治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

共存の意味が変わる日本 お誕生日、「禁断の地」静岡旅行ご報告

2024-05-21 10:06:56 | 日記
新横浜駅のホームで新幹線を待っていたら、隣にいた人が何か落とした。
「何か落としましたよ」と言ったら、「アリガトウ」と言われた。サングラス&マスクでわからなかったけど外国の方だった。
「どこまで行きますか? がんばってください」と輪行バッグを指して言われる。
この人も🚴乗りかもしれない。
60歳と61歳の私たちはおそろいで「hill climb」と書いてあるウエアを着ていたので(イタイ)
富士山でも上るのかと思われたのかもしれないが
すみません、今日走るのは真っ平な駿河湾ですっ。

山手線なみに頻繁にくる朝の東海道新幹線の下り。
その合間に修学旅行列車が二本入る。
嬉しさではじけた高校生たちが乗り込む。
こういう当たり前の活動ができない年代があったのだ。
という事実を思い出すと心が痛む。

予約していた「ひかり」に乗る。
実は夫は、東京駅から予約していたそうだ。
なぜなら自転車を積み込める席は限られていて、荷物用のスペースも予約してあるのだが
そこに勝手に荷物を置いてしまう乗客がいがちだから。

「そんなの予約してあるんだから置いていれば交渉すればいいんじゃない。わざわざ東京駅まで戻るなんてめんどくさいわ」ということで、新横浜駅から乗ると、案の定私たちが予約していたスペースは占められていた。
不法占拠しているのはラテン系外人カップルである。

インバウンド旅行者が増えて、窓際を指定していたのにすでに占拠されおとなしく通路側に座らざるを得なかった、みたいな話をよくSNSでみると、「私の席だからどいて」と言えばいいだけなのになあ、と思う。
日本以外の社会では、主張したものが実りを得るのは当たり前なのだ。だから彼らは平気で好きな席に座る。
アエロフロートなど、飛行機でも指定席無視だった。トイレの列も横入りが当たり前。
ロシアは極端にせよ、主張しない日本人はなめられがちだ。
私が安易に海外移住を勧めないのはそういうところもある。
気持ちを察してくれないだけで怒る日本人。周囲もそれを正当に思う繊細チンピラ優勢の国。それを当たり前と思っている人たちが、この国の外で暮らせるとは思えないのだ。

もちろんここは日本。秩序が重んじられ正当性を持つ国である。優先権は指定した人にある。
勝手に座っている人がいたら、きちんと交渉すればいいだけ。
語学ができないから、という声もきくが、日本なのだから日本語で言ってやればいい。案外通じるもんである。

我々は偶然外国語ができたのでカップルにもわかりそうな単純な英語で我々の指定した席&荷物置き場であることを告げ、カップルと荷物をどかした。
家からも富士山は見えるので窓際に座る必要もないが、教育的見地から、指定通り窓際に座り二人をおいやった。
円安でインバウンドが増えるのなら、彼らが秩序を守るよう、教育しなければならない。

「ひかり」は小田原や熱海をすっ飛ばし、40分で静岡に着いた。
夫は最後に外人カップルに「この先予約がなければこのスペース使えるよ」とか言ったら外人カップルは「さんきゅー」とか顔を輝かせていた。
バカである。
予約の客が来たら、ちゃんとどけよ、という意味なのである。わかったかな?

さて静岡。
2020年春には「来ないで」と隣県人を拒んだ県である。

一部の日本人は、日本の人口減少→移民の増加 で国土が乗っ取られることを恐れているが、地方の持つこういう閉鎖性は隣県人にすら向けられているのだから、外国人に向ければ防波堤になってくれるかもしれない。
頑張れ偏屈な地方民たちよ。その偏狭さで行き過ぎた移民政策を阻んでくれ。

静岡駅で自転車を展開。
これから海まで四キロ車道を行くそうだ。
「運転が荒っぽいそうだから気をつけろ」といわれてたのに
さっそく私のチェーンが落ちて、歩道に避難。
ことなきを得た。

そして海ぞいに出たけど、海沿いの自転車道路が工事中。
途中からめんどくさくなって車道を走った。
テトラポットをみながら思った。
昨今阿蘇とか釧路とかの太陽光パネルが問題視されているが、利便性のために景観を優先してこなかったのは昔からじゃんねえ。
そういう民族なんだよ、日本人は。
やがてあのずらっと並んだ太陽光パネルにも騒がなくなるだろう。
地震が起きがちな駿河湾では、津波に対する防衛が大事だろう。
だから人々は醜いテトラポットを受け入れた。

そういう民族だから、そういう人工物を遮断して景観を楽しむ能力も身についている。
富士山は我が家からも見えるが、当然間に電線がある。
それでも私たちは我が家の富士山を愛でるのである。電線はなかったことに脳が勝手に処理する。
そういうわけで、太陽光パネルにもあっという間に慣れる気がする。だってみんな電線にもテトラポットにも慣れたでしょ?

車道を走っていたおかげで、イチゴ屋さんを見つけて停められた。
美味しいイチゴジュースとイチゴ。
練乳をかけるかと言われたけど、そんなもの要らないおいしさ。
晴天の中、今日は日焼けするだろうから、ビタミンCはいっぱい取らないと。
海を見ながらイチゴ食べられるなんて、やっぱり静岡県はいいところだ。

そして先を走る。
やけにテトラポットが減り、天女が下りてきそうな美しい場所だな、と思ったら三保の松原だった。
守るべきところの景観は守るらしい(笑)。
公園の中は自転車を引っ張って歩く。
羽衣の松(三代目)の前で記念写真。

フランス語のガイドに引率されたグループがいた。
フランス語圏の観光客があれだけ数がいるのは、やはり円安なんだろうと思った。
彼らが羽衣伝説に興味があるとは思えないが
富士山の絶景眺望地だったのですね。
いや、みごとなもんでした。
たしか駿河湾サイクリングのガイドブックに、ここが使われていたなあ。

「我が家の富士山より大きいねえ」というバカな会話を交わして、富士山眺望サイクリング。
そして三保半島からフェリーで清水港へ。
自転車を積めるフェリーがサイクリストの間で有名らしいです。
別に走れない距離ではないですが、自転車を連れての船旅もいいもんです。

清水に行くのは初めてだったけど、なんとなく清水市っていうのがあるかと思っていた。
そうしたら静岡市清水区なんですね。初めて知りました。
立派な港。
今年になっていくつ港をみたかな。
石垣港、竹富島、西表島、横浜港、小笠原父島二見港、土浦港
いっぱいみたわ。
清水港で分厚いマグロを食べました。

そして宿へ。
温泉に入って、海の幸を楽しみ、ぐっすり寝ました。
朝起きてまた温泉。そして朝食会場へ。
ご飯をよそって炊飯器をしめようとしたとき、「いいよいいよ。そのままで」と声をかけられました。後ろで待っていた男の人。
相変わらずだな~静岡男子。見知らぬ他人に敬語を使わないのが静岡男子の特性です。
昔は若い女だからため口きかれるのかと思っていたけど、今日で61歳になる私にもやはりため口なのね。一種の方言かな。

そして、目につくのが男性おひとりさまの多さ。
のんきに朝からビールをあけています。
家族がいるけどおひとりさまなのか
あるいは結婚していないのか。
今は男の人にとって結婚て幸せとは限らないから
日曜の朝、ひとりでビールを飲むのもいいんじゃないかな。

というジャパンになりましたね。

と思いながらついているテレビを見ていたら、大の里熱海富士のVTR。
前日のお相撲。すごい取組でした。結果は大の里の勝ちなんだけど、ここでは残念そうに語られている。そうか、熱海富士はここでは郷土力士なんだったね。
熱海富士は静岡男子だけど、かわいい上に言葉遣いも丁寧。親方がしっかりしているからなあ。

二日目も一日遊ぶ予定でしたが、静岡が午後から雨、と予報が変わったので、早めのこだまに予約替え。
また大荷物のスペースも予約。
そこに自転車を入れます。

あとから赤ちゃんを連れた令和ママが乗ってきました。
おじいさんが付き添っています。窓の外にはおばあさん。赤子を連れた娘の里帰り。心配してホームまでついてきた感じ。
ちゃんとベビーカーの場所を予約していたのに、また予約してない人がそこに荷物を置いている。
私たちはさっさとそれをどけてあげて、ベビーカーの場所を作りました。

「どこで降りられます?」ときくと、東京とのこと。
「そうですか。私たち新横浜で下りますから先に荷物出しますね」と言いました。
令和ママは本当に気を使っているよね。
ちょっとでも赤ちゃんがぐずったらびくびくしたり。
泣いている赤子くらいうるさがらない老人になりたいね。

新横浜につく直前、夫と私の連携プレーが始まる。
私が令和ママのベビーカーを一時的に空席によける。
自転車二台を夫がデッキに出す。
私がベビーカーを戻し、「ここに置いておきますね」と令和ママに声をかける。
そうこうするうちに駅に着き、夫と私は自転車をかついでホームに降りました。

そして午後も遊び、お寿司をとって、野菜炒めとサラダとお味噌汁を作って、お相撲をみながら早めのバースデーディナーをしました。

令和六年、61歳になった日本では
インバウンドの外人が勝手な振舞をしたり
一方であたたかく声をかけてくれたり
男性おひとりさまが独身生活を楽しんでいたり
令和ママがびくびくと旅をしていたり

そんな中でもずっと静岡男子はため口でした。

静岡は近かった。
そしてやはりいいところだった。
来るなと言われたときは腹が立ちましたが、知事も変わるみたいだし、今回楽しかったので
また気軽に行きたいと思います。


昔と今とで違うこと 5月の奄美旅行で思ったこと

2024-05-15 10:20:17 | 日記
5月10日の朝、ちょっと早めのリムジンバスに乗り、羽田空港へ。11時10分の奄美大島行きに乗るのですが、超安全策を取り8時20分発のバスに乗りました。だってずっと楽しみにしていて、いざ当日渋滞とかで間に合わなかったら悲しいじゃないですか。

道路状況は順調。っていうわけで9時前に羽田空港についてしまいました。チェックインはアプリで自動。手荷物預け入れも自動で無人。どんどん人が要らなくなるジャパンですが、人手不足にはこういう対応をしなくちゃいけないのでしょう。そして自動化は、たしかにコロナ禍に進みましたね。これだと昔よく起きたロストラゲージとか減るだろうし、私としては面倒がなくて大歓迎ですが、憧れのJALに就職できる人数は減るのかもしれない。そしてそれが経営にも寄与するので、雇われる側より雇う側が有利になる時代が来たといえそうです。

まずはお蕎麦屋さんで腹ごしらえ。
目の前では那覇便を待っている人たちが。
飛行機は満席、ということで、煽らーたちが脅す「インバウンドに買い負けて旅行もできなくなる日本人たち」はあくまで脳内にいるだけみたい。おまけに子連れが多い。ダイヤモンド会員を待たせてベビーカーの事前改札がずらっと並びます。さぞ機内はにぎやかなことでしょう。お子さんたち、あまり耳が痛くならないといいです。

そして長崎便ではオーバーブッキングで振替してくれる人を一万円で募集していました。満席の那覇便といい、オーバーブッキングで振替してくれる人募集といい、コロナ前のような往来が戻っているんだなと思えます。

ただ、いつのまにかゲートのテレビはLGに。
私がLGというメーカーの存在を知ったのは海外の空港です。テレビと言えば日本製、で育ったから、知りませんでした。だけどいつのころからか空港から日本製のテレビが消え、韓国メーカーになっていた。そしてそれがついに羽田にまで届いたとなると、やはり日本は凋落しているのかもしれませんね。

さて、満席はこっちも同じです。
3月に取った奄美大島便、すでに席が選べる状態ではなく、並んだ席はとれませんでした。
窓際がよかったけど、それもとれなかった。
廊下側の席に一人。廊下をはさんだところに夫、という並びです。

私の横には初々しい成熟したカップル。きゃぴきゃぴしています。
ちょっと形容矛盾かもしれませんが、全部当たっているのです。
まず、カップルの年齢はそこそこいっている。40代から50代。
で、あまり旅慣れていない感じ。飛行機にも乗り慣れていない感じ。
そしてとっても仲がいい。ただの友だちではない感じ。
でもお互いにまだ敬語を使っている。
アプリとかなんかで知り合って、意気投合して、すごく遠くまで、二人で初めて旅行するっていう感じ。行先に沖縄本島とかじゃなくて奄美大島を選んだなんて渋いですね。

お二人の仲の良さに、ああこの二人に並びの席をとってもらってよかったなあ、と思いました。
40年前にキャンパスで知り合った夫は廊下の向こうで熟睡していました。

大学を出た後私は、英語を乱読した時代があって、でもそのころはAmazonもなく、kindleで一秒で洋書が手に入るなんて夢にも見ませんでした。
ならば乱読のもとをどこで仕入れたかというと、実際に英語圏に出かけて、古本屋とかで買って、船便で送ったりしたのですよ。
手軽に行けるところとして、カナダのバンクーバーなんて買い出しにいったなあ。治安がよくてUSAより食べ物がマシ。
あの頃、円はいくらくらいだったっけ。ともかく、20代の給料でそういうことができる時代だった。
そして愚かに見えるそういう買い出し旅行がその後、著作権エージェント→独立→異文化としての自閉症との出会い→当事者本→治ったほうがいいだろう
につながっているので、若い頃の愚行は無駄にならないです。
そしてそういう愚行をつむには、円安は不利です。

現地でどさどさ買い入れたペーパーバックの中によく「Second Chance」ものがありました。
当時これが理解できなかった。
どういうカテゴリーかというと、いったん結婚したりして離婚した40代50代を迎えた人たちが、新たな恋に巡り合うロマンスの分野。
自分は20代だったから、40代50代の人が恋をするのは想像できなかった。そもそも離婚する人が珍しかった。マッチングアプリとかもなかった。晩婚の人も少なかった。
でも日本でも40代50代が恋をするのは当たり前の時代になりました。その結果として、私の真横にきゃぴきゃぴカップルがいたのでした。

こういう人たちは、プロに入れあげて身の程過ぎた課金して立ちんぼしたりタワマン殺人事件を起こす人たちよりずっと健康だと私には思えるんですけど。
ルッキズムが車やバイクに向いているうちはいいけど、生身の女性に向くと、貢いだあげく殺人事件とか起こしてしまいます。
おばさんとしてはコンサートのたびに美男美女に課金している若者の群れを見てなにか無駄なものを感じていたのですが、先日若い女性にそう言ったら「平凡な男と付き合うより美男に課金した方が楽しい」ということでしたので、やはり時代によって感覚が違うんだなと思いました。
ちなみに彼女はマッチングアプリもやっているそうですが、なかなかデートは長続きしないそうです。「連れ歩いていて誇れるような見栄えのいいひとじゃなきゃいや」だそうです。「そんなことは考えたこともなかった!」と言ったら逆にびっくりされましたよ。

さて、晴天の奄美大島に着きました。
それからは、海に入ってばっかり。
まだまだ真夏とは違う温度ですが、まあ二泊三日で8時間くらい海水浴できました。
湾の中に浮いて、ぼーっと空や周辺の緑を眺めていると、なんだか身体から悪いものが抜けていく気がします。
海に入っている限り、病気とかしないような気がします。
私は医者には世話になる気ないけど、こうやって健康維持します。旅行は十割負担ですが、十割負担ということは、他の人が納めた社保には手を付けていないと言うこと。
だから旅行健康法の方が、凡医療を使うより社会のためになっているはずです。今やこの国は社保で食いつぶらされそうなんだから。
子ども医療費無料、っていうのは病院がただでみてくれているわけではなく、一般労働者が負担しているんだと、それくらいの意識は持ってもらいたいと思っています。
使うなというんじゃないです。
感謝すべきは医者じゃない。医者は仕事をして報酬をもらう。その報酬を払ってくれているのは一般社会で働いている人たちです。

安易に医療に頼る人も問題ですが、さらなる問題は若者が公金チューチュー職を目指してしまうことだと私は思っています。
他にいい仕事なんていくらでもあるのに、それが見えていない人が多い。そうやって安定を選んで、つまんない生活を送るから、医クラは匿名で威張ったり人をいじめたりするのでしょう。
若き日になんかの志を抱いて、英語圏まで原書の買い出しに行っていた身としては、なんでどうせ死んでいく老人相手のリハビリとかに人生をかけたいのかまったくわからない。
箱一杯洋書買っていたときに、今の未来を想定していたわけではありません。それでも目の前にある問題に向き合ってきて、これまで仕事が続けられてきました。

その点ホテルに置いてあったお手製パンフレットには希望をもって、熟読してしまいました。
集落内の小学校の活動で、パンフレットを手作りしたらしい。それが置いてあるのです。
周辺を取材して、美味しい店とかを写真撮って、キャプションつけて。
出版にかかわる人間の、仕事の原点です。

こういう活動を楽しむ子から、いずれ編集者が出るといいなあ、と思いました。
紙媒体からウェブに移っていく時代。編集者の出身大学が首都圏に限定されているような状況も変わっていくでしょう。
ともかく、公金チューチューでない分野で働く(そしてきちんと稼ぐ)若者が増えてほしい、というのが私の願いなんです。

また9月に来る予約を入れて、宿をあとにしました。
晴れから曇りのお天気で過ごせましたが、このあと警報級の大雨がくるようです。
知り合いたてのカップルは、旅先の悪天候の中、どう過ごすでしょうか。

そういうときに楽しく過ごせるかどうかが、「連れて歩いて見栄えがいい」よりずっと大事な判断基準だとおばさんは思ったのでした。
だから、悪天候さえ、天の恵みかもしれないのです。




日本の実力

2024-05-05 09:05:28 | 日記
5月1日の夜、夫は飲み会だそうだ。というわけで私は簡単手抜きディナー。おかずは多めに作って明日持って行くおにぎらずに入れます。
サイクリングに力をいれてくれている茨城県。大変にありがたいのですが霞ケ浦の周りはぐるっと田んぼ&レンコン畑。コンビニのあるはずもなく、食料補給は困難です。のでおにぎらずを持って行きます。

円安が激しくなってひとつ後悔したのは「ハワイっていうところに行っておけばよかったなあ」っていうこと。日本人に大人気の旅先ですが、あめりか~んな食べ物が合わない我が家にとってはアジアンリゾート一択でした。でも円が安くなってもう行けない、となると円が強いうちに行っておけばよかったな、と思う。

ところが。

円安であまりに日本人が行かないせいで、GWでも航空券が往復十万円とからしい。ていうか普通の日は五万円とからしい。そして外食は高いから、自炊するらしい。

ハワイで自炊する日本人観光客をみじめっぽくテレビでは報道していたけれど、いやあなた、アジアンリゾートに来る欧米人なんてもともと日本人みたいに外食してないよ? とか思いました。日本人は休暇が短いから一日当たりの単価が高い。欧米人は休暇が長いから食費なんかものすごく節約していますよ。いや、節約っていうか生活習慣かもしれないけど、そもそも夕食が遅いし、いきおい朝遅くてたーっぷり食べて、昼は食べている様子がない。そもそも食にクオリティを求めすぎの日本人だから旅先では外食ばかりする。私たちもそう。欧米人はその点、もともと質素です。

逆に自炊でいいのなら、ハワイも行けるかもしれない、なんて思いました。まあ、行かないと思うけど。

そもそも欧米で外食がいやなのは値段だけじゃなく、異様に時間がかかるから。パック旅行とかじゃなく、自分で旅行したことのある人ならわかってくれると思うけど、文化が違うんです。そして日本みたいに、さくっとまともな定食を出してくれたりはしません。本格的に時間かけてレストランに入らないのなら、歩き食べしかないのです。だから欧米の人が日本に来て気づくのは、歩きながら食べている人がいないことなんだそうです。それだけ、手早くまともな食事ができる店が多いということです。

ともかく、今は海外より自転車が面白いもんね。と私たちはまず新幹線輪行。ネットをみると、どうやら為替介入したらしく円が少し持ち直している。

円高に振れても円安に振れても得も損もする。それだけのことですね。というか、そういう風にしてある。

日本の当局も、80円で買ったドルを160円近くで売っているので、儲かっていることでしょう。

ともかくさかんに報じられる「安い日本に外国人が群がって~」みたいなのは実感がない。

たしかに新幹線の駅にはスーツケースごろごろ転がしている人たちがいるけど、それってコロナ前からいたじゃん? 外国人価格になって日本人が旅行できなくなる、とかいうけど、どこ行っても日本人ばかりですけど。石垣島も日本人だらけ、西表島のツアーは日本語オンリー。小笠原クルーズもほぼ日本人。日本人が遊べない国になったとはどうしても思えません。

都内のホテルが高騰しているそうです。私は都内には泊まりませんがそういわれてみてみると、帝国ホテルは6万円くらいからとか。400ドルですよね。だとすると不思議ではない。円安で6万円が高く感じるだけです。ていうかどっちみち泊まらないし。でもそういう超一流ホテル以外は、リーズナブルな気がするけど。これも煽っているだけじゃないの?

東京旅行したい人がそういう報道を真に受けてはなっからあきらめるとしたらそっちの方がもったいない。いったいこういう煽りをする人の目的はなんなのか。どっかの反医療のお医者さんは日本が2025年になくなると言いながら都知事選に立候補するそうですが、煽らーって言うこととやることが矛盾しているから、なんか情報操作の裏がありそうです。ともかく、煽る人って一般人民を基本的にバカにしているんですよ。

まあバカにされても仕方ないくらい、自分で調べない人も多いですが。

長期的には円安が続くとしても、日本の当局としていざとなるとやるぞ、という姿勢を示したのはいいと思いました。

そうこうするうちに土浦へ。
駅で自転車組み立て。
ここはもう、日本人だけ。いやもちろん、東アジアの人は区別つきにくいから中には他の国の人もまざっているかもしれないけど、大都会土浦は日本人で成り立っています。
「インバウンドでいっぱい」なんていうのは、テレビ局の目に留まる日本のごく一部の風景だと思います。

そして走り始めます。今回は時計回り。
右がずっと湖。左がずっと田んぼ。時々あるおうちはみんな広々としていて、地方の豊かさがわかります。
中には広いお庭の一角にあれ敷いているおうちも。ほら、一部の人がだいっきらいなあれ。ソーラーパネルです。

太陽光発電の発電効率はわかりません。でも311で原発がやられて、その当時のどさくさで再生エネルギーを高く買うことが決まって、今みんな風景に文句言っているけど(私も釧路や阿蘇はいくらなんでもひどいと思いますが)、このさんさんと降り注ぐ太陽が日本の財産であることはかわりないのです。

欧州の冬のグレーな毎日とか、本当に青空がない。あれに比べると札幌なんて冬でも青空が見えるから同じ緯度でも日本は恵まれています。ましてや冬はずっと晴れている南関東とか、ありがたい太陽の恵み。太陽を神様とあがめた古代の感覚がひしひしとわかります。

だからこそ太陽光発電は、日本だからできることかもしれない。ただ日本のやり方として、先にお金をつけてしまって、その利権に群がって広い考えをしないで利益を追求する人たちがいて、それは発達障害支援でも同じで、試行錯誤を繰り返さないといけないんだろうけど、だから阿蘇や釧路の光景に文句をいうことは大事だけど、でもこの太陽光がどこの国にも降り注ぐものではない、ということは覚えておいたほうがいいと思います。
日本の太陽は、ありがたいものなんだと。
どこの国でも得られるものではないんだと。

日本は資源のない国、と言われてきたけれど、それすらも洗脳だったかもしれない、と感じることがあります。

たとえば食糧自給率。考えてみれば自分が買う食材は、ほぼ国産なわけです。

もちろん肥料やなんかを輸入している、と説明はされますが、一次産業従事の人の中にはそれも工夫次第、という人もいるし、米は自給できているわけだし、人口は減るわけだし、霞ケ浦には多くの釣り人がいるし、あの人たちは今日釣った魚を食べるんでしょう。

もちろん円がある程度強くないとマグロの遠洋漁業とかできなくなるだろうし、回転寿司で100円で食べられるような今の社会は輸入&ある程度の通貨高なしに成り立たないけど、食料自給に対して日本はまだ本気出していないだろうし、本気を出さない方が日本にも食料輸出国にも都合がよかった時代が続いてきたんだろうなと思います。

で、これから危機になったら本気を出さなきゃいけないかもしれないのに、そこで煽る人ってどうよ、と思ったのですが

ともかく気づかないかもしれないけど、この太陽光にさえ恵まれない国が多いわけだし(とくに先進国)、ここ数十年の日本は、長期休暇をとれないことを除いては(祝日はとても多い)世界でもかなり贅沢な生活をしていたということは自覚した方がいいと思います。

一日目のライドは晴天だけど強風。なんとか76キロ走って宿へ。

そして温泉。風に吹かれたあとの温泉は心地いいです。これも、こんなに手軽に温泉に入れるのは日本だけ。

そしてお食事。素材がよく手の込んだものが彩りよく並ぶ。これも日本だけ。小さい旅館でお客は四組。もちろん全員日本人です。インバウンドに買い負けてみじめな日本人、の姿はそこにはありません。

翌日は晴天の上に風もなく、湖と田んぼを眺めながら走り切りました。やはりたくさんの釣り人が。中には、釣竿を十本くらい自動で回している一味がいました。車は水戸ナンバー。しゃべっているのは中国語。

公園の水飲み場で魚をおろしていました。インバウンドに買い負けるのを心配する前に、こういう人たちが病身の家族を呼び寄せて高度医療を安く使わせることのできるシステムの方を考慮してもらいたい。医療業界としては儲かるから、そして自分たちが儲けるためなら社会全体のことなど考えないのが医療業界だから、彼らには期待できないけれど。

魚取り放題で、公園の水で魚おろし放題で、いい国だと思っているだろうなあ、と思います。

私がこの旅で見た外国人の集団はこの人たちだけでした。

特急で品川へ。新幹線に乗り換え。品川駅は人人人。ほぼほぼ日本人。化粧室には長蛇の列。民族大移動のGWです。

新横浜ではJリーグの試合が終わったばかり。たくさんのマリノスサポーターがいます。お子さんたちの小さなユニフォームもかわいい。

トヨタカップの決勝のときは、コンビニ前で缶酎ハイもって座り込んでいた外国人が大勢いたな。日本人サポーターはそういうことはしない。

どうみても豊かな国の平和な光景です。
このままだと危うくなることはたしかなのだけど
何を持っているか、に気づかせずに煽るだけ煽る人もいますね。

それを十数年私たちは見てきましたね。
「生まれつきの脳機能障害で一生治らない」とか。
信じた人たちは損をした。

その親玉が最近、雑誌に寄稿したというので、私はその雑誌を買いました。テーマは「発達障害が増えすぎた」だそうです。
あんたが増やしたんでしょうが。
その他、この雑誌に寄稿しているのは戦犯ばかりでした。
でもメインはその大先生と別の大先生の対談。両方ともメール交換したことあり。

そのメインの記事を読み始めて、ぶんなげそうになりました。
なぜならその記事は、そのテーマに沿って組まれた対談ではなく、どっかの民間セミナー会社が行った対談の途中だけ取り出しているという実に読者をなめた作りのものだったからです。
しかもそれを読めば読むほどわかったのは「この人たちは最初から最後まで診断にしか興味がなかったんだな」ということです。

ああ、もう断末魔なんだな、と思いました。
親玉たちが結局さいごまでこうなのも。
大手出版社がこういう読者をなめた造りをして、それで通じると思っているのも。

発達障害の世界も、もう終わり。

さんざん増やして、煽って、放り投げた。
そしてギョーカイはなくなりました。

同じことを繰り返さないように
皆様煽りには気を付けましょうね。

ふりおとし、ふりおとされ

2024-04-22 08:55:00 | 日記
4月20日、いつものように早く目覚め、今日は横浜アリーナに大相撲が来る日だと気づきました。
切符取ろうとしたこともあったんだけど、出遅れたので「なんかいい席残っていないな~」とそのままになったのだった。
でも最近の若い力士の活躍をみていると、久しぶりに生で見たいなあ。
検索してみると、当日券は8時半から当日券が出るとのこと。
8時に行ってみて長蛇の列だったらあきらめよう。

そう思って8時前にブロンプトンで出かけました。
これだとたためば一緒に並べますし、券が手に入ったとき母のうちに届けるのもラク。
行ってみたら私は四人目でした。
母に電話をすると、午後からしか行けないけどぜひみたいといいます。どっちみちメインは午後からです。
というわけで私は一番安い二階の券(一階は売り切れ)を二枚入手し、一枚母の家に届けました。
母も大喜びでした。



去年の3月13日にマスクが個人の判断になって
去年の横浜アリーナ場所が4月のこの時期。
去年チケットを取らなかったのは、去年はまだ大相撲が今ほど盛り上がっていなかった(その後いい力士がどんどん出てきた)のと、マスク問題がまだはっきりしなかったからだと思います。
マスク時代ナマ大相撲にまったく近づかなかったのは、ちょうど贔屓の力士がいなかったのと(はっきり言ってラクです)テレビでやっていたからです。わざわざ家畜コスプレして国技館に行かなくてもいい。
でも飛行機はそうは行かなかった。実際に乗らないといけません。

各興業各施設が政府の何らかの補助や規制を受けており、あほらしい感染対策につきあわざるを得なかったのは理解します。
でもこっちも近づかないという選択肢があった。
近づかなければ、なくて全く困らないものがわかった。
そしてコロナ禍とポストコロナの対応を見て、ふりおとすものとふりとさないものに分けるきっかけになりました。
あのときに要らなかったものは、今も要らない。
最たるものが医療ですが。
今後病気もケガもしないつもり。最後に心肺停止になって運ばれて死亡診断書だけ出してもらうのが理想です。

コロナ禍でも一応私がマスクをしたのは飛行機だけ。
飛行機は安く遠くに行けるので、妥協しました。
おまけに他の客を人質に取られている。私一人がごねて、出発できなかったら申し訳ない。
ただしほぼ出入りのときしかしませんでしたし、マスクと呼べないような布切れを顔に一瞬載せただけというのが実状でしたが。
口うるさいCAから離れた窓際を取るのが癖になり、それ以来窓際を好む人になりました。
それと乗るたびに抗議のメールを送り、ANAからは「いつもご意見を頂戴し恐縮に存じます」という枕詞がついた返事が来るようになりました。あっちも浅見淳子っていう人が乗るたびに文句を言ってくるのはわかっていた。

その飛行機は個人の判断になってあっさり解除。スタッフもどんどん素顔に。
どっちみち飛行機は乗り続けるつもりでしたが、これをみて「解除されたあとの態度」も大事な判断基準だと思いました。
大相撲は他の興行より解除が早くて、とくにお客たちの素顔があっという間に戻りました。高齢者だらけなのに、怖くないみたい。
客筋の問題です。

ところが音楽関係はいつまでものたのたしている。
しれっと客席マスクを告知する大物アーティスト。一生マスクしていろといわんばかりのライブハウスの人。2023年の年末にもマスクで歌うという第九のイベント。
音楽関係は、繊細チンピラみたいな、意識高いみたいな、私って繊細なのそれが財産なの、みたいな人が揃っているんだと思います。いけすかない人種です。
いったい音楽関係の人は、自分たちは朗々と歌いながら客に酸欠を強いるという事態を人間として恥ずかしいと思わなかったのだろうか? ききたいわ。

私は感覚過敏は心からかわいそうだと思ったし、治ればいいなと思って本をたくさん出しましたが、感覚過敏に居座っているやつはきらいです。どっか普通の感覚の人間を下に見ている感じがして。
音楽家とかの繊細チンピラにはそれを感じるので、そしてもともと私は音楽なんぞなくても生きていける人なので、今後一生ナマ音楽に課金するのはやめました。
解除されたあとの態度が気に入らなかった。

それと映画館ももう一生行かなくていいや。
もともと大画面じゃなきゃいけない、みたいな映画ファンではないし、話題作があったときにネットで見るだけでじゅうぶんです。
というわけで映画館も一生行かないと思います。

美術館・博物館はうんと減ると思う。
本当に行きたい企画じゃないと行かない。

演劇はもともとそんなに好きじゃないし、演劇人っていうのも音楽家と同じような理由で好きじゃないし、宝塚は昨日になってもまだ出演者発熱のため公演キャンセルとかやってるし、演劇もたぶん一生行かないと思います。

どうも私は閉鎖空間が苦手みたいです。
だからコロナを避けるのには適性があったみたい。

ともかくコロナ禍で要らないとわかったものを排除したら

これでずいぶんお金が浮きます。自分にとって無駄なものがふりおとされて、あのフユカイなコロナ禍の有効活用です。
残ったのは飛行機と大相撲。
これだけは許してやる。

それと、静岡。
私たちは2020年の初め、そろそろ旅行業界の危機が叫ばれ始めた時代、伊東に遊びにいったのです。そういう恩も忘れて首都圏の人間をばい菌扱いした静岡。
日本一素通りされている県のくせに生意気。
でもまあ、風光明媚でおいしいものたくさんの隣県なので
川勝知事の退任をきっかけに静岡と和解することにしました。

というわけで、五月は忙しい。
GWは霞ケ浦ライド。
そのあとに奄美大島。
お誕生日付近は駿河湾ライドです。

こうやって色々なものをふりおとした結果、本当に使いたいところにお金と時間を使っている私ですが


一方でふりおとされてもいます。

もうすぐ『芋づる式に治そう!』が増刷しそう。
役に立つ本だから当たり前です。

でも著者がさあ
もう本を出したことさえひた隠しにしている。
父親が出て行って見捨てた子を必死に育てている母の気持ちってこういうのだろうな、と思います。

それでも人々のお役に立ち
片親でも立派に育っていますけどね。
医療なしに健康を維持するためには、コンディショニングってとても役に立ちますからね。





薬機法違反はてめえの方だバーカ

2024-03-12 19:02:28 | 日記
っていうブログを今日は書きます。

心理職っていうのは、人を類型化し、したり顔して誰それは犯罪者だとか言っても許されるとカンチガイしていますが、それは立派な名誉棄損、という話を書きました。

ただ私は、一部の自閉症者のことを「犯罪者予備軍」と書いています。犯罪者、ではなくその予備軍。
なぜなら彼らにさんざんストーキングされ、彼らの誤った正義感(「自分が嫌いなものは、罰せられるべき。どこかにそのための法律があるに違いない」という思いこみ)はまさに「個々人の自由を尊重する」刑事司法の対象となる事件を起こした犯人たちに等しいものだからです。

彼らは嫌いな私が何かの法律に違反していると一生懸命思いこみ、「薬機法違反だ」と主張していました。
そもそも条文を読んだかも怪しい。
一行目から違うってわかっちゃいますから。
ただ彼らは「発達障害が治らない世界線」に安住していたい。
そして彼らは、権威に弱い。権威に依存することでしか生きられない。権威に背いたり、権威に物申すことなど考えられない。勇気がない。
だから気に食わない浅見をなんとか法率が罰してくれないかと夢を見て、薬機法ってやつを見つけたのですね。

よく読めよ条文。
まあ、読まないだろうな。
だって読んだら夢破れちゃうもんね。浅見はこれに該当しない、という。

まあともかく、個人の判断のはずのマスク着用が店舗とかで半ば強制されていた暗黒の時代、私は素顔のままあるドラッグストアに入っていき、買い物をしました。あたり一帯では一番大きいチェーンです。

そうしたらレジのときそんなに若くない女性店員が「マスクをしてください」というので
「感染予防のためにと謳って薬機法違反にならないマスク、この店に売ってる?」ってききかえしてあげたことがあります。「ドラッグストアが薬機法違反したらまずいんじゃないの?」そしてもちろん、マスクはせずに買い物を終えた。

そもそもその辺のドラッグストアに売っているマスクは雑品で感染予防のエビデンスなどありませんから、ドラッグストアが薬機法違反に問われたくなかったら顧客にマスクは強制できない。ただみんなが前もって従ってしまっていただけです。

あの頃は医クラもマスクマスクうるさかったと思いますが、そして病院ではまだマスク圧続いているみたいだし妊婦さんもマスク強制分娩をまだやられているみたいですが、雑品のマスクを感染予防とか言って顧客に押し付けている医療機関をみていると

「薬機法違反はてめえの方だバーカ」って思いますわ。
そして運よく今、医療機関に世話にならないでいい境遇であることに深く感謝します。今の私は社会保険加入者として金を納めているだけ。純粋なスポンサーであり、医療従事者を飼っている身分です。

それにしてもさ、なんとか気に入らない浅見を権力にどうにかしてほしいという虚しい夢を見て火を発見した原始人のように振り回していた医クラとその洗脳者、いたかったね。まだしてんだろうねマスク。

一生してなよ。
それでろくな空気も吸わずに健康害して早く〇んじゃえばいいよ。
〇んだら祝杯上げるわ。

いつも言いますけど、これは〇しにいくということではありません。そんなつまんないことはしない。
ただ〇んだら嬉しいだろうな、というだけ。

皆さんにききたいの。
彼らは花風社が、浅見が、潰れろ潰れろと呪ったじゃないですか。
じゃあなんで、こっちは彼らの〇を望んじゃいけないの?
おあいこじゃないの?

さて、明日はこの春最初のライド旅。
そろそろと始動します。
今年もケガしない、ケガさせないでいきたいです。

たんに嫌いなだけ

2024-03-11 18:05:26 | 日記
重なるときには重なるんだな、と思うのですが

私と知人あるいは友人あるいは利害関係者の二人
AさんとBさんがいるとする。
この二人が仲悪い。
というより、AさんがBさんを嫌っている。

というケースを二つ抱えています。
いくつになっても人は争うのね。

っていうか当たり前なんですよ。
そっちの方が健全なの。
だって別に誰とでも仲良くしなきゃいけないわけじゃないから。

まあともかく、Aさんが浅見に「Bさんとは付き合ってほしくない」と思っているとする。
そうすると、色々言い訳をするわけ。

「あの人は差別する人」
「あの人は金に汚い」
「愛着障害がひどい」

etc

とかなんとか。

でも突き詰めてみると単に

「嫌いだ」っていうだけなんですよね。
虫が好かないっていうだけ。

ところが大人の世界では
「あの人が嫌い」ってあまり言ってはいけないらしく
その言葉を避けるために色々と正当化をする。

「あの人にはこれこれの人格的欠陥があるから付き合うべきではない」という大げさな論議に発展するわけ。

たんに「大嫌い」って言えばいいだけなのに。

とくに心理系の人は、人間を類型化して上から目線で語るのが平常運転なので、「たんに嫌い」を「人格の問題」に格上げしてめんどくさい。

前科の何もない私も詐欺とかなんとかさんざん言われたけど
あれはたんに「浅見嫌い」「発達障害の世界にいて目障り」っていうのをストレートに言えなくて人格をいじったんだな、って今になるとわかりますわ。

だって私詐欺してないし。
犯罪おかしたこともないし。
むしろ被害体験あるくらいだし。

犯罪者じゃない人を犯罪者と呼んだら名誉棄損だけど
それを心理士ズがやっちゃうのは、人の類型化になんの罪の意識も持っていないからなんだな。

もっと素直に「あの人嫌い」って言った方が、まだ健全なんじゃないかな。

勝手にカウンセラー番付発表

2024-02-29 14:01:07 | 日記
昨日、2024年2月28日、Xのトレンドに「臨床心理士」が上がっていました。私はのべつまくなしに臨床心理士の悪口を言っていますが、もちろん私の発言の影響ではなく、なんかもめごとがあったようでした。

そういえば公認心理師導入前の騒ぎも面白かったですね。口ではきれいごとばかり並べながら、表向きの志とは真逆の利権確保に汲々とする醜態を意識高い心理士のみなさんがさらしていて面白かったです。ま、あっちが本性ですな。

昨日の騒ぎは要するに、臨床心理士も公認心理師も持っていない勝手なキラキラ民間資格の人が(まあ臨床心理士も民間資格ですが)カウンセラーを名乗って商売することが気に食わない、というギルド的な党派心むき出しのクレームでした。

そして臨床心理士や公認心理師がいかに優れているかの証左として、公の機関、たとえば学校のスクールカウンセラーは資格が必須だとか、そういう根拠を並べ立てているのでした。

実にコミカルです。

人々がカウンセラーに何を求めるかというと、問題解決です。そして今のところ、臨床心理士や公認心理師といえど問題解決できない人の方がずっと多いことはもうばれてるわけです。

だから我々は、臨床心理士や公認心理師の免許を持っていてもそれが「優れたカウンセラーである証」としてはみなしていないわけです。

どうせ民間の勝手資格のカウンセラーだって愛着障害と承認欲求の塊みたいな人だらけで問題解決なんかしないでしょうけど、どっちみち問題解決しないのなら免許の種類がなんだろうと消費者には関係ないわけです。

もし、万が一、民間の勝手資格の保持者で問題解決に力がある人がいたら、それはとても素晴らしいことで、役に立たない臨床心理士や公認心理師よりずっと役立つカウンセラーなわけです。

それくらい、消費者にとっては資格の種類など関係ない。
役に立つかどうかだけが大事。

もし公的機関に雇われるのに特定の資格が必要だとするなら、それは行政上の管理の問題であり、行政が雇う資格を持っているカウンセラーだからといって質が保障されているわけではありません。

いや、まだ事情を知らない消費者だと、そういう資格保持者に騙される人もいるだろうけど、我々はあまりに知りすぎています。
大抵の臨床心理士や公認心理師は役立たずだと。

だから行政がこの二つの資格保持者を雇うというならば、それは「濃厚接触者」を決めるにあたりマスクの有無を目安にしたのと同じような線引きのための目安にすぎず

つまり、資格には一枚10円くらいの不織布マスク程度の価値はあるんでしょう。

でも不織布マスクをしていたから濃厚接触者にならなかったように、臨床心理士や公認心理師を持っていたからスクールカウンセラーに雇われたりするのなら、

何が何でも官で働いてどや顔したい! と願う心理士諸氏には価値はあるんでしょうけど

でも大抵のスクールカウンセラーは役に立たないから
不登校もいじめも教師のメンタルヘルス問題もなんにも解決していないから

ギルドの中にいない我々にとっては、臨床心理士だろうと公認心理師だろうとそのほかのキラキラ資格だろうとどうでもいいわけです。

というわけで、私的に考えてみました。心理士番付。

ナンバー1 治す人

これは当たり前だと思います。レアだけど。

ナンバー2 治す人で民間(自費)の人

治す人がもしいたなら、できれば民間人である方がありがたい。公金食わないからです。

ナンバー3 治す人で官側(スクールカウンセラー等)の人

まあ愛甲さんくらい治すのなら公金食っててもいいかな、ということです。ただし皆さんもご存じのとおり絶滅危惧種。

4 治さない人で民間の人

顧客が勝手に選んで勝手に自分の金払ってくれるなら、治さないカウンセラーの迷惑もあまり大きくありません。

そしてもちろん最悪なのが

5 治さないで官の人

ですね。役立たずのスクールカウンセラーとか、そういう人たちです。で、心理士ズはここに入りたがるし、ここが利権のありどころなので、ここに入るための二つの資格は彼らの中ではすごく大きいんだと思う。色々文句ばっかり言ってるのもここをめぐっての争いのゆえ。志望者のボリュームゾーンがでかいみたい。

そのためには、さぞ貴重なんでしょう。彼らにとっては。この二つの資格が。

まあこっちからみると、ぺらっぺらの不織布マスク程度の目印にすぎないんですけどね。


患者様(笑)

2024-02-28 09:16:58 | 日記
『発達障害治療革命!』を作ったとき
著者である脳神経内科医田中伸明先生は当然、自分の身を置く業界のしきたりに則り、患者さんのことを「患者様」と呼んでいました。あっち業界をリスペクトし、そのままにしました。
ただ自分自身はとうてい「患者様」と呼ぶことはできないので、私は「患者さん」で通しています。

我々の業界では流通関係のことを話すとき「書店様」と言います。
でも他業界の人にそれを強いようとは思わない。
うちの著者の人たちに「本を売ってもらうのだから書店様と言え!」とは言わない。それぞれ医療とか福祉とか整体とかそういう業界の人だから、こっちの習慣は押し付けない。
それと同じで、私が患者様呼ばわりを強制される筋合いはない、という判断でした。

患者様という呼び方は、なんらかのリスペクトの表れで
きっと医療の人々にとっては、「自分ところに売り上げをもたらしてくれる人」という位置づけなんだと思いますね。
だから様付けで呼ぶ。
一方で医療従事者は、一般人に対しては威張りまくる。時給1100円の事務員も田舎のSTも威張りまくる。
彼ら彼女らが国民皆保険を享受していながらその仕組みがわかっていない証拠です。
そしてまた、医療の教育機関も、病院も、どこも教えないんだろうね。健康な人々こそ医療を支えているということを。
だから彼ら彼女らは、養生で健康を保つ我々を罵倒するし、強制ではないワクチンを打たない選択をすると「反ワク」、これまた強制ではないマスクをしないだけで「反マスク」のレッテル貼り。
ええっと、結局感染なんかしませんでしたけど?
反医療反医療言うけどさ、この四年間ずっと社保払い続けてまったく医療に負荷かけてない私は純然たるスポンサーですが?

国民皆保険において一番の顧客は誰?
目の前にいる子ども部屋おじさん? 高校のときいじめられたのがトラウマで一度も社会に出ないまま50歳になった。親はそれなりにいい時代に生きて年金もまあもらっているから今のところ親にパラサイトしています。そしてその親は退職金やらなんやらで数千万資産はあるけど今は年金収入のみで非課税世帯としてときどき政府からなんとか調整金が送られてくる、とか、そういう身分。当然親は医療費一割負担。子ども部屋おじさんである患者様(笑)も自立支援で一割負担。

この場合ねえ、
この子ども部屋おじさんの医療費を負担しているのは、当人でも親でもなく健康な労働者です。
健康で、バリバリ働けて、強制的に社会保険料を取られ、住民税もきちんと納め、そしてめったに保険証など使わない一般の健康な労働者。たまに歯医者行けば三割とられるのよ。
健康な人たち。これが医療従事者の、本当の顧客です。
それをこの層に医療従事者は無礼なことばかりしている。

当該子ども部屋おじさんがもっと早く愛甲さんと出会えていたら
トラウマ処理を習い、社会に出られたかもしれない。
でもそういうトラウマ処理を
凡医療従事者たちはきっと「トンデモ」と言うだろう。

うちは一家そろって病気していないが、病気しないように気を付けていることはたくさんある。
まあだいたい睡眠食事運動だけど
それを保つために整体的なものをすることもあるし
ちょっと不調なときには手当で治す。
ところがそれを「トンデモ」と罵倒するのも医療従事者たちだ。

我々のように、きちんと仕事をして社保を納付してしかも病気をしない、医療を使わない人こそ医療従事者の給料の原資であるのに
それが見えない。
またそういう教育を一切しないんだろうね、医療業界は。

なんで生涯働いていない子ども部屋おじさんが治療を受けられるか
それは働いている人が支え、そして健康で医療をめったに使わないからです。
なのに医療従事者は、それがわかっていない。
だったら一回7割引きとか9割引とかなしで、素で勝負してみろよ。

治せない発達医療がどや顔しているのは
国民皆保険があるから。
だったらそんなもんなくして
その分国民は資産形成して
億り人続出で
健康な人は遊んで暮らせばいいよ。
病気の人だって
億&民間保険でもあれば、健康保険など要らないだろう。

その方が活気があるジャパンになると思いますけど。

まあともかく
私の健康を保っているのは医療ではないですね。
一次産業の人とか
交通インフラの人とか
観光業の人とか
ともかく医療がコロナ禍で威張って抑えつけた人たちによって私の健康は支えられています。



怒りの下にあったもの 花風社創立28周年&ハッタツ大戦から5年記念旅行のご報告 その3

2024-02-26 09:03:11 | 日記
三日目の朝。今日は帰るだけ。
2月23日。花風社創立記念日。帰ってお祝いするのです。
空はどんより。夏日に遊びましたが、今日からお天気悪くなるようです。ちょうどいいタイミングできました。
いつもいつもタイミングに恵まれるとは限りません。ただワタクシ、タイミングにはわりと恵まれがちです。

思えば、コロナ禍の前にハッタツ大戦があったのもグッドタイミングでした。
あれがあったから医療を信頼せず、マスクも毒💉もせず、それでいて感染することもなく乗り切りました。
マスク強制出産など、医療のやる残虐行為も知って
あの産業の魂胆がわかりました。
医療が発達障害を治す日は来ないだろう、来るのをむしろ阻むだろう、ということも。

着いた成田は気温3度。雨。
これだけの違う気候の地が、国内にあるのは豊かなことです。
小さい頃私たちは、日本がちっぽけな国だときかされて育ちましたが、あれこそ洗脳だったと今になるとよくわかります。
今は「日本は資源のない国」を疑っています。

今回マウンテンバイクという新しい乗り物に出会い、買いたくなったけど、夏の間は買わないだろうな。
おそらくお金を旅行に使うでしょう。
3月には自分たち的自転車シーズンも始まり、その皮切りとしてまた霞ケ浦を一周してきます。冬の間あまり走っていないから、きついかもしれません。
そして3月末には母と小笠原への船旅。
これも楽しみです。
そして泳げるようになったら、奄美大島に行ってこようかな。
夢はふくらみます。

母は88歳でエアロビ週に4回やっていますが、60代だか70代の頃、婆にありがちな膝痛も経験したそうです。整形外科行っちゃうと変形性なんたらと診断され絶対治らないあれです。
お友だちもみんな膝痛を抱え、整形外科に行ったりしたそうです。治療とか湿布とか手術とか。そして治りません。あきらめます。そして杖生活に入っていきます。
母は最初から、そんなもの医者が治すわけがないとわかっていたので、医者には行かず自分で自分の膝を観察して自分で治しました。
そして今なお健脚です。
毒💉も打っていません。予約していたのですが、先に打った友だちが調子を崩すのを見て、やめました。打った人はどんどんぼけていっているそうです。
娘にヒステリックな医療従事者とかがいたら、母もうるさく言われて打ったかもしれませんが、娘が私だったので、打たないことはむしろ大歓迎でした。もちろんコロナ未感染です。

ハッタツ大戦のとき花風社を「反医療! トンデモ!」と大騒ぎした凡STの母親は膝で入院とかしていたそうですし、夫は免疫抑制剤、本人と子どもは喘息等の持病があるそうです。
医療に依存し、国民皆保険のもと公金チューチューして給与をもらい、そして彼女が「カルトの信者」と罵倒した花風社読者が治している子どもの喘息すら治せない。
一家で病気ばかりして、医療費使って、まさにごくつぶしです。

彼女の一家が寄生している医療費は、健康で養生で医療費を使わない人が納めているのですが、バカだからその仕組みも理解せず養生する人たちを「トンデモ」とか罵倒しているのです。
我々が反医療なのではなく、彼女が医療依存。
どっちが健康を保っているかよくみてもらいたい。

私の家族は医療に依存することなく健康を維持していますし、読者は医療を使うことはあっても依存することなく家庭での発達援助で支援の必要度をどんどん下げています。結果的に、他の納税者の納めたお金を無駄に使っていません。

ところが、凡STを始めとする「治らない! 治すなんてトンデモ!」と叫んだ医療従事者、それに洗脳された当事者保護者には、この構造が見えない。
バカだから。
無知だから。
社会性がないから。
そして傲慢だから。
先に金取っていく国民皆保険のもと、医療側が「治らない」と断言することが怠慢だとわからない。社会への裏切りだとわからない。・自分たちは先に金取っておいて仕事をしない宣言をしている。
・自助努力で公金を使わず治す努力をしている人たちをカルトとかトンデモとか罵倒する。
これが自分たちの実態だとわかるほどの社会知もない集団なのです。

一家揃って病気でも仕方ないかもしれない。それぞれ体質があるのはわかります。
でも、せめて、国民皆保険という制度を理解して
自分たちの給与が、あるいは受ける医療行為が、
健康に労働して社保を納め病気をしない人のおかげで支えられていることくらい凡STは理解できなかったんですかね。
その人たちを罵倒する前にさ。

理解できなかったんですよ。
なぜ?
無知だから? 傲慢だから? バカだから?
その全部です。
そしてその全部を兼ね備えた人間がうじゃうじゃいる。それが医療の世界、支援の世界です。

あんな人たちに治せるわけがないのがよくわかるでしょう。

医者も心理士も少数の例外を除いて本当に性格が悪い。
そして民間資格のセラピストみたいな人たちも
まともに会社員ができなくて、でも一発逆転狙いたくって、ライセンスビジネスに大金貢いで、なんの力もないくせにどや顔して人にアドバイスしている、みたいな人ばかり。
それでSNSにポエム書いて集合写真のっけてなんかやっているつもり。
客なんか来ないでしょう、たいていの人は。

そもそも人が人を癒せるはずがない。
それをわかっていない人が多すぎます。

こういう世界で生きていて、だから私はなるべく友だちを増やさないように努力していて、努力の結果つまらない人間とつきあわなくてよいので
おかげで健康を保っています。
それでも日々医療や福祉は観察していて、ずーっと自分が感じているのは怒りだと思っていたのですが
怒りの下にあるものに気づいたのは、松島さんの先日の講座のおかげかもしれません。

こういう医療や福祉への怒りがどういう手当で治まるか。
自分で膝を治した母のように私もそれを観察した結果
私の根源にあるのは怒りではありませんでした。
むしろ、悲しみでした。
これは大発見でした。

障害がない私たちは、社会知のない、それでいて傲慢な医療福祉の公金チューチュー人間と無縁で暮らせます。
でも障害があると、彼らに首根っこをつかまれて一生水牛のように繋がれる羽目になる。
この体制が私は悲しい。
そこから一人でも多く解放することが、私の仕事のモチベーションなのだ。

だから怒りに対する手当より、悲しみに対する手当の方が、ギョーカイトラウマを癒すことに私は先日の講座の後気づきました。

ともかく、医者も心理士も民間のセラピストもごくごく少数の例外を除いて大嫌いな私が
大嫌いな人たちに囲まれて
それでも病気をしてこなかったのは
何かストレス解消がうまく行っているんだと思います。
それが何かはわからないけど
自分で作る肉・魚・温野菜・生野菜のシンプルな料理かもしれないし
自転車かもしれないし、南の島かもしれない。
ジムかもしれないし、温泉かもしれない。
酒かもしれない。
ともかく何かが奏功して、私は病院にかからないで済んでいる。
このまま医療と無縁でいたい。
担ぎ込まれるのは、心肺停止になってからでいいや。
だから、ケガもしないように気を付けよう。
ハブにもかまれないように、気を付けよう。

そして少しでも、医療に首根っこつかまれないでいい人が増えるように、民間の知恵を伝え続けよう。

そんなことを誓って帰ってきました。

というわけで花風社創立28周年+ハッタツ大戦から5年の記念旅行終わり。
南雲明彦さんからお花が届いていました。
イケメンな人はやることもイケメンです。

そして、どっとこむのロゴ
あの空と太陽は
最初に思いついたとおりのイメージで小暮画伯が描いてくれたものだけど

5年前の5月、西表島に一人旅したとき
船からあの景色を見ました。

私は空と太陽と水が大好きで
それこそが神様だと思っていて
その神様と私の間に、医療を介在させる必要はなく
時期が来たら命をお返しするだけなのだと
改めて思った旅でした。





怒りの下にあったもの 花風社創立28周年&ハッタツ大戦から5年記念旅行のご報告 その2

2024-02-25 09:45:07 | 日記
2月17日に愛甲さんの会があり、その翌日法事で鎌倉へ。北鎌倉も車窓の小町通もそして精進落としで訪れた長谷も内外の観光客でいっぱいだったのをみて、私は思いつきました。

そうだ。西表島へのツアーも予約しておこう、と。
石垣島から船で西表島に行き、そこでジャングルクルーズしてマングローブの森を見る。それからバスで移動し由布島まで水牛車に乗って見学、また水牛車に乗って帰ってくる、というガイドツアーを二人分ネットで予約しておきました。

当日、8時に港に着き手続きをします。切符をもらって船に乗りました。そして西表島大原港へ向かいます。今日も天気は上々でした。
でも本来西表島は「水の島」。亜熱帯の島で雨も多い。ガイドのしまんちゅのおじいもこんないい天気は珍しいとおっしゃっていましたよ。

最近松島さんに教えてもらったところによると、私は一白水星という人らしいです。水と縁がありそうです。昔から水は好き。それで2019年のGW、ツイッターの垢けしをしてぼーっとしていたとき、テレビで見た「西表島は水の島」という番組を見て、即行くことを決めたのでした。

5年前のGW、色々あったなあ。ハッタツ大戦からの垢けし→なおそうはったつしょうがいどっとこむのドメインを取得→「治そう! 発達障害どっとこむ」のサイトを構想し、ウェブ業者さん複数に見積もりを依頼。その合間に、西表島への旅行も予約していたのでした。

その西表島に今日は二人で上陸。
早速遊覧船に乗り込みます。これで今日はマングローブの森を行くのです。

ふと、お尻を蹴られました。
どうやら後ろに足癖の悪い坊やが座っているようです。
とんとんとんとんと我々の背面や椅子を蹴ってきます。
「ほら、〇〇、やめて」とジジババに注意されています。
どうやらパパママはよそにいて、ジジババが船の中の坊やのお世話担当のよう。

私は後ろを向いて、坊やに直接話しかけました。
「けらないで」

ジジババは恐縮していましたが、ジジババは関係ありません。ジジババは蹴っていませんから。
蹴ってきたのは坊やですから、だから私は坊やに直接けらないでといったのです。
「人を蹴ってはいけません」とか主語を大きくする必要もない。ただ、私が蹴られるのは不快だから蹴るなといったのです。

その坊やにしても、きっとマングローブなんて面白いわけもなく、大人の都合で船に乗せられて、落ち着かなかったのでしょう。手足を動かすことは発達にも大事ですが、でもこちらは楽しみにしていた遊覧船の間中、けられるのはいやです。

発達障害者にストーカー行為されたとき、支援者に止めることはできませんでした。彼らは不要だった。今回もジジババは不要。
本人に働きかけるのが一番です。

一発でした。その後坊やが我々を蹴ることは二度とありませんでした。空を蹴っていたかもしれませんが、それはどうぞご自由にですわ。

というわけで、島のおじいガイドさんの詳しい説明で、マングローブの森を楽しみました。
「マングローブぅ?」みたいに船から木を見ることの何が楽しいかわかっていなかった夫も、西表島の大自然に感動したようでした。

船を下りてバスに乗って、水牛車乗り場へ。
その途中も色々島のことを説明してもらいます。
田んぼはすでに青く、稲が伸びている。亜熱帯のこの島では稲は二毛作で、5月末には一回目の稲刈りです。

水牛車に乗り、海を渡って由布島へ。
水牛の名前はみなみちゃん。女の子でした。車と我々合わせて1トンくらいあるということですから、苦労をかけました。

島に渡ってきれいなガーデンを楽しみ
水牛のRui君と記念写真。観光地でよくある、勝手に撮って売りつけるやつ。まんまと買わされました。まあいい記念ですし、ダウンロードもできるのです。
映った写真を見ると、Rui君はつまらなそうな顔をしていますが、「車引くよりはラクなんじゃないの」と夫は言っていました。たしかにそうです。
水牛たちは週に二日か三日休みみたいです。
ちやほやされていますが、しょせん家畜です。
鼻に縄つけられて、口枷勤務の医療従事者そっくりです。
医療従事者は自分たちも家畜なので、人を家畜化するのにためらいがありません。近づかない方がいい人たちです。

そして船でまた石垣島に戻りました。
八重山のきれいな海を見ながら。
夫にとって、思っていたよりずっと楽しいガイドツアーだったようで、いいツアーだったと喜んでいました。
二人で西表島に行きたい、というのは私の勝手な5年前のリベンジでしたが、喜んでもらえてよかったなあと思いました。




それから八重山そばを食べ、着替えて、レンタサイクル屋さんに。
マウンテンバイクの貸し出しをしているというのです。
マウンテンバイクに乗るのは初めてでしたが、楽しい乗り物でした。海沿いの道を走っているとしばしば舗装が途切れたりしますが、安定感あって怖くありません。
どっかの岬まで行きました。
そして戻ってきました。往復21キロくらいだったそうです。



ああ、思い切り遊んだ一日でした。
短いけれど、いい休暇でした。身体を思い切り動かせたからだと思います。
三泊くらいしたいなあと思っていましたが
来てみれば二泊で十分でした。
明日はもう帰ります。

ふと気づいたこと。
ここでは日本語しか聞こえません。
よくインバウンドが増えたとか、日本人がもう価格的に追い出されているスキーリゾートとかの話が行き交っています。
そして先日鎌倉で見た光景の中にも、たくさんの外国人旅行者がいました。

でも石垣島は、日本人旅行者が主力でした。
島のおじいガイドも、もちろん多言語対応はしていませんでした。
それでいて船が着くたびに旅客がどどっと下りてきて、自転車を借りたり、船に乗ったり、水牛車に乗ったり、グラスボートに乗ったりしています。
どう見ても日本人が日本円を盛大に使って遊んでいるのです。

同日、日経平均株価が34年ぶりに最高値を更新しました。
実体と乖離している、という街の声などもありましたが
34年前、私は20代だったので、もちろん今の方が経済的に余裕があります。
当時20代でしたが、有価証券もちょろっと持っていました。でも会社を作るときにすべて売却→総動員し、その後の相場には巻き込まれませんでした。そのかわり会社経営に苦心してきたわけです。
「花風社、潰れろ、潰れろ」と公金チューチュー勢に言われながら28周年を迎えたわけです。

ていうかバブルの頃は沖縄旅行なんてものすごく高くて無理だったと思います。
その後、何もかも安くなって、その恩恵で出かけてこられるようになった面もあります。
デフレとコロナ禍が国内旅行のアクセスを高めた面も確実にあると思います。
バブルの頃と比べて~という決まり文句は多いですが、そんなに単純に比べられるもんでもないと思います。

日本人が米国株に投資して円安になっている、なんていう人もいますが
衰退国で安くて世界一便利なインフラを享受しながら経済成長する国の成長を分けてもらうのは、なかなか賢い選択かもしれないと思います。
安くて安全だからここから離れない。
成長は成長している国の果実を分けてもらう。
でもこれはいつまでも続かないから先の長い若い人は考えた方がいいよ。
せめて発達障害は治そう。国の衰退の大きな原因である医療福祉への依存を減少させよう。そのための知見は提供するよ。
そういう生き方もありだと思っています。

とにかく私が見た石垣島で遊んでいる主力は日本人でした。
横浜で遊んでいる主力も日本人です。
鎌倉はたしかに外国人が多かったけど、もちろん日本人も多く、国民性のせいか日本人のせいかみぎれいで、みじめな姿には見えません。
バブル越えに実体がないものなのか
自分で考える必要がありそうです。
発達障害が治るか治らないかもそうなのですが。

ともかく治る治らないで5年前論争が起き
医療従事者たちがその卑怯な本性をさらし
コロナ禍で彼らがなぜあれほど卑怯なのかがわかり
すっきりと説明がついて
なるべく医療を使わない人として
私は老後を迎えようと心がけているわけです。

国民皆保険のもと、医療を使わなくても社会保険料を払わされる制度には腹が立ちます。
そして国民皆保険がまさに
「発達障害は治りません!」と言い放ち、治そうとする親御さんたちをカルト信者呼ばわりした鬼畜医療従事者軍団を育てた悪魔的制度だと思います。
医療従事者のくせに治らないと言い張り、治そうとする人を罵倒する。この医療従事者たちの腐った性根は
「治さなくても公金チューチューできる」制度に基づいています。
あのとき主導者になった凡STは、仙台広南病院勤務。高齢者の病院、つまり給料の九割が公金チューチューです。
それでいて治らないと言い張り、治したい親心をバカにする。
衰退国日本には、こういうごくつぶしを飼っておく余裕はもうありません。

それでも決まり事だから払います。
払うもの払ってしまえば
その他のお金は、どう使おうと私の自由です。
私は健康を維持するために
三割負担の医療ではなく
十割負担のアクティビティや自分でできる養生を心がけ
今後年を取っていっても、なるべく社保加入者に迷惑をかけないようにしている、というわけです。


続く