治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

マイノリティとしての私

2020-07-11 05:50:00 | 日記

マイノリティとしての私





最近思うことです。

発達障害の人はマイノリティとしての意識を持っているかもしれない。

それは被差別感を伴っているかもしれない。


でもよく考えたら私もマイノリティだったなあ、一貫して。


それに気づいたのです。

ただ被差別感はないけど。


医療者たちは花風社の本を読みもしないでデマを言いふらす。

花風社崩壊しても手を叩いて喜ぶだけでしょう。

だから私は医療崩壊を防ぐために貢献する気持ちは一ミリもありません。

私はネット上の卑怯な攻撃に自力で対抗してきた。42万人死ぬというデマから生じた経済破壊からも会社を守った。

だったら医療も自力でやればいいと思います。

健康な国民を巻き込むのは迷惑だと知ってほしい。


私が労使双方で支払ってる保険料は年間二百万くらいかな。

病気しなくても制度だから払ってる。

それに対して使ってるのは二万円くらい。

あとは私じゃない人が使ってる。

中には無症状なのに検査され(ここで四万円。これを東京都は昨日七千件やったらしい)緊急事態宣言解除後診療報酬が三倍になったというコロナ診療のめんどりになっているホストの面倒みるお金に使われてるのかもしれない。

プレコロナポストコロナの医療の無駄遣いに比べればGoToキャンペーンとかささやかですね。


手洗いとうがいで風邪ひとつ引かないことがわかった人は多かったのではないでしょうか。

つまりこれからも医療はジリ貧かもしれません。


それに怯えるのでしょうか医療者は。


だったら弱虫だなあ。

私はなんの後ろ盾もなく起業しましたよ。

お金もコネも乏しかった。でも信念に基づいて自分の信じることをやってきたのです。

ニキさん藤家さんに会って自閉文化を伝えたいと思った。

裁判を抱えて治さないといけないと思った。

炎上に出会って医療者が腐り切っていることを知った。

医療も福祉も当事者をめんどりとしか見てないことを知った。

だからこれから医療福祉を潰すための本を出します。そのためのエネルギーを今は養っています。


それを全部「板子一枚」の世界でやってきたのです。

社会保険料にあぐらをかいて読みもしない本をこき下ろすような卑怯な行いができるのは

治しもしないくせに医療だと威張っていられるのは

社会保険料にあぐらをかいているからです。


そしてマイノリティであることが報われた夏を迎えています。

職務上、マスクの着用命令を誰からも受けず、毎日毎日思う存分新鮮な空気を吸って生きています。

マスク警察には会ったこともありませんが、会っても別に平気です。いくらでも言い返してあげます。飛沫はとぶでしょうが。


私がマイノリティであることこそ、自由をもたらしてくれたのです。

安定志向とさよならしたから、私は自由なのです。


今マスクをしなければいけない人は、それによって安定を得ているはずです。

私は何十年も前にそれと訣別する覚悟をしました。

だから毎日新鮮な空気を吸って、好きな場所で、好きなことをやって生きています。

それは何十年も前にリスクをとる覚悟をしたから、そして努力してきたから得られた自由です。

マイノリティであることは、自由です。


zoom講座「医者が教えてくれない発達の話」を開催します!

2020-07-08 10:07:00 | 日記
お世話になっております。花風社の浅見です。
花風社では7月26日(日)13時半より
栗本啓司さんによる講座『医者が教えてくれない発達の話』を開催することになりました。

我が子に・自分に何か生きづらさ・発達課題があると思って病院に行く。
けれども一向に解決しない。
そういう人々が、家庭でできる実践としての身体アプローチでたしかな手応えを得ています。
ではなぜ医療が解決しない問題が身体アプローチでは解決できるのか。
身体アプローチは何をどうアセスメントし、どういう風に発達への道筋を開いているのか。
それを栗本さんに語っていただく講座です。

☆この講座をお申込の方は、当日都合がつかなくても、8月2日まで動画視聴可能です。
また、講座をリアルタイムで受けた方も、8月2日まで復習が可能です。

受講ご希望の方は

・お名前
・配信先メールアドレス


zoom☆kafusha.com

(☆を@に変えてメールしてください)

にお知らせの上、花風社の口座のいずれかに3000円(一画面)をお振りこみください。


(口座番号等ご存じでない方は申し込み時にお問い合わせください)

入金確認後、講座URLとパスワードをお送りいたします。
携帯アドレスの方は、@kafusha.comからのメールを受け取れるように設定をお願いいたします。

なお、講座の理解を一層深めるために、下記の書籍を未読の方は一読をお勧めいたします。

『感覚過敏は治りますか?』




『人間脳の根っこを育てる』



皆様のご参加をお待ちしております。

今後とも花風社の本をよろしくお願いいたします。

バカげた忖度の構造及びそれに逆らう力の源泉 その4

2020-06-25 09:28:58 | 日記
バカげた忖度の構造及びそれに逆らう力の源泉 その4

さて、『君はずっと一緒だった』関連の記事もまた上げると思いますが、今日はこの話題に戻って来ました。
祝 専門家会議廃止!
悪魔の集団が取り除かれました。

この国は昭和の時代、文系の力が強かった。
ものづくり大国と言われたわりには、(おそらく医者以外の)理系を大事にしてこなかったですね。
それでITに乗り遅れたのかもしれない。
エンジニアの地位が高くない時代が続きました。

でも今度のコロナ禍でわかったのは
やはり理系に舵取りを任せると国を誤るということ。
まあ理系文系という区別自体今後の世代には不要になると思いますが。
どっちもできる人が本当のエリートになっていくでしょうね。

8割おじさん(極悪人)は医療及び医療者の皆様が愛してやまない夜の街しか救う気がなかった。
でもその他の業界も青息吐息で生き残ろうと必死だったのです。

私は医療に大いに貢献しています。
労使双方で社会保険料を毎月きちんと納め、ほぼほぼ病気をしない。
新型コロナだって自分も周囲も感染していない。
病院には近づかず歯医者の定期検診すら遠慮していました。不要不急の検診で負担をかける時期じゃないだろうと。

私は医療に崩壊してほしい。
それは医療になくなってほしい、という意味ではなく「健康であることが罰ゲームのようなこの社会保険システム」と「運動や栄養という人々が自然にやっている営みをこきおろす医療者の傲慢さ」をどうにかしてほしい。
なぜなら健康にもコストがかかっているからです。運動とか栄養とか。
医者たちは健康な人間から搾取しているくせに運動や栄養をトンデモ扱いする。
彼らが運動や栄養をトンデモ扱いしなければ、私はここまで医療者を憎むことはなかった。
でも医療は今青息吐息らしい。これを機に沢山の医者が失業してもっと人手が必要そうな運送業とかに転身すれば効率的な社会ができると思っています。

医療嫌いなら医療に頼るなって?
ときどきそういう言葉をぶつけてくる人がいますが本当に社会がわかっていませんね。
私はいざというときのために膨大に前払いしていますから。その前払いを今、弱い人たちが使ってくれているだけ。

社会のシステムだから大嫌いな医療者に毎月大金を納めていますが
8割おじさん(極悪人)と違って私は医療と夜の街以外の業界の存続にも大いに関心があるので
もちろんそういうところにもお金を使いますし必死で自粛を自粛していた業者は応援したし、これからもします。

緊急事態宣言下である週末江ノ島付近に渋滞が起きて
都民なのになぜかテレワークしないで通ってくる神奈川県知事が「神奈川に来ないで」とかいうふざけたことを言っていました。おまえがくるな、っていう話です。
まあそのときには、凡知事の言い分を聞き入れた人も多くその次の週は江ノ島が閑散とした。
なぜか? まだあのころは新型コロナの正体がわかっていなかったからです。

それから再三の呼びかけにもかかわらず人が増えました。
鵠沼海岸に浮かんでいる200人ほどのサーファーを見て私は愉快で仕方なかった。
そういえば花風社アラートより役に立たなかった東京アラートが出たとき見物人がお台場に詰めかけたとか。
そういうエピソードが私は大好きです。

なぜか?
もう人々は身体でわかったからです。
これはたいしたことない、と。
そういうことをわかるのは頭じゃなくて身体でしょ?

だからといって蛮勇を誇っているわけではなく
皆自分でできることはやっていると思いますよ。
だけどすべてを国に委ねていてどうするんですか?
国が特攻しろと言ったらしますか?

自分の身体は、自分で守りましょう。
医療が、国が、健康な人の健康を守ってくれないのはもうわかったじゃないですか。

でも、一つ私が医療を見直した出来事があります。

それはここでも何度か取り上げた神奈川県医師会のふざけた文章。
自分たちが感染リスクに怯えながら仕事してるんだから子どもたちも遊ぶな、みたいなことを呼びかけた文章。

神奈川県医師会はあれを削除をしたそうです。
そして「当時はわかっていなかったことも多かった」と反省しているらしい。
このまま8割おじさんも説明も謝罪もしなそうだし
ギョーカイは相変わらず「生まれつきの脳機能障害で一生治らない」とか言っているし
その中でちゃんと路線を変更できる神奈川県医師会はマシなほうかもしれません。

ま、院内感染を23も起こしたのはヤブだと思いますが。

離島は医療が充実していないから来ないで、というフェーズがありました。
その離島の定宿から「再開しました」のお知らせがきたので、お知らせが来る以上は行っていいのかな、と思って申し込んだらあっさりとオッケーがきました。
体調に気をつけて行ってきます。かかっていない感染症をうつすことはありませんから。

神奈川県は離島みたいなもんだと思えばいいんです。
人口が多いから、やたら病院はある。
でもヤブ。
だからなるべく病院の世話にならないようにしよう。
「医療資源の不足」という意味では離島も神奈川も同じだと考えるといい、という結論に達しました。

私は83日間「ゲーム神奈川」をしました。一歩も出ないで楽しむ遊び。
その結果、都会も海も山もあって飽きない県だと再認識しました。
でも医療だけはダメ。
ならばこの県に住み続けて病気をしなければいいだけの話です。
毎月収めている社会保険料は他の誰かを助けているでしょう。
健康な人間が住むにはいい県です。

昨日専門家会議廃止の報を受け、私はお祝いに街をサイクリングしました。
夕刻。ほっとしてマスクをはずした人たちが密密の居酒屋でソーシャルディスタンス何それ食べれるの? みたいな感じで集っていました。
美しい光景でした。
人々が自然な肉体の欲求(集いたい)を権力者の戯れ言に優先させている光景。実に美しい。
まだバカみたいに感染者数とか数えて一喜一憂しているおバカさんよりずっと健康そうです。
東京の感染者数より稀勢の里の勝敗のほうがずっと緊張しましたね。


バカげた忖度を打ち破る力の源泉は
「肉体の欲求」にこそあるのです。
あたりまえの肉体の欲求。
それがバカげた忖度を打ち破っていくのです。

ではでは皆様

自分の身体の声に耳を傾けて健康を保ちましょう。
自分の健康は自分で守りましょう。
なぜか?
医療にも国にも、あなたの健康を守る気はないことがはっきりしたからです。
知ってましたけどね、発達障害の分野でやってきたから。


(完)

自閉症だからいい子だったのだ

2020-06-22 06:24:02 | 日記
さて、複数冊ご注文の方にはかなり行き渡ったかもしれません。
『君はずっと一緒だった ~自閉症だった息子~』です。

長い本にもかかわらず、一気に読んだ方々もいるようですね。
読み始めると止まらない。

私は当然何度も読みましたが、中学高校のところがつらかったですね。

息子さんを亡くしたあと、お母様(著者)は精神的な旅に出るわけですが、
「自閉症だったからこそあんなにいい子だったのだ」と気づきます。

そして私もこれには全面的に同意します。
自閉症ならではの美しさと才能を持った方でした。

そして私の中でこの「自閉症だからいい子」と「治そう」は両立します。
両立することを読者の皆様はわかっていますね。

でも花風社の本を読まずに遠巻きにみて想像でディスっている人にはわからない。
私が自閉症を憎んでいるからこそ治そうとしていると誤解をしています。
誤解したければずーっと誤解していてもらってかまわないのでほっておきます。

でもこの著者には最初に「私は治そうとしている」ことをはっきりと言いました。
そのあとは向こうの問題です。
「自閉症だからいい子」と私が出している「治そう」系の出版物が両立すると見抜く人なら私に依頼してくるだろうし、そこの両立が納得できないのなら私には依頼しないだろう。

結果的にうちで作らせていただくことになりました。
そして花風社が、私がますます活躍することを祈ってくださっています。

通じたのです。

まだぽつぽつとご注文いただくのですが、完売してしまいました。
ご希望に応じられなくて申し訳ありません。

手に入れた皆さんは、一組の親子の生き様を、
どうぞ知ってください。
そして自死がどれほどの衝撃と悲しみを家族に遺すのかも知ってください。
この本を読んだあとで、自死を思いとどまってくれる人がいたらいいなと思います。

完売御礼のお礼に Win-Winの仕組み

2020-06-19 08:39:52 | 日記
おはようございます。
忖度の問題は今後も扱いますが、とりあえず小休止。
で、今日は『君はずっと一緒だった』完売御礼に書きたいことを書きます。

最初この自費出版のお話が持ち込まれたとき、だいたいのご予算をききました。
一般的な自費出版レートを想定していらっしゃるようでした。
私は20万円ディスカウントしました。
なぜなら、これはぜひうちの読者の皆様に読んでいただきたかったし、読んでいただける自信もあった。
要するに私の手間賃のうち20万円は読者の皆様からいただけるかたちにすればいい。著者よし、読者よし、版元よしのWin-Winです。

最初自費出版系の会社が使っている印刷所に行ってみました。
わりといい加減な仕事していることがわかりました。素人相手にぬるい商売しているので、あっちもプロの編集者がくっついてくるのをいやがっているのがはっきりわかりました。
で、うちの取引先で製本がしっかりしているところに打診しました。
予算以内でできそうでした。
そのとき言われたのは
・200部以下だとオンデマンドになります。
ということ。
読んでいただければわかりますが、この本は製本が大事。ということで、オンデマンド製本はふさわしくありません。
ということで200部は刷ることになりました。

実は最初、「何部くらい刷りたいのですか?」と著者におききしたら「わかりません。本当に少しでいい。配る予定もないし」ということでした。

最初にコンタクトがあったとき、ちょっとびっくりしたのは、お子さんの死因(自死)を誰にも話せていないということでした。それこそご親戚とかにも。
だからご親戚にすら配らない本です。
それほどの衝撃だったのです。

そしておつきあいするうちに、これは仏前に供える本なのだ、と理解するようになってきました。
できあがったとき著者は、ご自分の棺桶に入れてもらうつもりだとおっしゃいました。
そういうけじめのための本なのです。

けれども5部10部では作れません。
そこで私は200部刷って、対価の一部を現物でくださいとお願いしました。
うちの読者の皆様の中にも関心のある方はいるはずです。買っていただきましょう。
そうすると心ある人たちだけが読んでくれることになります。
支援者は誰一人お線香を上げにこなかったけど、どっとこむにコーナーを作り、そこに読者の皆様が感想等書き込んでくださればそれが供養になる。
そういう心づもりでした。

そうしたら著者は、「うちは30部もらいます。あとは全部浅見さんの売上でいいです」と言ってくださいました。
そこで170部いただきました。
私の手元に5部残しておこうと思います。
ですので販売可能部数が165部で、それが完売しました。

このように
「できるだけお金はその商品を喜んでくれる市場からいただく」というのが民間人の発想です。
社会保険料にあぐらをかいて、プレコロナ時代には健康な人まで社交に通ってくることを当てにしていた医療とか、最初っから給付目当ての福祉とかと発想が違います。
国に守られることはないのが民間人です。
でも市場を開拓したら、自由に好きなように生きられるのも民間人です。

医療の人も福祉の人も、そして教育の人も「金が足りない」「もっと予算を」と上から金を取ろうとする。
そうではなく必要な金は市場からもってこよう、そのための商品を作ろう、というのが民間人の発想です。

愛甲さんの今月のカウンセリングは、定員を超える四名の方に決まりました。
私は自分もカウンセリングを受けた方がいいのではないかと思っていました。
なぜなら私は今、謎の罪悪感に駆られたりする瞬間があるからです。

それは何か。

コロナ禍を私は無傷で乗り越えました。
健康も経済面も損ねることはなかった。いや、むしろ飛躍したかもしれません。
そしてあれこれ職場等により活動が制限される人が多い世の中で、私は自由です。
ずるすぎるんじゃないの私、と思ってしまうのです。
愛甲さんにそんなお話を先日きいていただきました。
そして話しているうちに気づきました。

これは、この歳にしてたどりついた一つの達成であるかもしれない。
この自由を手にするために私は何をしてきたか。
小学校の頃から同調圧力に負けなかった。
若い頃は長時間労働した。
リスクを取って起業した。
信念を貫いた。そこで起こる炎上には真っ正面から対応した。
決して、決して「異様な怖がりに媚びる」ことをしなかった。
だから異様な怖がりに合わせる今の風潮が若干不満ではありますが、私はそことは最低限のかかわりしかもたず自由に生きていけるのです。

それは、ずるいかもしれない。
でもそれは、負けなかったから。同調圧力に。それこそ小学生のころから。
「い~けないんだいけないんだ、せんせーにいってやる」みたいな子たちと距離を保ってきたから。
大人になっても、版元になっても「い~けないんだ」みたいな小学生みたいな人はいます。
でもそこには1ミリも妥協しなかったから。

そして今後は「嫌いな人とは距離を保つ」ことがやりやすい時代になるかもしれませんね。
私はもう、怖がりの人とは飲み会もやりません。めんどくさいから。zoomでいいと思います。

というわけで、皆さんが『君はずっと一緒だった』を買ってくださったおかげで
著者にはディスカウントでき、私はディスカウント分を取り戻し、かつ利益を得ました。
そして今後は皆さんが本の内容を享受し、対価を得る番です。

複数冊の方には、週末から早い方には届くと思います。
一冊のみの方は若干遅れて届きます。
今回、発送がまだまだ人員の関係で平時ほどは一気にできないことをお許しください。

どうぞ、お楽しみになさってください。
一人の純粋な人がこの世を生きた。
そして彼を彼であるがゆえに愛している人たちがいた。
その証です。

バカげた忖度の構造及びそれに抗う力の源泉 その3

2020-06-16 05:28:55 | 日記
さて、新型コロナの騒動で医療不信を深めた方も多いと思います。
ある花風社クラスタの方は「今後一層、医者がいくら『一生治らない』と言ったって信用しないだろう」とおっしゃっていました。
なぜか?
・医療クラスタはお互いに忖度しすぎ
・医療クラスタは本当にエピソードから学ばない

からです。

私が当初医療に不信感を持ったのは8割おじさん(極悪人)の「夜の街は閉じられないから他を閉じる」宣言でした。
目的は医療崩壊を防ぐこと。
つまりあらゆる産業の中で医療と夜の街だけを活かしてあとは死ねという宣言。
それをぬけぬけとするのがわけわかりませんでした。

そして人々は「42万人死亡」を恐れて病院に行かなくなりました。
うがい、手洗い、流行期のマスクのおかげでしょうか、みんな健康。
小児科さえも閑古鳥。
本当は医療はこんなにたくさんいらなかったのです。

つまり、他の産業を犠牲にしてひとりだけ生き残ろうとした医療の分野で多くの機関が潰れそう。
実に愉快です。
ざまあみろです。

さて、8割おじさんがなぜそれほど夜の街に忖度するのかずっと謎でした。
謎は他にもあります。
いったい「ホストクラブ」なるところはどういう人が行くのか。
なぜなら個人的な見解ですが、メディアに出てくる「カリスマホスト」たちを見ていても全然魅力的に萌えないからです。
どんな女性があの変な髪色のお兄さんたちに実費の何十倍もしそうなお酒とかおごる気になるのだろう。

そうしたら看護師さんがいいお客だそうです。
そして夜の街meets医療現場で、そこから院内感染が始まったりしているそうです。
神奈川県は大阪府より人口多いのに、大阪府より感染数を抑えていますが、院内感染が23とか。本当にいい迷惑です。

つまりなんのことはない。8割おじさんの属する医療ギョーカイにとって夜の街は「内輪」だったのですね。
内輪だけをかばっただけだったのです。

なあんだ。
仕組みを知ってみれば簡単なことでした。

障害児者の世界では「きょうだい児」という言葉が行き渡っています。
障害があるきょうだいがいると、どうしても色々負担があったり、我慢させられたりがあるから、一つの問題としてカテゴライズされていますね。
「医療と夜の街だけ崩壊を防ぐ」という8割おじさんのやり方は、医療と夜の街以外の職種にかかわる全国民を「きょうだい児」にすることでした。

国が8割おじさんを重用し、オオカミ少年に終わったことで、今後横綱級の感染症が来たときもあまり人々は医療を信頼しないかもしれないと思います。
そこはちょっと心配です。
私自身はおそらく本当に深刻な病気のときはあっさりと気づいて、今回よりずっと真面目に自粛すると思います。それが「無意識の賢さ」ですから。先日の座波さんの講演でも出ましたが、こうやってサバイバルのための判断を身体ができるようになることが身体アプローチの成果だったりします。

けれども今回の新型コロナに関しては、もう医療の言うことは聞かないと思います。
今後医療への信頼が再構築されるとしたら、8割おじさんたちに医療クラスタが忖度せず、その総括をしてウソをウソだとはっきり断言してくれる医療者が出てきた時だけです。そして大阪府知事のおかげでそういう情報が出てきましたね。

本当はウソをついたご本人たちがやるべきですが、やらない以上、他の誰かがやらないと医療はますます信頼されなくなるでしょう。

今回医療と夜の街以外は「不要不急」とされました。
でもその不要不急のものこそが人間らしい暮らしを支えていた、という言い方もされます。
けれどもわかったのは、医療も実はこんなにはいらなかったのじゃないかということ。
たとえば言語聴覚士は比較的新しい資格ですが、ということは、20年前までは不要だったわけです。

じゃあ出版社も不要じゃないかって?
花風社も不要じゃないかって?

そのとおりです。
私は会社作ったときに思いましたよ。
私は世の中に全く必要とされていない事業体を一つ作ったのだと。

そして、その自覚があるからこそ頑張るのです。それが民間人なのです。
誰も必要としていない事業だという自覚から始めるからこそ、必要とする顧客を生み出すために頑張るのです。
私の場合には、色々な巡り合わせで、自分が社会正義だと信じた「発達障害を治す」ことを叫び続けたことで、顧客層が分厚くなっていくという幸運がありました。

そして医療者は、自分たちがエッセンシャルだと思いすぎていて、こういう意識はないんじゃないですかね。最初から必要とされていると当たり前に思っている。でも実はさほど必要じゃなかった、健康を考えると人々は病院に行くことを控えた、ということを明るみに出してくれたのが新型コロナ騒動だと思います。

そして今、小池氏の選挙対策か何か知りませんが、突然夜の街の健康な若者たちの検査を始めたようです。
特定の職業についているからといって、無症状の人を掘り出して2週間拘束する。
こんな無体なことをやっているのに、リベラルな人たちが騒がないのが不思議です。

まあともかく、医療と夜の街だけ生き残ろうとして始まった8割おじさんの茶番。
収束局面で、首都で内輪のつぶし合いをしているわけです。滑稽です。
ので一般国民は高見の見物をしていればいいですよ。
そして気が向いたら再開した自分の好きな所へ遊びに行けばいいです。

今は色々なところが開業しましたが
どこもコロナ脳の皆様とインバウンドが戻ってきていないので密ではなく楽しめますよ。
私は週末泳いできました。

今回、めんどくさがりやの官はさほど感染しなかった地域でもプールとか開けなかったりするようですが
民間は頑張っていますよ。
感染予防を一生懸命やりながら頑張って開業しています。
私は一貫してそういう人たちを応援したい。

自分がエッセンシャルだと決めつけているおごり高ぶった人たちは「そういう意味で」頑張りませんね。
それが一層わかったコロナ騒動でした。


(続く)


バカげた忖度の構造及びそれに抗う力の源泉 その2

2020-06-14 06:24:39 | 日記
さて、バカげた忖度は新型コロナがもたらしたものではありません。それを顕在化させたとは思いますが。
プレコロナ時代もこの国にはバカげた忖度が行き渡っていました。

今回『君はずっと一緒だった ~自閉症だった息子~』として一冊になった原稿を、著者としては自然の流れとして当初「あなたの原稿を本にしませんか(=自費出版やりませんか)」とばんばん広告出している会社に持ち込んだそうです。
でもそこで「削ったら」と言われたらしい。
どこを? 凡医凡心理士とのやりとりを。
クレーム来るんじゃないか、って忖度したらしいのですね、その自費出版系編集者は。

あのね、大事な息子さんが自死したのです。
支援の名目でそこにかかわっていて人に事情をききたいのは当たり前じゃないですか。
そしてギョーカイ人のていたらくをご存じの皆さんには容易に想像つくとおり、凡医凡心理士は逃げ回ります。
言い訳の嵐。
それを見て著者は、こういう人たちを頼りにしていたのが間違いだと悟る。

息子さんの苦しかったけど純粋に生きた二十年と同じくらい
お母様がたどるこの心の旅は本の重要なところです。
それをバカげた忖度して削れとかどうかしている。
しかも自費出版系の会社なんて、ギョーカイとはなんのつながりもないじゃないですか。

花風社は発達障害に特化している会社だからこそ、そしてギョーカイとはドンパチをいとわない会社だからこそ、そのまま出していい会社。
だから削る必要はまったくないと言いました。
なんだったら実名でもいいくらいだ。

けれども著者は仮名を選ばれました。それならそれでよい。
仮名にしたら、全く誰か特定できません。特定する必要もない。
治せる医師心理士なら皆さん誰か知りたいと思うでしょう。
でも治せない医師心理士、その上人格的に全然だめ、親から逃げ回る、なんていうキャラこのギョーカイ浜の真砂の数ほどいて石を投げれば当たりますよね。「ダメな支援者がデフォルト」なのが発達障害の世界なんだから。
著者にも言いました。「特別運が悪かったわけではありません。だいたいの支援者はダメなんです、このギョーカイでは」

そしてクレームは来ないと思いますよ、と私は言いました。
そこでクレームつけるほどの胆力があれば、もっと治せるんです。
でも彼らの生き方は基本「死んだふり」だから。

というわけで凡医凡心理士については仮名で載っています。
性別くらいはわかる。

もっとも凡心理士については特定できるのかもしれない。
そもそも、息子さんが通っていた進学校でSCをしていた。
そしてそもそも、「全員が東大を受ける」男子校進学校って、東京近辺にいる人だったらいくつか思いつくだろうけど、逆にいうといくつかしかない。
そこでSCしてた、で分かる人なら分かるんだろう。私は分かる気はないですが。
そしてこのSC、大学教授でもあるらしい。アポの時間にわざと研究室にいなかったりする卑怯な小技も使っている。

そして想定されたダメさを表す指標として、当事者会とか主催しているらしい。
こういうダメ支援者に限ってそういうのやりたがる。ダメの黄金コースですな。
これだけ情報揃っていたら、ギョーカイ事情に詳しい人は分かるのかもしれない。
私は分かりたくもないですが。

この本はおそらく花風社クラスタの間だけで流通することになるでしょう。
そしてクレームが来ない理由はそれだけではありません。
そもそもここでクレーム起こせるような人だったらもっと治す力があるんです。
「死んだふり」だから治せないし、「死んだふり」だから文句は言ってこないんです。
私はそう言いました。
「花風社から出せば、誰も文句言いませんよ」と。

そういう事情も知らないで、バカな忖度した自費出版系出版社。
でもそういう無用な忖度で、未だにマスクを外さない人がこの国では多いのでしょうね。
「何が正しいか」より「人にどう思われるか」を優先させ、しかもそれが多くの場合外してる。
忖度のしすぎなんです。

今朝になって知りました。
志村けんさんのご遺体に、ご遺族は対面できなかった。
でも実は、厚労省はそういう指令を出していない。

あのときマスコミの報道の印象だと、「24時間以内に火葬せよ」という命令が国から下っているように思えた。
でも違うんです。
「24時間以内の火葬も特別に許可しますよ」だったんです。

そもそもあの後感染についてわかってきて、息もしなければ飛沫も飛ばさないご遺体からの感染は今では考えられない。
そしてその当時だって、国がご遺体とご遺族を切り離せという指令は出していないんです。ご遺体に触れたいときは手袋を推奨とは書いてある。でも逆に言うと、今ほど感染経路についてわかっていないあのころでも、そういうかたちでならお別れが許されたということですよね。

それを許さなかったのは葬祭ギョーカイの深すぎる忖度なんですね。
なぜか? 参列者の中でクラスターが生じたから(風邪もうつりますよね)びびった。
それでご遺族からお別れの場を奪った。

日本人が克服しなければいけないのは、こういうバカな忖度のしすぎじゃないかと思います。

(続く)

バカげた忖度の構造及びそれに抗う力の源泉 その1

2020-06-13 08:22:03 | 日記



先週、オンラインパーソナルトレーニングを終えてすっきりしていたら夫が
「鮨食べに行こう」と言いました。
ので、非回転系お寿司を食べに。
どうせならこっちからお魚に歩み寄ろう、ということで海の近くまで行ってきました(県内。海も山も割合自粛に協力的だった都会も一向に自粛しなかった下町もある神奈川ある意味最強)。
ごらんのとおり、全く密ではありません。平日は。
これからは「いかに密を避けて子どもを遊ばせるか」が親御さんの技能次第になってくる。
それができているおうちは治っていますね。

いつもの店は
雰囲気が変わっていました。
客席間にシールド。板前と客席の間にシールド。板前たちはマスクにフェースガード。それでビニール手袋で握る。「らっしゃい」というかけ声は昔通り。

早くこの茶番終わらないかな、と思いました。

最後に会計のとき、レジ前になんか貼ってあるのに気づきました。
曰く、この店は感染予防ちゃんとやっていますという神奈川県のお墨付き。
あ~そういえば知事がそういうの発行するから店選びの参考にしてくれとか言ってたなあ。
しないよそんなもん。店選ぶのに県のお墨付きなんて思いっきり関係ないね。
でもこの店は真面目に考えて、お墨付きがあった方が客引きになると考え、やったんだと思う。
そしてそのお墨付きをよく読んでみると、別にここまで過度な防衛は求めていないんですよね。
つまり自治体が目安にしてね、っていうことを上回る忖度を店がしてしまっている。

これを今日本中がやっちゃっていると思うんですね。


ジムは再開しましたが、まだビジターパスホルダーを入れないので
私はジムの兄さんと膝詰め談判(ペラペラ越しに)しました。
個人的な話ですが、夫がビジターパスホルダーなので早く入れてほしいんですよね。
彼は彼でジムに入っていてそこも再開してるけど、ふたりで帰りにビール飲みたいんですよ。
そしたら兄さんが言うには、問題は東京アラートなんだと。
昨日解除されたらしいですが、私はまだやっていたのもよく知らなかった。どうせなんの実効性もないし、小池氏の選挙運動の一環だと思っていたので興味がなかった。
で、なんで東京アラートが問題かというと、あれやっているうちは会員(その多くが横浜市民だと思われる)の中に「都民が来るのがいや」とか言う人がいるんだって。

「へ?」と私は声を上げました(ネックゲーター越しに)。
「それって横浜の人が都民に来るなっていうこと? そんな閉鎖的なこと言う人が横浜にいるの?」っていったら兄さんは、「少数ですがそういう人がいます」ということ。
岡山県知事かよ。
つまり少数の「都民が来ると怖い」人たちのみが兄さんに詰め寄って、その他誰が来ようと怖くない文句がない人たちは言わないから、兄さん的には文句言うひとだけ警戒しなきゃいけないわけですね。

たぶんこういう構造でにっちもさっちもいかなくなっているのが今の総すくみ状態だと思います。
少数の怖がりの人が文句言う。それが面倒くさくて過剰防衛する。
これをどう打ち破るか。

そこで強いのは人体の力ですよ。
私はそう思っています。

(続く)

医療は時として大嘘をつく

2020-06-10 05:24:09 | 日記
さて、この話題。


そしてよほど今まで言ってきたことと整合性がとれなかったのか一日で出してきた修正。
でもよく読むと(助動詞のニュアンスをくみ取って)修正というか忖度です。


これも理系の人が助動詞すっ飛ばして読むと大変なことになりますが
要するにまだ右往左往していて本当のことはわかっていないということ。
WHOもね。

こうなるとね、「新しい生活様式」の是非も含めてある程度自分で考えるしかないんです。

私が最初から新型コロナを個人的に恐れなかったのは「自分の健康度と基礎体力からしてたとえ感染したとしても押さえ込めるだろう」と思っていたから。

ところが不顕性感染者からも他人にうつすという説が行き交い、それで自粛とか接触8割削減とかの必要性が説かれたわけですよね。

そして普段非リアな人にとってはリア充な人を非難するかっこうの理由となったわけです。「他人にうつして歩いている」と。

ところが各国語諸文献に当たっていた夫は最初から「不顕性の人がうつすことがあったとしてもめったにない」と言っていました。

その後、発症前二日から感染力があると言われ出しました。誰かと濃厚接触し、その二日後に発症したら二日前に濃厚接触した人にうつしているかもしれない。

では今私たちは発症しているのか?

ここで濃厚接触者の定義を思い出してみましょう。4月に変更されていますね。そして自粛が始まって以来濃厚接触した人の顔を思い浮かべその人たちの健康状態を思い出してみましょう。

こうなると、介護の場や病院、夜の街でしかクラスター化しないのがよくわかります。

西村大臣が「意外と経済悪くなってなかった」と対外的にアピールしたいのか英語でツイートしていましたが

「とりわけ怖がりな人のために」みんな職場や学校で無意味にマスクをし、じゅうぶんに呼吸できないような状態で生産性が上がるわけないですね。そして子どもたちの学びだって妨げられる。

孫から同居の高齢者にうつす家庭内感染もみられる、とさっきテレビでやっていましたが、高齢者と同居しているレアな小学生が一部いるために全国中の小学生が赤い顔して熱さと呼吸困難に耐えながら授業受けなきゃいけないという愚行はいつまで続くのでしょう。

先生たちは指揮系統のはっきりしている地方公務員だから、自分の健康を危険にさらしてまで命令にしたがっているのが現状でしょう。

だからこのバカげた状態を変えられるのは親ですよ、皆さん。
親の皆さんが厚生労働省や文科省にどんどん意見を送ればいいです。

専門家会議は「いいっぱなし」です。
実にひきょうなやり方で前言撤回する習性をお持ちのよう。
今度のことでWHOを信用しなくなった人は多いと思いますが
各国政府がロックダウンしちゃったことの言い訳かもしれませんが、一応会見開くWHOがマシに見えてきます。

8割おじさん(極悪人)にいたっては雲隠れされている。

でも私たちはさんざん発達障害の分野で見てきましたね。
医療は時として大嘘をついてそれを撤回しない。
「発達障害は生まれつきで一生治らない」というのと
「何もしなければ42万人死ぬ」というのは同じ。
途中経過だけしか声高に言わずにそれを撤回もしなければ謝罪もしない医療のいつもの傲慢なやり方です。

今回のことでわかったのは
医療も行政も健康な人の健康は守らないということ。

だから主体的に自分で守りましょう。
お子さんの健康は親御さんが守りましょう。

声をあげましょう。
子どもたちの健やかな発達のために。

少数の怖がりの人のために全国民の行動が阻害されるのはおかしい。
でもそれを堂々とやるのが医療です。
医療が天下を取ると社会は回りません。
自分の身は自分で守りましょう。







総力戦に子どもを巻き込む国

2020-06-04 08:52:36 | 日記
コロナ休暇の間、何度も思い出したのは、母から聴いた戦時中のエピソードです。

母は小さい頃、今私たちが住んでいるあたりに暮らしていました。今も家を継いだ叔父が住んでいます。
その頃横浜はまだ人口密度がさほどではなく、小学校の学区も広く、小学生だった母は電車で通学していたそうです。

ところが戦局が逼迫してくると、「今日から子どもたちは歩いて通うように」ということになったそうです。
理由は「少国民だから」。
別に電車が止まったわけではないのです。電車はまだ走っている。でもある日を境に「今日から子どもは乗ってはいけない」ことになったらしい。
たんなる精神論ですね。
最もそのおかげで母は健脚になり、この騒動の中でも時折一万歩歩いて健康を維持したようですが。

私は各地の遊具縛りとかを見ていて、「少国民」という言葉をを思い出しました。
この国は危機になると子どもに精神論を押しつける。神奈川県医師会のように、「自分たちが大変なのに子どもが楽しているのはけしからん」と考える心の狭い大人が多いようですね。それより院内感染起こすな、っていう話です。

ところで昨日、マスクにフェイスシールドで真面目に外を歩いているおばさまをみてドン引きしました。見えているとってもわずかな部分はかなり厚いメークをされていた。いったいどういう心境なのでしょう。それほど怖いなら出歩かなければよいのにと思います。

先日入った某大手コンビニでは、私を含むお客はマスクしていましたがぺらぺらの向こうのレジの人たちはしていませんでした。ペラペラで防御されているので店員のマスクはなくてよい。でもお客の方は不特定多数が集まる場所だからつける。合理的ですね。こういう店は好感が持てます。

非常事態宣言下でも営業していた焼き肉やさんは、厨房の人以外マスクしていません。サービスの店員さんとは数秒しかやりとりしませんから、マスクをつけてもらう必然性はありません。濃厚接触の定義は「15分以上、マスクなしで会話」ですから。「焼き肉定食二つ」「はい」数秒で済みます。

こういう店は、好感が持てます。というか、今後「緊急事態宣言下でも開けていた店」を積極的に応援すると思います。

私たちは夫が在宅勤務の時にはほとんどランチは外食で、この焼き肉やさんにも週一回くらいは通いましたが、周辺の会社がテレワークを進めていたのもあり、わりと空いていました。でも土曜日に行ってみて満席なのを見て、よかったなあと思いました。ダメダメな医療従事者たちが次々と院内感染を起こす間市民は我慢していた(残念だけど、たぶん無駄な我慢だったと思いますが)。元々広々とした店なので、満席でもソーシャルディスタンスは保たれています。今後はこういう店が生き残るのでしょう。

ところで昨日になって、5月24日時点で藤沢市には19日間感染が発生していないという過去のツイートをみて、調べてみました。藤沢市役所のHPを見る限り最後の感染報告は5月4日であり、たしかにそれ以降藤沢でクラスターが発生したという話も聴いていません。
今朝確かめたところによると、藤沢市に感染者は一ヶ月いないそうです。

つまり、江ノ島にいくら人が殺到しようと、地元の人は誰一人感染していないのです。濃厚接触者の定義を考えると、当たり前の話なのですが。

最初はあれもこれもわかっていなかったからなんでも怖がる必要があったかもしれません。でも今は、色々わかってきた。吉村大阪府知事が「8割減の効果を科学的に検証するべきだ」とおっしゃっているようですが、これは「感染者の7割が基礎疾患のある人だった」ことが大阪でわかったからかもしれません。繰り返しますが、医療は自分たちの都合しか考えていません。健康な人の人権など守る気ははなからなく、健やかな成長になど興味がないのが医療です。だから、医療の話は話半分にきくのが健康です。果たして「新しい生活様式」を学童に押しつけることがいいことなのかどうか、皆さんがよく観察しなくてはいけません。保護者の声が一番強いだろうと思うからです。

すでに多くの親御さんたちが声を上げているようですね。
そして前向きな回答を得てもいるようです。

今回のことで私は医療不信を深めたわけですが、医療の目標と子どもたちの目標は別。子どもたちの目標は「感染しないこと」ではありません。健やかに育つことです。そして過度な防衛を学校現場に求めるのが厚化粧でマスクとフェイスシールドをして歩くような怖がりの大人を納得させるためだとしたら、迷惑な話です。

一番怖がりな人に媚びる方針を採る。
その結果健康な人が害を被る。
どこかで見てきた光景が繰り返されています。

どっか遠くにいる基礎疾患持ちの人を数人救うために、全国中の児童が熱中症のリスクにさらされる。こんな馬鹿な話はあってはなりません。

マスク警察の人に見せられるように、環境省と厚生労働省の熱中症対策の見解を貼っておきますね。
これと「対面で1メートル以内で15分以上の会話」。
この情報をもって、大人は自己判断で動けばよいです。
ただし、子どもたちは自分で声を上げられません。守るのは、大人の役目です。