治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

戦犯たち

2019-02-17 08:30:17 | 日記
共同ブログ更新しました。

そこで私は、風だぬきさんのコメントを引用しながら「なぜか発達の子に失敗させてはいけないというのが都市伝説になった経緯」についてちらっと触れています。
つまり、発達障害者支援法ができて、さて発達障害児者を支援しよう! となったとき、ギョーカイが研修の役目を負うことになり、そこで「発達障害児・者をつらいめに合わせてはいけない」みたいなルールができあがり、それを自分の頭で考えない支援者たちが惰性で引き継いできてイマココなわけですね。

そしてこのブログのつねにアクセス多い記事に「医師も逃げ出す迷惑アスペルガー」がありますが(とにかく毎日毎日誰かやってくる)ギョーカイの真綿政策により、今時点での最新のコメントのような現状を正当化することになったわけです。

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アスペルガー (りんご)
2019-02-10 15:02:56
就労支援の職員です。私の会社にもいろいろな障害者の方が働いています。アスペルガーの方も何人かいます。ほとんどの障害者の皆さんは自分のやるべき事は理解して、会社内でのコミュケーションも問題ありませんし、仕事も一生懸命頑張っています。
ですが、その中に1人だけアスペルガーの中年男性(独身で両親と同居)で自己主張ばかりする方がいます。
仕事はしょっちゅ休み、欠勤の連絡も昼頃だったり就業時間終了時間だったりと、何度言っても改善されまん。
作業においては、私の会社ではその日の作業内容や人数に応じて、皆さんの作業スペースが決まっているわけではありません。ですが、彼は自分だけののスペースを確保しろと言い出し、彼だけ広い彼専用の机を用意しました。おまけに薄着で来るため寒いらしく、足元にも暖房を用意しろと。用意しました。もっと暖かい服装で来るとか、ホッカイロを貼ったらどうですか?(他の方は冬ですからもちろん暖かい服装できています)と何度提案しても自分自身で何とかしようとはしません。アスペの特徴ですね。仕事の指示を出しても、それは業務なのか?と社長に確認したい!だの相談室に相談に行ったりと訳がわかりません。他にも作業終了後に自分の周りを清掃するよう伝えると、それは業務なのか?断固拒否すると言い出し、労基にまで相談に行きました。労基の方もお忙しいのにお気の毒です。
現在は、ほかにもどうでもいいような細かいことの不満を毎日、毎日、毎日職員に言い続けてきます。多分今は、あえて不満を作って言いにくるのだとしか思えません。職員全員辟易しています。
彼は時々会社の不満のことも自分のSNSにもあげています。
なぜ、そこまで不満があるのに彼は、会社を辞めないのでしょうか?
もちろんそのような不満ばかりの毎日なので、作業効率も悪く仕事はできません。けれども、最低賃金は支払われているのです。それ以外にも他の障害者の方にもいろいろと迷惑をかけています。
彼が、毎回口癖のように言うのが、僕はアスペルガーなのだから、その特性を会社側で理解してもらわないと困ると言うことです。会社でも出来ることはやっていますが、ほかの人も皆同じ障害者です。確かに障害者の就労支援の会社です。けれども、最低限の会社のルール(社会一般的なことです)を守って他の方も働いています。彼に合わせていたら、ほかの障害者の方にも不公平ですし、これから一般就労目指している方にも悪影響です。
彼のように不満ばかりを言ってくるアスペルガーに、私たちのような仕事ををしている者は、それでもすべて対応しなければならないのでしょうか?
今は職員が安定剤を服用しながら仕事をしている状況です。
会社の方からから辞めてほしいとは言えません。ですが、職員が体調を崩すまで追い詰める障害者がいるのも事実です。
会社側でも多少はやめてもらえる判断を下すことができるよう、改正してほしいと思います。
都合が悪くなるとアスペルガーだの障害者だのそれが特性だのいい加減にしてほしいです。一生懸命頑張っている障害者の方がいる中、自分だけ障害者という言葉の上にあぐらをかいているようなものです。拒絶する医者がいるぐらいなのに、私たちには手に負えません。本人が自分でアスペルガーの特性を十分理解しているのだったら、そこを少しでも改善できるよう努力することもやるべきなのではないでしょうか?もしくはそういった機関を作るべきです。アスペはこの先社会の中でのトラブルメーカーにになりうる可能性は高いです、すでになっていますし。
多分同じように困っている方、たくさんいらっしゃると思います。

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こういう迷惑アスペルガーを生んだ土壌を作ったのはギョーカイです。
「あなたたちは努力しなくていい。社会が理解すればいい。あなたがつらいめにあっているのならそれは周りの理解がないから」と10000回唱えられて育つとこうなります。

「治す」どころか「改善」も「伸ばす」も大嫌いだという内山医師の患者が私に加害行為をしたのです。それを覚えておいてください。
そしてそんな医師の経営するクリニックに何年も予約を入れて待たされて、20万円+税払って、なんにも治らない時代があったのです。それを覚えておいてください。
そんなのはまっぴらだ、と思う皆さんが増えた。
でも行政がルーティンで仕事をやっていると、その昔の方針が生き残り続けるのです。
だからこそ支援の主体的な選択、時には断捨離が必要。

先日、ツイッターで踏み絵をやりましたね。
辻井大先生という人にブロックされているかどうか。
かなり新しいクラスタの方もきちんとブロックされている。そして今の若いお母さんたち知りませんよね、辻井大先生とか。
知らない人にブロックされててびっくりしたようですが、あの大先生は花風社が大嫌いなのです。

そして内山医師や辻井大先生を知らない人がいない時代があったのです。
今はセグメント化したけど。

なぜ大先生が新しい花風社クラスタを見つけてはマメにブロックするかは謎ですが
多分アタマが昔のままなのだと思います。
つまり自分が超有名人で、知らない人はなく、自閉っ子ママたちなら何か指針を仰ぎ見るためフォローしたいに違いない。
でも花風社クラスタはごめんだ。
そういう意味でせっせと事前にブロックしているのでしょう。
時代は進んで「誰この知らない人」になっているわけですが。
まだセグメント化に気づいていないのかも。

そして彼らが戦犯なのです。
こうした迷惑アスペルガーを世に送り出した戦犯が彼らなのです。
治すとか伸ばすとか成長とかが大嫌いでとにかく周囲が我慢すべきだと説いた彼らが最初のルールを作り
それが今も自分の頭で考えない支援者によって惰性で運用されているのです。
だからこそ
私はそこに満足しない人に違うオプションを出し続け、そして辻井大先生はこまめにクラスタをチェックしてはブロックしているというわけですね。

そういう意味でも「自閉っ子の道徳入門」は花風社にとって大事な本なのです。
「道徳入門」の中には横浜の福祉のお母さんみたいな瀧澤久美子さんが登場してます。
瀧澤さんは辻井先生なんかよりずっと前から障害のある人を助けてきました。
そして制度のないころからでも、「ありのまま」と「きちんとしつける」の二派があったこと
どっちがよりよい結果を得ているかはすでに勝負がついていることを教えてくれます。

その後に出てきたありのまま軍団は、瀧澤さんから見ると若造です。
その若造たちが制度の図に乗ってありのまま系を流布させた。
それが自分の頭で考えない支援者たちにより今も運営されている。
それだけの話です。

きちんとしつけた方がいいに決まっている、っていうのはベテランの証言が得られているのです。
だから「道徳入門」はみんな読んでほしいのですよ。
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赤いお札

2019-02-16 09:55:32 | 日記
昨日、午前中に手元にあったくまモンとぽすくまコラボの62円切手を貼って赤いお札を20枚ほど発送しました。
そしてさらにくまモンぽすくま切手を買ってきて50枚ほど投函しました。
早い人には今日にでも、九州や沖縄や北海道にもしばらくすれば届くと思います。
この赤いお札は召集令状ではありません。
3月3日の講演「神経発達障害という突破口」にお申しこみいただき入金した方への入場券です。

入金の名前とお申し込みの名前が一致せずこちらから質問のメール等をお送りしていた方等へは今日以降の発送になります。
昨日の時点でそれ以外の皆さんには発送がすんでいます。
あ、画伯には送っていません。顔パスでいいです。どうせこんなもん送ったって画伯は持ってくるの忘れるし。それに私が手作りした赤いお札を見て痛々しく思うかもしれません。手伝ってやったのにと思うかもしれません。ビリヤーニくらいごちそうすればきっと手伝ってくれたと思うのですが、作業しながらダジャレを聴くより私は手作りしました。「え? これが入場券?」と思う方もいるでしょうが、七十枚作った私の身にもなってください。っていうか文面考えて印刷頼んだりラベル用にデータ渡したりする時間がもったいなくてめんどくさかったっていうのはありますが。それより自分で手で書いた方が速いと思ってしまいましたが結構大変でした。

そして皆さんにはなるべく入場券を持ってくるのを忘れないでほしいのです。
もちろん名簿は持って行きますが、とにかく当日の時間は有意義に使いたいからわざわざ入場券方式としたのです。
それと、今のうちなら「こういうことききたい」っていうご要望にも応えられるかもしれないので(応えられないかもしれませんが)ご要望をお知らせください。

私は最初、神経発達障害って突破口だよ、という話を主にしようと思っていました。
でも沖縄からくるおっさんEが、DSMに何が書いてあるか知りたい、というので、わざわざ遠くから来る人がこういうのだからそのご要望にも時間を割いた方がいいかな~と思うようになりました。皆さん図書館で原書とか凡医訳とか杉様アンチョコ本とか入手されていらっしゃるみたいだし。とくに杉様本は簡単に買えますから読んでがっかりする人が増えてきましたね。昨日もちゅん平さんが吠えていました。

そのちゅん平さんには話を振るということでお願いしております。
というのはDSMの自閉のところ話すのに、自閉っ子とカミングアウトしている人がいた方が進めやすいからです。
名簿見ていると何人も自閉っ子いますが、当日その場で名乗り出るかどうか決める権利は皆さんにあるので私からは言いませんが、自閉のところでご協力いただける方はその場で名乗ってください。

愛甲さんは前に座っていただきます。愛甲さんもDSM取り寄せて読んでいます。愛甲さんには謝礼をお支払いするつもりですので要するに講師です。

あ、それから書籍販売。
増刷した「自閉っ子のための道徳入門」を5冊持って行きますから誰か買ってください。っていうか新クラスタの方、まだ読んでなければ読んでください。これが花風社の方針のバックボーンです。当日購入分は画伯が絵を描いてくれるはずです(ノーギャラ)。

その他当日購入したい書籍がある場合は事前にお知らせください。というのはこの日私、でっかい原書凡医訳杉様本と資料が多いので、持って行ける冊数に限りがあります。でも当日は消費税なしで買えるから欲しい本が決まっているのなら持って行きますよ。


あと饗宴。
凄い人数になるかもしれないので饗宴に出たい人は会社にメールください。
よろしくお願いいたします。

栗本さんは仕事で講演には来られませんが饗宴には来ます。
栗本さんに正しく絶望したい人は饗宴に出るとよいです。

会場は込み込みですが、どうしても行きたい、という人は1~2名受け付けます。
ご連絡ください。厳正なる先着順です。

以上です。
よろしくお願いいたします。
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医療に正しく絶望する(ギョーカイリテラシーその1)

2019-02-14 16:39:11 | 日記
さて、大変良いTogetterができあがりましたよ。
杉様本。



私が言及したのをきっかけに日本評論社の「神経発達障害のすべて」というDSM5のアンチョコを図書館で取り寄せたりポチったりしている人がいるようです。一時的に私は売り上げに貢献したかもしれません。でもそれで良いのですよ。この本を読むと正しく医療に絶望することができます。

ただし、読みながら腹は立つ人は多いと思いますけどね。とくに親の立場なら。

そもそも、この本の存在自体が医療者にとっては恥。日本の医療者はアンチョコが必要、という証拠ですから。さっさと原書読めばそれで済む話なんだけどえらい先生たちがどういう判断を下しているか顔色伺わないと仕事できないんでしょ。

でもこの本が出てくれたおかげで、私たちは医療者の本音を知ることができます。でもね、これ薄いムックで1600円+税の本ですよ。別に経費が下りなくても買える本ですよ。発達障害児の保護者が目を通すことは想定してなかったのでしょうか。そうかもしれませんね。杉様(ちゅん平さんは律儀なので一応「杉良太郎 DSM」でぐぐったそうですがもちろんここの杉様は杉良太郎ではなく杉山登志郎大先生です)はこの中で発達障害児の親を下層階級呼ばわりされていますし、まさか臨床家向けに書いたはずのこんな本を保護者やよその編集者が読むとは思わなか
ったのかもしれません。計算外でしたね。

そして怒った人たちによりTogetterができあがったわけですが、この本でわかった「人情なき医師団」の本音を箇条書きにしてみましょうかね。

・神経発達障害になったけど「神経」(neuro)はただの枕詞でなんの意味も読み取っていない。
・杉様がひたすら喜んでいるのはASDとADHDが重複診断できるようになったこと。なぜならASD児に堂々と中枢神経刺激剤を出せるようになりウハウハ(みっともないほど喜んでいる)。
・神経発達障害がDSMの前の方にきたということはすべての精神疾患の基盤にあるということの証明。これからは市場が広げられるとこれもまたウハウハ。
・発達障害児の親はだいたいアタマおかしい。下層階級。ペアレントプログラム組んでやっているのに出てくることすらできない。虐待したりされたり。とにかくアタマおかしい。
・興味あるのは診断だけ。治す気ゼロ。

等々。
全体として保護者への見下しと虫取り少年ぶりがすごいです。

そしてオソロシイのは、DSM-5対応と堂々と書かれていながらDSMとはかけ離れたことが書いてあるにもかかわらず、凡医はもしかしたら原書にも助動詞のすっ飛ばしてある日本語訳にもあたらずこれだけ読んでDSM-5対応だと信じてしまっているかもしれないこと、などですな。

そもそも医学書院の正式な訳さえ助動詞すっ飛ばしているということは、私が長年吉川のツイートとそのリンク先を観察してわかったとおり、医者たちは普段から助動詞すっ飛ばして読解しているのかもしれない。我々はまず助動詞を抑えるのですが。だって文章が伝える姿勢がそこで決定されるから。でも医者たちが助動詞は抜かして読んでいるとしたらまさにその読解力の欠如が原因となり「日本でだけ発達障害が治らない」時代はまだまだ続きそうですな。

私は前から杉山大先生の悪口を書いていますが、私が書いていたことが大げさではなく本当にとんでもなくいやな人なんだとこの本を読んだ方たちはおわかりいただけると思います。最近はかつて杉様が主治医だった人とかがつぶやいてくれてたりするから診察室の中のことまで表に出てくるしね。

そしてさらにオソロシイのは杉様が足りない児童精神科医を育てる役目を担っていること。
本当に足りないの? 診断つけなくてもあれこれサービス受けられる状況にして処方最小限にすれば治さない児童精神科医なんていらなくね? と思いますがとにかく足りないことになっていて杉様がそれを育てる役目を負っている。っていうことは発達障害に関する医療の闇はあと三十年は続きそうですな。

だから治っちゃいましょうよ。
こんな人情なき医師団にとっつかまって虫のように採集されて注射打たれてピンでとめて採集箱に飾られるよりは治っちゃいましょう。

この本は本当に気分の悪い本ですが、医療に正しく絶望するにはうってつけです。

かつてね、愛甲さんが神田橋先生にきいたことがあったそうです。
どうやったらやたら薬を出す医者から子どもを守れるか。

そうしたら神田橋先生は「親の方から言えばいい」とおっしゃったそうです。
親御さんの中には「そんな強い薬のませくない」っていう気持ちを持つ人いるでしょ?

ついっとものたにしさんは「この薬出しますか? お勉強はかどりますよ。食欲はなくなりますけど」と言った医者の処方を断ったそうです。美味しそうに食べる息子さんが大好きだったから。二度とその医者とは会っていない。そして今、身体アプローチと栄養療法ですくすく発達している息子さんです。

そういう風に親が主体性持つって大事です。
でもね、前世代の親御さんたちはそれができなかった。
Togetterにあるとおり、支援者の言いなりでした。
なぜだったかわからない。
最近よく、あの頃の親の会って異常だったな、って思い出すんです。

この言いなり世代の親御さんたちと私は世代的に近いのだけれど
それでもなぜ彼女たちがあれほど言いなりだったのかわからない。
なぜ感覚過敏一つ治せない支援者に奴隷のようにこき使われていて平気だったのかわかりません。

でも今の若い親御さんたち、違う。
もっと実質的。
もっと対等に支援者に物を言う土台ができてきたと思います。

かつては青いお札でした。

今は黒いお札です。



そして人情なき医師団のオピニオンリーダーがこのていたらくである以上

封建的な医療の世界からは新しい動きは期待しない方がよさそうです。

というか、神田橋先生の言うとおり

親が要求すればいいと思うんですよ、もっと強く。

それが一番強いと思う。

今度の新刊は、その要求の仕方のヒントになる本です。

日本評論社は「神経発達障害のすべて」を出すとき、保護者が読むことを想定していなかったのかもしれません。

私は今度のうちの新刊、ギョーカイが読むことを想定しています。
皆さんが読んだら誰かに配りたくなるような本ですし。

そしてギョーカイが読んで怒り出すことを想定しています。
10人いたら9人怒るでしょう。

そして一人くらいは、自分の仕事の仕方を省みてみる時間を持つかもしれません。
その一人が貴重です。
そこから治る人が増えていくのです。
だから残り9人のギョーカイ人は、ぷんぷん怒ればいいと思っています。


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嫌いな自閉っ子には治ってほしくないのか?

2019-02-13 11:42:12 | 日記
ニキさんはもっと若かった時代、自分がわりと人好きのするキャラだっていう事実にさえ罪悪感を感じていたようですが(自分をずるがっていたんだと思う)
どうもそこからさらに発達した気がします。
今も別に人好きのするキャラだということを威張っているわけじゃないけど、等身大に受け止めているし、色々な一般の場所(発達がらみではない場所ね)で様々な人と交流しながら自分がなんか浮いていることも時にはあることとか、お世話係にお世話されているかもしれないこととか、きちんと把握しているのがすごい。それでいて卑屈にとらえていない。それが成熟だろうとつくづく思いました。そして人に好かれることは自閉っ子の場合決定的なサバイバル要素であると思ったよ。

昨日も書いたとおり私は当初自閉が治ってほしいとは思っていなくてとにかく不便そうな身体のバグ、すなわち

1 感覚過敏
2 ボディーイメージが曖昧(コタツの中の脚)
3 睡眠障害とか体温調節とかが自然にできないこと
4 季節に翻弄されること

だけでもどうにかならないか、と思って活動してきて、2019年2月現在それは全部治るようになったわけですが、最初「どうにかならないか」と思ったのはやはりニキさん藤家さんが大好きだったからだと思うのですね。大好きだったからこそ、なんとかしてあげたいと思った。ということは凡医たちはやはり人ごとなんだろうね。

でもこうやってソリューションが本というかたちのコンテンツになって誰でも買えば読めるかたちになると私の嫌いな自閉っ子たちも読むわけです。で、別に私に嫌われていようと治るんです。神経の問題ですからね。

じゃあそれなりに労力的金銭的いやそれだけじゃなく諸々の投資をしてこのコンテンツを世に広めてきた私が自分の嫌いな自閉っ子たちに治ってほしくないかというと

治りたい人は治ればいいと思うんです。本ってそういう風に役立つものだから、別に作った私が嫌いな人でも私が嫌っている人でもやれば治る。

そして中には、それまで別に私が好きじゃなくても私に感謝する人も出てくるかもしれません。

そうするとぶつかり稽古に来ることがあるんですよね。
本来その人の中には解決していない人間関係問題がある。大抵は親との関係なんですが。
あるいはいじめられた経験があるかもしれない。
本来その人がきっちり対峙して切り結ばなければいけない相手はその加害者なんです。私ではない。でもそのときは戦えなかった。
それで自己治療で私を攻撃する人もいるし、異様になついてくる人もいる。

そしてこれがうざいときには私、うざいっていいます。

というのは、私が自分で会社を作った大きな理由の一つが「嫌いな人とは付き合わない」なんです。「嫌いな人とは付き合わない」。これは私にとって人生の中でかなりプライオリティ高いことなんです。

もちろん付き合わなければいけないこともあります。
でも最低限にしておきたいんです。
だから大抵の嫌いな人とは付き合いたくないし、私はそれができるだけ可能な環境を作るために20年以上前からリスクを取ってきたのでね。

だから嫌いな人とは付き合いません。
でも治ったら祝福しますよ、もちろん。
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昨日ニキさんから学んだこと(京都府NPO法人ぶどうの木様10周年記念イベント)

2019-02-12 08:32:02 | 日記



昨日は日帰りで京都出張でした。ニキさんと、京都府南丹市で活動しているNPO法人ぶどうの木さんの10周年記念の会に呼んでいただいたのです。

実は数年前にもニキさんと二人で呼んでいただいたことがある主催者様です。HPを見るとその後事業を広げられ、10周年はめでたいイベントなので、お声がけいただいた以上お祝いにかけつけなければと思いました。が、何しろ先方は放課後等デイとか就労支援とか手広くやっていらっしゃるギョーカイです。でも活動内容を見ると結構言葉以前のアプローチっぽいことをやっていらして好感が持てたのですが、ギョーカイはギョーカイ。私は口を慎んだ方がいいな、と思いました。それに何より今皆さんが知りたいのはニキさんの現況です。ていうか私も知りたい。というわけでニキさんと事前に打ち合わせたら、ニキさんは「年取ったからこそラクになったことがあった」というのでそれはいいねということになりそのネタを話してもらうことにしました。

講演時間は90分ですが、私はニキさんに85分上げると言いました。あとの5分で私が伝えたかったことは、赤本読者が多いと思われる会場の皆さんに今の藤家さんのことを伝えておきたかったのと、この10年で花風社が挙げた成果です。それもくどくど言わなくていい。

京都駅で会ったニキさんは「やっぱり15分はしゃべってくださいよ~。それと突っ込み入れてくださいね」と言ってましたのでわかりましたと言いました。

私はマイブーム?のDSM5の話から始めました。というのは、DSM5における自閉症の予後は決して悪くないのです。「生涯にわたる支援」が必要だとも思えない予後。そして老年期については「ほとんど知られていない」でまとめられています。なぜほとんど知られていないのかずっと考えているんですけど、そのヒントも今日ニキさんの話からヒントがもらえるかもしれないと思ってやってきました、と話しました。

もしかして若い頃の私たちの講演のように、自閉っ子の面白いネタが出て、会場が笑って、みたいな講演を期待した方には肩すかしだったかもしれません。それでも貴重な講演でした。ニキさんは赤本以降、いや10年目以降人として学んだことを話してくれたからです。それはニキさん流修行であり、ちゅん平さんとは違う方角からの頑張りであり、それでいて神田橋先生や愛甲さんのいう「ワクワク」だったからです。

私は話を聴きながら、やはり自閉っ子にとって「人に好かれる」というのは決定的なサバイバルスキルなのだな、と思いました。なぜなら好かれないと嫌われるから。そして嫌われると生きづらい。でも嫌われないようにするのはスキルじゃないんですよね。SSTじゃないんですよね。


ニキさんは講演内容が漏れるのをあまり好まないので詳しくは書きませんが、私が拾ったヒントは二つ。

1 小さながっかりは大事
2 自分で選んだ苦労は耐えられる

そして昨今の花風社らしさは抑えた講演会でしたが、一つだけ言ってしまいました。
特別支援教育が始まる前、ニキさん(と私)に「特別支援教育に何を求めますか?」という講演オファーがたくさんきました。だけど始まって十数年経った今、誰もききに来ないですね。実際にはグレーを黒にするみたいなことがたくさん起きてますよね。それは小さながっかりからも自分で選んだ苦労からも遠ざけたからじゃないですかね、凸凹キッズたちを、みたいな。

あと、ちゅん平さんの現況は沖縄旅行を題材に話しました。
今や感覚過敏はなく、風邪でジムを休むと(ていうかジム行ってる)何も知らないトレーナーからは「珍しいね見るからに健康なのに」と言われるほど見た目にも元気で、仕事も頑張っていて、という話をしました。もう雨も痛くないから沖縄で雨が降ってきても平気だし、超偏食で食に対して怖がりだったのにサロンパスの味の飲み物を飲みたいと言うし、豚の耳も食べます。要するに、別人です。

そして最後にこんな話をしました。

「私は最初に出会った自閉っ子がいい子たちだったので、自閉症の人に悪印象を抱きませんでした。最初に誰と会うかはとても大事だと思います。そしてだからこそ、自閉症が治ってほしいとは思っていなかった。ただ、この人たちの身体のつらさはどうにかしてあげたいと思った。どうにかしてあげたいと思った身体のつらさは主に四つ。すなわち
1 感覚過敏
2 ボディーイメージが曖昧(コタツの中の脚)
3 睡眠障害とか体温調節とかが自然にできないこと
4 季節に翻弄されること

そしてこの四つは全部治るようになりました。
今日は書籍もニキさんのものを中心に持ってきましたが、この10年の花風社の成果として『感覚過敏は治りますか?』という本だけは持ってきました。花風社としては、感覚過敏は100%治るという実感を得ています。よかったら読んでみてください」

これで講演は終わりました。
私がぐっと言うのを我慢したのは、この四つが治るとあとは芋づる式に治っていくという部分です。そしてそれでも残る文化的なものはニキさんにもちゅん平さんにもある。それは個性の範疇だと思っているということ。

ニキさんにはいずれ中年期の気づきをまとめてほしいと言っておきました。
どのような枚数になるかわかりませんし、どのような媒体で発表するかはわかりませんが。
ニキさんは今翻訳のお仕事を抱えているのと、私と違ってニキさんの資質は有閑マダム方面で開花するようなので、いつになるかわかりませんが、中年以降の自閉おばさんからの情報も貴重だと思いました。

ニキさんの話を聴けば聴くほど、私には有閑マダムの資質がないなあ、と思いました。
もしかしたら有閑マダムの才能は、自閉の人の方があるかもしれませんね。

私は赤本当時「生まれつきの脳機能障害で一生治らない」を信じていました。
でも四つの苦しさ

1 感覚過敏
2 ボディーイメージが曖昧(コタツの中の脚)
3 睡眠障害とか体温調節とかが自然にできないこと
4 季節に翻弄されること

だけはどうにかしてあげたかった。
そこから「治る」路線は始まったのです。
この四つが治ると知的面でも情緒面でも学習面でも伸びるからです。


そして今思うと、この四つを目撃していながらなぜ専門家と言われた人たちがこれをどうにかしてあげたいと思わなかったのか、そっちの方が不思議ですね。
いったいなぜ? と思います。
本当にいったいなぜなんだろう?
放っておけたのは。
私は放っておけませんでした。
それが私の「治そうよ」路線の原点です。
善意しかなかったのです。
そして善意しかなかったのは、最初に出会った自閉っ子たちが大好きだったからです。


お越しいただいた皆様、ありがとうございました。
ネットでの広報はしないで満員御礼の会でしたが、たまたまこのブログもご存じで浅見節を期待していただいていた方がいたとしたら、昨日は申し訳ありませんでした。あくまでニキさんを前面に立てた構成としました。

そしてぶどうの木さん、貴重な機会をありがとうございました。
10周年おめでとうございます。
地域でのますますのご活躍をお祈りいたします。
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DSMまで助動詞訳してないとは思わなかったぜ

2019-02-10 19:28:30 | 日記
さて、明日京都日帰り出張なので今晩中にお返事しておきましょう。
ツイッターで質問いただいたんですけど(そよ風さんに)140字で答えにくいのでここに貼りますね。

まずそよ風さんが悶絶したのはここ。

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②診断的特徴

凡医訳

”限局性学習症は、障害の行動的徴候に関連する認知レベルにおける異常の基盤となるような生物的起源をもつ神経発達症である”

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わけわからんということ。んで、原文見てみました。
要するに理系頭では品詞を変えないからつらいんです。
でも言語が変われば品詞は変わるに決まっているんですよ。
品詞を変えないというこだわり(症状?)のある人たちが訳すとこういうわけわかな文章になる。
なんにも難しいこと言ってません。
原文と浅見訳貼ります。訳出時間1分。

====

Specific learning disorder is a neurodevelopmental disorder with a biological
origin that is the basis for abnormalities at a cognitive level that are associated with the behavioral signs of the disorder.

浅見訳

学習障害は神経発達障害の一種で根底には生物学的な原因がある。認知レベルの特異性だが行動にも関連した兆候が現れる。

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次の質問。

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そよ風さんの質問


①限局性学習症の機能的結果
”学校の中退とそれに伴って起こる抑うつ症状は"から始まる文の"高水準の社会的または精神的支援はより良好な精神的健康の転帰を予測する"の、"社会的または精神的支援"というのは療育や特別支援を指すニュアンスなのでしょうか?
high level of social or mental support?

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原文

Specific learning disorder can have negative functional consequences across the lifespan, including lower academic attainment, higher rates of high school dropout, lower rates of postsecondary education, high levels of psychological distress and poorer overall mental health, higher rates of unemployment and under-employment, and lower incomes. School dropout and co-occuring depressive symptoms increase the risk for poor mental health outcomes, including suicidality, whereas high levels of social or emotional support predict better mental health outcomes.

凡医訳

限局性学習症には、学力がより低く、高校中退率がより高く、高卒後の教育率がより低く、心理的苦痛の度合いが高く全般的な精神的健康がより不良で、失業率や不完全雇用率がより高く、そしてより所得が低いといった、生涯にわたる負の機能的結果を伴う。学校の中退とそれに伴って
起こる抑うつ症状は、自殺念慮を含む精神的健康の転帰が不良となる危険性を増加させるが、高水準の社会的または精神的支援はより良好な精神的転帰を予測する。

=====

あ~また品詞変えてない。それと転帰ってなんだ? 彼らのジャルゴン? outcomeなんていう日常の言葉にどうしてこの聞き慣れない言葉当てるの? しかも毎回律儀に同じ。

それとここでもやってるよ。理系名物助動詞すっ飛ばし訳し。このcanが決定的に抜けている。それで全体のニュアンスの中から希望がごっそり抜けている。吉川がツイートでやるくらいならともかくDSMの正式な訳としてはどうなのよこれ、レベル。

ていうわけで浅見訳。

学習障害は生涯にわたり実生活に悪影響を与えかねない。低学力だったり、高校中退率が高かったり、高卒後の進学率が低かったりすることもありうる。その結果苦痛に見舞われ、メンタルヘルスは全般的によいとは言えないかもしれない。職に就けなかったり満足できる職業に恵まれず、不満足な賃金しかもらえないおそれもある。学校でうまくいかないことで精神的に挫折を味わい、それは時には自殺念慮にも及ぶこともありえる。けれども社会的な支援、心ある支援と出会えれば精神状態はよりよくなるであろう。

訳出3分。
私が編集者だったらさらに赤入れる程度のざっと訳です。でも凡医よりは相当皆さんにわかりやすいでしょう。

それに

とにかくここは助動詞を訳さなかったのが決定的。それですごく悪い予後に訳し込んじゃってるの。これはほぼ誤訳です。

そしてsocialはsocialですよね。ギョーカイではない。

それでとにかく学校へ行ってお勉強はかどるようにその子なりに頑張るのが一番健康につながるのではないでしょうかね。行けない自分におうちで悩んでいるより。

以上です。
そよ風さん、よろしいでしょうか?
照らし合わせて私も勉強になりました。
ていうかまたネタが増えたわ。

皆さん
本当のこと知りたかったらやっぱり原書買ってグーグル先生をオススメしますわ。
この訳はダメ。
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凡管理栄養士

2019-02-10 10:07:33 | 日記
先日まんぷくの後の番組でプロテイン特集やったとき、見てがっかりした人は多いと思います。
でもそれで当然なんです。
NHKの発達障害の番組は陳腐でしょ。まだ「生まれつきの脳機能障害」とか言ってるし。
それと同じなんです。
凡医もいれば凡管理栄養士もいます。ていうか多いです。

なんであの番組にがっかりした人が多いかっていうと、出てきた栄養士が全く「質的栄養不足」に触れないから土台から面白くないんです。
それで提供するノウハウが的外れなんですな。
でもあったりまえなんです。
現役の管理栄養士たちは、その質的栄養不足を作り出してきたいわば戦犯側なんですから。

生理のときにはやたら甘い物が食べたくなったりする人は多いと思います。
それが女性の運命だったと思っていたかもしれません。
年になれば髪が薄くなるのは男の運命だと思っていたかもしれません。
でもそれが、栄養に満ち足りたこの社会が実は侵されていた質的栄養不足のせいだったとは。

これまでだって栄養側は迷走を続けてきました。
塩分、卵、悪者にされてきたものは多い。
あとカロリー原理主義。
炭水化物の分け方が実に大雑把。
情報に踊らされて自分の身体にきかない人はさんざん翻弄されてきましたよね。

これから高タンパク食やメガビタミンに対して凡管理栄養士や凡医たちの攻撃が始まると思いますが、皆さん身体にききながら信じる道を行ってください。
私がそれを十年やってきたから身体アプローチは言葉以前のアプローチまで発展してきたんです。

理系だから医療者だからマウンティングしてくる人もいるでしょう。
そのときはDSMも読んでいない凡医の群れのことを思い出してください。
えらそうに言って立って彼らは「NEURO」の五文字が付け加わった意味さえわかっていない。
DSMが生まれつきだと言っていないことさえ知らないんです。
たんなるこけおどしの専門家は実に多いですよ。
DSM事件はそのよい例です。

とにかく

治るが勝ち!

です。

あ、それと

NEUROの五文字が付け加わった意味が一目でわかる漫画を今画伯は制作中ですので
SNSに浮上したら「お仕事は?」ときいてみてください。
そんなヒマはないはずなのでね。
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主治医の意見では出版しません

2019-02-09 10:47:03 | 日記
先ほどある人にメールを送っていました。
進路について模索中で、ちょっとしたアドバイスをしていい立場になった経緯があり、その人にお会いしたこともあるし履歴も知った経緯から、自分なりの思いつきを送ったのです。
ただし決定権はもちろんご本人にあり、また、その方がどこかにアプローチするとしても、私の意見だと言うことは出さないでくださいね、とお願いしました。
アプローチ先によっては(たとえば花風社とか浅見とかを知っている人の場合)内部干渉になってしまうからです。場合によっては悪影響もありうる(アンチだった場合など)。
アプローチ先はアプローチ先で決定権があるので。


このメールを送ったあと、つい最近お断りメールを瞬時に出した自分の行動に説明ができました。
出版社としてはよくあることですが、企画の持ち込みに対し、3分くらいでお断りのメールを出したのです。
よく考えるとそれは「主治医もよくできているので出版してみてはと言っている」というここに引っかかったのだなと思いました。
編集者によるのでしょうが、私はある意味ギョーカイにもぐいぐい攻め込んでいくくらい自分の主張を前面に出して仕事をしているので、こういう言い方は非常に侵襲的に感じるのですね。見知らぬ主治医の意見を私に押しつけるなよ、と思うわけです。
それと持ち込む側の主体性のなさを感じさせるのです。
見知らぬ主治医のほめことばをこっちに向けて気を引こうとしているとは、花風社も安くみられたもんだな、と思うわけです。
たぶん考えすぎなんでしょうけど、たとえ考えすぎだったとしても「(浅見に限っては)この人と仕事をしない方がいい」という方向性は当たっているはずです。

自分が作ったものに自分で自信があり、花風社の本が好きで花風社から出したい、というアプローチなら原稿くらい見るかもしれません。
でも「主治医もよくできていると言っている」と堂々と言ってくる時点で(少なくともうちでは)ダメだ、と思うのです。
発達障害をみている時点で主治医は凡医である確率が高いし(羆より遭遇率が高い)、運良くその人にとってはいいお医者さんで恩人かもしれませんが、私にとっては見知らぬおっさん(or お兄さん、お姉さん、おばさん)です。
その人の意見で私は出版ラインを決めたりしないことは明らかなのです。

そういえば私は昔から「主治医も出せと言っている」は100%その場で断ってきたなあと思いました。
たぶん「主治医も出せと言っている」と言う時点で「つきあいにくい人だ」センサーを発動させるのだと思います。

逆に言うと続いている著者たちは誰のバックアップもなく飛び込んできてくれた人たちばかりですね。虎の威を借りなかった人たちです。
そして私が虎の威を借りたのは、10000%無名のおっさん(栗本さん)のデビュー作に神田橋先生の推薦の言葉をいただいたときが最後かもしれません。
でもそれだって、先生の提唱する

1 自分でできて
2 金がかからなくて
3 できたら身体の中に何も入れない

方法を知っている人が出てきたからですね。

基本虎の威を借りず、アンチがいっぱいで、大本営発表にはことごとく逆らい、それでいてどんどん読者を増やしている。

これは何かを示唆しているのではないですかね。

とにかく私は今後も
「主治医も出せと言っている」という一言があったらその場で却下します。

*写真の「自閉っ子のための道徳入門」
重版出来しました。
ある意味、花風社クラスタのバックボーンとなる本です。
まだ読んでいない方はぜひ読んでくださいね。っていうか必読です。
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新知識

2019-02-08 09:50:33 | 日記
誰も全く興味ない完全な私事ですが、最近よくジムで今まで話をしたことのない人たちに話しかけられます。「ずっと見てたんですけどずいぶん痩せましたね!」と。

なんで今まで話をしたことがなかったかというと、純粋にペースが合わないからだと思います。子育て終えた世代の専業主婦の皆さんは時間がたっぷりありますから、駐車場が7時間までただなんだけどそれに間に合うかひやひやするほど滞在時間が長い。スタジオレッスン五個くらいこなしていたりね。

それに比べて私は一応兼業主婦なので、そんなに滞在する時間がなく(滞在時間長いときは原稿持ってたり)、短い時間にてきぱきこなして帰らざるをえない。だから主婦の皆さんとはよくて会釈ぐらいで、ため口でなになにちゃん呼ばわりするところまではいきません。でもその主婦の皆さんにひっきりなしに話しかけられるようになった最近。

「やっぱり走り込むのがいいんでしょうかね~。でも医者に相談したら、もっと体重落としてから走り込まないと膝を壊すよと言われて」と明らかに私より軽そうな人が言ったりします。私は答えます。「私はね~体重重くて走っても膝痛くなったことないんですよ」「ええ~!」「筋トレとかしても全然筋肉痛出ないんです」「じゃあ本当にもともと体力あったんですね」とかそういう会話。

これまで痩せることにあまり興味がなかった最大の理由は体調が全然悪くなかったからだと思います。運動もしてて一ヶ月百キロ走ってたし、食事のバランスも良い。インスタント食ほぼ食べないし自炊中心。野菜もたっぷり。酒は飲むけど二日酔いするほどではない。そういう生活していた結果の身体ならこれでいいんだろうと思っていました。つまり、自分としては自分の身体が快適なのでとくに痩せることに興味なかったんですな。それよりすでに痩せてるのに痩せたい痩せたいと言いながら私が一度も感じたことのない冷え性だの偏頭痛だのアレルギーだの喘息だの五十肩だの(これはちょっと最近ある)ワクチン打ったのにインフルエンザとかお腹の不調とか貧血とか言ってる女子が多いから「君たち単純に食わなすぎなんじゃないの?」と心の中で思っていました。これも他人軸でダイエットダイエットとか言っててろくすっぽ食わないでいるからそういう不調と縁が切れないんじゃないの? と思ってた。

ところが、栗本さんが筋肉本をやりたいというから筋トレ始めた。時間には限りがありますから有酸素の時間減らして筋トレする。そうすると「あたしって身体硬いな~」と気づきストレッチする。こうやって運動の配分が変わりました。そうしたら体重減り始めた。走ってたのはムダだったのかな~と思ったのですが今まで走っていたからすでに筋トレ始めても筋肉痛が出ない身体になっていたようです。最初は自重でやってたんだけどこれも時短のためにウエイト使い始めたらどんどん重くしても平気になっていった。主婦の皆さんはあっけにとられてどんどん運動を変えていって取り組む私を見ていたようです。単なる試行錯誤なんですが。私の職業も知らないから、人体実験しているとも気づいていないでしょうし。

そしてみんな話しかけにくるんだけど私が相当ストイックにやっているように見えるらしい。ストイックだストイックだと言われますが、実は試行錯誤なんですよね。そして運動についてはあれこれきかれても食事については一切質問がない。きかれたら藤川理論を教えてあげるんだけどね~。

私が「バランスが良い食事」と思っていたのは実は質的栄養不足だった。もっと肉食べなきゃいけなかった。同じ藤川理論でもカスタマイズが必要で、私の場合、自分の骨格を考えると普通の女性よりももっと食べる必要があった。バターで肉焼いて食べたら体重減る。これは1年前の自分に言っても信じなかっただろうと思います。だから金魚で発達障害治っていく人の驚きもわかる。でもバターで肉焼くと体重減るも金魚で発達障害治るも本を読めば「そうかも」と思って実行できる。そして実行してみると効果がある。その媒介となったのが本。だから読まず嫌いしている人は乗り出せなくて当たり前なんですな。

私は「自分は何食べても太るんだろう」と思っていた。夫は「違う」と言っていた。夫の目から見ると私は食べる割に太らないらしい。つまり、それだけいっぱい食べていたと言うこと。なんで食べていたか。それは自分の身体が欲するタンパク質を十分にとっていない食事、いわゆる「バランスのよい食事」をしていたからですな。満ち足りなかったわけです。

でもバターで肉焼いて食べるとそんなにいっぱい食べたくないわけです。満ち足りるんですね。それで結果的に食べる量も減っていると夫は言ってます。今は夜中にチーズ食べながらワイン飲んでても体重は減るので(まだそういう段階で、もっと痩せたらそうではなくなるでしょうけど)、私って食べても太らない人だったんだなあと思っています。

だからジムの主婦の皆さんにも食事についてきかれたら藤川理論教えてあげるんだけどみんな私の運動に目が行ってて食事のことまではききませんわ。

栗本さんが筋トレ推奨しはじめてもいきなり筋トレできない人は多いし、高タンパクがまずできない人も多い(すでに栄養不足すぎて内臓が整っていない人)。でも私はこれまでの成果で筋トレといったら筋トレできて高タンパクと言ったら肉が食べられる状態からのスタートを切れました。筋力と消化力が備わってきたところからの出発。これまでダイエットダイエットとか言ってた人はちょっと時間かかるかもしれません。


そして昨日も美容院できかれました。「梳きますか?」と。ここ二~三回きかれるようになりました。つまり髪が増えた。この年になって。

女性も年と共に髪は薄くなっていくし、男親の遺伝が出るそうです。うちも父は髪に不自由した人だったので警戒していたのですが、逆に髪が増えている。

他にもついっともののぶたくさん(アラフィフ女子)もたにしさん(アラフィフ男子)も髪が増えているらしい。男子にとっては切実な問題。高タンパクやって髪が増えて喜んでいるおじさまは多いそうですよ。

そしてアラフィフのおじさんおばさんの髪がどうにかなるくらいだったら、若者の神経発達なんてもっとどうにかなるだろう、と思うんです。そう考えるのが普通じゃないですかね?

今のところそういうわけで私としては身体アプローチ(言葉以前のアプローチ)と高タンパクを推しているし、自分でも人体実験してます。でも本当に、皆さんがどれやるかはそれぞれが選べばいいことですよ。

そのときにヒントになるのが「NEURO」の五文字です。
何をやるのが適切なのか? 選ぶとき「神経発達障害なんだ」ということを考えに入れましょう。

だからこそ、ギョーカイはこの五文字を無視する。
「NEURO」の五文字を真剣に考えれば、犬の曲芸もSSTもまったくもってムダだとわかるからですな。
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私の生きやすさ

2019-02-07 09:00:06 | 日記
昨日、3月3日にご参加の方からこういうメールをいただきました。

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現場で経験を積めば積むほど、発達障害についての教科書や研修で述べられていることへの違和感や疑問が強まりました。そんな中で、花風社の本や浅見さんのブログと出会い、書いてあることが日頃自分が感じていたことと一致して、感銘を受けて、ぜひお話を聞きたくて、今回の講座申し込みとなりました。一受講生として受けるつもりでしたが、自分は医療に携わっていることを事前にカミングアウトすべきと感じて、このメールを書いています。(勝手な思い込みかもしれませんが)

=====

医療側からご参加、ということで律儀に知らせてきてくださったようですね。
でも花風社講座に医療の方が参加するのは全く珍しいことではありません。その点でご心配いただくことはありません。むしろ今度の講座は医療側の人はいたたまれなくなるかもしれません。かなり医療ディスが入っているので。でも医療側でもなんとかしたいと思っている人は多いからこそ医療の方が花風社著者関係の勉強会にご参加くださったり本を読んでくださったりするんですよね。

私が悪意を持って読めば「マウンティング?」になりますがまずそうではない。それでも「カミングアウトしとくべき」という思考回路(思い詰め方?)に私はむしろ、医療の人たちの生きづらさを感じるのですよ。

医療に携わる人たちは、ヒエラルキーがあり、公金が入っていて、困っている人、傷ついている人がいっぱいやってきて、という職場だと思います。そこで細かく自分の身の振り方を考えて対処していかなくてはならない。だから自分の顔の使い分けをする。吉川徹大先生なんてそれが上手ですよね。私が行った時なんて(広言して行った)自分の主張を繰り広げつつも私の逆鱗に触れないような言い回し使っていてさすがだな(褒めてません)と思いました。そうやって生きてきたんだなと思いました。でもムダなのに。どうやったって私は吉川の悪口書くんだからさ。気遣うだけムダですよ。

そしてそうやって相手の顔色を伺うことこそ社会性、って思っていると「社会は生きづらい」になり「ここでやっていくのは大変」になり「家事のできるひきこもり」とか言い出すんですな。医療の人々の縮小再生産はそれ。だからこの花風社シンパの方さえ「最初にカミングアウトしておくのが筋だろう」と律儀に打ち明けてくださったんでしょう(推測)。

でも私には関係ないんです。私は「え? 医療くんの? じゃあ穏やかにやらなきゃ」なんていう忖度は一切しないので。これまでだって発達障害者支援センターの人がいても「発達障害者支援センターは護国寺」とかやってきたもんね(このへん知りたい人は電子書籍オリジナルの『発達障害者支援法は誰を救ったか?』をKindleストアで買ってみてくださいね)。

それで激おこぷんぷんしてもそれは向こうの主体性に基づくものであって、私は関係ありません。それで一人客を失っても別の客が増えているかもしれない。プラマイが+かマイナスかにもあまり関心がない。私が知っているのは「私は大丈夫」ということだけ。だから遠慮なく自分の思ったことを言えるんですな。売り上げは増えるかもしれないし減るかもしれないけどわかっているのは潰れないってことだけ。

つまり私は、誰の前でもキャラの使い分けはしないんです。いつも素。それは一種社会性のなさなのかもしれないけどそういう私だって生き残っていけるとしたら社会性のないと言われる発達障害者諸君だって生き残れるほど社会は寛容な場所なんですよ本来。

猿烏賊騒動のとき私は猿烏賊たちに言っていたはずです。あいつらは浅見淳子の振る舞いが許せなかった。小姑のようだった。でも私の振る舞いに目くじらたてるより君たちにとっては大ひんしゅくな私でさえ生き残っていけるという社会の寛容さに目を向けろ! と。猿烏賊たちは1ミリも理解していなかったと思いますが。

でも私がそんじょそこらへんのニートと違うのは、とにかく仕事を一生懸命やることと、それを裏付ける体力と健康があること。だからこそ身体アプローチだよ、って身体アプローチを勧めてきたわけじゃないですか。まあ身体アプローチははるかにそれを越え一次障害治すようになってしまいましたけどね。

というわけで、「家庭で治そう! 発達障害」のお母さんたちnoteが更新されたようです。

治せないでどや顔の迷惑な医師団な。
これは画伯が今漫画にしているはず。
だからSNSに画伯が浮上してきたら「お仕事は?」ってきいてみてくださいね。そういうヒマはないはずなのでね。

あ、それと久しぶりに宣伝。

『発達障害者支援法は誰を救ったか?』


読んでみてください。スカッとしますよ!
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