。
お酒出していない店も多いけど、出している店は客引きやってます。
でも県独自のなんとかかんとかが出ている鹿児島では色々自粛が激しい。
首都圏はもう慣れちゃって通常に戻っているけど(マスクしてるだけ)、鹿児島はおぼこいのかな
なんて思いました。

お店で食べられなかったのは残念だったけど、そこそこ美味しいものを食べ
温泉に入って私たちは眠りにつきました。
明日は帰ります。


続く


様々な世界線 鹿児島から江ノ島まで その2

2021-09-28 09:17:30 | 日記
さて、栗本さんの鹿児島のコンディショニング講座に見張り見学に行った旅の記録
だいぶ遅れて書いています。
遅れてちょうどよかったんじゃないかな。
なぜならコンディショニング講座が鹿児島で開かれたコロナ禍のシルバーウィーク、政府や自治体は県境越えるなと叫び、各旅行業者に犠牲を強いてまでキャンセル料を無料キャンペーンを貼り、コロナ脳は動き回る勢を非難し、💉なしで旅行などもってのほかで、中高年がそんな真似をしたらたちまちなんとか株に襲われゴホゴホし高熱を出しECMOにつながれ医療を逼迫させる

という設定だったのが、むしろ逆になっているからです。

私の場合💉なしの中高年というだけではなく、飛行機以外は素顔、しかも宴会まで出ちゃったもんね~。

その記録です。

さて、定宿で温泉に入ってから(ここはSいなかったので安心して入りました)鹿児島随一の繁華街、天文館に向かった私たち。

天文館は瀕死でした。私は正直、どこになんとか宣言が出ているかも把握していなかったのですが、先日奄美に行ったとき「県独自のなんとか」とかで時短になっているのでびっくりしました。我々から見ると島はずっと時短です。それでも七時までアルコール飲めるだけマシだけど、おかげで泳ぐ時間は減った気がします。だって七時ってまだ明るいもん@島の夏。

そして鹿児島本土も当然、「県独自の」みたいなことを言ってたくさんのお店が閉まっていたり酒類提供を控えたりしているのでした。ねこ母さんが最初に予約したお店はダメになったそうです。ので、途方に暮れていたところ、新聞に「時短を守らないけしからん店」が発表されたそうです。

新聞もたまには役に立つ、とねこ母さんは言っていました。

そんなこんなで苦労の末見つけてくれたお店の前に素顔率ほにゃららパーセントの集団が。言わずと知れた花風社クラスタです含医療サイド。

別に無頼集団ではなく、きちんと情報を集めて「生まれつきの脳機能障害で一生治らない」というギョーカイの洗脳から抜け出している人たちなので、顔布つけるか💉するかはそれぞれ自分で判断しているし、誰も他人の選択には突っ込まないんですね。人はみな自由。自分の身体のことは自分で決める権利がある。

それで入ったお店は、Sはいない。アクリル板はなし。でもよしずが立っていました。そう、アクリル板よりよしずです。アクリル板はたぶん逆効果です。第一石油でできてませんかあれ?

多くの人が(医療従事者の次に高齢者が打ち始めたころから)私は自分がSのいるところを察知する体質だとわかったわけですが、あの店にはSはいなかったです。たしかマスクしないで入っていった気もするし、周りもマスク会食とかしていなかった気もするし、ていうかお店の人のマスクもわりあいあいまいだったし(あのね、焼き物している厨房の人にマスクを強いるのは厨房虐待ですよ。ためしに自分がマスクして炭火でなんか焼いてみてくださいな)、それでも危険ではない店。なぜならSはいなかった。

他の感染予防対策はともかく、換気は強烈な店でした。焼き物系だしね。今後なんとか宣言が解除されたあと皆さん、焼き物系は換気いいかもですね。

そんな店で私たちは盛大に飲み食いしました。全国津々浦々から集まった四人以上の私たちが飛沫飛ばしあって笑いあい芋水のんだり生肉食べたり。そう、自粛警察やマスク警察の人たちも私たちに顔をしかめるかもしれませんが、そういう怖がりクラスタって生肉も敵視しますよね。でも生肉食べてトラブル起こしたことなんかないよ私の場合。おいしいから食べる。それにここは薩摩だし。

ものすごく身体が弱くて怖がりな人たちに合わせちゃったのがコロナ禍なんですよね。
これってでも、私たちは発達の世界でさんざん見てきたこと。

感染症のプロはいたかもしれないけど新コロがわかっている人はいなかった。
発達障害だって黎明期は同じだったはず。
「生まれつきの脳機能障害で一生治らない」
「二次障害になるから頑張らせてはいけない」

みたいな戯言を信じた人たちは今コロナ禍でも怖がって我先にと💉打ってるんだと思います。
私たちはそうではなかった。

でも長いことは飲まないね。
そういうところが今までと違うところかも。
わりあい手短に(当社比)切り上げる。

二時間くらいお店にいたでしょうかね。
私たちはお開きにして外に出ました。
ねこ母さんと歩きながらおしゃべりしたとき、ねこ母さんが言っていました。

「お上に閉めろと言われるとおとなしく店閉めて、二度と維新がどうのこうのとか言ってほしくないわ(怒)」

本当だよ。
討幕の精神はどこいったよ、おとなしく店閉めてる薩摩隼人どもよ。

私は明日、西郷さんにちくってやろうと思いながら眠りにつきました。
明日もお天気はよさそう。鹿児島の地を🚴で回るのです。

続く

様々な世界線 鹿児島から江ノ島まで その1

2021-09-25 11:03:48 | 日記

9月17日の夕刻。
明日乗る全日空からメールが来ました。
曰く、明日は乗客数が多く空港がこむのでカウンターは午前五時に開けます。
空港には余裕をもってお出かけください。
久々の千客万来に小躍りしている躍動感のあるメールでした。

台風が鹿児島と東京の間のどっかにあり
着いたら晴れているみたいだけど、空港までの道のりは雨。
私たちは先日高松に行くとき大雨の日に高速が大渋滞だったことに学び
電車で羽田に向かうことに。
ところが駅前のリムジンバスにも、空港へ向かう人の長蛇の列ができています。
今日は本当に人が多そうだ。西村飛沫担当大臣が飛沫を飛ばしてキャンセルせいとか訴えていましたが、大臣無視した人がたくさんいるジャパンです。
ここで「今は我慢」「自粛命」の人と羽田に向かうたくさんの人、世界線が分かれていそうです。

羽田に着き、チェックインしてラウンジへ。
どこどこラウンジは満杯、みたいな表示もあり、frequent flyersたちが動いているシルバーウィーク。入ったラウンジはたしかにほぼ埋まっていました。
大荷物の家族連れもいれば、いかにも沖縄行くぞ~みたいないでたちのグループも。
一方で家族に会いに行く人もいるでしょう。
ずっと動いてきた私たちのような人もいるでしょうし
もう我慢できない、と出かけてきた人
💉打ったから安心、と一つの区切りにしてきた人
色々な人が集まっている羽田空港。
動くな、県境をまたぐな、と言われて、まじめにきいているうちに医療は一向に協力をせず、一年半が過ぎた。
いい加減親族に会っておきたい、という人がいても不思議ではありません。

なんとか椅子を確保して飲み物を取りにいきます。なんたら宣言のため酒類提供はどうのこうのと書いてあり、ビールサーバーは閉じています。
はいはいわかったわかった。
ということで水を飲みます。飲み物は水か酒がいい。その他はあまりいらない。

機内に入り、大雨で離陸は遅れましたが、飛行は順調。
うとうとしているうちに鹿児島に着きました。
久しぶり、鹿児島。
どれくらいぶりだろう?
11月に愛甲さんや廣木さんや南雲さんと行った以来だから、10か月ぶり?
そんなに来ていなかったのか。
もっともその間、鹿児島県内の島には三回行っているから、あんまり久しぶりな気はしません。

いろんな時期に飛びました。
羽田の蕎麦屋で私たちはお酒頼めたけど、あとから来た四人グループは頼めなかったり。
たしかあれは都内で「酒類提供は二人まで」とか謎ルールがあった時期。同時期、神奈川は四人までOK。多摩川一つ越えると飲める人数が倍になる謎ルールでした。
そのあと一切飲食店では酒類を出さない時期もあり、でも売店では売っている。
売店で買ってどこで飲む? ゲート飲みはOK? 機内で飲むときは静岡上空あたりからOKとか?
わけのわからん規則を次々打ち出し感染対策やっている気になってきた(そしてそのほとんどがかすってきた)不思議な国ジャパンでした。

鹿児島はまだ夏。
暑い。
空港から市内に出るリムジンは、補助席まで出る大賑わいですよ。
つまり、それだけの人が、帰省か旅行か知りませんが、鹿児島に来たわけです。
定宿に荷物を置き、黒豚とんかつ定食。そして天文館に向かいます。




講座会場で夫と別れ、私は皆さんの待つお部屋に行って、栗本さんの講座を二回ばっちり受けました。
お子さんたちがかわいらしかったです。一人、「帰りたくな~い」と泣いているお子さんがいて、本当にここでみんなで遊ぶのがたのしかったんだなあ、と思いました。
日本人の一億二千万のうち、一生懸命ハイプして数えて百七十万罹患して、一万七千人も死んでいない疫病っていうやつのために、その時期に医療が楽ちんをするために、いかに多くの発達の機会が子ども達から奪われてきたのかを思うと、とても腹が立ちます。
でもこの「とても腹が立つ」度合が花風社クラスタの中でもスペクトラムみたいですね。私はとにかく、とても腹が立っている。

講座が終わり、栗本さんとねこ母さんはさらなる個人指導があるそうです。
講座前にも後にも個人指導の予約が入り、そして翌日も場所を変えて個人指導をするらしい。
鹿児島の地にもすっかりコンディショニングが根付いたなあ、とわかってうれしくなりました。

というわけで、饗宴までお別れ。
私は徒歩でぶらぶらと定宿に向かいます。
よく地理はわからないけど、観覧車が目印。
よく晴れた一日。夕暮れの鹿児島もきれい。
もしかしたら遠回りしたのかもしれないけど、私は定宿に戻り、温泉に入りました。
そして饗宴会場へ夫と向かいます。

続く