夢幻泡影

「ゆめの世にかつもどろみて夢をまたかたるも夢よそれがまにまに」

葦の根のねもころ思ひて結びてし

2008年11月03日 19時24分21秒 |  気になる詩、言葉


葦の根のねもころ思ひて結びてし 
   玉の緒といはば人解かめやも

         万葉集
         読み人知らず

今日はどこも出ませんでしたので、昨日の写真から、ヨシ。(多分、、、荻ではないですよね)


上の詩ではアシと読ませますが、今では、植物的にはヨシが標準だそうです。
アシは悪しに通じるというので万葉以降はヨシに読み替えて行ったそうです。
水辺に生える、ススキやオギに似た植物ですね。
でもススキが乾燥した土地にも生えるのに対してヨシは河川敷などの湿地がほとんどです。


万葉集には葦はたくさん出てきます。かっての日本を代表するような植物であったのかもしれません。古事記や日本書紀などで呼ばれる 豊葦原水穂国(とよあしはらの みづほのくに)だったのでしょうけど、 現在は急激に減っているそうです。
昭和30年ころでしょうか、実家の藁屋根の葺き替えをするということで見積もりを取らせたのですけど、今の価格で言えばビルが建つような金額を示され、諦めてしまいました。実家の屋根はどこにでもあるトタンのカバーをかけられ風情のないものになってしまいました。
そのびっくりするほど高い値段の原因が葦の不足と職人がいなくなったということでした。もし間違っていなければ葦は岡山から運ばないと必要量をカバーできないということでした。今思うと、1955年でさえもうそんな状況だったのですね。


多摩川の河川敷にも川から遠い堤防近くでは薄が生えていますけど、川筋に近い河川敷には荻や葦が見られます。
ちなみに薄と荻は葉っぱが細長いので区別がつくと思います。薄は株が群れになって生えてきますけど、荻は一本一本独立して生えます。花穂の付け根が薄のほうが茶色っぽいので、逆光で見ると荻のほうか銀色に見えます。
また葦は葉が幅広。葉の中央の白い筋はあまり目立ちません。
なんていいながら、いつまでたってもその区別に自信がない私ですけど。

その一つの原因が、特に私の日常ではその区別を必要としていないことなんですけど、もう一つに詩に読み込まれるときに、結構区別を誤っている。
今のような分類がなされていない昔だから当たり前のことなのですけど、今、歌の解釈をしている人でさえ、なんだかあやふやですね~って言うのが多いみたいですね。
その最たるものが萱。萱は薄と同一って言う人がいるのです。多分昔の詩人は区別をしなかったんでしょう。だから昔は区別されていなかったって書いてくれればいいのに。
スゲはカヤツリグサ科、スゲ属。ススキはイネ科ススキ属です。


葦は川の水の浄化や微生物、小魚の繁殖にとても有益な植物ですが、戦後の河川の改修の折にコンクリートの堤防を作るために刈られてしまったのですね。
薄は刈っても刈ってもでてきますけど、葦は毎年一度刈っておくと、だんだん生えなくなってしまうそうです。


多摩川でも、東京側の水に浸かっている堤防は自然のままの堤防。それに対して川崎側はコンクリートの堤防になっているところが多く、私が散歩するガス橋付近では最近でもその工事を進めています。自然が失われてしまっています。川も、川に来る魚や鳥も来なくなる、、、手間をかけて自然を殺してしまっている、哀しい風景があります。


最近は自然堤防を残しながら河川を改修するということが主流になってきているのだそうですけど、そうあってほしいですね。


ところで上に挙げた詩は

葦の根のように深く結びついて思いあっているといえば
  人は(じゃまをして)解こうとは思わないでしょう

地下茎で結び合わされているのは、薄も、荻も、葦も同じこと。
私と貴女は? はて?