治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

オキシトシンとか飲み放題とか師走ネタ

2013-12-21 08:45:15 | 日記
さて、さすがの私も忙しい師走です。

その間に色々なニュースが。

・猪瀬氏辞任。
事件発覚のときから、これは仕方ないだろう、と思っていましたが、信者(自虐)的に言うと、猪瀬氏の打たれ弱さを見て改めて橋下氏の強さを知った感じです(キラキラ)。
たぶん最初の弁明「これからの生活の不安があって借りてしまった」って本当だと思うんですよね。
その点橋下氏は、一文無しになってもくじけずに明日からまた稼ぎ始める感じ。
でも猪瀬氏にだって、そういう力はあるはずなんです。
実像に合わない不安を持つと、ろくなもんに手を出さないなあと思いました。
あと、私が1995年末に、独立しようと前職を辞めたときのことを思い出しました。
「たとえダメだって、何か自分の能力を使って食べていけるはずだ」
あの自信。根拠はとくになかったかもしれないけど、あれって大事だったんだな、と初心に戻りました。
不安は脳みその容量食います。だからまともな決断ができなくなります。

・オキシトシンが自閉症治療に。

言葉遊びと思われるかもしれませんけど
「オキシトシンで治る自閉症の人は、きっとオキシトシンで治るんだろう」と思いました。
どうやら感情の読み取りっていうところには内側前頭前野が大きく関与しているらしく
(もっとも脳は部位単独で仕事をしているわけではなく、ネットワークであることは、長沼先生の本をお読みの方ならおわかりですね。P26の、脳の発生のイラストをごらんください)


そこに作用して治療効果があるのなら
内側前頭前野にバグがあるがゆえに苦しい人には効くのでしょう。
逆にいうと、実はオキシトシン以外にも、内側前頭前野に効果があるものがこれからまた見つかるかもしれないわけですね。
そして苦しみの原因がここではない人は
もしかしたら効かないのかもしれません。
「診断が粗すぎて治療に使えない」と神田橋先生がおっしゃるのって、そういうことじゃないのかな。

それにしてもFB見に行ったら
「これで親たちが治ると思うと困る」みたいな、相変わらず支援者による親への上から目線。
本当に腹が立ちますね。

いいかいギョーカイ人。自閉症が治っても、親も本人も困らないんだよ。
困るのはあんたたち、障害がなくなると食ってけなくなる人たちだけ。
治る
ということにビクビクしているその姿は、危ない金に手を出しちゃった都知事とかぶりますよ。不安本位制なのね。

・先日の「妊婦のおなかを蹴る男」にいただいたコメントで、最近よく見に行くJDDのHPで見てあきれた提言を思い出したので、コメント欄に貼っておきました。
要するにギョーカイは、「スタンダード」を作るのがお仕事だと思っているんです。
でも発達障害にまつわる苦しみは「個」です。
だからギョーカイ志向の強い支援者は、あなたの悩みを救いません。

・救う人である愛甲さんと森嶋さんをお迎えして行う新春ワクワクセラピー。
打ち上げの場所、推薦してきて下さった方がいたので、予約していただきました。
できれば個室で、割り勘やりやすいように時間限定の飲み放題で、とお願いしたら
4000円で飲み放題。ヱビスビールも可(!)。新横浜駅からすぐのところです。
これまでご希望を寄せてくださった方、この条件でいいかどうか、お手数ですがもう一度メールいただけますでしょうか。
一応今のご希望者が出られるとして、16名の予定なので
20名予約してあります。多少の増減はきいてもらえると思います。
森嶋さんも出られます。ペガサスの木村さんも、沖縄の山城さんもいらっしゃいます。
もちろん画伯の生ダジャレも!

あとNPO法人ジョブディスカバリーの長谷川英恵さんもいらっしゃいます。
1月19日に大阪で
「ニキ×藤家×浅見」のイベントを開いてくださる法人さんですよ。
これについては、週末のうちにお知らせしますので、皆さんぜひお越しください。
とても楽しいイベントになります。

・改めて言うまでもなく
私が十年前「自閉っ子、こういう風にできてます!」を企画したのは
「異文化としての自閉症へのリスペクト」からなわけです。
近年治療ということに傾いてきたので、それをお忘れの方もいらっしゃるかもしれませんが
自閉症者による法被害に遭おうと、困った当事者や保護者に出会おうと
「異文化としての自閉症へのリスペクト」を失ったことは一瞬もありません。
私はただ、異文化としてリスペクトしているがゆえに、人と人として対等に見ているので
困った人には「困ったもんだ」とはっきり言って、対処法を取るだけです。
外国人が日本で犯罪犯しても、罰せられるでしょ?
それは外国人も、日本人と同じ、人間だからです。
障害があるからと言って何をやろうと許すギョーカイ人のほうが
よほど当事者・保護者を対等に見ていないように私には見えます。

ではなぜ治療に傾いていったか。
それは最新の自閉っ子通信でも明らかにしたように、「自閉症でなくなってほしい」からではありません。
ラクになってほしいからです。

十年を経て
お二人のどこがラクになり、どこがどうしても治らないか。
それとどう折り合いをつけていくか。
来年出す「10年目の自閉っ子、こういう風にできてます」はそういう本になります。

その記念すべき年の第一弾イベントは大阪です。
どうぞ皆様ふるってお越しくださいませ。
お申し込みはこちらから。
改めてご案内のメール等出しますが、すでに前売りを入手した方もいらっしゃいますので
どうぞお急ぎください。





さてでは私は、今日は愛甲さんの講演会に行ってきます。
お目にかかれる方、お目にかかりましょう。