治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

変革

2010-11-30 08:01:33 | 日記

なつかしい画像を見つけた。

ベルリン、フンボルト大学の正面入り口を入ったところにあるカール・マルクスの言葉。

マルクスもこの大学で学んだ。
森鴎外も。
私の祖父も、大昔に、この大学に学んだ。
そして私の夫も、ちょっと昔に、ここに学んだ。

=====

哲学者たちはこれまで世界をさまざまに解釈してきたに過ぎない。
でも大事なのは世界を変革することだ。

=====

みたいな意味らしい。

これを見た当時の私は、出版社を興すことも
自閉症と関連する仕事をすることも夢にも考えていなかったわけだが。

いい言葉だなと思った若き日の私。
でも今見ると、また意味合いが全然違う。

花風社がなんらかの変革を起こしてこられたか?

このあたりに関する考え方を話すとね、私はよく「謙虚ですね」って言われます。

ニキさんと私は色々なところに呼ばれた。
どこでお話しても「目からウロコ」って言われた。

つまりね
メジャーな考え方じゃなかったってわけです。
私たちの自閉症支援観はね。

私たちが主として訴えてきたのは
「身体特性をよく見て」
「自閉っ子の行動には話せば長いけど大変に浅いワケがある。深読みしないで」
「誤学習させないで」

みたいなこと。

あと「金銭教育ちゃんとして」
とかね。

私たちがお互いに「自閉っ子研究」「定型発達者研究」をしてきてたどりついたこの当たり前のこのメッセージは
心理療法とも行動療法ともTEACCHともPECSともバッティングしない。
でもどれともぴったりはかぶらない。

あまりにマイノリティだから
講演を聴いた方たちが「ははあ、こういう考えかたもあるのか!」と感じて
「うちにも来て、うちにも来て」とつながっていって
他に同じようなことを言う人がいないから呼ばれる。

アンチな皆様にとっては「なんで?」と不可解でしょうけど
そういう仕組みなんですよ。

私はそう思っていますよ。

だからこそね

「社会の理解」なんて当てにするなよ、って思うんです。

だって支援をしようという意欲がある人たちの中でさえ、ねえ。

同じように自閉症支援をしたいと思っている人たちの間でも意見が食い違うんだから。
「あの人は何もわかってない」ってバリバリの専門家同士が言っているわけだから。

そういう現実の中で
どうやって社会の理解なんて当てにする気になるのか、私にはさっぱりわからない。

同じ立場にいてもわかりあえない。
それが現実。
その現実を直視するところからしかスタートできない。

わかりあえないからこそ、社会の理解を過度に当てにしない。

そういう人たちを私は「修行系」と定義しています。

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身体の問題から入ったワケ

2010-11-29 11:22:16 | 日記
九州場所が終わりました。
ああ、やっぱり土俵には神様がいるのだな、と思ったくらい
お相撲受難の年を耐えた私たちお相撲ファンへのご褒美のような
見所満載の場所でした。

稀勢の里の金星。殊勲賞。
地元のベテラン大関魁皇の活躍。
そして、なんといっても豊ノ島の躍進。敢闘賞。技能賞。
三役も経験のある豊ノ島ですが、謹慎処分を受け、十両に落ち、先場所十両優勝。
そして今場所も前頭九枚目という低い位置から、横綱相手の決定戦にまでたどりつきました。
身長169センチの小兵。
豊ノ島は時津風部屋所属。
そう、あの暴行事件があった部屋です。

こういう力士が活躍するところに
私は神業を見るような気がするのです。
人間の小ざかしさをはるかに越えるような。

というわけで今日は脱力気味。

フシギなことに本場所期間中は仕事がはかどります。
まず早起きするし。早く仕事を切り上げるために。
よく寝つきとか寝起きの話をする人がいますが、私は肌身でわかりません。
布団に入るとすぐ寝られるし、起きたらすぐ仕事ができます。

今は日常あまり長時間労働じゃありませんが
いざというときには十数時間働いても平気です。
この二週間はそうでした。で、毎日夜は走りに行ってお酒飲んでぱたんと寝ます。
次の日に疲労はまったく残りません。早起きできます。

『自閉っ子、こういう風にできてます!』に書いてあるように
人間はみんな一つしか身体を持っていません。
だから私も、これが人間の標準なのだと思っていました。
インフルエンザの予防接種とかしにいく人がフシギでした。
そんなものかかったことがないからです。
どっちかというと丈夫なほうだと知ったのは、わりと最近です。
どうしてかというと
周囲がみんなこんな感じだから気がつかなかったのです。

で、私の自閉症との出会いは、支援者としてでもなく保護者としてでもなく
とにかく
「諸般の事情からあんまり社会経験のない人に社会人として機能してもらう」必要性を感じるところから始まりました。
変人なれしていたし、変人でも生きていける世界をたくさん見てきたので
個性が強すぎることはあんまり気になりませんでした。

でも身体症状が不安定なこと、これは社会人をやる上で最大のバリアではないかと考えました。
週に五日どっかに通えないと、選択肢が狭くなるから。
我々の業界にも変人はいっぱいいますが、体力ない人はあんまりいません。
私より体力ある人いっぱいいます。

それに身体の問題って
今ここからでも手が打てます。問題に気づけばね。
社会の理解なんていうものを待つ必要はありません。

社会の理解を促すのは賛成ですよもちろん。
でも社会は理解するときとしないときがある。
理解できる人とできない人がいる。
だから理解を促す活動はしつつ
自分でできることはやったほうがいいのでは?

こう考えて身体の問題を取り上げてきたわけです。

自閉症でも身体の問題を抱えていないのなら
それはそれでハッピー。
実際就労を決めていくのは、こういう人たちからです。
規則正しい生活習慣が身につきやすい人。
通勤できる体力が確保されている人からですね。

とにかく私の視点は
「どうやって社会人として機能してもらうか」
そこから始まっています。
そしてこれから自閉っ子の就労が進めば進むほど
私と同じ問題意識を持つ人が増えるでしょう。

だから今度の本では、身体問題だけではなく
とにかく「どうやって社会人として機能してもらうか」
それについて書いてみました。
セルフ・エスティームをどう保ってもらうかとか
認知の特性に合わせた説明とか。

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不毛な構図

2010-11-28 07:50:47 | 日記
この十年間いくらでも目にした構図。

1 支援者が支援の必要性を訴える。

2 社会は理解しない。必ずしも悪意があるのではなく、理解が難しいせいでもある。

3 支援者の支援を訴える言葉がだんだん先鋭化していく。聞いているとまるで、自閉症者を世界の中心にすえないといけないと思っているのかと感じられるほど。

4 当事者や保護者が「自分たちは理解されていない」との意識を募らせていく。

無駄です。マーケティングとしては下手。

でもこの下手なマーケティングでも、十年間で自閉症支援は大きく変わりました。

もっと上手にやれば、もっと変わるかも。

ということも書いてます。
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三つ

2010-11-26 09:21:05 | 日記
先日、初版のときに読んだ杉山先生の名著「発達障害の子どもたち」を再購入しました。

今の帯はこういうフレーズ。
「治る子、治らない子、その違いはどこに」

きっとこっちに流れていくんだろうな、と思いました。

さて、杉山先生によると、自立の定義は三つ。

1.自分で生活できる 
2.人に迷惑をかけない
3.人の役に立つ

すごくわかりやすいですね。

三という数字ってなんか人の頭に入るんですよね。

私の本でも、専門家でも保護者でも教育者でもない私が自閉症の人を理解していったキーポイントを三つに分けました。

1 身体編
2 セルフ・エスティーム編
3 世界の切り取り方編

の三つです。

で、私が定義する自閉っ子三つ組みの障害は次の思い込み。

1 自分はダメな人間である
2 この世はひどいところである
3 周囲の人たちは嫌な人たちである

この三つの思い込みを持っている自閉っ子と知り合う機会があったら
「それウソだから」って教えるのが私の自閉症支援なんです。

九州場所、盛り上がってますね。
今日は神(横綱だからね)である白鵬となんだか神懸っている魁皇の相星で結び。
戦争とか起きませんように。
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情報開示

2010-11-25 07:30:00 | 日記
さて、テレビでお相撲観戦していると、そのまんまNHKニュースを見ながら夕飯の仕度、というパターンが多い。

昨日もそうだったけど、ちらちら見ていたNHKで興味深い話題を取り上げていた。

父親側の原因があっての不妊→治療。第三者による精子提供。

その結果生まれた人がすでに成人し、心が痛くなるほど自分の生物学的な父親を求めて画策していた。

もちろん不妊治療の際、その後一切情報は提供しないという契約が結ばれている。

それでもなんとか不妊治療を施した医師から、当時医学部に在籍していた学生が精子提供者だという情報を聞き出す。

苦労の末その名簿を手に入れる。その数400人。医師や研究者になっている人が多いので、検索して画像をダウンロードする。

顔のずらっと並んだPCの画面を見て、自分のおもかげを探す。中には会いに行った人もいるそうだ。けれどももちろん、生物学的な父親であることを認めた人はいない。

不妊治療の目的は子どもなのだから、その子どもが心の安定を得られるように、情報開示は進めてほしいとその人は言っていた。

そして世の中の流れもそっちの方だそうだ。今では大病院では、子どもに生物学的な父親を開示するよう啓発パンフレットを作ったりしているという。

情報開示って改革につながる。

この10年の自閉っ子の世界では、若干それが足りなかったかな、と思う。

支援は進歩したのは間違いない。でもまだ世間に「自閉症」という障害の実像が、偏った範囲でしか伝えられていない。

それを打ち破るのも私が本を書いている目的だ。

一般社会人が知りたいこと。

支援する立場ではなく、共生する立場として知りたいこと。

それを書いている。

☆☆☆☆☆☆☆☆

稀勢の里、勝ち越し。
ほっとしました。
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三つ組みの障害

2010-11-24 08:32:20 | 日記
本を書こうと思った理由はいくつもあるけれど
その一つが「わかってもらいたいのにわかってもらえない」という支援者サイドの不満を見て疑問に思うからです。

わかる気のない人もいる。

でもわかる意欲があったって、わかんない人も多いと思う。

その二つを混同して一律に責めてると効率が悪いと思います。

そう思ったから、「一般人の立場でどう自閉症を理解しようとしたか」を書こうと思いました。
これから就労現場とかで、「理解する気があるのに理解が難しい」って思う人が
きっと増えると思って。

だって難しいもん、自閉症って。

私の場合は、立ち見のつもりでぶらっと入ったらいきなり砂かぶり(維持員席?)に座らされて、
土俵下でじっくり見るような自閉っ子とのおつきあい体験があったけど、
それでもわかりにくかったもん。

その上個別性も強いし。

第一ね、説明によく使われる「三つ組みの障害」ってわかりにくいです。
おまけにミスリーディング。

もう、よその人に「三つ組みの障害」から説明するのやめたほうがいいんじゃないかしら。
一般の人にはわかんないと思う。

コミュニケーション障害。
うちの著者さんたちのように、本が書けちゃう人にコミュニケーション障害がないかっていうと
これはばっちりある。
「しゃべれない」ことがコミュニケーション障害じゃない。
そう悟るには時間がかかる。

社会性の障害。
社会性って人と仲良くすることだけじゃない。
そう悟るには時間がかかる。

想像力の障害。
これが一番一般人にはわけわかんない。
専門家の先生方はわかっているんでしょうか。
想像力の障害=こだわり、常同行動
みたいな記述で流している本を読むと
そのへん疑問なんですけど。

その点ニキさんの説明はわかりやすい。

ニキさんによると、「想像力の障害」には次の三つがある。

1 想像が間違っている
2 想像が足りない
3 想像が過剰

(『自閉っ子におけるモンダイな想像力』10ページ)

ね、わかりやすいでしょ?

私はこの想像力の障害こそ、大問題だと思っています。

法的リスクも高いしね。

さ、今日も原稿とお相撲です!
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「自閉っ子と未来への希望」

2010-11-22 08:45:00 | 日記
近刊のお知らせです。

「自閉っ子と未来への希望    一緒に仕事をしてわかった本当の可能性」という本を出します。

著者は浅見淳子。

冒頭はこんな感じです。

=====

第一章 偶然の出会い

 思えば、偶然でした。自閉症と私の出会いは。
 いや、最初私が出会ったのは、自閉症ではありません。
 小柄なユニークな女性。熱心な翻訳講座の生徒さん。後に、「ニキ・リンコ」さんとして知られるようになった女性。
 この一人の自閉症の人との出会いが私を、発達障害・自閉症の世界へ引きずり込んでくれました。
 ニキさんには感謝してます。
 ちょっとだけ恨んでいるかもしれません。
 いやいや、そんなこと言ったら人の言葉を真に受ける自閉っ子、本気にしちゃいますね。
 私はニキさんとの出会いに感謝しています。発達障害との出会いに感謝しています。
 
 でも、うんざりすることもあります。
 この十年、偶然の出会いからいわば「砂かぶり」で自閉症支援の変遷を見てきて、楽しいこともいっぱいありました。
 発達障害者支援法、特別支援教育が始まり、形だけだったものがだんだん実のあるものになっていく途上を観察するのは楽しいものでした。それは今も進行中です。
 でもその裏で、様々なトラブルに巻き込まれました。
 
 十年という一区切りを迎えたので、この機会に本を書いておこうと思いました。
 自閉症支援の世界は、この十年で変わったし、今後も変わっていくでしょう。
 その中でも私は一貫して、「自閉っ子を社会人にする」ことにこだわってきました。そして、世の中はこちらへと流れていくような気がしています。私はこの動きに、大賛成です。
 これが反発を呼ぶこともあります。お金がすべてじゃないと。
 その通り、人生お金だけじゃありません。けれども、賃金の多寡にかかわらず、世の中で何がしかの役割を得ることは、人生を実り豊かなものにします。だから私は、これからもこの動きを応援します。
 
 それは、私ならではの経験がもたらした信念かもしれません。
 私はほとんど社会人経験のない自閉症の人たちが、自分の強みを生かし、弱みに対処し、社会人としての研鑽を積むことによって、花開くのを見てきました。
 障害は個性ではない。障害は障害。一生付き合っていくもの。でも、障害と上手に付き合う人たちをたくさん見てきました。
 そういう人が一人でも増えてほしい。そう思って出版活動を続けています。
 
=====

お楽しみに!

この本のあとにお医者様の本。
年末年始も忙しいです。
あ、この本の発送のときの『自閉っ子通信 vol5』は、ニキさんが書いてくれています。
こっちもお楽しみに!
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神田橋先生から「僕たちは発達しているよ」の感想いただきました!

2010-11-20 11:30:32 | 日記
さて、稀勢の里も好調でうれしい週末。
私は原稿の書き入れ時ということで励んでいます。
夕方にはお相撲も見たいし。

夫も仕事。
私はカレーを作りました。
これで週末料理もパスして、仕事(とお相撲)に専念するぞ!

と思っていたら神田橋先生からお電話がありました。

先日献本した「僕たちは発達しているよ」へのご感想をいただきました。

「とても勉強になるね。
得意なところを伸ばすのと、苦手を修行するのと、そのバランスについてよくわかった。
大地君も素晴らしいが栗林先生も素晴らしい。
保護者や支援者だけではなく当事者にも読んでほしいね」

とのありがたいお言葉でした!

神田橋先生も、薦めてくださるそうです!

ありがとうございます! これも、大金星。
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いい講演会二つ

2010-11-17 08:42:00 | 日記
勤め人だった時代の上司によると
私の強みは「カンが当たる」ところらしい。

鼻が利くんだってさ。

どうかな?

まあ、先週は二つカンが当たった。

珍しく二つも講演会に出かけたのだ。
片方は情報を得て「これは行かなくちゃ」」とその日のうちに。
片方は九州場所の初日を犠牲にしてまで。
どうしても、どうしても行かなくちゃとカンが働いた。

両方とも面識はあるけれども講演を聴いたことがない方が講師だった。

一つ目は就労支援の話。
印象に残ったフレーズはたくさんあるけど、一つだけ。
「福祉の人にもっと儲けて利用者に還元しましょうというと、利用者さんたちはお金をほしがっていないという。
どうして勝手に決めちゃうの」

ほんとだなあ。

二つ目は保護者としての立場から。重度の知的障害のあるお子さんを、立派に一般就労に導いた方。

「障害のある子を憐れに思う。それは親による人権侵害です。この子たちには幸せな未来を送る可能性がある」

ほんとだなあ。

これからもぴぴぴときた講演会には出かけようと思います。
得るもの多いから。

月島もんじゃ焼きキティちゃんです。
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積み重ね

2010-11-16 10:15:50 | 日記
異例の一日二回目更新。理由はおわかりですね?

昨日の結びの一番。

われらが稀勢の里が横綱白鵬の連勝記録を止めました。

ふだん大相撲を見ないで、星だけ見ている人にとっては奇跡かもしれない。

でも先場所もその前の場所も、稀勢の里は横綱相手に肉迫しました。
大相撲をとりましたよ。

昨日は得意の体勢に入り、そのまま力で勝った。

稀勢の里らしい真っ向勝負でした。

それはこれまでの横綱戦の積み重ねがあったから。

積み重ねは大事です。

すぐに報われなくても。

自分の未来を築くのは自分だけだから

今日も積み重ねていきましょう。

稀勢の里関にサインしていただいたハンカチ。

大事に持っています。
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